立原道造「暁と夕の詩」


  
 VIII 眠りのほとりに


 
沈黙は 青い雲のやうに
 
やさしく 私を襲ひ……
 
私は 射とめられた小さい野獣のやうに
 
眠りのなかに 身をたふす やがて身動きもなしに

 
ふたたび ささやく 失はれたしらべが
 
春の浮雲と 小鳥と 花と 影とを 呼びかへす
 
しかし それらはすでに私のものではない
 
あの日 手をたれて歩いたひとりぼつちの私の姿さへ

 
私は 夜に あかりをともし きらきらした眠るまへの
 
そのあかりのそばで それらを溶かすのみであらう
 
夢のうちに 夢よりもたよりなく――

 
影に住み そして時間が私になくなるとき
 
追憶はふたたび 喘息のやうに 沈黙よりもかすかな
 
言葉たちをうたはせるであらう