
中部ヨーロッパ3ヵ国、旅の記録 !
04_07_5〜17の間、「氷河特急とスイスの山々チロルの村」と題するツアーに参加した。この旅は千歳空港発、羽田・成田〜ロンドン・ヒースロー空港経由で、 ドイツ・ミュンヘンに入り、一泊して此処からオーストリア、イタリア、スイスと3つの違ったアルプスを訪ねるというもので、オーストリアでは チロル地方の村を訪ね、イタリアではドロミテの山々を、スイスではアルプスの首都と呼ばれるグリンデンワルドから、アイガー、メンヒ、ユングフラウの三山山麓、クライネシャイデックを中心に 山岳の景観を楽しむとともに、サンモリッツからツェルマットへとアルプスを横断する氷河特急で、山岳鉄道の旅での景観を楽しもうというものである。
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ユングフラウ山塊の夜明け
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ツアーの行程図
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| ドイツ・ミュンヘンから国境を越えて概ね正午頃インスブルックに入る。 この都市は人口は約16万人、1200年頃からの歴史ある街で、チロル州の州都である。旧市街の中心部と思われる位置に広場があり、広場の周囲には著名な建物多く賑わいを見せている。 インスブルックのネーミングは、街を縦貫するイン川に架かる橋がその名の由来で、広場に向かう街路の直ぐ近くにあり、ドナウ川の支流である。 |
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| 市の塔 | 黄金の庇 |
| 旧市街広場の一角には、高さ50mの「市の塔」が建っていて、有料で塔に登り市内を全貌することが出来る。 広場の周囲には、土地の領主が貧乏の噂が流れたことに反発して、2657枚の黄金を貼った瓦を使って庇を造ったという黄金の庇の昔話がある建物や、見事なロココ調の建物「ヘルブリングハウス」などがある。また近くに王宮関係の建物もある。 |
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| インスブルックから夕刻に、宿泊地マイヤホーヘンに移動する。 マイヤホーヘンは、氷河が作ったツィラー渓谷の村だが、道は立派に舗装され大きな建物が軒を連ねていて、村という感じはどこにもなかった。 ホテルは大きく、木造でチロル地方の特徴を備えた建物の他、棟続きには近代的で瀟洒なホテルも建っていて、団体で訪れた以外の観光客用のホテルと観察した。 ホテルの窓からは山と傾斜地に開かれた牧草地が眺望出来、チロル風景の一端を窺うことが出来た。 朝に村の中心部と思われる所を散策してみたが、欧州のどこにでも見られる教会を中心にした村であり、 大きなホテルが立ち並んでいたが、村の面積としてはそれほど広くないようだった。 |
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| 立ち並ぶホテル | トレッキングに向かう人々 |
| 村の中心部教会の周辺は、伝統的なスタイルのホテルや近代的スタイルの大小のホテルが立ち並んでいる。 登山服の人は見あたらずショートパンツなどのハイキングスタイルか、 我々のような観光の服装をした人が殆どの避暑地のような所で、AM07:00頃にはロープウェーに向かうトレッキング観光客がバス乗り場に集まってくる。 |
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| ラッテンベルグは、かっては銀山として栄え、今はガラス工芸で有名な所だが観光客も少なく、静かに店頭のガラス工芸品を楽しむ事が出来る。 昔の銀山と関係があるのかどうか定かで無いが、高台には古い砦跡(城山)があり周囲の山々や村を一望に収めることが出来る。 |
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| ガラス工芸品の店 | ガラス工芸品店の並ぶ町並み |
| ショーウィンドウには多様な形と大きさ、色とりどりのガラス工芸品が陳列されていて、ウィンドウショッピングが楽しめる。 メーンストリートではガラス工芸品などの出店があり、セールスの品々が並べられているが、我々の生活に馴染むようなものは少なくて購買意欲が湧かない。 |
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| アルプバッハは過去に、オーストリアの美しい村コンテストで優勝したことがあり、オーストリアで一番美しい村、そしてヨーロッパで一番花の美しい村と言われている。 シャレー風(家屋の型式)の家の出窓に色鮮やかな花が飾られている風景は、如何にもオーストリアアルプスらしい景色である。 |
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| 村の住宅 | レトロなSL |
| 村の中心部には周囲を花で飾られた教会が建ち、丘陵を巧みに利用した住宅地にも花々が飾られている。 昔に住宅の虫除けとして利用された出窓の花植栽が、今やベランダの構造として取り込まれた巨大なプランターで、家屋を花で飾ると言う独特の利用法が定着したのだという。 観光を終えて鉄道駅のあるリッテルドルフにバス移動、此処からレトロな蒸気機関車で連泊のマイヤーホーヘンに。 約1.5時間の汽車の旅でも、列車から見る違った角度のチロルの風景を楽しんだ。 |
