北原白秋
 

「思ひ出」より

  
 怪しき思




                       び ら う ど
 われは探しぬ、色黒き天鵞絨の蝶、
                ピン
 日ごと夜ごとに針を執り、テレビンを執り、
 
 かくて殺しぬ、突き刺しぬ、ちぎり、なすりぬ。
 
 鬼百合の赤き花粉を嗅ぐときは
                             か
 ひとり呪ひぬ、引き裂きぬ、噛みぬ、にじりぬ
                     なめしがは
 金文字の古き洋書の鞣皮
 
 ああ、それすらも黒猫に爪をかかしつ。
 

                              ふる
 われは愛しぬ、くるしみぬ……顫へ、おそれぬ。
          らう
 怪しさは蝋のほのほの泣くごとく、
     まむし
 青き蝮のふたつなき触覚のごと、
 
 われとわが身をひきつつみ、かつ、かきむしる。
 
 美くしき少年のえもわかぬ性の憂欝。



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