2002年2月の日記
ニセコスタートだった'00〜'01シーズンはスノボに狂っていたが、今年はなぜか1回しか行かなかった。
もう年なのか、広島まで徹夜で行く元気が沸いてこない。
それに比べ、山。昨年は冬は全く行かなかったのが、今年はほぼ週末ごとに行ったような気がする。
2月26日
「書けない」
普段の日記更新はあまりにネタががなく、後で読み返しても、全然つまらない内容のものが多い。フツーのサラリーマンの生活なんてトピックスの満ち溢れていることなんて、ありゃしないので、つまらないが当然といえば、当然である。
しかし、今回は違う。23日・24日に参加した「アメ車ツアー」はまさに道中爆笑の連続で、グルメあり、山登りあり、焚き火ありのまさにテンコ盛りの2日間だった。
書くことはたくさんあるはず、がっ、何から書いていいのかわからない。これがオレの限界なんだろう。いつものまわりの人や起こったできごとを適当に書いて「一丁あがり!」のセコイスケールでなく、2日間に渡る数々の旅のエピソードや、晴れきった空に浮かぶ九重の山々の景観を表現するのには力量があきらかに足りない。
ということで、取りあえず時系列で書くだけです。
08:30 自宅までPTクルーザーが迎えに来てくれる
09:30 ビュイックと基山のPAで合流。一行9名で九重を目指す。
11:00 九重ICで降り、から揚げがうまいスーパー「アミーで買出し」
11:30 昼食を取るため、九酔峡の「桂茶屋」へ。そばを食し、「山登り班」と「観光班」に別れる。
12:30 登山班は「牧ノ戸峠登山道」着〜猟師山山頂を目指す。観光班は「ふれあい動物園」(正確な名前は知らない)
14:30 下山終了後、「観光班」と合流のため「久住ガンジーファーム」へ。
15:00 「ガンジーファーム」で一同そろって、「久住高原荘」で入浴(500円)
16:15 本日の宿泊先の「ヒゴタイ公園キャンプ場」着、後発のチェロキーも合流。ロッジは貸し別荘クラスの豪華版。これで15,000円は安い。
17:30 焚き火をおこすモノ、炭火をおこすモノ、料理の準備をするモノ、それぞれなにかしながら乾杯。超ロングラン宴会の始まり
01:30 最後の生き残った人が就寝
08:30 起床。キャンプとは思えないぐらい豪華な朝食
11:00 キャンプ場発 黒川温泉を目指す
11:30 お風呂専用施設「耕きちの湯」着。ここは食事が有名らしい。
12:00 あまりお腹が減ってないので、腹ごなしの散歩をするため小国町へ
14:00 お昼は「そば」ということがきまり、そば街道にある「戸無」を目指す
しかし、50分待ちということなので、そば街道の入り口の店「われもこう」に移動。約30分待ちでそばを食す。
16:00 最後に「ユウステーション」でお土産を購入し、帰途に着く
18:00 基山PAにて解散式
2月21日
「コンピュータのこと」
自分でホームページを作ったりしているので、さぞかしコンピュータ好きだと思われがちだが、実際はそうでもなくて、どちらかというとアナログ人間なのかもしれない。
コンピュータ=インターネットは世界中の人々に平等に恩恵があり、人々の生活を飛躍的に便利にさせるそうだが、これ以上便利にならなくても別にいいや、ってぐらい現状で充分便利であると思っている。
コンピュータより「これは便利だっ」って実感した商品は、たくさんあって、いままでテレビの所までわざわざ行ってチャンネルを変えていたので、コタツに入ってるいる時、誰がチャンネル変えるかでもめたりしていたのが、リモコンの出現で、明らかに生活が進歩したって実感した。
居間の片隅にしか電話がなかったので、彼女との電話が家族に筒ぬけだったのが、コードレス電話のおかげで自分の部屋で気兼ねなく話せるようにもなった。