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| 通称アルペン街道は、1935年に開通した「グロスグロックナー山岳道路」で、アルプス随一のドライブルートと言われている。オーストリアの最高峰3798mのグロスグロックナーの麓を走り、牧歌的風景の村落や雪を頂く山々と氷河等々、見事な眺望が次々と展開する 道路の最高点は2506m、フィシャータール展望台(2430m)のある峠の標高は2571mであり、 連なる山々は、雪を頂き氷河を抱え標高は3000mを超える。 フィシャタール展望台では、素晴らしい山岳と氷河の風景を楽しんだ。 |
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| パンテルツア氷河 | ハイリゲンフルート村の教会 |
| アルペン街道を僅かに外れたフランツ・ヨーゼフには、、長さ10km、深さ150m、世界第二位の規模を持つと言うパステルツァ氷河があり、そこに立ち寄った。ここの日溜まりの斜面では野生のマーモットが、巣穴から出て戯れている姿も見られた。 街道での写真スポットの一つに上げられているハイリゲンフルートでは、イエスの聖血が保管されているというヴィンツェンツ教会をカメラに収めた。 |
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| アルペン街道の素晴らしい山岳と氷河の風景を楽しんだ後、大型車の通行規制でオーストリアを経由し17:30頃、ごつごつした山容の山並みに迎えられてコルチナダンペッツォに到着。真っ直ぐホテルに入る。 この町は1956年に冬季オリンピックが開催された街で、ヨーロッパでも第一級の山岳リゾート地と言われている。ドロミテ観光の基点になる所で、この地方では知られた山岳観光地の、ドライチンネン(三姉妹峰)へもここから行く。 |
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| 瀟洒な建物 | 落ち着いた街並み |
| 街を散策すれば、教会が見えるのは定番としても、町の一角で白亜の実に瀟洒な建物に出会った。何の建物かまでは分からなかったが、実に洗練された瀟洒な建物でしばし見惚れてしまった。 街並みも素晴らしい。雪の残る峻険な山並みを背景に、ベランダに花を飾った家屋が連なる街並みは、しっとりと落ち着いた雰囲気を醸し出している。背景の峻険な山並みも、この町の美しさに寄与していること大なりと思う。 |
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| 不注意で夜半から体調を崩し39度近い発熱で朝食をパス、熱冷まし薬を服用してドライチンネン(トレチメ三姉妹峰)へのバスに乗る。バス駐車場所からドライチンネン(三姉妹峰)への始点になる、レストハウスのオーロンツ小屋迄の僅かな上り坂を、高熱の影響もあってやっと思いで辿り着いたが、周辺の山々の景況の凄さに圧倒され体調不良も忘れてしまう程だった。三姉妹峰を見られる地点までは更に約2kmを、最も良い山容を見るには3kmを行かねばならないと言う。 体調は不良だが何とか見られる地点まではと散策路に入る。僅かな高低差しかない道なのだが、途中何度も休みながら2km地点に到着。三姉妹峰は深い霧の中だったが、体調不良の中を何とかここまで来られたことで満足した。 |
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| 峻険な山々 | "深く長い峡谷 |
| 山腹を切り崩して幅1m程に切り開かれている散策路では、常に片側に深く急峻な谷を見下ろす事になり、体調不良でふらつく体には正直恐怖を感ずる箇所もあったが、その景観の雄大さには圧倒された。 名前を忘却してしまったが、散策路の途中にはこのルートを開発した人物の記念碑が建てられていた。こう言う峻険な山岳地帯を探検し開発するエネルギーの凄さに感嘆する。 |
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| 二度目の解熱薬服用で、少し体調が回復してきた。 ピクニックランチが計画されている小さな湖アントロ湖は、湖と言うより沼の感じであるが、鴨が泳ぎ岸辺には野草の花が咲き乱れていて、実に雰囲気のよい場所だった。何組ものピクニックランチを楽しむグループがあり、ピクニックランチの適地として知られているところらしかったが、個人的には全く食欲が出なくて残念だった。 |
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| 花咲く湖畔 | 静かな湖面 |
| 遠くの岩山、中間には針葉樹林、近くには湖畔でピクニックランチを楽しむ人たち、野草の花と 役者が揃い、景観として明るく申し分ない湖畔の風景を持ったアントロ湖である。 目を反対側に転ずれば、遠くの岩峰バックに、シルエットの針葉樹の影を湖面に落とした静謐な湖面が広がっていた。逆光に輝きを見せた光る湖面が印象的だった。 |
