開設時 count=14073

 ← マグネトロンの理解には
旧海軍電波実験場の遺跡が発掘された場所は静岡県を流れる大井川の西側(右岸)で新東名高速道路橋梁(新大井川橋)のすぐ上流側です。
ナマコ状の半島が右岸台地から北東に向かって山鼻と称されながら流れを遮る形で突き出ていました。氾濫対策で半島は削り取られました。
国の事業は凄い!半島もろ共跡形なく消えました。遺跡はその尾根で、川から高さ約20メートルの鞍部にありました。

静岡県島田市教育委員会の『静岡県島田市埋蔵文化財報告 第49集』
第二海軍技術廠牛尾実験場跡遺跡』を通読して、感じた疑問について、
嘗て会得した電波体験を復習して裏付けとしながら謎解きを試みました。
 島田市のHPで、この調査報告書を拝見できます。 https://www.city.shimada.shizuoka.jp/bunkazai/ushio.html



強力電波実験 海軍

 

装置は電波常識から全然問題になりません。【理論上、殺人光線は有り得ても、殺人電波は不可能】
電波でエネルギーを送れるのは至近距離だけです。拳銃にも及ばない!電波はレザー光のように遠距離まで集束ができません。

調査報告書59ページから引用
「飛行機のどこか主要部分を溶かしはしないか というのが一つの希望ではありました.(中
略)大井川の対岸に自動車を置いてそれをとめるとか,そんな風なくらいのことは考えまし
た.大井川の上流の牛尾というところに疎開し,山を切り開いてW型の窖{あなぐら}を作っ
て,そこに{パラボラ}を据えて大井川がぐっと曲がっている向うまで約一万五千メートルほ
どあったが,そこへ目標をおき,こっちから強力な電波を出してやろうということで,疎開を
兼ねて,そこへ建造することになり,引越したところで終わった.」(前掲『殺人光線』).

 最初に読んだとき これが伊藤庸二さんの仰せられたこととは気付きませんでした。当初は伊藤さんもこのように信じておられたのでしょうか?
  否!「強力マグネトロンができれば、殺人光線は不可能でも殺人光線に匹敵する何らかの新兵器に発展できる」と期待されたに違いありません!

 同箇所にもう一つ
 「・・・約一万五千メートルほどあったが,そこへ目標をおき,・・・」
地図で、この場所から大井川を15000m下ると河口・海岸の辺で、途中市街地で頭上を掠めます! 反対方向上流側は近くのやまに遮られて15000m隔てた地点に電波は届きません。
伊藤さんは記者の取材に真剣でなかった様子が窺えます。

 「殺人光線」というのは強大な電力を電波に変えてパラボラ反射鏡で電波源の実像を目的対象物上に結ばせて焼いてしまおうという考え方です。
探照灯からの思い付きでしょうが極超短波では、あの光芒のようにビームを鋭く絞ることは無理です。
探照灯の反射鏡もパラボラ(回転放物線体)ですが光は波長が1マイクロメートルよりさらに短いのであのような鋭いビームが可能なのです。
マグネトロンがつくる電波の波長では、エネルギーを集中するポイントが波長に相応する面積を持ちます。波長が更に短ければピンポイントの言葉どおりに小さくてエネルギー密度を高めて対象物を焼くこともできるでしょう。
面積が放射した時の大きさ※ ならばそれが可能であろう・・・けれども実像は距離に比例して大きくなります。エネルギー密度は距離の2乗に反比例して弱くなって、仮に直径27mのパラボラ反射鏡を作って焦点距離8.1mとすると、16.2m【】前方に結ぶ実像は放射口と同じ広さですので物を焼くのが可能です、10倍の81m前方ではエネルギー密度は100分の1に薄れますが人が浴びれば危険です。500mにもなると暖房程度で人は殺せません。
 仮に超巨大な直径100mのパラボラを作り、出力1000kwが実現したとして、それでも『約一万五千メートル』先では暖房程度!
更に波長を2cmに短縮成功させたら、火傷を負わせられる?
 いや、まだまだ!サーチしながら途中でチラッと浴びせた程度じゃ駄目!フラフラも駄目! 電子レンジだって『分』単位 !!! 移動に合わせて狙いを外さず撃墜まで数十秒以上も持続させなければ!
       そんなことできると思いますか? 一万五千メートル前方に、電波先端の大きさは数センチ!
       102×10×102 = 10 5   ・・・なにをかいわんや・・・


