島崎藤村

「若菜集」より


  
 相思


 
髪を洗へば紫の
をぐさ
小草のまへに色みえて
            はなどり
足をあぐれば花鳥の
           ふぜい
われに随ふ風情あり
 

               あやぐも
目にながむれば彩雲の
              えまきもの
まきてはひらく絵巻物
            うまざけ
手にとる酒は美酒の
    うれひ
若き愁をたゝふめり
 

             うたがみ
耳をたつれば歌神の
        たま  ふえ
きたりて玉の簫を吹き
 
口をひらけばうたびとの
 
一ふしわれはこひうたふ
 

 
あゝかくまでにあやしくも
 
熱きこゝろのわれなれど
 
われをし君のこひしたふ
 
その涙にはおよばじな



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