性的シゲキ物も紙媒体しかなかったのが、VTRの出現で茶の間に動画像があらわれ、青少年の股間を直撃した。
家にクーラーがやってきた日は今でも覚えていて、ゴーと音を上げて冷たい空気を排出するクーラーの前に兄弟2人で座って、大きな口をあけていつまでも冷たい空気を吸い続けた。ある日、クーラーから水がちょろちょろでているのと知り、コップにためて飲んだりして、親に怒られたりもした。
「テレビのリモコン」「コードレス電話」「VTR」「クーラー」「パソコン」
この中でどれか一つ、捨てろといわれたら、迷わず「パソコン」を捨てるだろう。
仕事の世界でも、メールで一方的に指示したり、発注したりしていいのは、お客さんだけで、オレたち営業マンはメールで用件を伝えた上で、電話で確認し、さらに訪問し、お仕事をいただかなければならないそうだ。結局、メールという業務が一つ増えただけのような気がする
2月21日
「達郎のチケット」
40を過ぎても尚、疾走をつづける山下達郎。特にここ3〜4年は積極的に活動してるよう。
ここにきてRCA時代(1976−1982)の7作品をリマスターをし、一斉発売のいう波に乗って、なんと前回のツアー来福が1999年1月やったから、たった3年というブランクで2002年5月来福することがきまった。3年前の来福が10年振りの来福だったことを考えると3年のブランクは彼にとっては短い。
オレにとって、彼のコンサートは5回目で、学生時代の3回のコンサートはいずれも、マツヤレディースのプレイガイドに徹夜で並んでいた。徹夜で並ぶっていうのは結構つらくも、それなり楽しいもので、寒い時期は町中からダンボールを集めてきて、ダンボールハウスらしきもので暖をとっていた。
並んでいるのは、山下達郎ファンという共通項があるので、すぐ親しくなり、ラジカセに合わせて歌ったり、朝方つかれてうたた寝していると、オレの肩に寄り添って寝てる女の子がいたりして、それなりのその時代の青春の1ページみたいなものが、路上で展開されていた。
朝起きてサラリーマンの群れがオレ達路上に座っている若モノなんて、あたかも存在しないように、明らかに視線をはずし、オフィスを目指すのを、ボーと眺めていると、数年後の自分の姿を重ねて、オトナになることが非常につまらないことだと、感じたりした。
サラリーマンになると、路上で並ぶというバカバカしいことはしなくなり、代わりにコネという、確実で労力がいらない方法を知ることになる。今回のチケットも強力なコネでチケットを入手することができた。
コンピュータで印字された味気ないチケットを眺めていると、若き日のオレが耳元で「オトナになるってつまらないでしょう?」とささやいた。
実は今日の段階でチケットは手元にないので、この話はウソ20%です。
2月20日
「肝臓よ。すまん。」
最近、自分が非常におしゃべりになっている。
残業をしてて、喫煙室でついついおしゃべりに夢中になり、では場所を変えて・・・。ってことになってしまう。アルコールが入るとますます、しゃべりにターボがかかり、ちょと一時間のつもりが、閉店まで・・・・。
話の内容はほとんど、どうでもいいのが多く、
■切符を2000枚を集めた少年時代の話 by oka
■昔の缶ジュースのリングプルで、ベロのほうにリングを引っ掛けて飛ばす遊び by eto
■アルミ缶を踏んづけて、靴に装着して歩く話 by ore
■空ビンを拾って、アイスに変える話。その空ビンも店の裏に置いてあるのをもってくる by sakae
■飲んだら必ず、昔の彼女に電話してしまう話(それも10年以上前の) by yana
となると心配になるのが肝臓ってことになる。中性脂肪のほうは、運動で無理やり押さえ込んでいるのでいいが、γーGTPは高値安定ってことになっていると思う。(検査してないのでわからんけど)
このままではいかん!