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| ミズリーナ湖は先のアントロ湖より数倍広い湖である。 三角錐状の山容を持つ岩峰をバックに、針葉樹の林に囲まれて広がる湖は、レジャーと保養地を兼ねたような所で、大勢の人たちが水上や湖畔で、或いは思い思いの散策で、レジャーを楽しんでいた。 また、山側の斜面には各種高山植物の花が咲き乱れて、我らが一行は花の撮影に殆どの時間を費やした。 |
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| 湖岸のレジャー施設 | 湖畔のホテル |
| 湖畔には幾つものレジャー施設が作られ、少し湖畔から離れると高山植物の花が咲き乱れるお花畑があり、散策路やショップも整えられていて、水上から陸上まで憩いの場として恵まれた所と見受けられた。 湖畔に建つホテルは大型だが、華美に流れず奇抜さも求めないオーソドックスなスタイルで、湖の景観に良く溶け込んでいる。観光先進国の実力を垣間見た思いがした。 |
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| 標高1520m、エメラルドグリーンやペパーミントグリーンと賞賛されている色の水を湛えたカレッツァ湖に立ち寄る。 遠くにダテマール連峰を望み、周囲を針葉樹に囲まれた湖水の雪解け水が、木々の影を映し幽限な風景を醸し出していて、小さいながら実に美しい湖である。 雪解け水が含む石灰質が、美しい色彩を持った湖水の色を出しているのだという。 |
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| ボルドイ峠(2,239m) | ファルツァーゴ峠(2,112m) |
| ドロミテ街道を走りスイスのサンモリッツに向かう途中、ごつごつした山々、小さな村々と咲き乱れる高山植物の群落を窓外に見ながら、標高2000mを超えた二つの峠を越える。ドロミテ街道の最高地点ボルドイ峠のショップ裏斜面は、高山植物が咲き乱れていて花の撮影に時の経つのを忘れた。花を終え房状の種を付けた翁草の群落も忘れがたい。 | |
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| 大型車の通行規制で、一端オーストリヤ領に迂回をしてイタリヤに入国した。
氷河によって作られたエンガディンの谷の風景を楽しみながら、PM18:00ホテルにチェックイン。 一夜明けて、早朝サンモリッツ湖畔の散策に出掛け様とホテルから出ると、夜半の雨が雪に変わっていた。ホテル入り口の寒暖計は6℃を指していたので、積もることはないと湖畔に向かう。針葉樹の森が雪を冠して霞み幻想的な風景が広がっていた。 |
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| 夕暮れの街路 | サンモリッツ湖 |
| マロヤ峠(1815m)からブレイル(1628m)の45kmにまたがる、エンガディンの谷最大の町であり、世界的にも観光名所として名高いのがサンモリッツ(1856m)である。 ここの温泉の歴史は古く、青銅器時代(紀元前1500年)から利用されていたと言われていて、今では近代的な保養温泉センターがあり、夏冬を問わずいろいろなスポーツが楽しめる設備が整っているという。 1859年に初めてのスキー客が来て以来、目覚ましく発展し、牧歌的な村から今ではホテルが立ち並ぶ都市へと変貌して、今は観光が主要産業の町である。 |
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| 山岳鉄道の国スイスの三大鉄道の一つである氷河特急は、BVZ鉄道・FO鉄道・Rhb鉄道の三社で構成され、途中方向変換やループを繰り返し、急勾配ではラックレールを利用したアブト式路線を採用して、標高差を克服しながらアルプスを横断し、サンモリッツ〜ツェルマット間を結ぶ所要時間約8時間の鉄道路線である。 |
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| 特急の機関車 | ホームの乗客 |
| 世界一ゆっくり走る特急列車の出発前に、先頭車やホームの風景にカメラを向け、記念写真などに余念のない乗客が多く、ホームでの人の動きは激しいが、それぞれの乗車車両は予め指定されているので、乗車時に混乱する事はない。 | |
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| ガイドブック | 記念のグラス |
| 駅の売店で日本語のガイドブックが販売されている。予め旅行社から教えられていたので購入できたが、一日の販売部数が限られていて直ぐに売り切れてしまうそうである。 列車の走行中にガイドブックと照合しながら、ポイントを把握するのはとても難しい。帰国後に旅の思い出や印象を振り返る手助けとする方が、より利用価値がありそうだ。 また、急勾配の走行に対応した、傾きのあるグラスが駅事務室で販売されている。ユニークな形をしたグラスなので、お土産や記念品として購入する観光客が多いそうだ。 |
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| 山岳鉄道の特徴は数多くの谷をわたる橋梁が必要になる事である。 この鉄道でも最も有名な高さ65m、半径100mでカーブするランドヴァッサー橋や、高さ90m、橋長164mのソリス橋など、全線で291の橋がある。 ランドヴァッサー橋をゲットしたいと乗車前から準備していたが、列車編成の都合で昼食が早まり、鉄橋の通過時刻には、満員の食堂車に缶詰状態となってその機会を逃してしまった。 |
