島崎藤村

「落梅集」より

  
  緑陰


 
 枝うちかはす梅と梅
 
 梅の葉かげにそのむかし
  とり  とり         く
 鶏は鶏とし並び食ひ
 
 われは君とし遊びてき

  そら         くもはな
 空風吹けば雲離れ
              にしひがし
 別れいざよふ西東
  あをば
 青葉は枝に契るとも
 
 緑は長くとゞまらじ

 
 水去り帰る手をのべて
  た
 誰れか流れをとゞむべき
 
 行くにまかせよ嗚呼さらば
 
 また相見んと願ひしか

 
 遠く別れてかぞふれば
 
 かさねて長き秋の夢
              すゑもの
 願ひはあれど陶磁の
         とき  いた
 くだけて時を傷みけり

 
 わが髪長く生ひいでゝ
 
 額の汗を覆ふとも
         たま
 甲斐なく珠を抱きては
 
 罪多かりし草枕

 
 雲に浮びて立ちかへり
 
 都の夏にきて見れば
 
 むかしながらのみどり葉は
 
 蔭いや深くなれるかな

 
 わかれを思ひ逢瀬をば
 
 君とし今やかたらふに
              あをくさ
 二人すわりし青草は
 
 熱き涙にぬれにけり



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