#32 ディスカス>読者を騙す広告の実例         可良時寿子
可良時寿子 ID:KBB53931

 今から5〜6年前のこと、熱狂的なアフリカンシクリッドの第一次ブームが有
り、この時、儲けに目の眩んだ一部の業者によって、訳の解らないハイブリッド
が沢山作られ、いかにも新種の様な顔をして、事情を良く知らないユーザに売り
つけ、ボロ儲けをしましたが、結局愛好者にそっぽを向かれ、アフリカンシク
リッドが売れなくなってしまいました。

 これに懲りて、最近はアフリカンシクリッドの方は系統を大切にして、再び、
愛好家を呼び戻し、2回目のブームに成り掛けています。

 ところが、こういう貴重な経験に学ばないというのか、解っていても自分だけ
が儲かれば良いと考えているのか、最近のディスカス、中でもホンコン産ターコ
イス・ディスカスの名前(系統名)の混乱は目に余るものが有ります。

 ターコイス・ディスカスに、目先を変えた尤もらしい名前を付けて、マニアの
注意を引き付けようということは、今に始まったことでなく、以前からドイツ系
ターコイスにも見られたことであるますが、それでもこの時はたかだか1年に一
つか二つの、新しい名前のターコイスディスカスが発表されて、輸入される位で、
それも輸出業者が付けた名前が全国的に流通し、その名前も「コバルト・ターコ
イス」とか「ロート・ターコイス」とか、それなりにその系統の特長を示す様な
名前が付けられていたので、それ程ひどい混乱は無かったのです。

 ひどくなったのは、輸入されるディスカスが新しい名前が付く程確立された系
統でもないのに、仕入れ単価の安いホンコン産のディスカスに、1ロット毎どこ
ろか、1個体毎に、いかにも新しく固定された系統であるかの如き名前をショッ
プか勝手に付けて、さも高級品の様に大々的に売り出してからで、一部の業者が
これを始め、実際にその手に乗せられる客が多く、この業者がうまく儲かったも
のだから、同じルートで同じ物を仕入れている他の業者も、対抗上「珍名、奇名
発案競争」に陥ってしまったと言うことです。

 この段階で、業界誌もまともな世論を形成すべく、努力をする義務があると思
うのだが、業界誌も広告料さえ稼げたら良いという態度で、この手の広告を大々
的に扱って恥じない所に問題があります。

 熱帯魚の業界は、昔から、『誇大広告が多い』、とか『広告内容が信用出来な
い』と言うことが半ば公然と言われていますが、悪徳商法に引っかかって多少の
被害が出ても、スケールが小さい為に、社会的な問題にも成らず、業界全体とし
ての反省の機会の無いままに、『儲かれば良い』式の商法が通用しています。

 これは、一つには、食品や医薬品と違って、多少騙されても、人の命や健康に
影響が無いという、『たかが趣味の世界』と言うことの他に、ペットと言う商品
の特殊性を指摘して置きたいと思います。

 即ち、取引の対象となる商品が『生き物』で有るため、他の工場生産品の様に、
規格を定め、均一な品質を保証することが出来ない、一個体毎に個性がある商品
で有ると言う理由が有ります。

 もっと始末が悪いことには、この「生き物という商品」は、時間と共に成長し
たり、病気になったり、死んだりして、品質が変化する為に、客観的に誰でもが
納得する形で、その品質を保証出来ず、ユーザは現物を自分の目でみて、その
『現物限りの状態』で納得して取引をしなければならないのです。

 従って、ターコイスディスカスと言って購入した物が、一年間育てた結果、ブ
ラウンディスカスで有ったと言っても、これが詐欺であることを立証して、法的
な責任を追求するのは、殆ど不可能と言えます。

 増してや、通信販売などを利用して、現物を見ずに取引をすれば、ディスカス
の注文に対してネオンテトラを発送する等という、余程の事が無い限り(例え、
こんな極端な例でも、客観的に実証するのは簡単では有りませんが)、詐欺商法
の尻尾を掴むことは出来ません。

 こういう、悪徳業者の『悪徳振りの実証』の難しさが有るために、被害を受け
た人も、その経験に基ずく批判を、公の場で取り上げて貰えず、それを良いこと
に、いかがわしい業者が、何時までも蔓延っているのが、熱帯魚を初めとする
ペット業界の現状です。

 しかし、世間の公然とした批判が無いからと”油断”するのか、それとも神経
が麻痺して、人を騙すのが”この業界の常識”だと信じ込み、罪の意識の欠片も
無いのか、注意深く観察していると、時々、詐欺商法の尻尾を世間に見せて呉れ
る時が有ります。

 抽象的な論議はこれくらいにして、最も解り易い、最近のひどい業者の実例を
一つだけ挙げてみましょう。

 次のターコイス・ディスカスの名前のリストは、マリン企画発行の熱帯魚雑誌
『アクアライフ』誌に、毎月一頁の広告を載せている、京都の『奥山熱帯魚』の、
最近の半年間の広告に現われた、写真付きのディスカスの名前を、全て書き出し
たものです。

1989年
2月     ハイフィンハイボディコバルトブルーターキス
       ハイフィンエレクトリックブルーターキス
   A#  ハイフィンハイフォームレッドターキス
       ハイフィンメタリックブルーターキス
       ハイフィンコバルトブルーターキス
       ハイフィンフルボディコバルトブルーターキス
       ハイフィンフルカラーフラッシュ
       ヘッケルクロス

