2002年1月の日記
ついに我がホームページも年を越すことが、できました。
このホームページは「ホームページビルダーV6」というソフトで作ってるんだけど、マニュアル本の前半半分のとこまでの機能しか使ってません。つまりホンのビギナーレベルの技術だけです。ホントWORDに毛が生えた程度です。
そろそろフレームも着けて・・。アニメも入れて・・・。と思っていたのですが、面倒くさくて、マニュアルの後半は全く読んでいません。更新するのが精一杯です。


1月28日
BACK TO THE 80's


先日、実家に帰ったついでに、入社当時のアルバム(13年前)を持って帰ってきた。

13年前の自分はきっちり13年分若い。髪もふさふさで、瞳は明るい希望で輝いている。

しかし、ダサイ!


私服の時は、そりゃないぜって服を着ているし、スーツの時はいまどき、不動産屋でも着ないぜってスーツを着ている。

オレ達が青春時代と信じて疑わなかった80年代。青春の輝きと裏腹に、ダサさで満ち溢れている。

50'sでもなく、60'sでもなく、70'sでもない、
80's

オレたちが駆け抜けた時代をここできっちり検証してみたい。

「メガネ+α編」から。


まずは入社後すぐに行われた新入社員研修。時は1989年4月、場所は志摩町某所。
いきなり、軍服を着せられ、不安でいっぱい。


同期入社に2名のメガネ君が・・・・。別の写真でみてみると・・・。



そう、異常にフレームが大きい。まるでアラレちゃん
現在の細くて、きゃしゃなフレームに比べ、視野は広いし、丈夫だし、いいとこづくめのメガネやけど、これが再び流行るとは思えない。

最高にでかいフレームはこれ


サングラスバージョンもあり。


細かいネタやけど、ウェストバック前面掛け(これオレじゃん)


まずは前でカチッっとバックルを留めて、その後バック全体をクルッと一周回して、前面掛け完成。2〜3年前まで、詩人S先輩はやってたけどね。

これぞ、80's最強の遺産。「洗いざらしのケミカルウォッシュジーンズ」 殿堂入り間違いなし! 白いTシャツの裾をちゃんと入れてるのが80's風。


てな感じで、80's検証の第一弾を書いてみたけど、皆さんのタンスや押入れにも、これぞ80'sってお宝が眠っているはずです。

どしどしご応募ください。

おもしろいネタを提供してくれた方には、K君所有「パーソンズ・ド派手ブルゾン」(ピンク)をプレゼント! するかもしれません。


1月24日
俺だけの旅

山用のガスカートリッジを買いに、姪浜駅の南側の道を車で走っていた。25年前、このあたりに引越してきた時、道は対向二車線で、田んぼの中の一本道って感じだった。

それが今は、道は4車線に拡がり、両脇には量販店やレストランがずらっと並んでいる

そして、4車線の道を都市高速がまたいでいる。


姪浜から福重に向かう道

25年前の面影は皆無である。25年間でこんなに変わってしまったところも全国的に珍しいじゃないだろうか。

故郷と呼ぶには、あまりに身近で、そして遠くなってしまった姪浜。

どうせ、今日は休みだ。

時間が許す限り、昔の面影を探してみよう。

オレが生きてきたアカシを探してみよう。

そう、オレによる、オレのための、オレ探しの旅。名づけて
「俺だけの旅」

まずは実家からスタートだ。

オレがオレであるルーツ・・・実家〜母校へ。

薄給の両親が購入した4LDKは、購入当初は田んぼと畑に突然できた団地って感じだった。
4階の窓からは背振山系が全て望める程、眺望がよかったが、いつの間にかマンションが乱立し、わずかに背振山頂のレーダー基地が見えるのみである。
おまけに団地の、北側には都市高速が走り、団地を取り巻く環境はすっかり変わってしまった。

