石川啄木

詩六章

  
  四 花かんざし

 
 上野公園の前の広場の
  はなみどき
 花見時の人ごみの中を――
  はな
 華やかなパラソルの波の中を、
  む ぞう さ
 無雑作におし分けながら、
        あおぶ ろ しき
 大きな青風呂敷の包みを肩にして、
 
 帽子もかぶらずに、
                           せい
 のそり/\と歩いて行つた丈の高い男よ。

             ば か            ひげづら
 あの、人を莫迦にしたやうな髯面が
 
 今でも目に見える。――
  す         くろらしや
 擦りきれた黒羅紗の背広の
             かたつき
 がんじやうな肩付も、
        あおぶ ろ しき
 大きな青風呂敷の包みも、
 
 さうだ、それから、あの
  わたし
 (私はそれが悲しいのだが)
            かくし   さ
 左の胸の衣嚢に挿した
  あか
 紅い花かんざしも。




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