3月 B#  ドイツ産ハイフィンフルボディコバルトブルーターキス
       ドイツ産ハイフィンハイフォームロイヤルフラッシュ
       ドイツ産ハイフィンレッドフラッシュターキス
       ドイツ産ハイフィンボデイレッドターキス
       ドイツ産ハイフィンメタリックブルーターキス
       ドイツ産ハイフィンフルカラーフラッシュ

4月 C   ドイツ産ハイフィンハイボディロイヤルフラッシュ
   D   ドイツ産ハイフィンフルボデイレッドターキス
   E   バンコク産ハイフィンレッドフラッシュ

5月 A#  ハイフィンコバルトブルーターキス
   C   マナカプルトッドターキス
       ハイフィンフルボディコバルトブルーターキス

6月     ハイフィンブリリアントフルカラーターキス
   D   ハイフィンメタリックコバルトブルーターキス
       ハイフィンフルカラーターキス
       ハイフィンフルボディコバルトブルーターキス

7月 E   ハイフィンフルカラーフラッシュ
   B#  ハイフィンハイボディコバルシフラッシュ
       ハイフィンフルボディソリッドブルー

 これを見ても解るように半年間の間に一つとして同じ名前が出て来ません。

 「よく、これだけの名前を考え付いたな、全くご苦労さん。」と言いたいが、
いかにも売れそうな名前を考える方も、余り教養が豊かでないのか、知っている
語彙が多くないと見えて、同じような名前の繰り返しばかりです。

 そのうち、思いつく名前も種切れになって、読者から一般募集でも始めるんじゃ
ないかと思っているのですが、それはさておき、広告に現われたディスカスの写
真を良く観察して見よう。

 フルボディに近いターコイス・ディスカスの、不鮮明なモノクロの写真から個
体を判別するのは、容易なことでは無いのですが、最も個体の特長の出るエラ蓋
の部分の模様から判別して、同じ個体を写した写真を拾いだし、アルファベット
の記号を付けてみました。

 したがって、右向きと左向きの様に写真の向きが違い、同じ面が写っていない
ので判定困難なもの、及び写真が不鮮明すぎて個体の特長が良く解らないもの、
等は全て別の個体と、業者に有利な様に、好意的に扱いました。

 一覧表の名前の前に付けた、A〜Eのアルファベットは、同じ記号であれば同
じ個体の写真であることを示しています。

 また、アルファベットの後に、#記号の就いたものは同じ写真です。つまり、
厚かましくも、全く同じ写真を使って、別の名前を名乗っているということです。

 広告に使えそうな、綺麗な個体の写真を何枚か用意しておき、思いつくままに
デタラメな名前を付けて発表し、データの管理が悪いために、すでに使った写真
と、未だ使っていない写真の区別も付かなく成ったのか、それとも、2〜3箇月
も前の広告など、誰も覚えている訳が無いと、ユーザを頭から嘗めて掛かって居
るのか、言い逃れが出来ない形で、『シッポ』を出してしまった様子が良く解る
でしょう。

 よくこれだけ次々と新しい名前を思いつくものだと感心しますが、この広告の
原稿を作成した人でも、名前の部分をかくして、「これは何と言う系統のターコ
イスですか」と人に聞かれたら、2月号のヘッケル以外は個体に何の特長もない
ので、全く答えられないばかりか、どんな名前をデッチ上げたのかも思い出せな
いでしょうね。

 序でに言っておきますがね、このヘッケルクロスと言うのが真っ赤な嘘。

 この個体は単なる原種のヘッケルブルーディスカスで、ヘッケルと何かのクロ
スブリードされた新種では有りません。

 実は、私はこのショップへは餌を買いに行くために、一週間に一回は顔を出し
ているので良く知っているのですが、広告に出てくるような立派なディスカスの
成魚が居るのは「広告写真の中だけ」で、実際の店内の水槽に、広告に使える程、
立派なディスカスが泳いでいるところは見たことが有りません。

 それにしても、こんな非常識な広告を載せて、広告代を稼いでいる雑誌社にも
責任がないとは言えないでしょうね。

 この『奥山熱帯魚』、最近ではアクアライフ誌の広告もモノクロ1頁ですが、
かってはカラー1頁の派手な広告を打っていました。

 その為、扱っているディスカスは、ホンコンさんのケバケバしい迄に色揚げさ
れた物にも関わらず、アクアライフ誌上では国産のディスカスブリーダー扱いを
して貰い、一端のプロブリーダの如く、コメント等も載せていました。

 最近のアクアライフ誌は、遠隔地からの客に対して、奇形や病気の魚を売り付
ける、悪徳地方発送販売に対する怒りの投書などを取り上げて、いかにも自分は
正義の味方と言う顔をしているが、実物を見ることが出来ない客を騙すのは、此
等の雑誌の広告ですから、お金さえ貰えばどんな広告でも載せますというのでは、
読者に対して無責任だとのそしりは免れないと思いますが。

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 アクア業界の広告の質の悪さは、以前から指摘されて居ながら、なかなか、こ
れと言う証拠を捕まえるのが難しかったのですが、アクアライフ誌のバックナン
バをひっくり返し、やっと、悪徳商法の『現場』を押さえました。

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                                         (読者を騙す広告の実例 終わり)
                                    1989年08月  可良時寿子 ID=KBB53931

                                 動物&植物の国 ライブラリーより転載