立原道造「優しき歌 I


 
薊の花のすきな子に

 
 V 民 謡

    ――エリザのために



いと
絃は張られてゐるが もう
 
誰もがそれから調べを引き出さない
 
指が触れると 老いたかなしみが
                                  うつは
しづかに帰つて来た……小さな歌の器

 
ある日 甘い歌がやどつたその思ひ出に
 
人はときをりこれを手にとりあげる
 
弓が誘ふかろい響――それは奏でた
 
(おお ながいとほいながれるとき)

 
――昔むかし野ばらが咲いてゐた
 
野鳩が啼いてゐた……あの頃……
 
さうしてその歌が人の心にやすむと

 
時あつて やさしい調べが眼をさます
 
指を組みあはす 古びた唄のなかに
 
――水車よ 小川よ おまへは美しかつた