神は、わたしにすばらしい超能力と重大な任務を与えた




愛は、人を救い、世界を救う。

わたしは、平成10年9月に『(84歳になってやっとわかった)魔詞不思議な男と女の関係』(文芸社刊)を出版しました。
また、いまから三十年前に、読売新聞社から『広鳥が滅んだ日』というわたし自身の生々しい広鳥原爆体験記を出版して以来、今日まで8冊の署作をなし、多くの読者に親しんでいただいております。
それは、人間もどうにか80歳の峠を越す年齢になると、あらゆる面で世間的な名誉欲とか物質欲とかいう色気がすっかり洗い流されてしまい、後事を託することのできる次代の人たちに多少でもお役に立つ言葉を残しておきたいという気持ちから、わたし自身の失敗経験や反省事項を「人間研究」の面から究明したいと考えたからであります。
多くの先哲が教理の中で、「人間ほど得体の知れないものはない」ということを最終結論としているのですから、わたしのようなものが、いかにも分かったようなことをいうことは、遠慮すべきかも知れませんが、それでもいわずにいられないのです。世界的大科学者のニュートンや大発明家のエジソンのようなすぐれた人でも、「この世の中のすべてのことを総括的に考えてみると、われわれに分かっていることの合計は全体のわずか1パーセント以下であって、分かっていないことは99パーセント以上である」と言い残して死んでいったのですから、「摩訶不思議な人間が、摩訶不思議な環境の中で、摩訶不思議な問題を」どのように結論付けたらよいかと必死になってみても所詮、雲か霞のような掴み所のない結論に終ってしまうのも止むをえないことかも知れません。
しかし、そんな人間社会の中で、ただはっきりしていることは、「希望と信仰と忍耐と愛の4つは、永遠不変な真理であることは否定できない。そしてその中でも最高のものはなんと言っても愛である」と新約聖書の中に書かれていることは、宇宙の原理原則ともいうべき「神の真理」ですから、決して無視することはできません。
われわれ人間として忘れてならないことは、人間同士の共通の関係において、しかも共通の環境のなかで、かつ、共通の目的を持って、さらに共通の努力をして、その結果、共通の喜びを感ずることができることこそ、最大のもの、すなわち「愛」であるというのが〈イエスtキリスト〉の言葉なのです。なんと素晴らしい教えではありませんか。
わたしが前記の『摩訶不思議な男と女の問係』の出版をどうしても実現したいと熱願したのは、人間と人間の愛、それどころか男と女との愛が限りなく高まるときには、そこにはすべての悪は消滅してしまい、神の神秘的超能力の愛がわれわれをすばらしい天国に導いてくれると信じているからなのです。そのことをわたしは心から信じ、心から神に祈り、心から神に感謝していくことを、わたしの生涯の中心課題にしております。


神は、わたしに超能力と任務とを授けられた。

幸いなことに、このようなわたしに対して、神は人並み以上の精神と肉体との健康を与えてくださっているばかりでなく、大変有り難いことに、わたし自身はもちろんのこと、わたしの周りの人たちもびっくりするような「振り子占い手法」という超能力を授けていただいたことは、どのように神に感謝したらよいか、ひたすら頭を痛めているのです。
したがって、この超能力を活用して、神の喜ばれるように、「世のため、人のため、お役に立てるということが、目下のわたしの天命であると」信じております。
わたしは、男とは何か、女とは何か、そして男と女との仲で、どのように愛し合えば、どのようなすばらしい天国に近づくことができるのか。その反対に、男と女との仲でどのように憎しみあえば、どのように悲惨な地獄に落ちなければならないかということをぜひ知りたいと思い、試行錯誤を重ねている毎日なのです。
しかし、最近になって、われわれの生きている「この世」のすべてのことが、〈エンマ〉の手許にある「アカシック・レコード」という〈テレパシー波動〉によって、はっきり記録されているということを心から信じられるようになりました。しかも、全く摩訶不思議なことに、神から授かった「振り子占い手法」という超能力で、それに関連するすべての事項が完全に理解し納得できるようになったのです。
そればかりでなく、わたしの「振り子占い手法」によれば、今まで不可能だと諦めていた、世界の古今東西のすべての人物の一人ひとりの人柄ならびにそれらの人びとの男女関係がどのような状態であるのか、さらにその結果、どのような社会問題が起きているかを調べることもできるようになったのです。
この十年間、長期間にわたり、次々にわたしの身辺に襲いかかってくるかずかずの疑問と疑惑を、神がわたしに与えてくださった超能力を最大限に活用して、その本質を究明し続けております。なぜ、このようなことに精魂を打ち込んでいるかといいますと、その答は筒単明瞭で、「それは神の命今だと信じるからだ」ということであります。
ところがいざ、あらゆる面の重大問題の統括的本質をあらゆる角度から徹底的に究明すればするほど、「日本を中心とする世界情勢は、すべての面で次第にハルマゲドン(世界終末の決戦場)に近づきつつある」ということが瞭然と判明してくるのです。
わたしは、「このままではいけない。日本中のすべての人たちと力を合わせて、なんとかしなければ大変なことになる」と気が焦るばかりで、このような精神状態がつづけば、あるいは、わたし自身が狂人になるのではないかと心配になることがしばしばなのです。