顔は赤面はれはれで、目は充血うつろ状態、身体の内部からすっぱいものがこみ上げ、頭のなかではベードラが音をきざみ、小便はY100%のレモンウォーター化し、歯を磨くと「おぇ〜」と胃が口からでてきそうになり、ゴホゴホ、ゲボゲボと風邪でもないのに咳きを撒き散らし、昨夜の居酒屋のアルコールとタバコとほこりっぽさにまみれた体臭にむせ返りそうになる。(ここまでかいててホント気分が悪くなってきた)およそ清廉とは正反対の朝を迎える生活に逆戻りだー。
ということで、自分の堕落した生活を反省し、節酒に励むとこの場で宣言させていただきます。
2月18日
「M原さんへの手紙」
2月23日(土)・24日(日)のアメ車キャンプのお誘いありがとうございました。
業界の重鎮が主催されるツアーの幹事役、ホントに大変だと心中お察しいたします。
目的地が阿蘇の北部に位置する「ヒゴタイ公園キャンプ場」とかで、「さぞかし九重連峰がキレイだろうなぁ」と言ったら、「重鎮が主催のツアーやけん、山はダメよ」と一蹴されてしまいましたね。
もちろんわかってます。福岡から皆そろってアメ車に乗って、皆そろって遊んで、皆そろって福岡に帰るってことですからね。
許されないとわかっていても、取りあえず、いろいろ調べてみました。
一人で九重に行くには、7:40天神バスセンター発の高速バスの乗ればいいのですね。10:30には長者原の登山口に着きますので、登山口から一番近い、三俣山に登ったとして、登頂が12:30。下山は牧ノ戸のほうに降りて、牧ノ戸着が14:30。
地図を拡げると、牧ノ戸と産山村の「ヒゴタイ公園」って直線で10kmぐらいしか離れていないんですね。牧ノ戸からヒゴタイまではバス路線がないので、ヒッチハイクか、タクシーか・・・。山の便利屋に頼むのもいいかもしれませんね。
これなら、皆さんが到着予定の15:00に間に合いそうですね。
思えば、山登りなんかダサイ、キツイ、と思っていた僕に親切に山のことを教えてくれたのは、M原さんでした。ヒザを痛めた僕にテーピングをしてくれたり、休憩の時は果物をふるまってくれたりもしましたね。そして、山で知り合ったという方を紹介してくれ、皆で一緒に山に行ったり、宴会をしたりもしましたね。
山の魅力を多大に教えてくれた、山のおかあさん、いやっ、山のお姉さんとしてホントに尊敬しています。M原さんの弟子として、九重方面に行くとなると、どうしても山のことを考えてしまうのもしょうがないことですよね。
2月23日・24日に山に行きたいなんて、これっぽっちも思っていません。
想像しただけです・・・・・。想像しただけです・・・・・。想像しただけです・・・・・。
2月15日
「甘い物・甘い者」
バレンタインデーのチョコレートでベタ甘になった口の中に活をいれるため、昼食は坦坦麺に決定。(といっても会社に帰ると義理チョコが2個だけ)
社用車を拝借し、暇そうな4人で呉服町までランチドライブ。
11:45にはお目当ての「しま屋」に着いたため、あまり並ぶ事もなく、店内へ。
この店には「坦坦麺」「鶏糸麺」「チャーシュー麺」の3種類しかメニューがないのだが、「坦坦麺」しか食べたことがないので、「鶏糸麺」に初チャレンジ。黄金色輝く鶏がらスープにやや太い麺。これがうまいのなんの。あっさりした中にも、コクがあり、胡椒が効いたスープに、麺が絶妙に絡んでくる。(なんかどこかで、聞いたような表現。実がオレは食べ物の描写が一番苦手)
その後、麺類で乾いた口の中を潤すため、スィートを求め、移動。
たしか、ここでアンミツが食べられたはずと、大博通り沿いの老舗煎餅屋「播磨本舗」へ。しかし、今は甘味の提供はやってないとのこと。それならばと、古門戸町の「石村萬生堂本店」へ。ここで、おはぎ(180円)を食す。
あきらかに場違いなオレ達は、お茶をすすりながら、「はぁ〜」とため息を漏らし、けだるい午後を楽しんだ。
しかし、最も忙しいはずの年度末に営業マンが、1時間半ものんびりランチ&デザートドライブに興じている。
オレの会社の明日はない。
2月13日
「ロックの時代」
We will Rock you (日産ステージア)
Like A Rolling stone (日産セレナ)
オブラ ディ オブラ ダァ (ホンダ・ステップワゴン)
レイラ (三菱自動車)
WOMAN(三菱ekワゴン)
ちょっと前では、雨を見たかい(三菱自動車)
全て、車のCMに使われている曲である。たしかに40代の人の琴線に触れる曲なんだろう。
それでも、各社そろって昔のロックをなぜ使うことになったのか考えてみた。
