山村暮鳥
「風は草木にささやいた」



  
 キリストに与へる詩


 
キリストよ
 
こんなことはあへてめづらしくもないのだ
 
けふも年若な婦人がわたしのところに来た
 
そしてどうしたら
 
聖書の中にかいてあるあの罪深い女のやう
 
泥まみれなおん足をなみだで洗つて
 
黒い房房したこの髪の毛で
 
それを拭いてあげるやうなことができるかとたづねるのだ
 
わたしはちよつとこまつたが
 
斯う言つた
 
一人がくるしめばそれでいいのだ
 
それでみんな救はれるんだと
 
婦人はわたしの此の言葉によろこばされていそいそと帰つた
               なか
婦人は大きなお腹をしてゐた
 
それで独り身だといつてゐた
 
キリストよ
 
それでよかつたか
 
何だかおそろしいやうな気がしてならない