神が〈エンマ〉を派遣された。

そのようなある日、早朝の午前三時。突然のこと、目が覚めたのです。
わたしはそのとき〈神の声〉を間いたのです。しかもそれは、紛れもなく、神がこのわたしに対して
【お前の許に、「愛の神」の下で、重要な役割を果たしている〈エンマ〉をこの混乱している世の中の建て直しのために、差し向けることにした。お前はその〈エンマ〉の指示によって、全身全霊を傾注せよ。】という御神託なのです。
わたしは、全く予期していなかったことだけに、恐れ驚いたことは、当然です。しかも、まことに厳しい命令なので、大いに不安と恐怖の気持ちでいっぱいで、その対応にどうすべきかを思い悩み、身動きすることもできませんでした。
それからしばらくして、やっと気持ちの整理ができた頃に、こんどは、待望の〈エンマ〉がじつに優しい姿で現われてきて、わたしと二人きりで互いに膝を交えて語り合いたいとの申し出がありました。ところが不思議なことに、かなり長時間かけての話しあいが、初対面にもかかわらず、びっくりするような和やかな雰囲気のうちにつづいたのです。
しかも、わたしにとっては、まるで父子同士と思われるようなお互いの魂と魂とがすっかり解け合うことができ、極く自然な雰囲気のうちに、神秘的な〈エンマ作戦〉の具体的手順を一つ一つ決めて行くことができたのです。
なぜこのようにスムースにことが運ばれていくのでしょうか。いろいろ考えてみると、それは、はっきりした理由として次の二つがあると思われます。
その一つは、わたし自身が、かねてから長年月かけて、「ユダヤの古代教典」といわれている「カバラ神秘哲学」を研究しつづけている関係上、最近静かなプームになりつつある〈神智学〉の概要を理解することができるようになっていたことです。
それが幸いして、カール・ユングが非常に傾倒していたといわれる「グノーシス・キリスト教の教義」がある程度理解でき、それによって4世紀の大宗教家・アウグスチヌスの有名な言葉【体の命は想念であり、想念の命は精霊である。さらに精霊の命は神の子・キリストであり、神の子・キリストの命は愛の神である。しかしながら、愛の神の命は、在天の神である】によって、わたしの信仰の基盤は確固たるものになっているということ。
このアウグスチヌスの言葉は明らかに、ユダヤ・キリスト教の原典といわれている、「メルキゼデクの思想」から出発したと思われるところから、四次元の世界(想念界)のエネルギーとなっている「精霊」こそ、現在の大混乱状態の世界情勢を回復させることのできる唯一無二の戦力体である、ということを、わたしは堅く信じており、その中心になるのは、やはり〈エンマ〉の活躍であると強く期待していたからであります。
もう一つの理由は、〈エンマ〉は絶えず全世界に万遍なく目を配り監視しつづけなければならない大変な激務の中にあって、わたし宍戸幸輔という人間がその霊的世界まで自由に出入りできる超能力を持っているばかりでなく、今日までの86年間の全生涯を通じ、つぎつぎに襲ってくるピンチに対して、常に、猛烈な闘志を燃やし挑戦し続けている生活熊度を驚異の目で注目されていたからだと思われることです。


