伊東静雄「反響」
わが家はいよいよ小さし


    菊を想ふ 昭和十七年の秋


 
 垣ねに採つた朝顏の種
  こばこ
 小匣にそれを入れて
                           あ こ
 「しまつておいてね」といふ吾子は
 
 今年の夏は ひとの心が
 
 トマトや芋のはうに
 
 行つてゐたのであらう
 
 方々の家のまはりや野菜畑の隅に
 
 こぼれ種のまま
               じやうご
 小さい野生の漏斗にかへつて
 
 ひなびた色の朝顏ばかりを
 
 見たやうに思ふ
 
 十月の末 氣象特報のつづいた
 
 ざわめく雨のころまで
 
 それは咲いてをつた
 
 昔の歌や俳諧の なるほどこれは秋の花
          すがた
 ――世の態と花のさが
 
 自分はひとりで面白かつた
 
 しかしいまは誇高い菊の季節
 
 したたかにうるはしい菊を
 
 想ふ日多く
 
 けふも久しぶりに琴が聽きたくて
 
 子供の母にそれをいふと
 
 彼女はまるでとりあはず 笑つてもみせなんだ



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