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| 渓流沿いに上る | 平原を走る |
| 標高1775mのサンモリッツ駅を出発した列車は一度標高504m迄下り、そこから方向変換やループを利用して標高2033m迄上る。再度そこから標高671m迄下がり、再度上って標高1604mのツェルマットに到着する。 その間には何度も上がり下がりを繰り返しながら、断がい絶壁をすり抜け、渓流沿いを走り、草地の広がる牧歌的風景の平原を通過して、1500mに及ぶ標高差を克服して行く。 |
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| この列車の旅は、道中に雪景色有り、花々の咲き乱れる牧歌的風景有り、はたまた峻険な山容の風景や目もくらむ絶壁の風景等々、数限りない見所が窓外に展開する。 ガイドブックは言う。空を飛ぶが如くあっという間に過ぎて行く一時、遊覧飛行のごとく魅惑的な魅惑的なアルプスの様々な側面を見せてくれる。と--- |
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| 線路に迫る氷河 | "深い峡谷 |
| 列車はループトンネルや全長15.4kmのトンネル等91ものトンネルを潜り、高さ60m半径100mでカーブする高架橋や石像アーチ橋や等290余の鉄橋を渡り、有史以前の地滑り地帯や氷河が運んだ巨石が草原に点在している場所などを通過して行く。線路近くまで迫っている氷河、峡谷の底が列車から見えない深い峡谷、地平線を空と大地に分けている山々の山頂などに目を奪われが、ガイドブックやマップにあるポイントを特定するのが難しく、まして撮影は至難の業である。 | |
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| 花を見るには最適の時だった。干し草が作るために牧草などは実を結ぶ前に刈り取られてしまうので、草刈りが始まればお花畑等は跡形もなくなってしまうと言う。 牧草地に広がる白や黄色い花のお花畑は至る所に美しく点在していて、列車やロープウエーの窓から眺めることが出来る。 |
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| 渓谷のアルペンローゼ | 窓外のナデシコ |
| スイスの三大名花の一つ、アルペンローゼはアルプスのバラと呼ばれているが、ツツジ科の花で、標高1500〜3000mの斜面に大規模に群生している。 鉄道沿いの斜面には、色とりどりの名も知らぬ花が咲き乱れているが、唯一名前を知っていたナデシコシコは、線路沿いの斜面に可憐な花を咲かせていて、場所によっては手折れそうな近さで咲き誇っていた。 |
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| 村や町を通過する度に目にする教会だが、ガイドブックに掲載されている三つのユニークな教会がある。 その一つ、葱坊主の教会はツエルマット寄りのザンクト・ニコラウス(St,Niklaus)の駅前にあったので、容易に視認できたし、撮影することも出来た。 |
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| 中世の教会 | 白亜の教会 |
| ミュンスター(駅)の観光名所である中世の教会は、塔は12世紀のロマネスク様式のもので、オルガン演奏席は、1491年製の後期ゴシック様式だそうだで、別にあるルネッサンス教会の身廊は1509年に造られたものだという。 写真の教会はそうだと現認したものではなく、これかなと推定して撮影した教会である。 白い教会も、出発して小一時間ほどのティーフィンカステル(駅)から見える、サンクト・シュテファン教会を指すが、塔の屋根までが真っ白だったので、これかなと推定をして撮影をしたものである。 |
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| スイスの村や町の周囲は、草地に囲まれ牧歌的な風景が広がり詩情をそそられるが、こうなるまでのスイスの人々の苦労は、並大抵のものではなかったらしい。 気の遠くなるような超年月に亘って、氷河が作りだした荒れ地を草地に改良した経緯の一端を、昭和36年に、この国を旅した新田次郎氏が氏の随筆集で発表している。 |
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| 山間を走る道路 | 草地に囲まれた村落 |
| 列車の窓外には、筆舌に尽くしがたい美しい風景が次々と展開するが、中でも村(町)とそこを取り巻く草地の風景は、優しく叙情的で心が癒される。 新田次郎氏は随筆集の中で、訪れた当時でも、牧草地の端で懸命に石拾いをして、草地を広げる手助けをしている子どもとの邂逅を、優しい眼差で書き記していて、これを読むと、スイスの人たちの、艱難辛苦が偲ばれて感慨をより深くする。 |