よく見ると奥に都市高速が走っている。

老人二人暮しの寂しい洗濯物

実家から、生松原海水浴場に近い「西陵中学」へ。
通学路はいつの間にか、外環状線が貫通し、あの路地も、あの近道も今のもうない・・。

通学途中にある「下山門団地」。ここにはたくさん同級生が住んでいた。いかにも寂れた団地はいつも何か事件が起きていて、当時この団地だけの暴走族がいたぐらいだ。

悪の巣窟の団地

団地の中を友人のお父さんのカブで走り回り、警察につかまり(当時交番勤務警察官はなぜかイッセンと呼ばれていた)親に怒られ、先生に怒られ、裁判所までいくハメになったことを思い出す。

ただちょっと乗ってみただけ・・。そんな行為に必死になって怒る大人達があの頃は存在していた。

勉強ができなかった同級生はほとんど、西鉄沿線の私立高校に進学し、だんだんと疎遠になってしまった。一人だけ、中学、高校、大学とずっと一緒だったヤツがいるが、会っても中学時代のダークサイドな話はほとんどしない。

中学〜大学まで一緒だったヤツの実家

団地の壁はあの頃のオレのココロのようにすすけたイメージだったが、今は明るいクリーム色の塗られた壁が冬の陽の中で健全に光っていた。

中学の校舎を見上げてみると、驚いたことに窓ガラスが一枚も割られていなかった。
海が見える校庭サッカーをする子ども達の顔も健全な笑顔があった。

荒れてない校舎

海が見える校庭

中学から南へ車で5分。「西陵高校」。
殺伐として、ギスギスしていた中学時代に比べ、高校時代はのんびりしていたし、問題を抱える生徒もいなかった。

卒業のクラス写真もこの門の前だ

この学校でオレは、友人を作り、部活をやって、バンドをやって、いかに人より楽しく生きるか、いかに目立つか・・。 そんなことばっかり考える、フツーの高校生だった。

ベランダで先生がタバコを吸っていた

そう言えば、来年度、卒業20周年を迎える。
もう一部のヤツしか会うこともないし、こうして校舎を眺めていると、無性にみんなに会って
見たくなる。

誰か、一緒に同窓会の幹事せん?

次に行ったのは、「飯盛山」
中学の遠足、高校の夏合宿で登った思い出のある山。

もっと遠くから見ると飯を盛ったように見える

飯盛神社の登山口から登り始める。コースは林の中を直登。15分ほど登ると、道はどんどん急になってきて、ホントにきつい。こないだきつすぎると愚痴った「宝満山」以上にきつい。それでも40分程で山頂に着く。

足がキツイよりも、先に息があがる登行であった。
山頂からは、福岡市西部が一望できる。もちろん我が母校も手前に高校、奥に中学が並んで見える。

遠くにシーホークが見える

高校が手前に見える

山頂でカップヌードルを食べる予定だったが、あまりのキツサに食欲がなく、写真を撮ってすぐ下山。

こうして久々に母校を巡ってみたが、何十年振りに行った場所というわけでなく、ちょくちょく前を通りかかったりしていたんで、特に懐かしさが沸いたわけでもない。
身近な場所なのに、遠く手が届かない場所って気持ちになった。

1月23日
ハイソなホームパーティ

僕らの業界で一番の人格者で、生徒会長タイプのライターMさんが、山登りで知り合ったご婦人宅のホームパーティにお呼ばれしてしまった。

会場のご婦人宅は、西公園の近くのマンションで、中に入ってびっくり。本物の木でプロ-リングした床。高そうな絵画。まるで家庭画報の世界。

すでに料理の準備は整っていて、これまた高そうなテーブルに本日のメイン「イノシシ肉のすき焼き」が用意されていた。
これが絶品イノシシのすき焼き

さし盛まである

庶民の我々は、取りあえず素敵な内装を思いっきり、ほめて。次に器を思いっきりほめて。と営業マン冥利に尽きるホメまくり。

主宰のご婦人を始め、参加者はみんな品がよさそうな方ばかりである。ただ、関西弁丸出しのボンバーなオヤジ「エロ坂」さんが座の中心の為、ハイソな集まりに慣れていない我々も、輪の中に入ることができた。

ハイソな面々

このハイソな集まりに今回呼ばれなかった人がいる。表向き「彼を知ってる人がいないから」という理由だが、明らかに生徒会長は彼を意図的に呼ばなかった。

彼の身なりがまずしいから?
彼は話題に乏しいから?

