野田回想メモを検証する
2003.11.03 初回上網
「百人斬り競争」の根本資料となるものの数は比較的少数にすぎない。「百人斬り競争」をめぐる主要な論争は本多勝一、洞富雄らと鈴木明、山本七平らによって行われ、論争の量は資料の量を遙かに上回るものがあった。百人斬り競争の実態は「据え物斬り競争」であり、記者たちは両少尉の言葉を記事にしたにすぎなかったことが資料から明らかになっている。
今回、訴訟が提起されたが、この結論を覆すような新しい資料があるわけではなく、南京大虐殺否定を公然化しようという流れの中の試みである。その中で唯一否定派が新資料と持ち上げるのが2001.6.18付けサンケイ新聞紙上に発表された野田元少尉の「回想メモ」である。
このメモは自らの無罪を主張するために事件の約10年後になって死刑判決後に獄中でかかれた回想である。したがって、普通に考えると回想内容を支持する別の資料がないと直接の反証材料とはならない。しかし、否定派によればこれが従来の記者の証言を覆す重要証拠であるという。はたしてそうか。
さて、私はいつも、証言は外在批判によって真偽を決定するのではなく、証言の中身を吟味して信憑性を判断すべきであると主張してきた。この主張にしたがい、証言の文章解析によって、この回想メモの信憑性を検証してみる。
「斬れますかね」は取りようによっていろんな意味があり、答え方がある。
1.「その刀が切れるか」という問い。
2.「その刀であなたはたくさん人を斬れますか」という意味がある。
3.「刀一般が斬れるかどうか」すなわち「誰かにとってたくさん人が斬れるかどうか」という意味。
向井 「サア未ダ斬ツタ経験ハアリマセンガ日本ニハ昔カラ百人斬トカ千人斬トカ云フ武勇伝ガアリマス。真実ニ昔ハ百人モ斬ツタモノカナア。上海方面デハ鉄兜ヲ、切ツタトカ云フガ」
ここで向井は1,2を軽く流して、3.の答えを丁寧に返していく。
記者 「一体無錫カラ南京マデノ間ニ白兵戦デ何人位斬レルモノデセウカネ」
この問いは3.の形を取っているが、現在地である無錫を例に挙げることで2.の問いを向井に差し向けているのに近い。
向井 「常ニ第一線ニ立チ戦死サヘシナケレバネー」
まだ斬った経験のないはずの向井に予測が立てられるのであろうか。もともとも向井は歩兵砲の小隊長であるので第一線には立つことなどないはずであるが、いったい誰が第一線に立ったときのこととして答えているのであろうか。「シナケレバネー」とは自らの意欲を示しているようにも見える。
記者 「ドウデス無錫カラ南京マデ何人斬レルモノカ競争シテミタラ 記事ノ特種ヲ探シテヰルンデスガ」
記者は「白兵戦における人斬り競争」を提案、ないし要請したことになる。
向井 「ソウデスネ無錫附近ノ戦斗デ向井二O人野田一O人トスルカ。無錫カラ常州マデノ間ノ戦斗デハ向井四O人野田三O人、無錫カラ丹陽マデ六O対五O、無錫カラ句容マデ九O対八O、無錫カラ南京マデノ間ノ戦斗デハ向井野田共ニ百人以上ト云フコトニシタラ、オイ野田ドウ考ヘルカ、小説ダガ」
これは一体どういうなのか。記者の提案はあくまでも白兵戦の人斬り競争であり、競争が始まったら記事にするといった。それなのに、向井は提案、要請を受けるとも断るとも答えないまま、唐突に人斬り競争が行われたときの記事の内容を提案するのである。しかも、中間地点における二人の斬殺スコアの明細までペラペラしゃべるのである。この部分の流れはこの文章中でもっとも飛躍の甚だしい部分である。、また野田は大隊副官であるから、第一線に立つことはほとんどありえないことはわかっているのに、なんのためらいもなく白兵戦における人斬り競争を創作したということである。
ところで、野田は「百人斬り競争」の「百人」の部分を最初に口にしたのは向井であるということを証言していることになる。もうひとつのポイントは向井は歩兵砲小隊長としての職分から