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| 約8時間の列車の旅を終えてツエルマットに到着した。ツェルマットは標高1616m、我々氷河特急の旅の目的地であり、観光施設が整い観光客の望みを叶えてくれる町としても著名な町である。 |
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| アブト式の線路 | 途中の停車駅 |
| アブト式の線路は急勾配の区間で、駆動軸に取り付けてある歯車と、レールの間に取り付けてあるラックレールを利用して急勾配を登って行く方式で、全路線中確認出来たのは三箇所だった。 この鉄道路線には、スイスで最も長い約5000年の歴史を持ち、グラウビュンデン州の州都の駅から無人駅や通過駅まで約80の駅がある。 それぞれの駅には、観光地へアクセスの駅、長い歴史を持つ村の駅、鉄道建設に由来する駅等々、長い歴史を辿ってきた駅や、多彩な役割を担って来た駅がある。 |
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| このマッターホルンの麓の町は、1820年から世界中の旅行者を迎入れている観光を主産業とした町で、ガソリン車の走らない事でも知られている。車でツェルマットを訪れた人は、一つ手前のターシュ駅から20分毎に運行されているシャトル列車でツェルマットに入り、ツェルマットでの移動は電気タクシーやバス、馬車などを利用する。ターシュには、アルプス最大と見られる駐車場(2,000台以上)が設けられている。 ツェルマット駅から徒歩でホテルに向かう途中、憧れのマッターホルンが見えた。頂上付近は雲に隠れて見えなかったが、その山容はさすがで見事な存在感である。 街中だったが、そのことを忘れて全員がしばし撮影に熱中した。明日は全容が見られることを期待する。 |
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| ツェルマット駅前 | 花で彩られたホテル |
| ツェルマット駅前は山岳観光のメッカの名に恥じず大勢の観光客で混雑していて、人気の高さを実感した。 特に日本の町と錯覚しそうな程日本人の顔、顔、顔の駅前広場だった。 多くのホテルがこの地方伝来の民家建築である焦げ茶色の木造シャレーに、ゼラニュームなどの花々を植えてバルコニーを飾り、花の満艦飾の風情である。 至る所でホテルの新設工事が行われていた。聞くと来年度から建設規制が施行されるための 駆け込み建設だという。 |
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| 中心街 | マーモットの噴水 |
| 中心街は駅正面と平行に走る約1km弱の通りである。ここでも行き交う観光客の大半は日本人で、幾つの旅行社がツアーを組んで入っているのか想像もつかない。本通りと直角に交差し四差路を形成して小さな商店やレストランが軒を並べる小路がある。登山用品やナイフの店は、充実した品ぞろいがしてある様に見えた。時計店も数軒あったが、我々の知らないブランドが多かった。 本通りの一角、官庁らしい建物の傍らにマーモットの噴水があった。マーモットを「町の動物」に指定しているらしい。 |
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| 朝ホテルで若い日本人男性ガイドと落ち合い、ツェルマットからアブト式ラックレール登山列車で約45分のゴルナーグラート展望台(3,100m)に向かったが、天候は曇でどれだけ展望が開けているか、ガイドの予想は悲観的なものだった。 |
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| ツヴエリングス氷河 | ショベルツ氷河 |
| 登山列車終点のゴルナーグラート駅から、約50m位高い所に展望台があり、登りは徒歩で10分程度だった。 展望台は標高3,100mにありモンテローザからマッターホルンまで、4,000m級の秀峰29座を大パノラマで望めるはずだったが、ガイドの予想通り、ガスに覆われていてその僅かな切れ目から覗く氷河などが見られるだけだった。 駅の前面は切り立った深い谷になっていて、麓の町を俯瞰出来たほか、谷を隔てて幾つかの氷河を見ることが出来たのだが、ここはスイス撮影ガイドでも紹介されているビューポイントだっただけに、ガスに展望を妨げられたのが残念だった。 |
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| 標高3,100mのゴルナグラード展望台の観光を終え、登山鉄道でローテンボーデン駅まで一駅下り、、ここから約45分のリッフェルベルクまで、ツェルマットで最もポピュラーなハイキングコースに入る。 歩き始めて直ぐに、このツアーの目玉の一つである「逆さマッターホルン」で有名なリッフェルゼン湖であるが、当のマッターホルンは雲に隠れていて全く見えず、当然湖にもその姿は映っていなかった。 |
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| ハイキングに出発 | クライン・マッターホルン(3,883m) |
| ゴルナグラードから一駅下りただけで上空には青空が広がり始め、マッターホルンが見られる期待を込めて、一同元気にハイキングの一歩を踏み出した。 進行方向背後には、ブライトホルン(4,159m)、左手にはクライン・マッターホルンが、美しい姿を見せてくれていた。このクライン・マッターホルンは、マッターホルンの登頂を目指すクライマーの実力テストを行う山で、この山を定められた時間で登頂できないと、マッターホルンへのアッタクの許可が出ないという。 |