大使館で連日豪華なパーティを開く外務省の幹部。
寒さでいてつく、アフガニスタンで活躍するNGOの人たち。
パーティに呼ばれたオレたち。
呼ばれなかった彼。

いろんなことが頭の中をよぎった・・・・・・・。なんてことはない。

1月22日
深夜残業も悪くない。

近頃はあまり、深夜残業しなければならないことのすっかりなくなったが、前はプレゼンを控え残業することが多かった。
プレゼンの前夜、必要な部数製本しおわり、机でトントンを企画書を揃えていると、誰かが「ちょこっとビール飲んで帰ろうか?」「いいねぇ」・・・。

こんな感じで、ここ数日、深夜残業を共にした戦友同士が気軽に誘いあって、飲みに行く時がある。店は会社の近所の、どうでもいいような、定食屋の居酒屋の中間のような店。

あまり冷えてないビールを、洗いっぱなしで水滴がついているコップでグイッて飲んだ時、なんとも言えない様な幸せな気持ちになる。

「この仕事がうまく行ったら、のんびり旅行でも行きたいね。」なんて、どうせ実現したない希望を話したりする。

一時間程度で腰を上げる、店から外にでると、目の前の空にポッカリ月が浮かんでいたりするとなおいい。

1月15日
エクササイズ漬けの三連休

中性脂肪撲滅にために始めた、各種エクササイズ。ここに来て本気になって燃えている。
金曜日から「サンテ飯倉」が主催する「マッスルパーティ」なる三ヶ月に渡るプログラムがスタートした。

ゲイの匂いがプンプンするネーミングのわりには、フツーのおじさんばっかりだったが、現在の自分の体力や身体の状態を数値でしっかり理解して、数値の目標を達成していくというプログラムは、中性脂肪の数値、γーGTPの数値を戦うオレにはぴったり。

プログラム自体は、30分程度筋肉に負荷をかけながらの体操で、たいしてきつくはない。
次の日も参加し、おまけにクロールで700m完泳。

そして次の日。
降水確率40%の中、思い切って登山へ。行き先は独断で選ぶ福岡近郊の山、NO1の井原山。
渓流沿いに登るコースは、沢登りあり、ロープ伝いありの変化に富んだコースで全くあきない。
天気予報は見事にはずれ、山頂は晴天。最近あまりの寒さに登頂後、すぐ下山するパターンが続いたが、ポカポカ陽気に1時間滞在。

三連休も最終日。あいにく朝から雨。
午前中テレビで、「ホノルルマラソン」のドキュメントを見た。最後のマラソンにかける「川島」マラソン初挑戦の「アマチュアサーフボードのチャンピオンの女子高校生」「25年連続出場のフォーク歌手・高石ともや」
今日は一日エクササイズは休み。停滞をするつもりがメラメラと闘争心が燃え出し、来る「ツール・ド・トンコツ」に備え自転車に乗ることに決定。買って一度も雨の日に着た事がない高級ゴアテックス製雨具を着込み(なんと20,000円もする)室見川を川沿いに南下。

とりあえず30分で行けるところまで、と決め。雨天のため人がほとんどいないランニングロードを快走。
川面を見ると、雨のせいか結構水位がある。水も冬のせいか澄んでいてキレイである。そこで
思いついた。室見川をゴムボードで下れないか・・・。途中3〜4ヶ所堰があるが、そこをボードを担いで上がれば、行けそうである。

自転車に乗りながらその事ばっかり考えていた。「沈することを考えたら、4月ぐらいかなぁ。」「魚がいるかもしれないので網も持っていこう」「名づけて【リバーツーリングin室見】だ」