もくじ

口説き
電波でエネルギーを送られるか
パラボラ
マグネトロン
 酸化被膜陰極
 マグネトロンはケースに入れて・・・
構築は ?
 【素人仮説−1】運搬手段
 【素人仮説−2】天井崩落の原因

 カーバイド 
 反射鏡の操縦について
 追記
◇何処か知れないが強力な送信電波を避けて
◇遺跡は荒らされた
○○幻影●●
◇『引渡目録』に「牛尾路上 電磁石用線輪
◇永久磁石

◇マグネトロンの理解には
◇殺人光線の妄想
◇約一万五千メートル
◇懸垂曲線2題
◇腹が減っては軍は出来ぬ
 極 超短波近距離起爆装置
計画の構想


電波でエネルギーを送られるか

殺人光線はともかく殺人電波は不可能


電波、赤外線、可視光線、紫外線、X線、γ線、これ等は電磁波上の区分です。

    から引用 光と電磁波


電磁波のうち電波は受信側で増幅できるので専ら情報の送受に適していますが、エネルギーの伝送には向きません。
波長が特に短い電波は光に似ていると言われていますが、波長の短さが足りません。 センチ波と可視光線の間には10万倍の隔たりがあります。
電波のうち極力短い センチ波 〜 ミリ波 を使ってもエネルギーを送るには、すぼまり方が足りません。届くのは僅かの距離だけです。
エネルギーの受け側に結ぶ焦点が甚だしいピンボケなのです。焦点のハッキリはパラボラの大きさ対 波長の比 と更に距離の反比例で決まります。
電波では極力短い波長のマイクロ波を完成し、さらに困難を克服して巨大なパラボラを造っても、まだまだとても比率が足りません。
 仮に目的を『エネルギーを送る』として、受信にもパラボラを用いれば、【波長20cm、受信にも径10mのパラボラを用いて距離約440mで能率約70%】と可能のようですが、
この能率約70%を維持するには受信パラボラ径を距離に比例させなければなりません。距離1kmで約23m、距離2kmでは45mにもなり、受信アンテナを付けてさえ実用に及ばないことがわかります。 ・・・・ 【70%の根拠】
レーザー光線のように波長がμm以下にも短くなればパラボラは可能な大きさで済みます。残念にもレーザー技術は未だでした。

 【電子レンジのように受け渡しが数波長以下の至近距離の場合は伝送と考えておりません。】

※ パラボラ反射鏡を2次アンテナといいます。対して、1次アンテナとはパラボラの焦点にあって鏡面に向けた電波の放射口で、放射口の形状を調整して電波を反射鏡の全面に吹き付けます。(なるべく均一に はみ出さないように )
  反射鏡面は放物線の対称軸を中心に回転させた立体の部分です。焦点を無視してはパラボラを論じられません!

 あらためて読み直して、この場所『牛尾』に移設が計画された時点で既に『Z計画』は見切りが付けられて専ら『A計画』に専念されていた。『極超短波近距離起爆装置』が当時の正式名称と知ったが、切羽詰った戦局、打つ手がないでは済まない 「兎に角構築しよう、用法は造りながら考える」と悲壮な焦燥感が察せられる。
   ・・ここで「距離」とは目標と砲弾の炸裂点との距離を言っている。 砲或いはパラボラからの距離ではない。・・
戦況が逼迫して実験研究をする余裕がなくなったが、最高の頭脳を集めて有効な利用を発見し最終兵器に役立てる工夫がされた。それを受けて
 学者先生たちは殺人光線など妄想に過ぎなくて、『近距離起爆装置』等の電波を利用する決戦兵器の発明を求められていると承知して参加した。


パラボラ

 なぜ巨大なパラボラ反射鏡なのか、それはパラボラ反射鏡が大きい程目的に向けて鋭くすぼめて電波を送られるからです。
電波の束の広がりはパラボラ反射鏡の径に反比例する。広がらなければ遠くまで届く。届く距離はパラボラ反射鏡の径に正比例する。

周波数   1500MHz 波長 20cm
距離     仮に80q
送信機出力 100kW 80dBm
パラボラ反射鏡の径  10m

 上記条件での結果

自由空間損失 134dB
アンテナ利得  32dB
受信電界   −22dBm 0.006mW
ビーム幅   1.34度(‐3dB幅)