たぶんそこには、CMクリエーターの現在のJポップに対するアンチテーゼみたいな含まれているのだと思う。
70'sの若者にとって、ロックミュージックはアート、カルチャーであり、それは世界を示すものであったり、自分の全てでもあったりするものだったと思う。
ひと月の、小遣いを全て一枚のアルバムにそそぎこみ、それは針の擦り切れたプレーヤーで何度も何度も繰り返し聞かれることになる。
当然アルバム1曲目のイントロから最後の曲のエンディングまで脳みそに刷り込まれ、悶々といた青春時代の唯一自分を救ってくれる明るい希望みたいものだとしたら、田舎町のどこにでもいる青年が始めて海の向こうにある世界を意識するきっかけになったりするのだろう。
一枚のレコードで希望を持ち、一枚のレコードで世界を知り、一枚のレコードが好きな女の子を話すきっかけを作ってくれ、一枚のレコードが恋愛で傷ついたこころを癒してくれ、そして一枚のレコードが唯一の自分の理解者になってくれる。
そんな時代を経験したロックの子たちはこう言っている。
ケイタイのプレステもカラオケもなかったけど、オレたちのほうが幸せだ。
2月12日
「こりやすごい!」
S大のH氏が主宰する異業種交流会に参加した。
異業種の人が交流し、ビジネスのヒントを なんて主旨の会ではなく、ただ単に集まって酒を飲もうっていう会である。
いつものオトコばっかりだが、今回は女性が3名も・・。しかも会場は屋台なので、親密度も
大である。
しゃべるトライアスリート、硬派なキックボクサー等どちらからというと、体育会系が多い中で異彩を放っていたのは、典型的お嬢様Kさん。お嬢様高校を卒業後、東京6大学に進学、おまけに帰国子女で、家は百道浜。みかけも薬師丸ひろ子似のルックスで、エロ会話には全くついてこれない。
もうひとりポチャポチャっとしたルックスで、メガネをかけていて、マジメを絵に描いたような
Yさん。職業はなんと大学の先生。独身ってきいて「彼女いないんすか?」「好みのタイプは?」などオレの下品な質問にも、丁寧に、そして理屈っぽく答えてくれるYさん、ナイスキャラでした。
そして、そこで仕入れたネタがこれ
ねっ。すごいっしょ? これ発見した人ホントすごいと思います。
2月11日
「うまいビールを飲んだ」
3ヶ月振りに、「ヤングハイキング」というショップ主催の「背振山」山登りに参加。
急に寒くなったので、山の上の気候が心配だった。
集合場所の、椎原のバス停に10分遅れで行くと、誰もいない・・・。
そもそも相棒のYがオレとの集合時間に遅れたせいで、全体の集合に遅れてしまった。
バス停で途方にくれていると、一台の車が止まり、助手席からリーダーのK松君が手を振ってくれたので安心した。
それにしても、一行はたったの7人。普段は20人近く集まるので、あまりに少ない。聞くと寒さのせいで、キャンセルが続出したとのこと。
フル装備着込んで登ったが、30分も経つと暑くなり、まずは中のダウンを脱ぎ、毛糸の帽子も脱いでしまった。
道は次第に雪道になり、天候は晴れてきたので、まさに白銀の世界。
雪山では、寒い、ツライ、思いしかしてこなかったのだが、今日は空気がピンと張り詰めた中、雪をザクザク踏みしめて歩く山行は快適である。
車道も通っているので、山頂近くの公園ではソリ遊びをする家族ずれがいたりもする。その公園で昼食となったのだが、最初高校生ぐらいの兄ちゃん達が必死に起こそうとしていた焚き火を乗っ取り、山頂焚き火大会となり、たった7人の山行もそれなりに盛り上がったりもした。
背振の山頂も雪
下山後はもちろん温泉。
椎原より少し山手に登ったところにある、「涼山泊」」という」割烹旅館(といっても田舎の人がバスで来るような旅館)の800円の露天風呂に入る。
あまりに身体が冷えているため、入浴した瞬間、「解凍」されている〜。という感じになる。外気も寒いので、一度入浴すると出るのが億劫になる。
入浴後は、7人そろって、生ビールで乾杯。
「うまい!うますぎる」 運動×入浴の相乗効果もあって、一気にジョッキ半分ほど飲んでしまった。その後もその場の勢いっていうか、みんな酒好きのせいもあって、合計3杯。
そうなると、「この場から離れたくない」「この時間が延々と続けばいい」と腰据えて飲みたいモードに入りそうだったが、そうはいかず一時間ほどで退散。
至福の一杯を飲むには、やっぱそれなりの苦労をしないと、味わえないものだ。あまり飲んではいけないオレにとっては、至福の一杯、究極の一杯。そんな飲み方を追求したいものだ。 ・・・ということで平日は誘われても飲みません。
