上田敏「海潮音」

 
 小曲

ダンテ・ゲブリエル・ロセッティ




                    しるしぶみ     たと
 小曲は刹那をとむる銘文、また譬ふれば、
                                    ごう
 過ぎにしも過ぎせぬ過ぎしひと時に、劫の「心」の
          がんもん                のり   え
 捧げたる願文にこそ。光り匂ふ法の会のため、
  さが      かねごと
 祥もなき預言のため、折からのけぢめはあれど、
  いつ  いつ  せ        おもひ        せち
 例も例も堰きあへぬ思豊かにて切にあらなむ。
   ひ                        よる               ゑ
 「日」の歌は象牙にけづり、「夜」の歌は黒檀に彫り、
 かしら   はな                   あ こ や   たま
 頭なる華のかざしは輝きて、阿古屋の珠と、
                    はえ  ろう       とき
 照りわたるきらびの栄の臈たさを「時」に示せよ。
 

         こせん           おもて
 小曲は古泉の如く、そが表、心あらはる、
                                        いのち
 うらがねをいづれの力しろすとも。あるは「命」の
                  みつぎ           あて  たへ
 威力あるもとめの貢、あるはまた貴に妙なる
          ぐ ぶ           は な                さもあらばあれ
 「恋」の供奉にかづけの纏頭と贈らむも、よし 遮 莫
  みつせがは       どころ かげ    いぶき
 三瀬川、船はて処、陰暗き伊吹の風に、
            わたり         ふなびと  て
 「死」に払ふ渡のしろと、船人の掌にとらさむも。



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