当初22号電探、3号電探などから推察して波長は10cmとしていましたが、この時点で完成した100Kwマグネトロンは波長20cmと判明しました。【創意無限 中島茂 Page 190 図23 】 依って、関連する数値はすべて訂正しました。



写真は反射鏡ではなくて支持体です。鋼と鉄から組み立てられています。【反射鏡と言っているのはおかしい!紙が貼ってなくても障子というか?】
反射鏡本体の素材は銅で、軽量、風圧回避、資源節約を図って、溶接銅網、パンチングメタル、エキスパンドメタルなど、或いは、偏波面が水平・垂直何れかに固定であれば簾(すだれ、横)か格子(縦)状に配した銅材。
  【当時アルミ材は純度不足で腐食する、経緯間無溶接の金網は反射不全で夫々不可】
何れの場合も銅線の間隔或いは穴の径は 波長の3/8 以下です。
その銅材が支持体の内面に正確に貼られていなければなりませんが、写真にそれが見えません。貼る前の姿なのかそれとも剥がされた後なのだろうか?
凹凸の許容差は厳しくて、パラボラ反射鏡の大小にかかわらず放物面理論値から ±12 ミリメートル(波長の1/16)以下。
凹凸の誤差が比例して大きく許されれば世話はないのですが、それでは折角の大きさの効果が出ません。
大きい程精度が必要であるのに、大きい程重力や風力による歪を受け易くなります。撓んではいけません。
 P.-70- (37)写真『パラボラ反射鏡』から寸法概略を推測
  パラボラ反射鏡の直径10m、人物身長1.6mと見て、
 y = x2 / 12(メートル) ←左の数式を選んだところ、写真の姿に大略合います。
即ち
 ・深さ 2.1m
 ・焦点距離 3m

 数式1  y = x2 / 12
 数式2  y = x/ 2
上の2数式を連立方程式として、yの値が焦点距離です。

】放物線の対称軸付近では曲線が焦点距離の2倍半径の円の弧に近似する。つまり、焦点距離の2倍の位置から
    電波をパラボラに吹き付ければ大半の勢力が元に戻って来ます。出力が大きければ大変なことになるでしょう!!



 通信用、レーダー用は固定焦点ですが、このパラボラ反射鏡は当初の目的から推測して焦点調整装置を付加されてたと思います。が、
ピント合わせが至近距離以外で無意味なことは順次解明したことでしょう! 試みに図の式に f を3m、Dを想像する距離を代入して d を求めてみてください、

 [だそく]
 @ この場合厳密にはパラボラではない。椀型鏡への吹付け窓と加熱象物の2点を焦点とする『長軸回転楕円体』です。パラボラを楕円体に代用すれば、近距離に収差が出る。
 A ピント調整は、絶対に2×f の手前でその調整範囲が終わる構造だった筈。そうしないと自爆する!

           【長軸回転楕円体 : 短軸回転楕円体 = レモン形 : オレンジ形】


パラボラアンテナの原理



マグネトロン

 当時マグネトロンは実用期に入っていましたが、実験場当初の研究は如何にして大出力のものを造るかが課題でした。
隘路は寸法と界磁と冷却です。短い波長と大出力は相反する問題です。
また当時はまだ強い永久磁石が無かったので電磁石を使いました。コイルは大型・大重量です。
 そして発熱の処理です。マグネトロンの能率は良くて40%で改善の余地は僅かです。能率40%ということは、
損失が60%のわけで出力100kwならば、 100kw×(0.6/0.4)=150kw
  電波として送り出すよりもマグネトロン自身の発熱エネルギーが大きく、150kwの発熱になります。
カロリー計算から この熱量は、毎秒36キロカロリーで、大バケツに一杯(18リットル)の水が40秒で沸騰します。
水冷以外の方法は考えられません。マグネトロン陽極に電波や電子の働きを邪魔しない様に放熱チューブを貼って冷却します。
        水勢は凄いだろう!  突然その水が止まったら ・・・ Water hammer & マグネトロンは水蒸気爆発 !!
このように管内と管周辺に高密度に必要部品を配置するのが課題です。
これに成功することが、当実験場の可能な成果だったでしょう。
大量の冷却水、循環式ではラジエーターが巨大になるので懸け流しにしたでしょう。
  川原にポンプ室を設けた? 濾過装置も必要。
  または、麓に井戸を掘る。水量、水質が満足であればその方が適当!
         排水は      強力マグネトロンは瞬間湯沸し器だった!
 更に機械的な問題が重複していた。その、第一は流水と管内面の摩擦が陽極の構造を捻るように押す。第二が流水の強弱(脈動)による振動(陽極構造が揺すられる)。これらの対策も難題だった!

