大手拓次
『藍色の蟇』

白い狼

  
  舞ひあがる犬


 
 その鼻をそろへ、
 
 その肩をそろへ、
  ヽ ヽ ヽ ヽ                                        ひき
 おうおうとひくいうなりごゑに身をしづませる二疋の犬。
 
 そのせはしい息をそろへ、
 
 その眼は赤くいちごのやうにふくらみ、
            ヽ ヽ ヽ ヽ
 さびしさにおうおうとふるへる二ひきの犬。
                              すゐさう
 沼のぬくみのうちにほころびる水草の肌のやうに、
 
 なんといふなめらかさを持つてゐることだらう、
 
 つやつやと月夜のやうにあかるい毛なみよ、
 
 さびしさにくひしばる犬は
  ヽ ヽ ヽ ヽ
 おうおうとをののきなきさけんで、
            ゆふやみ
 ほの黄色い夕闇のなかをまひあがるのだ。
 
 しろい爪をそろへて、
                         つるくさ
 ふたつの犬はよぢのぼる蔓草のやうに
 
 ほのきいろい夕闇の無言のなかへまひあがるのだ。
 
 そのくるしみをかはしながら、
 
 さだめない大空のなかへゆくふたつの犬よ、
 
 やせた肩をごらん、
 
 ほそいしつぽをごらん、
 
 おまへたちもやつぱりたえまなく消えてゆくものの仲間だ。
 
 ほのきいろい夕空のなかへ、
 
 ふたつのものはくるしみをかはしながらのぼつてゆく。