『草木塔』


種田山頭火


孤寒


 
 
だまつてあそぶ鳥の一羽が花のなか


 
 
春風の蓑虫ひよいとのぞいた


 
 
ひよいとのぞいて蓑虫は鳴かない


 
 
もらうてもどるあたたかな水のこぼるるを


 
 
とんからとんから何織るうららか


 
 
ひなたはたのしく啼く鳥も蹄かぬ鳥も


 
 
身のまはりはほしいままなる草の咲く


 
 
草の青さよはだしでもどる


 
 
草は咲くがままのてふてふ


 
 
藪から鍋へ筍いつぽん


 
 
ならんで竹の子竹になりつつ


 
 
窓にしたしく竹の子竹になる明け暮れ


 
 
風の中おのれを責めつつ歩く


 
 
われをしみじみ風が出て来て考へさせる


 
 
雷をまぢかに覚めてかしこまる


 
 
がちやがちやがちやがちや鳴くよりほかない


 
 
誰を待つとてゆふべは萩のしきりにこぼれ


 
 
声はまさしく月夜はたらく人人だ


 
 
雨ふればふるほどに石蕗の花


 
 
播きをへるとよい雨になる山のいろ


 
 
そこはかとなくそこら木の葉のちるやうに


 
 
ゆふべなごやかな親蜘蛛子蜘蛛


 
 
しんじつおちつけない草のかれがれ


 
 
しぐるるやあるだけの御飯よう炊けた


 
 
焼場水たまり雲をうつして寒く


   死線 四句
 
死はひややかな空とほく雲のゆく


 
 
死をひしと唐辛まつかな


 
 
死のしづけさは晴れて葉のない木


 
 
そこに月を死のまへにおく


 
 
いつとなく机に塵が冬めく


 
 
草の実が袖にも裾にもあたたかな


 
 
枯すすき枯れつくしたる雪のふりつもる


 
 
水に放つや寒鮒みんな泳いでゐる


 
 
一つあると蕗のとう二つ三つ


 
 
蕗のとうことしもここに蕗のとう


 
 
わかれてからのまいにち雪ふる


   母の四十七回忌
 
うどん供へて、母よ、わたくしもいただきまする


 
 
其中一人いつも一人の草萌ゆる


 
 
枯枝ぽきぽきおもふことなく


 
 
つるりとむげて葱の白さよ


 
 
鶲また一羽となればしきり啼く


 
 
なんとなくあるいて墓と墓との間


 
 
おのれにこもる藪椿咲いては落ち


 
 
春が来たいちはやく虫がやつて来た


 
 
啼いて二三羽春の鴉で


 
 
咳がやまない背中をたたく手がない


 
 
窓あけて窓いつぱいの春


 
 
しづけさ、竹の子みんな竹になつた


 
 
ひとり住めばあをあをとして草


 
 
朝焼タ焼食べるものがない


   自嘲
 
初孫がうまれたさうな風鈴の鳴る


 
 
雨を受けて桶いつぱいの美しい水


 
 
飛んでいつぴき赤蛙


 
 
げんのしようこのおのれひそかな花と咲く


 
 
また一日がをはるとしてすこし夕焼けて


   更に改作(昭和十五年二月)
 
草にすわり飯ばかりの飯をしみじみ


   行乞途上(改作追加)
 
草にすわり飯ばかりの飯


つづく
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