 マグネトロン陽極とその界磁用電磁石の冷却。
陽極の場合は水管径35ミリ、水勢は蛇口全開程度だが、電磁石の冷却も同程度?
界磁用電磁石の発熱は励磁DC電流によるオーム損によるもので陽極損失150kwの外です。戦後だったら強力な永久磁石が開発されて無用。

 さらに周波数を高く、その上で出力を増すためには、波長に比例して陽極の径が小さく、発熱が集中する。この相乗する問題を水で解決することは既に限界。 打開策は、
 ・空冷の併用
 ・搦め手からも攻める・・ 温度許容値を上げる工夫をする
 ・間欠定格 姑息な手段で体裁に過ぎない

 上に冷却水の必要を述べた。 水間技師の絵にも水槽とポンプ室が描かれている。十分で涸れる心配なない水利を島田や牛尾の地が選ばれた条件として追加したい。


酸化被膜陰極

マグネトロンに限らず熱陰極真空管は陰極をヒーター加熱する。タングステンなどを用いてヒーターそのものを陰極としたのを初めとして、
後には、ヒーター温度を低く電子放射を多くできるようにトリウム入りタングステン或いは種々の酸化金属を塗布した酸化被膜陰極が考案されました。
見た目に脆そうな素材です。マグネトロンではないが一部が剥離して管内に散乱している真空管を屡々見ました。剥離が一部分だったのか劣化に気付くほどではありませんでした。
 私の知識では、
『 酸化被膜陰極は電子放射の効率は他より勝れているが、大電子量、陽極高電圧に被膜が耐えられないため大形管には利用できない 』 と なっている。
この、私の知識で量り兼ねることが どのように克服されたのだろう?

その後蔵書中に発見した。

引用書籍 マイクロ波真空管
 杉浦正信 無線従事者教育協会
 昭和31年12月15日発行

磁電管は、1μs 程度のごく短時間極めて大きな陰極電流を取るので、陰極の構造、動作は普通の連続発振用とかなり違っている。電流密度は普通の酸化物陰極の場合 0.1A/cm2程度であるが、磁電管では50A/cm2もの高い値を必要とする。したがって最高出力の極限を決める要素の一つは、この陰極電子放射密度である。・・・中略・・・
 短時間の大放出電流は、連続放出の場合陽極汚染すなわち酸素、バリウム等と陽極金属との化合物が陰極表面に作用して電子放出を低下させる現象がなく、且つ休止時間にそれが恢復するためであるといわれる。これは放出時間が 10 から数十 μs までは影響がない。・・・中略・・・
 連続発振用には酸化物陰極がつかえないので、純タングステン繊条が使われる。最近注目されている L カソード、含浸型 L カソードなどは衝撃に強く、放出密度も大きいので有望である。

「 L カソード」はネットで2〜3件調べて理解未了だが、終戦以前の実現はあり得ない! 従って当時、連続波用高出力マグネトロンに『酸化被膜陰極』は構想に過ぎなかったでしょう!【パルスレーダー用には実用試験中】


マグネトロンはケースに入れてパラボラの焦点に取り付けた!


パラボラの大きさ10メートルに比べて、マグネトロンは取り付け部材を含めても1メートル足らず、そして界磁電磁石が重量物だけれども10キログラム程度だろう? とすれば反射鏡機構全体の頑丈さから考えてマグネトロンと付属物一式を焦点に接して取り付けることが可能! いまさら気付いたが さすが先人たちは70数年前に考えた。
最大の悩みだった太い導波管も同軸管も使わない。代わって必要な高圧電線、直流電線、冷却水管は引き回しが容易、可撓性は充分、ロスが僅少。
   これで、一挙に矛盾が消えて71年前が近付いて来た感じ!