冷静に考えると、室見川なんで清流でもなんでもない川を下っても、ちっとも面白くない。面白いどころか、水が少ないところはボードを降りて引っ張らないといけないし、岸から見る以上に水は汚いだろうし・・・。

しかし、ドーパーミンが脳を駆け巡り、完全にハイ状態では自分の思いつきがすばらしいように、思えてくる。酔っ払ってできもしない約束をするのと同じ状態だ。

昨年から「酔ってした約束は必ず実行する!」を実践し、「ホンキ?」と迷惑がられてきたが、とにかく実行あるのみだ。

「ツール・ド・トンコツ」
「リバーツーリングin室見」

果たして実現するのか!?  参加者請う!

1月14日
この時期に一番楽しみなのは、荒れる成人式。

今年もやってくれました。那覇市の成人式。
昨年は、ステージに向けてクラッカーを鳴らした奴らがMVPだったけと、やっぱ今年は那覇市でしょう。
そろいの緑の紋付を着て、泡盛の一升瓶を一気飲みする軍団。フロントガラスが割れたワゴン車。
映像的にもここが一番でした。
ニュース番組のキャスターは渋い顔で「彼らには大人の自覚はあるのでしょうか?」
そんなもんナイナイ。彼らにあるのはいかに目立とうか、いかに馬鹿をやるかだけ。

でもせっかくだから、一気飲みとか、クラッカーとか、だけじゃなくて、例えば馬に乗ってくるとか、
仮装してくるとか、そこまでやってほしいね。

それでいいんだよ。成人式なんて。大人の都合で作られた「20才=大人」なんてナンセンスなもんぶちこわしていいんだよ。

役人が考えた成人式なんてモンに素直に従って、参加するほうが間違っている。人が用意した
式なんかぶち壊して、いつか自分がホントに大人になりたいと自覚した時に青年は自分を見つめ
荒野へ旅だったりするもんなんだよ。

オレは絶対、暴れる奴らの方を支持する。

追記。
と言っても、彼らの行為自体を支持してるんじゃなくて、なんとなくヤンチャな彼らにシンパシィを感じてしまうこと。20才ってオレらの時も後先もなんも考えず、楽しいこと、楽なことばっかり探してたような気がする。
「これからオレはどうしよう」って考えだしたのは、就職が目の前に迫ってからやもん。


1月13日
「井原山へ」
同僚の山仲間に「今度の連休、山どう?」と声を掛けると、「ん〜まだわからん・・。」と煮え切らない返事。こいつはいっつもこんな感じだ。

彼女の尻にしかれているので、自分で勝手に連休のスケジュールを決めれないのだ。「じゃいい、直接彼女と話すけん!」オレと彼女は彼が休日出勤ばかりしている時期、擬似カップルとして、一時付き合ってるフリをしていた。山行きで泊まった天草の旅館で、実家に挨拶するシュミレーションゴッコをして、みごと彼女のお母さんを説き伏せ、「娘をお願いします」と認められた間柄である。

直接メールして、山行きは1月13日(日)に決定。彼に「日曜日になったけん」と告げると「なんで勝手二人で決めるとや〜」とかなり不服そう。

井原山は独自で選んだランキングでは、ナンバー1である。沢沿いのルートは、沢登りあり、ロープ伝いありで、変化に富んでいるので、ちっとも飽きない。

ここのところずっと天気に恵まれていなかったが、今日は曇天ながらも気温は高くTシャツ2枚重ねで十分である。一行5人がそれぞれのペースで登り、2時間半後に山頂着。

山頂に着くと日がさし、ポカポカ陽気。この時期寒さですぐに山頂を後にすることが多いのだが、この日は一時間滞在。

ここんとこ、ホント山狂いになってしまった。
山の植物や景観にほとんど興味がないオレにとって、山はただ歩くための場所。

歩きながらいろんな事が頭によぎる。今月の売上の事、ボーナスが減った事、最近全然もてない事、髪の毛の事・・。、
それも最初だけで、そのうちなんにも考えなくなる。
頭の中のモヤモヤが、汗と一緒に流されて行く感じ。 酒とも違う一種酔っ払ってる感覚。苦痛が快感に変わるようなマゾ感覚。

こりゃドラッグと一緒だ。ダウン系とアッパー系を一緒にやった感じ。

あまりお勧めしないけど、お勧めしたい山登り、今度一緒にどう?

