『草木塔』


種田山頭火





 
 
水のうまきを蛙鳴く


 
 
寝床まで月を入れ寝るとする


 
 
生えて墓揚の、咲いてうつくしや


 
 
むしあつく生きものが生きものの中に


 
 
山からしたたる水である


 
 
まひまひしづか湧いてあふるる水なれば


 
 
かたすみの三ツ葉の花なり


   半搗米を常食として
 
米の黒さもたのもしく洗ふ


 
 
へそが汗ためてゐる


 
 
降りさうなおとなりも大根蒔いてゐる


 
 
むすめと母と蓮の花さげてくる


 
 
雷とどろくやふくいくとして花のましろく


 
 
風のなか米もらひに行く


 
 
日が山に、山から月が、柿の実たわわ


 
 
萩が咲いてなるほどそこにかまきりがをる


 
 
鳴いてきりぎりす生きてはゐる


 
 
ここを墓場とし曼珠沙華燃ゆる


 
 
身のまはりは日に日に好きな草が咲く


   貧農生活 二句
 
働らいても働らいてもすすきツ穂


 
 
刈るより掘るより播いてゐる


 
 
つゆけくも露草の花の


 
 
空襲警報るゐるゐとして柿赤し


 
 
防空管制下よい子うまれて男の子


   身辺整理
 
焼いてしまへばこれだけの灰を風吹く


   老遍路
 
死ねない手がふる鈴をふる


 
 
とほくちかくどこかのおくで鳴いてゐる


   わが其中庵も
 
壁がくづれてそこから蔓草


 
 
それは死の前のてふてふの舞


 
 
月は見えない月あかりの水まんまん

   十一月、湯田の風来居に移る
 
一羽来て啼かない鳥である


 
 
秋もをはりの蝿となりはひあるく 


 
 
水のゆふべのすこし波立つ 


 
 
燃えに燃ゆる火なりうつくしく


   再会
 
握りしめる手に手のあかぎれ


 
 
囚人の墓としひそかに草萌えて


   となりの夫婦
 
やつと世帯が持てて新らしいバケツ


   日支事変
 
木の芽や草の芽やこれからである


 
 
赤字つづきのどうやらかうやら蕗のとう


 
 
机上一りんおもむろにひらく


   三月、東へ旅立つ
 
旅もいつしかおたまじやくしが泳いでゐる


 
 
春の山からころころ石ころ


 
 
啼いて鴉の、飛んで鴉の、おちつくところがない


 
 
風は海から吹きぬける葱坊主


   伊良湖岬
 
はるばるたづね来て岩鼻一人


   渥美半島
 
まがると風が海ちかい豌豆畑


   鳳来寺拝登
 
お山しんしんしづくする真実不虚


    青蓋句屋
 
花ぐもりピアノのおけいこがはじまりました


   浜名街道
 
水のまんなかの道がまつすぐ


   秋葉山中
 
石に腰を、墓であつたか


 
 
水たたへたればおよぐ蟇


   天龍川をさかのぼる
 
水音けふもひとり旅ゆく


 
 
山のしづけさは白い花


   若水君と共に高遠城阯へ、緑平老に一句
 
なるほど信濃の月が出てゐる


   月蝕
 
旅の月夜のだんだん虧げゆくを


   伊那町にて
 
この水あの水の天龍となる水音


   権兵衛峠へ
 
ながれがここでおちあふ音の山ざくら


   鳥居峠
 
このみちいくねんの大栃芽吹く


   木曾の宿
 
おちつけないふとんおもたく寝る


   帰居
 
しみじみしづかな机の塵


 
 
朝の土をもくもくもたげてもぐらもち


   大旱
 
涸れて涸れきつて石ころごろごろ


   雨乞
 
燃ゆる火の、雨ふらしめと燃えさかる


 
 
どこにも水がない枯田汗してはたらく


 
 
まいにちはだかでてふちよやとんばや


 
 
炎天のレールまつすぐ


 
 
もらうてもどる水がこぼれるすずしくも


 
 
鉦たたきよ鉦をたたいてどこにゐる


 
 
月のあかるさ旅のめをとのさざめごと


 
 
鳥とほくとほく雲に入るゆくへ見おくる


 
 
けふの暑さはたばこやにたばこがない


 
 
月は澄みわたり刑務所のまうへ


   九月、四国巡礼の旅へ
 
鴉とんでゆく水をわたらう


 
 三年ぶりに句稿(昭和十三年七月――十四年九月)を整理
して七十二句ほど拾ひあげた。
 
 所詮は自分を知ることである。私は私の愚を守らう。
 
(昭和十五年二月、御幸山麓一草庵にて、山頭火)


つづく
[種田山頭火] [文車目次]