ここで気付いたこと
 『Z計画』 に見切りを付けて 『A計画』 に改めてからは、パルス変調方式等の不連続波が適用される。伴って尖頭出力は数百キロワットのまま 発熱は 1/100 以下になり、
冷却問題は 『A計画』 に変更の時点で解消した! 『Z計画』 は如何にしてエネルギーを大量に送るかが課題であったが 『A計画』 は情報の検知・伝送、利用に研究目標が変った。
 目標の大電力化はこれまでの成果で十分!
『A計画』で必要なのは砲弾信管に電波を感知させる受信動作である。砲弾に付けて発射されるとき受信装置は衝撃に耐えられなければならない。
極超短波の受信には専ら鉱石検波器が使われていたが、極めて衝撃に弱い。この解決が新たな使命となった!
敗戦ですべてを捨てたが、平和時にも役立つ筈の成果は残してほしかった!が!


構築は ?

【素人仮説−1】運搬手段


 調査報告書を要約して紹介することは措きますが、地面上高さ3メートル、間隔10メートルの1対コンクリート構造物は、
大型パラボラ反射鏡を搭載した架台であったとの前提で調査が進められています。

 当遺跡最西端に残っていたのはパラボラ反射鏡の架台ではありません!
西側18メートル崖下の河川敷から資材を吊り上げるため索道が設置されました。その際の主索吊下架の架台です。
その主索吊下架は、発振室、電源室の建築以前には東側に対しても、つまり両側に対する主力塔として使用されたと考えます。
動力は人力のほかに小馬力の発動機が使われたと思います。 もう一つの動力 ⇒
仮説が正しいとすれば、
・ 『第6章 まとめ』最後の『謎』は解消する
・ 方向限定による不満が解消する
・ 当時、建設の際、起伏地に 索道 、平坦地に トロッコ が普通だった
・ パラボラ反射鏡の架台ならば、間隔は10mより狭い方が適している(重心を回転兼支持軸上に置く、支持を外周にすれば鏡面が歪む)
・ パラボラ反射鏡の架台ならば、両台の底部を連結して一体構造にしなければ反射鏡に歪が生ずる
・ パラボラ反射鏡の架台ならば、前後方向の支持構造が不足。風圧は鏡面の前後方向に作用する
・ 間隔10m+の主索を吊る門型構造は、パラボラ反射鏡を傾けずに通せる
・ 一対に直交した切通しは電波路ではなく索道の所要幅である
・ 調査報告書は架台が引渡目録に載っていないことを疑問視(38ページ)しているが、運送業者帰属物

 当時わが国にはヘリコプターがありません。山道を人肩、モッコ、牛馬の背で運んで間に合う場合は小規模に限られます。
運搬用の道路を建設するには今と違って多くの日数がかかります。そこで、このような場合は索道によるのが例でした。
索道は小規模から大規模まで運搬量に応じて適した構成を選定します。小は人力による神楽桟(かぐらさん)、ウィンチなどで、ウィンチには動力が使えるものもありました。
鉱山など大規模のものは電動でした。登山客輸送用も索道の範疇です。
今では高さ20メートル程を、ドロドロの生コンを管で上げているのを見ますが、生コンは1949年からだそうです。(ネット調べ)
つまり戦時中には生コンによる工法が無かった。砂利、砂、セメント、水を運び上げて、揃ってから捏ね合わせた。
以上から、土木・建築・電波・電源等各部門共用の索道を設けて重量物、精密機械などを交代に吊り上げたに違いありません。
この図のような規模での総運搬は1000回以上も懸りそう? 雨の日は避けたい! と すると、もっと大規模な仕掛けだった?

調査報告書19ページから引用
                       縦横断図を参考に計算すると10,000?余の土
量となる。掘削土は電源室が造られた谷間に埋め立てられているが、この谷はすべての掘削土を処
理するには狭く、一部は他に捨てられたようである。この捨て場所として造成現場近くの丘陵斜
面が考えられるが、調査前に行った地形測量では、施設近くの丘陵斜面の等高線に乱れはなく、掘
削土を多量に捨てた痕跡は認められなかった。

  此の疑問の答え、掘削土の重力エネルギーは索道を吊り降ろすことで、吊り上げ側の動力として利用されたのではないだろうか? !
つまり、峰筋と直行して北西方向から南東方向に主索と共に全体1条の動索を延長、下りの重力エネルギーを、反対側にある荷重を吊り上げる動力として有効利用したと考えます。
ブレーキも適切なものが工夫されたことでしょう。

 発振室・電源室間の謎のスロープは、
 東側索道の引上荷物を緩やかに着地させるためのもの。
用済み後電源室のコンクリート床に埋められたが、発振室への運搬用として上部だけを残存した。
では、パラボラ反射鏡はどこに着けたのか? 発振室の屋上に砲座転用の方向自由な架台を設ける企てだったでしょう !