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| リッフェルブルグ駅と登山電車 | 見えなかったマッターホルン |
| クライン・マッターホルン等の美しい山々や、可憐に咲く高山植物の花々を愛でながら正午近くにハイキングコースの終点リュフェルブルグに到着、駅近くのレストランで昼食後、午後は自由行動なので、ガイドの薦める更に一駅下のフェルベルグ迄のハイキングコース延長か、登山鉄道でツェルマットに帰り市内観光のコースかを選択することになり、リュフェルブルグまでのハイキングを選択する。 高山植物の花々を撮影しながらの途中で、市内観光を選んだ一行を乗せた登山鉄道を遠望する。気づいてくれるかと大声で呼んだり、ハンカチを振るなどしたが反応はなく、後で聞くとやはり気づかなかったという事だった。 マッターホルンが頂上付近に移動している雲の塊を乗せていて、今にも頂上までその姿を見せてくれそうな感じがあり、随分と粘りかつ待ったが最後まで全容を現すことが無かった。 |
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| 小雨模様の8:15、徒歩でツェルマット駅に移動、列車でバス(ガソリン車)の待つ隣のターシュ駅に、そこからバスに乗り換えてグリンデルワイルドに向かう。 ホテルのベランダからマッターホルンが墨絵のように見えた。完全とは言え得ない姿だが破れかぶれで露出30のAFでシャターを押した。移動のための集合時間も間近の事である。 グリンゼル峠に近づくと雨から雪に変わり、峠では約10cmの積雪だった。 |
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| 雪に戸惑う女性観光客 | ホテル無人のテラス |
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雨模様の山道をバスは喘ぐように登る。道程途中のグリンゼル峠は雪が降っていて、寒さに戸惑う観光客の姿があった。 峠のホテルは宿泊客が出発した後なのか、ロビーに人影はなく閑散としていた。また、屋外のテラスも無人で、テーブルや椅子に雪を積もらせ、寂寥感を漂わせていた。 日本人技師がいるという水力発電所ダム湖のグリムゼム湖や、グリエッツ湖の湖畔を走り、旧氷河特急名残の鉄路跡やゾーズン及びローヌの氷河を車窓に眺め、バスのDrが推奨するチーズを生産するアルスゲーテ村などを通過する。 |
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| PM1:00近くに「アルプスの首都」とも呼ばれるグリンデンワールドに到着すると、ゴンドラの動いているのが見えた。 街中には、日本語や朝鮮語の案内板、観光案内所が多く目に付いた。ここで昼食後、ロープウエーで、アイガーやヴェッターホルンが見られるというフィルスト展望台に登ったが、厚い雲に覆われていて展望は不可能だった。 ゴンドラがフェルスト駅に到着したものの、ガスが立ち込め視界も40〜50m程度なので、そのまま引き返し視界の開けたボルトまで下りる。 周辺の山々は未だガスに覆われているが、足下には高山植物の花々が咲き乱れ、なんとか周辺の風景を眺望することが出来た。 |
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| 谷間のコテージ | ガスの掛かる岩峰 |
| ボルトは、リゾートを楽しむ人々やトレッキングなどの基地的な場所のようで、緩やかな斜面の谷間に瀟洒なコテージが点在していた。 谷を隔てた山々にはガスが掛かり、峻険な岩峰の一部しか見られなかったが、却って山の険しさが強調されていて迫力があった。 |
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| ユングフラウ地方はスイスを代表するアルペンリゾートで、その中でもグリンデルワルトは日本人観光者に人気の高いという。ヴェッターホルン(3,701m)やアイガー(3,970m)の麓に位置するこの村は、人口が約4,000人標高1,034mで高度としては軽井沢に近いそうだ。 地名の由来は、昔ここに住んでいたケルト人の言葉で「採石と森」と言われ、かって谷を埋めていた氷河が後退するするに従い、氷河が運んだ氷堆石と森が混じった風景になり、そこから生まれたとされている。 |
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| グリンデルワルト駅 | 町の本通り |
| グリンデルワルト駅は町の西端にあり、ここから各地の展望台やハイキングコースなどにアクセスする観光の基点になる駅である。駅の近くには日本人スタッフが常駐する日本語観光案内所や、自動両替所などがあって旅行者には便利である。 町にはアルプスらしい素材を扱う店も多く、ウインドショッピングをしても楽しい。本通りに面して日本語や韓国語の看板を出しているレストランも多く目に付いた。今回の旅行の記念絵はがきやお土産、自分用のチロリアンハット、Tシャツなどは全てこの町で購入した。 |