野田 「ソンナコトハ実行不可能ダ、武人トシテ虚名ヲ売ルコトハ乗気ニナレナイネ」
向井ばかりでなく、野田もなぜか、人斬り競争への参加への回答を棚上げしている。向井に対する答えも飛躍が激しい。向井は自分が考えた「小説」であるところの虚構をこの内容で記事にしてもいいか、と聞いているのに対し、「実行不可能だ」と実現可能性を論じているのも変な話である。それとも、創作記事であっても実行不可能とすぐばれるようなことを書くなとの趣旨なのだろうか。しかし、それにしては「武人トシテ虚名ヲ売ルコトハ乗気ニナレナイネ」と創作記事自体を否定しているのだが。
ところで野田が「武人トシテ」という自己規定をしているのにが注目される。「軍人」ではなく、「武人」という自己規定には日本刀をふるって武功を上げるのをよしとするという気風がにじみ出ているからである。
記者 「百人斬競争ノ武勇伝ガ記事ニ出タラ花嫁サンガ殺到シマスゾ ハハハ、写真ヲトリマセウ」
記者は人斬り競争を実行してもらって、記事にしようとしたはずなのに、この返事はないだろう。「ちょっと待って下さい。競争はしていただけないのでしょうか」となぜ聞き返さないのだろう。しかし、記者は委細構わず、向井の中間スコア込みで記事を連続して書くことを決めたという不審な展開である。
向井 「チョット恥ヅカシイガ記事ノ種ガ無ケレバ気ノ毒デス。二人ノ名前ヲ貸シテアゲマセウカ」
向井は終始、記者に協力的である。しかし、「記事ノ種ガ無ケレバ気ノ毒デス。二人ノ名前ヲ貸シテアゲマセウカ」という言葉はどう見ても、記者が「記事ノ特種ヲ探シテヰルンデスガ」と持ちかけたあとに言うべき言葉であり、はまりが悪い。「写真ヲ撮リマセウ」に対して「名前ヲ貸シテアゲマセウ」という返事もいい加減である。
また、野田は虚構記事にも乗り気でなく、実行不可能な記事にも反対であったはずなのに写真撮影に応じたことになる。野田はいったいどの時点で納得したというのだろうか。ここのところは自分自身の心の動きであるから、書ききれないということはないはずである。
記者 「記事ハ一切記者ニ任セテ下サイ」
「記者に任せて下さい」とこの時点で言ったとしても、中間地点での斬殺スコアまで指示しているのであるから、任すもへったくれもないだろう。これは記者が勝手に書いたという印象操作のための作文でしかない。
◇ ◇ ◇ ◇
以上に見るように三人の対談シーンは非常に流れが悪い。会話というのは普通掛け合いで進んでいくのだが、三人が三人とも、相手の質問にろくに答えず勝手なことをしゃべっている。それでいて、誰が提案したものでもない虚構記事に対する合意が成立し、そのために写真撮影が行われ、両少尉が写真におさまるというのである。
この会話は無錫で行われたということになっている。東京日々の記事は常州発から始まり、片桐部隊の二人による「百人斬り」は無錫から始まったと紹介されている。しかし、無錫であったのがこのような会話、あるいはこれに似た内容の会話であったということは完全に否定される。なぜなら、会話のシーン、内容が真実の証言として備えるべき要件をまったく備えていないからである。
長く保持される記憶の構造というものはまず、その人にとって関心が深い、印象に残るような核となるイメージや会話の断片的記憶がある。そして、その核に対して内容的につながりのある、いくつかのサブのイメージや会話の記憶がリンクしており、その核を記憶の闇から引き出すと直ちにリンクがつながって出てくるし、それらから一体性のあるストーリーが再生することが可能である。そのような構造でなくては長期間の記憶として存続することはない。