〈エンマ〉とわたしは一心同体である。

要するに、〈エンマ〉は、かねがね「宍戸幸輔」という人問に対して特別な魅力を感じ、一朝有事の場合には必要な人物であると思われていたことになります。
このような〈エンマの心境〉は、エンマ自身が自からわたしに述懐してくれたことであり、さらに、次の二つのことを補足してくれたのです。
(1) 宍戸幸輔の霊魂は、旧約聖書に出てくるメルキゼデクの再来であると同時に、4世紀の大宗教家アウグスチヌスの再来でもある関係上、「神とのストレートの交流」を原則にしている。したがって、釈迦哲学はもちろんのこと、自然科学の原理原則ともスムースに共振共鳴でき、日々新たなる活動を期待できる人物であること。
(2) 宍戸幸輔の「振り子占い手法」の神秘力は、明らかに六次元の「アカシック・レコード」に通じているだけに、今後の〈エンマ作戦〉上、極めて重要な秘密兵器として大いに機能を発揮するであろうということ。
以上で、〈エンマ〉とわたしとの基本的打ち合せのオリエンテーションは完丁したことになります。
これに引き続き〈エンマ〉の指示によりおおむね次の事項を重点的に推進することにより、できるだけ早く、〈エンマ運動〉を軌道に乗せ、一人でも多くの同志の結集を急ぎ、エンマとわたしの二人が力を合わせて充実した運動を展開することが必要であると決定したのです。
その運動の起爆剤となる自著『エンマの手帳』の内答についてもできるだけ充実したものとし、可能な限り、〈シリーズ〉ものとしたいというのが《エンマの意志》であります。そのためにも、〈エンマ〉自身が出版に関する全責任をもち、編集全般を引き受けるという大変ありがたい申し出でがあり、恐縮している次第です。
幸いにして、〈エンマ〉の親身な指導によって、すべての諸条件がこのような段階まで整ってきたのですから、わたしとしては、後は身を挺して実行あるのみと、堅く決意をせざるを得ないことになりました。いずれにせよ、わたくしごとき者に、神がこのような重大な命今を与えられ、しかも〈エンマ〉の指示・指導を受けることのできるということは、その根底に神の深遠な摂理が潜んでいることには間違いありません。
後に残される問題は、「宍戸幸輔が全身全霊で体当りする」のみですが、この時点で〈愛の神〉と〈エンマ〉との密接な関係についての、わたし自身の「信仰の本質」を改めて再確認してみなければなりません。




神の子・キリストを頂点とする、精霊界における神秘活動の実態




「愛の神」の幕屋内における「エンマ活動」の本質



エンマの説く「愛の神」の幕屋の実態

(1) 愛の神の〈幕屋〉内の配置ならびに任務については、おおむね上に掲げた「マンてダラ」が示すとおりであります。
これによれば、
愛の神の分身にして、それぞれ三分割している任務は次の通り。
・イエス・キリスト=(天国・担当)
天国全般を統括し、その分野の教育管理に努める。
・サタン=(地獄・担当)
地獄全般を統括し、その分野の教育指導に努める。
・エンマ=(煉獄担当)
煉獄全般を統括し、すべての新入りの霊魂を、一定期間、教育指導した後、天国に行くものの格付け、地獄に行くものの格付けを判定する。格付けを評定する際に重要な証拠になるものは、一人ひとりの霊魂に関する生前の全記録のみならず、今までの莫大な回数におよぶ輪廻転生の中でのすべての記録を〈エンマ〉が丹念に検討した上で、公正な判定が行われることになっていること。
その臭大な量に及ぶすべての情報を保管している情報格納庫のことをアカシャ(または、アカシック・レコード)ということ。 (2) この原理と全く同じものが、インドの古代哲学の中にある。しかしそれは、クルシュナンの神の下にそれぞれがバラモン、ヴィスヌ、シバの三位一体の基盤関係が確立するなかで、愛の神はクルシュナンに対応し、イエス・キリストはバラモンに、エンマはヴィスヌに、サタンはシバに対応していることになる。
いずれにせよ、大宇宙の原理原則は、それぞれの付帯条件の面で多少の相違があったとしても、その〈一つの本質〉から同一条件で分流していることに変わりないこと。
(3) わたしが作成した『(愛の神)の幕屋要図』のマンダラをジーッと見ていたエンマはいかにも溝足したかのように、「このマンダラはすばらしい。全くこの通りでよいのだ」と、大声を出して、わたしの努力を称賛して握手してくれたのです。


