立原道造「萱草に寄す」


 
SONATINE No.2

  
 虹とひとと


 
雨あがりのしづかな風がそよいでゐた あのとき
くさむら                     おじゆず
叢は露の雫にまだ濡れて 蜘蛛の念珠も光つてゐた
 
東の空には ゆるやかな虹がかかつてゐた
 
僕らはだまつて立つてゐた 黙つて!

 
ああ何もかもあのままだ おまへはそのとき
 
僕を見上げてゐた 僕には何もすることがなかつたから
 
(僕はおまへを愛してゐたのに)
 
(おまへは僕を愛してゐたのに)

 
また風が吹いてゐる また雲がながれてゐる
 
明るい青い暑い空に 何のかはりもなかつたやうに
 
小鳥のうたがひびいてゐる 花のいろがにほつてゐる

        まつげ                   やす
おまへの睫毛にも ちひさな虹が憩んでゐることだらう
 
(しかしおまへはもう僕を愛してゐない
 
僕はおまへを愛してゐない)