「もう酒はいらない」と言っておきながら、「うまいビールを飲んだ」って書いてしまった。
2月9日
「もう酒はいらない」
花金に会社からスポーツクラブに直行し、スタジオで汗を流し、その後
自宅でネットサーフィンを楽しむ、まるでNYのエリートみたいな過ごし方をした。
23時ごろ会社のET嬢から、電話があり「EZMさん、いまどこ?」 「いえ」 「まじ〜」 聞けば、天神で飲んでるらしく、当然、金曜日の夜はどこぞのバーでオレが飲んでるはずだと、合流するつもりで、電話してきたらしい。 ちょっと前のオレならば金曜日は必ずどっかに出没し、合流のお誘いがあれば、「じゃ、カラオケ行く?」と身軽に応じていたのだが、「明日は土曜当番やろっ。あんまり遅くなるなよ」と冷たく言い、電話を切った。
オレとET嬢の二人は今週土曜当番で、出勤しなくてはならなかった。
定時より20分も早く会社に着いて、オレは会社のカギを開け、営業フロアから自分のパソコンを総務フロアに持ち込み、電話番をしながらHPの更新をしていたら、10時ごろ酒臭い息を吐きながら、寝不足らしい真っ赤な目をしながらET嬢はやってきた。そして、すぐに女子更衣室に行って寝てしまった。今も寝ている。
おまけに、会社で一番おしゃべりなS先輩が来て、しゃべりだしたので、集中できない。
ET嬢は元々まじめな子で、土曜当番をまじめにしそうもないオレに「今週、土曜当番ですからね!忘れないでくださいよ」と何度もクギを刺しに来た。
それが一夜明けたら、立場が逆転している。すべては酒のせいである。あ〜酒やめてよかった。
2月6日
自転車通勤でいこう ←有名な自転車通勤サイトにリンクしています。
現在、自転車で会社に通っている。
もちろん、カンゾー病の克服のために、少しでも運動をって気持ちもあるだが、平日の水曜日と、金曜日に飯倉のスポーツクラブに行かなくてはならず、どうしても19時に間に合うために自転車が必要になったのだ
オレの愛車は、社宅にいたころ、隣の部屋の前に捨ててあったマウンテンバイクを、持ち主のKN嬢(現在、隣の席で仕事するふりして九州ウォーカーを読んでいる)に「いらんちゃろ?ちょうだい」と数千円のお金と引き換えにいただいたものだ。
割と手入れ好きのオレは、サビと落し、油を点して、ちゃんと乗れるようにして、6年経った今でも乗っている。
「ARAYA」というその当時はMTBでそこそこ有名なブランドで、フロントにサスペンションもついているので、段差も苦にしない。この自転車で鹿児島まで行こうとも思っている。
しかし、自転車通勤は危ない。歩道を通れば、歩行者とぶつかりそうになるし、車道を走れば、すれすれをバスが通り過ぎたりする。
おまけに排気ガスで、鼻毛が伸びるのが異常に早くなったような気もすし、西鉄関連に勤めるオレは自転車で行っても、交通費を浮かすことにはならない。
イイコトなしずくめの自転車通勤である。
普段温厚なオレの、自転車通勤をすると、
「そこのババァどけ!」
「ブス同士で歩道を並んで歩くな!」
「そこのオヤジ歩道に車止めるな」
「デブなんしょうとや!ジャマ、ジャマ」 となってしまう。(もちろん心の中でいうだけ)
平気で、違法駐輪する割とキレイなOL。点字ブロックの上に平気で駐車する紳士。自転車は存在しないものとしている道路行政。
この国の伏魔殿は路上に存在する。
2月4日
アルバイトでもないけど・・・
とりあえずおもしろそうなので、自分で取材して、文章書いている仕事がある。
福岡市近郊で、アウトドアをテーマになんかやればいいという安易な企画で、好きな分野なので、思いっきり楽しめると思い、ルンルンで始めた仕事だが、これが結構キツイ。
レポートとして、読めるものにするには、いろんな事を詰め込まなければならないので、午前中の食材調達はあっちこっちを走り回ることになり、まさに仕事。
一日終われば、速攻で原稿をまとめなければならない。
自分のホームページならば、絶対にしない、お店の名前、電話番号、営業時間など、細かいデータもまとめなければならない。
いっその事プロに丸投げしたいと思うのだが、これをネタにその道の達人(山登りの専門家、釣師、野外料理の達人)と知り合いになりたいという構想があるのでやめるわけにもいかない。
昨日も、図書館に行きアウトドア関係の雑誌や、本を借りてきた。ダッチオーブン、カヌーツーリング、MTBでのダウンヒル、やってみたいのが次から次へ表われる。
誰かそういう達人を紹介してくれませんか?