この会話のシーンはこれだけの量の会話というものがありながら、三人がどこに座って(あるいは立って)、どのような表情をしながら話が進んだか、ということについてまったく情報がない。おそらく、要素的に見ると個々のセリフの多くが百人斬り競争当時の発言や裁判の過程のどこかで発せられた言葉と見てよかろう。しかし、それらのセリフは時間的経過や、論理的順序を無視されて、作為的に並べられているためにまとまったストーリーの形をなしていない。
◇ ◇ ◇ ◇
其ノ後被告等ハ職務上絶対ニカカル百人斬り競争ノ如キハ為サザリキ。又其ノ後新聞記者トハ麒麟門東方マデノ間会合スル機会無カリキ。 シタガツテ常州、丹陽、句容ノ記事ハ記者ガ無錫ノ対談ヲ基礎トシテ虚構創作シテ発表セルモノナリ。尚数字ハ端数ヲツケテ(例へバ句容ニ於テ向井八九野田七八)、事実ラシク見セカケタルモノナリ。
「其ノ後被告等ハ職務上絶対ニカカル百人斬り競争ノ如キハ為サザリキ」− 「絶対に・・・していない」という強い否定の文章である。しかし、一読して素直に同意出来ないひっかかりを感じる。まず、「職務上」という限定が付いている。「百人斬り競争」が職務の範囲外であるのは当然である。また、「カカル百人斬り競争」の「かかる」という意味が不明瞭である。ではいったい「どのような百人斬り競争」ならやったのか、と問いただしてもみたくなるというものである。
「麒麟門東方までは新聞記者と会っていない」というのであるが、二人の並んだ写真は常州で撮られたものであることは新聞に記載されており間違いない。明らかに野田の記憶違いである。
「無錫の対談を基礎として虚構を創作した」と主張するのであるが、もともと本人は10年も前のことなので記憶は確かでないと述べており、事実、野田は常州で遭っていることも忘れている。それなのに、野田は向井が言った常州、丹陽、句容それに南京における人斬りスコアを(概数としても)克明に覚えているなどとありえない話ではないか。むろん、これらのスコアは法廷で聞き覚えた数字と地名から「記憶」を作文したに過ぎない。
いかに記者が特ダネに不足していようとも、たった一回の「冗談話」から、その後、4回にわたって記事を創作するということが考えられようか。仮にも戦場の話であり、いつ両少尉が死亡するかもしれない。死亡した軍人の百人斬りが記事になりでもしたら、いかに「戦意高揚」のためとはいえ、新聞社から厳重な譴責が加えられ、処分が下されるはずである。そのリスクを背負ってまで虚構記事を書いたとは思われない。
しかも、一人の不心得者がひそかに記事を捏造したというのならまだしも、実際の記事の作成には光本、浅海、鈴木の三人が関わっており、写真撮影のさいには佐藤振寿も両少尉の話を聞いているのである。四人がともに捏造に加わったということは到底ありえない。
例え野田が故意の虚偽を語っていなかったということを了承するとしても、常州で遭ったことを失念している事実がある以上、他の場所で会っていなかったという記憶が正しいということは保証されない。
野田ハ麒麟門東方ニ於テ、記者ノ戦車ニ添乗シテ来ルニ再会セリ。
記者「ヤアヨク会ヒマシタネ」
野田「記者サンモ御健在デオ目出度ウ」
記者「今マデ幾回モ打電シマシタガ百人斬リ競争ハ日本デ大評判ラシイデスヨ。二人トモ百人以上突破シタコトニ(一行不明)
野田「ソウデスカ」
記者「マア其ノ中新聞記事ヲ楽ミニシテ下サイ、サヨナラ」
瞬時ニシテ記者ハ戦車ニ搭乗セルママ去レリ。
常州における対談シーンと違ってこの再会シーンは、野田の実際の記憶を語ったものと判断される。なぜなら、二人のセリフはよくかみ合っている。再会の状況が具体的であり、イメージが喚起される。また、記憶の核となる感情の動きがよく描かれている。記憶の核となる感情の動きとは、第一に意外な再会に驚き、喜んだこと。第二に記者が記事の好評に喜びそれ伝えたこと。第三にあっけない別れである。
ただし、この邂逅の場所がどこであったか、あるいは「百人以上突破シタコトニ(一行不明)」の内容自体はこのシーンのイメージとは別にどうとでも創作しえることなので、その部分に対する信憑性までもが保証されるということではない。
