上田敏「海潮音」

  せんぼう
 瞻望

ロバアト・ブラウニング




  おそ                のどふた
 怕るゝか死を。――喉塞ぎ、
            さぎり
  おもわに狭霧、
  みゆき                    し
 深雪降り、木枯荒れて、著るくなりぬ、
 
  すゑの近さも。
  よる  みいづ あらし   おそひ
 夜の稜威暴風の襲来、恐ろしき
       たむろ
  敵の屯に、
  うつそみ   だいい ふ
 現身の「大畏怖」立てり。しかすがに
   たけ
  猛き人は行かざらめやも。
 
 それ、旅は果て、峯は尽きて、
   しようげ   や
  障礙は破れぬ、
           ほまれ むくい
 唯、すゑの誉の酬えむとせば、
           いくさ
  なほひと戦。
 たたかひ         このみ
 戦 は日ごろの好、いざさらば、
   をはり  はれ
  終の晴の勝負せむ。
           まなこ          ゆ
 なまじひに眼ふたぎて、赦るされて、
    は         う
  這ひ行くは憂し、
   のこり  あぢは
 否残なく味ひて、かれも人なる
               も さ
  いにしへの猛者たちのやう、
  やおもて      うましよ  さむさ   くるしみ  くらやみ
 矢表に立ち楽世の寒冷、苦痛、暗黒の
  みつぎ
  貢のあまり捧げてむ。
                こつねん わざはひふく
 そも勇者には、忽然と 禍福 に転ずべく
   やみ
  闇は終らむ。
  したい           ゆ ゆ       らせつ   どごう
 四大のあらび、忌々しかる羅刹の怒号、
               まじ
  ほそりゆき、雑りけち
  へんげ         らく
 変化して苦も楽とならむとやすらむ。
           こうみよう       みむね
  そのとき光明、その時御胸
                      いだ
 あはれ、心の心とや、抱きしめてむ。
 
  そのほかは神のまにまに。



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