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| 午後ボルトからクライネシャイデックに戻り、明日夜以降連泊するホテル グリンデルワルトーホフに主要な荷物を預け、一泊分の荷物を携行して山岳鉄道でアイガー(3,970m)・メンヒ(4,107m)・ユングフラウ(4,158m)の三名峰が連なるクライネシャイデックに向かう。 列車移動の途中から雨模様の天候となり、ホテル到着後は本降りの雨となって明日の観光を心配しつつ就寝する。この山上のホテルは古い木造建築で山小屋風な営業をしているため、衛生面や騒音面などに宿泊者の遵守事項があったが、いずれもモラルやエチケットの範疇で特別なものでは無かった。 写真のホテル後方の山は、左からメンヒ・ユングフラウ(ドイツ語の乙女)。アイガーはメンヒの左に隣接している。 |
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| 早朝のユングフラウ峰(4,158m) | 登山列車始発駅 |
| 朝、砂利を踏んで歩く音に目覚める。時計を見ると午前五時、窓外を見ると雨の上がった青空の中に憧れのユングフラウがくっきりとそびえ立っていた。胸中の歓喜を押さえカメラを携えて屋外に飛び出し、朝食までの間撮影に没頭した。 ホテルの直ぐ斜め向かいがユングフラウヨッホに向かうクライネシャイデック駅で、朝の一番列車はここが始発になる。人気の鉄道なので利用者が多く、ここが始発駅であることは座席の確保など確実で有り難い。 |
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| この登山列車については、新田次郎氏の随筆「アルプスの谷アルプスの村」に「アイガーの土手っ腹に9.4kmの穴をぶちあけて、その中に最大勾配25%と言う鉄道を敷き、一気に3,500mの山の上まで引き上げる」の記述がある。途中二つの駅に5分間停車して北壁に開けた大きな穴から外を見ることが出来るのだが、新田氏のアルプス行の昭和36年当時には、その壁の穴は直接外気に接していて外の雪に触れることが出来たとある。現在は大きなガラスがはめ込まれていた。 その窓の一つから、槇有恒氏(大正10年アイガー東山稜の初登頂成功)の寄付金で建てられた山小屋に縁のある小屋を、遠望することが出来た。 |
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| 雪崩の痕跡 | 新田次郎記念碑 |
| 5分の停車時間で北壁の窓から斜面を眺めると、凄絶な雪崩の痕跡があった。登攀中にこんな雪崩に遭遇したら一溜まりもないことが実感できた。 クライネシャイデック駅の近くに新田次郎氏の名前を刻んだ記念碑があった。新田氏が生前死後はこの地に眠ることを希望していて、関係者はその実現にお墓の建設を願い出たが許可されず、記念碑で許可が出て建設されたものだという。 |
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| ユングフラウ(4,158m)の肩部まで登山鉄道(大正元年開通)で登ると、駅に続く建物があらゆる施設を持ったユングフラウヨッホである。世界最高点の展望台を持つことから、建物の名はその名もトップ・オブ・ヨーロッパである。 建物は五層建てで、前寄り通路からロビーの間に駅窓口兼郵便局(ヨーロッパ最高所)・案内所・キオスクが、0Fには団体旅行者の集合場所になっているフロアーがあり、ここにはコーヒスタンドがあった。F1〜F4にはセルフレストラン、映写室、レストラン、当時の工事の様子などが見られる展示室や氷の宮殿などが設けられている。 エレベーターで行く展望台は2箇所で、世界最高所で気象観測所併設のスフィンクス展望台(3,562m)とプラトー展望台(スフィンクスより低い)である。スフィンクス展望台からは雄大なアレッチ氷河の全容が見られ、平らで広い氷河の上に立つことが出来る。プラトー展望台には、氷河をくり貫いた氷の殿堂を通って行く。 ユングフラウヨッホで見逃せないのが、郵便局前にある富士山頂から交換で移設された郵便ポストで、販売されている絵ハガキに記念切手を貼って全世界宛投函できる。 |
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| 氷の宮殿マリヤの氷像 | 眼下の風景 |
| 氷の宮殿の通路(トンネル)は、氷河をくり貫いて作られていて非常に滑りやすい。マリヤ氷像や日本は大津市、琵琶湖ホテルの調理師が作成したお相撲さんの彫刻もあった。 プラトー展望台から見下ろす風景は、雲の掛かった岩稜、雪を乗せた山腹と遠く緑の稜線が一体となったその風景の雄大さには息を呑む。 |
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| ユングフラウ(4,158m)の肩部まで登山鉄道(大正元年開通)で登ると、駅に続く建物があらゆる施設を持ったユングフラウヨッホである。世界最高点の展望台を持つことから、建物の名はその名もトップ・オブ・ヨーロッパである。 建物は五層建てで、前寄り通路からロビーの間に駅窓口兼郵便局(ヨーロッパ最高所)・案内所・キオスクが、0Fには団体旅行者の集合場所になっているフロアーがあり、ここにはコーヒスタンドがあった。F1〜F4にはセルフレストラン、映写室、レストラン、当時の工事の様子などが見られる展示室や氷の宮殿などが設けられている。 エレベーターで行く展望台は2箇所で、世界最高所で気象観測所併設のスフィンクス展望台(3,562m)とプラトー展望台(スフィンクスより低い)である。スフィンクス展望台からは雄大なアレッチ氷河の全容が見られ、平らで広い氷河の上に立つことが出来る。プラトー展望台には、氷河をくり貫いた氷の殿堂を通って行く。 ユングフラウヨッホで見逃せないのが、郵便局前にある富士山頂から交換で移設された郵便ポストで、販売されている絵ハガキに記念切手を貼って全世界宛投函できる。 |