1月9日
年末の麺で締めくくる一年の余波が残っており、新年になってもついつい、昼食にラーメン食べてしまう。

1月5日
新年一発目のラーメンは「麺喰い日記」のトンコツ部門で大賞を取った「富ちゃん」へ。樋井川6丁目という非常に遠くまで足を伸ばしたので、相当楽しみにしていった。出てきたラーメンは、次郎丸の「ふくちゃん」のラーメンの荒削りな部分を整えた感じのラーメンだった。
それにしても、一風堂の成功依頼、こじゃれたラーメン屋(店員がバンダナしてるような)が増えたがここはいかにも町のラーメン屋といった店構え。店主も若いんだからもーちょっとしゃれてもよかったような気が・・・・。

1月8日
我がココロのラーメン屋。西区今宿にある「安全食堂」へ。やっぱここのラーメンが一番ホットする。420円って安いし。

1月9日(つまり今日)
あっさり系のラーメンを求め、「天神郷屋」へ。ここはいかにも今風の店構え。ムクの木のカウンターでメニューは筆書き、そして壁には能書きがタラタラと・・・。店員はもちろんバンダナ。
しかし、ラーメン620円は、安全食堂より200円も高いぞ。

それにしても、油度が高いラーメンを摂取しすぎているので、中性脂肪が増大しそうで心配だ。



PCのファイル整理をしてたら、昨年の秋に行った「能古島ソロキャンプ」に話が出てきたんで、とりあえずアップしときます。

最近急激に自分の中で盛り上がっているアウトドア熱はどどまるところを知らず。マイライン成金で得たお金を惜しみなくなくソロキャンプ用のグッズにつぎ込んだ。そのグッズ類の性能を確かめるべく機会と伺っていたが、振替休日に自分を追い立てるように実行に移す事にした
とにかく選択地としては翌日の会社に間に合うこと、午後2時の行動開始でもそれなりにアウトドア感があるフィールド。
そこで自宅の最寄りから渡船が出ている「能古島」に行く先を決定。
ザックに荷物を詰めてからってみると、重い・・。体重計で測ってみると「10,7kg」いままでの日帰り登山では経験したことのない重さである。
総荷物10kgオーバー

ザックを背負い自転車で能古渡船場へ。往復渡船料480円と自転車240円を払い15:15発の船に乗り込む。
ソロキャンプなんてものは若い男が社会に出る前に自分自身を見つめ直す機会として旅立つケースが多いが、30代中盤の男にとって「あの日置き忘れてきた自分に出逢う小さな旅〜俺だけの旅」と名付け、若い時にやれなかったことを実現できるときめき感を自分で演出したりした。
青春を取り戻す旅には「夕日」は必至。迷わず渡島後、西に進路を取る。海岸線を自転車で走ること20分。突然道は終わり。そこで通り道の途中で見つけた芝生広場をキャンプ地に決めた。
テントを設営し、荷物を整えるとそれなりにいい感じの空間ができあがった。しかし公園のホームレスとは大差はないような・・・。
カラになったザックを背負い港に戻って、冷えたビールや若干の食材を買って、キャンプ地に戻る。
17:00 本日一本目のビールを開栓。
次第に西の空が染まりだし、夕日が演出する自然のレビューに暫し心を奪われる。
こんな夕日を見たら誰だってセンチになります
もっかの自分の幸せな気持ちを誰かに自慢したくて、メールで数人に伝えると、メールに気が付いた人が返信してくるので、本来の目的の「自分を見つめ直す」どころではなくなり、又いつ誰が返信してくるかもしれない、という現実と結びついた状況ではシリアスな気持ちにはなれず、焼酎の酔いも手伝って、いつの間にかZZzz・・。 おしまい。