2月2日
エロ本の怪
同僚3人で話していたら、3人ともここ数年の間にエロ本にまつわる怪事件に遭遇していたことが判明した。
K君は実家に帰った際、確かにあるはずと確信して、押入れの天井のハメ板をはずして手をつっこんだのだが、そこのあるはずのエロ本がない!
360度手を回転させてみても、影も形のなかったそうだ。
【エロ本を発見する〜没収する】 は男の子を持つ母親なら必ず経験することだが、30代の息子のエロ本を発見するはめになった母親が気の毒だ。
今度はHACの話。
何かを探しに実家の自室の押入れを開けたところ、ちゃんとスポーツバッグに入れて、隠していたエロ本がキチンと整理されて積んであったそうだ。
彼はすぐ階段を駆け下り、「勝手にオレの部屋の押入れさわったろう!」と叫んでしまったそうだ。
それにしても30代中盤の息子がエロ本のことで、母親をどなってしまうのはいかがなもんか
オレの場合、実家が改装工事をしてて、進行状況を聞こうと思って、実家に電話したら、いきなり母親が「あんた!ユニットバスを解体したらエロ本がいっぱいでてきたよ!」 「???」
確かに、ユニットバスの点検口の裏にエロ本を隠したことはあるが、せいぜい1〜2冊だ。いっぱいってことはない。
後で内装屋さんに聞いたところ、旧ユニットバスを設置する際に職人さんがレベルをとるために、下に敷いたんではないかとのこと。
久々に母親にエロ本を発見され、「この人はいつまでたってもオレの母親なんだ」と妙に里心がついてしまったでき事でした。
2月1日
坊主・・ボウズ・・BOSE
先週、慰労休暇を取って山登りに行った帰りに、ふらっと床屋に寄った。
いつもの床屋で1,000円払って、いつものようにイスに座ると、バリカンが目の前にあった。
「バリカンで一番長いのはいくつですか?」と正しくない聞き方で聞くと「13マイ」とおじさんは答えた。「13ミリですか?」と聞くと「そう」とのこと
普段、「上の方を1,5センチに、横と後ろを成り行きで1センチぐらいで」とオーダーしているが、バリカンで13ミリにしてもらっても、大差はないだろうと、「じゃバリカンで上のほうは、13ミリで、上と横は1センチぐらいで」とお願いした。どうしてもバリカンというのを体験してみたくなったせいだ。
おじさんは、バリカンに電源を入れ、いきなりデコの方から、上を刈った。鏡を見ると、まるで落ち武者のような自分がいる。すごく不安になった。
横のほうは1センチにというオーダーに答え、刃を換えて、刈ってくれたのだが、全体的に同じ長さの、典型的な坊主にしか見えない。
ちょっと短すぎる・・・。しかし後悔してもしかたない。今日は山行きのスタイルなので、ちょっと派手な自衛隊員って感じである。
しかし、絶望的な後悔は次の日にやってきた、スーツを着て、鏡の前に立つと「ヤクザ??」「警察官??」 なんとも不思議なキャラクターになっていた。
業界のクリエーターとかにも坊主がいるが、彼らはそれなりに様になってたりする。しかしそれはオシャレな私服の上にある坊主だからであって、普通のサラリーマンのスーツの上にある坊主頭は浮きまくっている。
会社で指をさされて笑われた、お客さんのところに行くを「どうしたんですか?」としげしげと頭を見られる。
白血病の友人が、抗がん剤で頭がつるつるになったので、オレにできることとして、坊主にした。とも言ってみたけど、金八先生のパクリやんって言われた。
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