八木重吉
「貧しき信徒」

 
   無題


 
 夢の中の自分の顔といふものを始めて見た
 
 発熱がいく日もつゞいた夜
 
 私はキリストを念じてぬむつた
 
 一つの顔があらわれた
 
 それはもちろん
 
 現在私の顔でもなく
 
 幼いときの自分の顔でもなく
 
 いつも心にゑがいてゐる
 
 最も気高い天使の顔でもなかつた
 
 それよりももつとすぐれた顔であつた
 
 その顔が自分の顔であるといふことはおのづから分つた
 
 顔のまわりは金色をおびた暗黒であつた
 
 翌朝眼がさめたとき
 
 別段熱は下つてゐなかつた
 
 しかし不思議に私の心は平らかだつた



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