  休止時は高角90度 ∵ 強風を避けやすい!


調査報告書38ページから引用
 発振室北側にあるパラボラ反射鏡の架台は、引渡目録には載っていない構造物である。細尾根の
切断部分の崖面に接して造られている。パラボラ反射鏡の設置が間に合わず、終戦時、終戦後も爆
破もされることも無く、当時のまま残っていた。両架台の頂部にはパラボラ反射鏡を支える基台用
と思われる穴が複数個認められた。また、架台及び隣接地に木柱が残るコンクリートの穴も認めら
れた。これらはパラボラ反射鏡を架台に固定した際に用いられたものと思われる。このことからパ
ラボラ反射鏡は完成しないまでも何度かこの架台の上に仮設置された可能性も考えられる。また、
『中日トピック』には牛尾実験所のパラボラ反射鏡と考えられる写真が掲載されている。平場に置
かれた状態の写真で、景観的には牛尾実験所である可能性が高い。分解して運びこの場所で組み立
てられたと考えられるが、この広場は三方が絶壁や断崖となっており、唯一の入口が東側となる。
しかし、架台の東には発振室、その東には電源室が、切り立った壁面一杯に建設されている。建物
建設後は内部を通らなければ、この場所に行くことができない。どのようにしてこれだけ大きな器
材をこの場所に運び込んだか謎である。

 引き渡し目録から知られるがA装置(極超短波近距離起爆装置)の実験装置1組は旧場所(島田第三研究場)にあり、未だ牛尾実験場に移転されていなかった。
即ちA計画は形ある装置が存在した。それを設計図の再生を命じて共に接収した。 跡形なく である。ソ連を意識して米軍は自らの軍機にしたのではないか?


【素人仮説−2】天井崩落の原因

アーチ構造の建築は、桶を横にした上半分の形でしょう。重力が タガ の役目で、アーチは重力応用の建築です。
現場の建築物は間口が崖っぷちで、太平洋 ⇒ 駿河湾からの海風は大井川を遡り、岸から川筋に突き出た半島の斜面に当たって上昇、
途中のアーチ建築に吹き込みました。
風圧は天井を押し上げ、重力に勝って タガ の外れた桶同様に崩壊しました。  1945/05/15
地形に不適当な構造形式を採用したのが主因で、現場技師の責任は一部に過ぎません。詰め腹を見逃したのは残念です!
事故の日は何れか? 臼井さんのコラムでは 5月15日、 中日トピックのルポでは 7月の雨が続いた日となっている。
 私は雨よりも風が原因と考えています! 
 
調査報告書37ページにも「記録によれば、5月15日・・・」と記されています。 とするとあの日だ!!
駿河湾と相模湾、170km隔てているので同じ天気とはいえませんが、昭和20年5月15日の兵長進級式は屋外でした。


カーバイド 

調査報告書28ページから引用
(5)その他施設(発振室北側のテラス、見張り所、道路)
 発振室の北側、発振室の床から高さ約3m程の場所に、南北方向3m〜4m、東西方向約8m
の平坦面が認められた。米軍引渡目録にある牛尾実験所配置図に描かれた発信室北の長方形(建
物?)の場所に当たる。岩盤からなる崖面を、L字型にほぼ垂直に切り崩して造成され、南面は
発信室に接し、東面は電源室に接する。調査では建物の基礎などは検出されなかったが、当時の
地表面からはカーバイド(炭化カルシウム)と思われる灰白色の粉状の固形物が広範囲で認めら
れ、その周辺から鉄片や銅線などが出土した。
−−−以下略−−

