伊東静雄「反響」
わが家はいよいよ小さし


    誕生日の即興歌


           やすみ    もんどり
 くらい 西の屋角に 飜筋斗うつて そこいらに
                     さけ               ヽ
 もつるる あの響 樹々の喚びと 警むる 草のし
  ヽ ヽ ヽ              づ                いづ
 つしつ よひ毎に 吹き出る風の けふいく夜 何
  こ
 處より來て あゝにぎはしや わがいのち 生くる
         ヽ ヽ ヽ            ともしぴ
 いはひ まあ子や この父の爲 灯さげて 折つて
       となり            まがき
 來い 隣家の ひと住まぬ 籬のうちの かの山茶
 
 花の枝 いや いや 闇のお化けや 風の胴間聲
                      とが
 それさへ 怖くないのなら 尤むるひとの あるも
          ヽ ヽ ヽ
 のか 寧ろまあ子 こよひ わが祝ひに あの花の
 
 こころを 言はうなら 「あゝかくて 誰がために
                                 ヽ ヽ ヽ 
 咲きつぐわれぞ」 さあ 折つておいで まあ子

        ヽ ヽ ヽ
    自註 まあ子はわが女の子の愛稱。私の誕生日は十二月十日。
       この頃、海から吹上ぐる西風烈しく、丘陵の斜面に在る
       わが家は動搖して、眠られぬ夜が屡々である。家の裏は、
       籬で隣家の大きな庭園につづいてゐて、もう永くひとが
       住んでゐない。一坪の庭もない私は、暖い日にはよくこ
       つそり侵入して、そこの荒れた草木の姿を寫生する。




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