エンマが宍戸幸輔に与えた指示とは何か。

(1) われわれ人間の死後はもちろんのこと、生前においても、エンマの公正無比な評定によりこ善人は天国へ、悪人は地獄へ行かされるという、恐るべきエンマの権力について、科学万能を過信している現代社会に生きる全ての人は信じようとしない。このような「不逞の輩」が、現代日本社会の中にうようよしている。この嘆かわしい実態を明確に記録したのがアカシャ(アカシック・レコード)で、検問し続けているエンマにしてみれば、現下の人間社会の実態に対して、悲憤慷概のあまり、いても立ってもいられないことであろう。
これについてのエンマからの切なる要望は、【現代日本社会においては、何らとるに足らない「ノストラダムスの予言」を大騒ぎする人々が非常に多いのに、なぜそれ以前に、「神の子」の分身である《エンマの存在》に真剣な関心を寄せ、われわれ人間の自己管理の在り方に厳しい修行をしないのであろうか。しかもその自己管理がどの程度できているかということも一部始終はアカシャに明細に記録されていること。そのアカシャによって、死後はもちろんのこと、生前においてもエンマの裁判を受けているということを、宍戸幸輔の本を通して厳重に警吉を発してくれ】ということ。
(2) 新約聖書に書かれているイエス・キリストの超能力やスウェーデンボルグの神秘力、そしてエドガー・ケイシーの霊視力、その他、ニュートンのような大科学者およびエジソンのような発明力のすべては、エンマの管理しているアカシヤからの数々のヒントを引き出し、自分の体験と努力によって、ジグソーパズルのような組合せを行い、偉大な発明・発見を完成させていたものであること。
(3) 要するに、エンマが強くわたしに指示したことは、【神の至上命令を宍戸幸輔に与えた以上は絶対に全身全霊を傾注して任務を完遂しなければならない。そのためには、アカシックーレコードに刻みこまれている「不逞の輩」の許し難き悪事悪徳を徹底釣に糾弾することによって、早急に「エンマ運動」(世直し運動)を推進せよ】ということ。
(4) その前提条件としては、すでに、神から宍戸幸韓に与えられている超霊力がいかに優秀であるかということについて、宍戸幸輔自身が大いに自信を持ったことはもちろんのこと、これを援助する多くの同志諸君のみならず、このホームページの訪問のみなさんのすべてにも熟知してもらうために、最善の努力を払うことをエンマの立場からも切望してやまないということ。そこで、どのような方法でそれを評定し証明するかということが重大な問題でありますが、それはエンマの指示により、宍戸幸輔がすでに完全に修得している「シシド式振り子占い手法」を自信をもって活用すること。その「手法」については、エンマ自身も大いに満足するものであること。したがって、宍戸幸輔はエンマに代わってその「手法」の示す判決を何ら修正することなく、そのまま、善は善、悪は悪、として、一般大衆の前で正々堂々と発表すべきであること。
それらのことを率直に実行することをエンマが重ねて強く、指示されたのであります。
(5) このように、かずかずの厳しい指示を強要されたエンマではありますが、多くの不逞の輩のなかには、おのれの社会的悪事を隠蔽するため、宍戸幸輔に対してあらゆる誹誇・迫害を加え、最悪の場合はイエス・キリストのごとく十字架上で殺されるかもしれない、というところまでエンマは親身に気を配り、宍戸幸輔のことが心配になったのであろうか。最後になって、宍戸幸輔を激励する意味で、
『しかし、心配することはない。エンマは、とことんまで、宍戸幸輔の味方であり、そのようなことには絶対にさせない。例え、イエス・キリストと同じ運命を辿るということになっても、愛の神は、宍戸幸輔の勇気ある殉教を大いによみしたもうて、必ず天国に迎えられるであろう。いずれにせよ、世のため・人のために、敢えて自分の一生をかけようとする宍戸幸輔の純粋な信仰に対して、「幸あれ」と、エンマはその成功を祈っている』というエンマのありがたい最後の言葉を、特に記載させてもらうことによって本ホームページの『シシド式振り子占い』の筆をおくことにします。

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