当時記者ハ向井ガ丹陽ニ於テ入院中ニシテ不在ナルヲ知ラザリシ為、無錫ノ対話ヲ基礎トシテ紫金山ニ於イテ向井野田両人ガ談笑セル記事及向井一人ガ壮語シタル記事ヲ創作シテ発表セルモノナリ。
野田が向井と紫金山と談笑したことがない(記憶がない)とするなら、会わなかったというだけでよい。「向井の負傷」と「向井の壮語」の件については野田自身の体験した事実ではないので野田の意見を承ってもしょうがない。
上述ノ如ク被告等ノ冗談笑話ニヨリ事実無根ノ虚報ノ出デタルハ全ク被告等ノ責任ナルモ又記者ガ目撃セザルニモカカハラズ筆ノ走ルガママニ興味的ニ記事ヲ創作セルハ一体ノ責任アリ。貴国法廷ヲ煩ハシ世人ヲ騒ガシタル罪ヲ此処ニ衷心ヨリオ詫ビス。
前半で見たように、三者の対話には実際にあった「冗談笑話」と受けとれるようなストーリー性は何一つなかった。野田が自身の記憶を語っているのではないことは明確であり、単なる獄中における作文に過ぎない。一方、記者は百人斬りの目撃をしなければ書いてはならないということはないのであって、百人斬りの話を聞いてこれを記事にするということならば何の問題もない。
さて、野田は、「人ノ死ナントスルヤ其ノ言ヤ善シ」と言ってから、手記を書き起こすのであるが、これは本来、死なんとする人の言葉を他人が評して言うことであり、自分から言うべき筋合いではなかろう。
少なくとも、法廷で仕込んだ斬殺スコアを元から持っていた記憶のように書いたことは見え透いている。「おそらく、・・・・のような話があった」、その例証として挙げた、というつもりであろうが、それならば、真実、みずからの記憶にある範囲でのみ語るべきである。そのほうがまだしも説得力があった。法廷で仕入れた数字を操作して記憶のように書けばそれこそ、「小説」になってしまうではないか。そのような野田の回想にはとても信をおけなかった。
真実の証言は明瞭に像を結ぶイメージというのを持っている。例え数行の会話であっても、会話がされたその場所について少しの描写があるだけで人物は生き生きと会話し始めるものである。無錫における会話シーンは結構多量の会話があるにも関わらず、単に朝食後というだけで何のイメージも喚起しない。戦車に添乗した記者との会話のシーンと較べるとそれはよくわかるはずである。また、真実の証言は事件の開始と終了が概ね、きれいに書けている。
逆にニセの証言、偽りの証言ではイメージや無理のない流れがなく、「説明」「解釈」「言い訳」「概念」の言葉が執拗に繰り返される。「冗談笑話」が2回、「小説ダガ」がそれにあたる。「冗談笑話」、「小説ダガ」を抜きにしてこの記者が虚構記事を書いたという説明が通るかどうかをみたらよい。ちなみに「幕府山事件」では射殺直前の捕虜の行動に対し具体的な描写がないまま、「突発」「戦闘状態」という「説明」「解釈」を優先させているのと同様の事情である。「冗談笑話」であるかどうか、「小説」であったか、どうかは証言の内容でもって読者を納得させることが出来なければならない。
否定派の主張パターンは野田、向井の証言などと記者たちの証言を内容を吟味することなく、同等、同格のものとして並立させた上で、どちらを選ぶかは個人の考え方ひとつと言うものがひとつであり、もうひとつは明確な根拠を示すことなく、ただちに前者を正当とみなすパターンである。
野田、向井らの証言と記者らの証言は決して同等・同格のものとして並立しない。記者らの証言と引き合わせる以前に野田・向井らは自立した証言としての資格を欠くのである。記者らの証言の検証は次の論考に回すが、これまでの検討では記者らの証言には明らかな虚偽のとみなされる言説は見いだせなかった。対立する証言と引き比べて見れば野田の回想の証拠能力がないことは決定的となる。
インデクスに戻る