石川啄木

心の姿の研究 三

  
  事ありげな春の夕暮

            いくさ
 遠い国には戦があり……
                      さかもり
 海には難破船の上の酒宴……

               あお
 質屋の店には蒼ざめた女が立ち、
  あかり
 燈光にそむいてはなをかむ。
  そ こ                ろ じ
 其処を出て来れば、路次の口に
  ま ぶ
 情夫の背を打つ背低い女――
              さいふ
 うす暗がりに財布を出す。

 
 何か事ありげな――
 
 春の夕暮の町を圧する
     よど
 重く淀んだ空気の不安。
 
 仕事の手につかぬ一日が暮れて、
                      つかれ
 何に疲れたとも知れぬ疲がある。

             たくさん
 遠い国には沢山の人が死に……
             おし よ    おんなそうし
 また政庁に推寄せる女壮士のさけび声……
         あほうどり   えきぴよう
 海には信天翁の疫病……

      だいく    いえ    らんぶ
 あ、大工の家では洋燈が落ち、
  だいく        と   あ
 大工の妻が跳び上る。




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