1月7日
1月4日、会社の発会式後、このサイトで作詞家として有名なS先輩の引越し祝いの会に参加した。紙コップと紙皿で鍋を囲むといった、まるで学生時代のような飲み会である。「なんかこの貧乏臭さってなんか学生時代みたいでいいね。」「なつかしぃね」「昔はこうやって和んでいると、どこから聞きつけたかベロベロになった先輩とかが乱入してくるっちゃんねー」
と和気あいあいと楽しんでいた。その時「ピンポーン」とチャイムの音。今日の参加者は全員揃っているはずである。まさか・・・。
そうやって来たのは、昨年のジョンレノン大会でも大活躍した「ロックオヤジ・コンビ」である。ロックオヤジ達は酒の匂いをプンプンさせて、まるでそこが自分達の為に用意されたステージのように、振舞いだした。

彼らは嵐のように場を荒らしたあと、次のライブ会場に向けて会場を後にするミュージシャンのように、去っていった。
Keep On Rock'nRoll! ロックンロールは2002年なっても死んでない。

1月4日

新年一発目のBBSの投稿は、我が麺関係師匠「への」氏からだった。なんと「ツールド・トンコツ」
に強く賛同してくださった。強い味方を得、俄然やる気が沸いてきた。

その「への」が主宰される「麺喰い日記」で年末の企画として、「麺喰い日記が独断と偏見で選ぶ
2001年麺大賞」なるシリーズをやっていた。結果は・・・。

■とんこつ部門
「富ちゃん」 
樋井川にあるラーメン屋さんらしいが、オレは行ったことがない。
■否とんこつ部門
「しま屋」
ご存知、呉服町の行列坦坦麺の店。主宰は「鶏糸メン」を勧めていた。

■うどん部門
「田(でん)」
天神4丁目のこれもわりと有名な讃岐うどんの店。何回か食したことはあるが、
うどんは「牧のうどん」で十分と思うオレにとっては、特にすげーって程ではなかった。
■そば部門
「五轍(ごてつ)」
中央市民プールの並びにある店。ここでオレと主宰が接近遭遇した店。
そばに関しても造詣が深くないオレには評価できない店。

というシリーズが始まり、オレなりに麺で締めくくる年末にしたいを思い、年末麺喰いツアー決定。

12月28日
主宰が否トンコツ大賞に挙げた「しま屋」へ。鶏糸メンで心が決まっていたはずが、頼んだのはついつい坦坦麺。やっぱうまい!
オレにとっても否トンコツ部門の大賞は「しま屋」で決定。
移転オープンの時に撮った写真

12月29日
墓参りに行ったついでに、そば屋へ。そばに関しては全く良し悪しが解らないが、取り合えず一番高いと思われる、櫛田神社の近くの「むらた」へ。かけそば600円+たまご焼き550円。それにしてもそばとうどんのうまさってホント解り難い。
というのも「そば」と「うどん」にははっきり言ってマズイっていうものが存在しないといいう事なんだろう。学食や立ち食いでもそこそこうまいし、基山のPAなんかはわざわざ食べに行く人もいるくらいだ。その底辺の高さが、材料や製法にこだわったレベルの高いものを提供してもそのコストパフォーマンスから考えると、そんなにありがたがられないって事につながっている気がする。

12月30日
とんこつ部門大賞になってしまったのは「一蘭」。地元でべろべろに酔っ払って、行ってしまった。決してうまいと思わなかった「一欄」のラーメンだが、べろべろになるとそこそこうまい。それにしても、650円って高いぞ。という事で真の大賞は現在選考中です。

12月31日
主宰のHPにはなかった部門だが、「ちゃんぽん部門」の大賞として選んだ店が福重麺ロードにある「長崎亭」。ただ気になったのが、店のハンドリング一切を切り盛りしていたおばちゃんが、いなかった事、どんなに込んでいても、並んでいるお客に声を掛け、ちゃんぽんをもって来る時も明るく銀歯を輝かせていたおばちゃんがいないことで、店に全く活気がなかった

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