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| アレッチ氷河 | ユングフラウとシルバーホーン |
| スフインクス展望台のテラスからは、世界遺産のアレッチ氷河の全容が見られるが、厳密には手前部分はユングフラウ・フィルンという万年雪だと言う。 プラトー展望台への階段を上って外へ出るとユングフラウの山頂を間近に見ることが出来た。山頂右側の三角錐状をした頂がシルバーホーン(3,695m)で、全体が白銀に覆われている。 |
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| クライネシャイデック駅に戻り、駅の近くで昼食、新田次郎記念碑を訪ねた後、クライネシャイデック駅からヴェンゲンに、ここでゴンドラに乗り換えてメンリッヘンに移動、約2時間のハイキングを楽しんだ。 ここは初心者向きで人気も上位のコース。全体が下り気味のコースで前半はアイガーとメンヒが望め、後半にはユングフラウも見ることが出来た。コースには各種の高山植物が咲き乱れ、ガイドの説明を聞きメモを取り写真を撮ると言う三つの行為は、至難の業と思い知らされた。 |
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| 出発点付近 | 途中の風景 |
| 出発点付近からはアイガー・メンヒ・ユングフラウの三名山の他、アイガーグレッチャー、アイスメーアー、アイガーヴァントなどの2〜3,000m級の山々が間近に、3〜4,000m級のヴェッターホルンやシュレックホルンを遠くに見ることが出来た。 コースをハイキングで下るのは我々を含めて殆どが日本人観光客、欧米の観光客は我々とは逆に登ってくるのが殆どで、途中で出会った70歳台かと思える女性が単独行だったのには敬服以外の何者もなかった。 高地に漂う心地よい冷気を感じ取り、足下に咲き乱れる花々を愛でつつ、周囲に聳える雪を頂く山々の遠近に眺望するコース途中の風景は、将に絶景と言って過言では無いと思う。 |
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| トウルメンバッハの滝 | ミューレンバッハの滝 |
| 終日自由行動の日で、希望者でユングフラウ地区で最も西側の谷の中腹にある、絶景の村「ミューレン」を訪ねるツアーに参加する。鉄道からバスと乗り継いで途中二つの滝を見物する。 トウルメンバッハの滝は、私有地で鍾乳洞とは異質の地下河川に形成された幾つかの滝を見物するものだったが、どこも滝の飛沫で撮影が出来ず、地表に出ている滝を撮影するに留まった。ミューレンバッハの滝は、バスの車窓からの見物になったが、落差が約300m程もあり糸を引くように落下する水が見応え十分だった。 更にバスからロープウエーに乗り継ぎ、標高約3,000mにあるシルトホルン展望台に向かう。 |
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| ロープウエーを下りると思わず息を呑む絶景が広がる。緑の樹林帯と褐色の絶壁、白色の雪襞の織りなすコントラストに、白雲が絡んだ広大な風景は見事の一言に尽きる。 ここの展望台は、「ビッツ・グロリア」と言う回転レストランになっていて、居ながらに360度の景観が楽しめる様になっている。またこのレストランは「女王陛下の007」のロケ地としても有名である。展望台ロビーには、今井みち子氏のアイガー登頂時に使用したヘルメットその他が展示されていたが、フラッシュ光がガラスに反射して撮影に失敗したのが残念だった。 |
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| 展望台付近 | アイガー北壁 |
| 展望台のテラスからは、アルプスの峰々を隔てて遠く藍色に輝くブリエンツ湖やトゥーン湖が望まれ、展望台付近には大勢のハイカーが準備で屯したり、斜面に足を踏み入れたりしているのを見る。 本旅行の最後の訪問地、絶景の村「ミューレン」に向かうロープウエーからは、若干雲に遮られたアイガー北壁を望むことが出来た。 |
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| ミューレン村は、標高約1634mに位置する人口およそ400人という小さな村で、6〜9月のハイキングシーズンには、周囲の山々と花畑が素晴らしい美しさを見せるというが、今回は少し時期が早かった。 村の位置が西側の谷中腹にあるためアイガー・メンヒ・ユングフラウの3名峰を、遮るもの無く最も美しい角度で眺められると言うことだったが、当日は雲に遮られてしまった。 |

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