カーバイドと言っても、アセチレンガスを発生させた後に捨てられたもので、余分の炭素を含んで灰色ですが石灰です。
アセチレンガスの用途は酸素と混合させて高温で勢いのある青白い炎を吹きつけて鉄、鋼などを溶接したり、切断したりします。
また、夜間作業の照明にアセチレンを使う大小色々な照明器具がありました。 そのなかに、
違うパラボラ 70p位のファイバーボードのパラボラで内側反射面は錫メッキ薄鉄板(ブリキ)でした。その焦点に点火部を支えて距離と炎の強さが調整出来る構造で、屋外夜間作業で手元を照らすのに使われました。この現場でもこれが使われたと思います。小形発電機普及以前のものでした。
カーバイドは水と反応してアセチレンガスを発生します。ガス圧が弱くなると水槽から追加注入されて必要なだけガスが発生する仕組みでした。
ガスが出終ったカーバイドの滓を付近に捨てても当時は公害を問う人は居りませんでした。石灰が主成分です。

   独語
 他所での事だがアセチレン作業中小型ガスタンクが爆発したのを目撃した。
カーバイドで発生させたアセチレンガスは一旦、水と置換する構造のタンクに貯える。
そのタンクからホースで送ってボンベの酸素と合わせて燃焼溶接する仕掛けだ。
4〜5十メートル離れたところに居て、爆発音がしたので見るとタンクの本体円筒が
真上天空に向かってクルクル舞いながら昇っている。黒煙も凄かった。
頂点は地上100メートル程もあっただろうか?
やがて20メートル位風下に落ちて、土の上にバウンドした。人も物も無くてよかった!
タンクは壊れなかったらしい、翌日タンクもどこも変わりなく溶接作業が続けられていた。


反射鏡の操縦について

反射鏡は全天空の半球にくまなく向けられます。当時その機構を持っているものには対空火砲、探照灯、対空射撃電探等がありました。
そのうちから、  ――『発振室』の床はほゞ正方形――
 規模こそ違うけれども これがヒントになって42号電探(s24)に共通しているなと感じました。
42号電探の操縦機構を重ねて考えますと、必要条件にすべて適合します! ただし、
電探よりも大型だということは大きいだけでなく、高い精度が必要です。【ビームが鋭いから僅かにでもガタがあれば向けたビームの先は目標から外れてしまう!】
   ◆それでも、次の時代に出現する宇宙用パラボラアンテナに比べれば赤道儀機構が不用なだけ単純です!◆

図は2枚とも42号電探です。木造シェルターを『発振室』に、VHFアンテナ一式を大型パラボラアンテナに入れ替えて想像しました。


追記


 ◇今となっては何処か知れないが強力な送信電波を避けて山陰に径1メートル足らずのパラボラアンテナが据えられるはず!
本体パラボラアンテナが目標に正対すれば反射波が返ってくる。その反射波を確認して目標に電波が届いているのを知る。
それが無ければ広い天空の一角だから細く絞って浴びせた電波が当たっているかはずれているか分らない。
その補助アンテナは本体アンテナに方向、高角を連動して追随させる。
補助アンテナで受信した信号を修正すべき角度に加工して操縦員の席に表示する。(レーダー技術の応用、死角を許さないならば2か所以上必要)


 ◇遺跡は荒らされた

『写真図版』を再々拝見するうち気付いたことです。
写真図版中7枚に見られますが、発振室と電源室の間の基礎コンクリートが破壊されています。その破壊状況が徹底して大規模です。
なぜこのようにまで破壊する必要があったのでしょうか?  以下推理
観測機器を電源室の電磁界から守る遮蔽壁がありました。その遮蔽壁は銅網です。
遮蔽効果を完全にするため2重にして発振室の壁に塗り込まれました。
戦後 壁と基礎を破壊して金属回収したのです。或いは、他所にも例がありますが、銅が高騰した時に盗掘された?

 終戦から数年を経て朝鮮動乱が勃発して、その軍需に伴って湧いた金偏景気には、金属、なかでも銅が高騰しました。
通話中の電話線が切断して盗まれたりしたことがありました。
そのような時代だから銅製品を大量に扱った当遺跡も残存物が探されたに違いありません。
電磁遮蔽の銅網はコンクリート壁を崩して持ち去ったり、パラボラアンテナの銅網が剥ぎ取られたのもこの時と思われます。
川底も探されたでしょう。マグネトロンの陽極は純銅で比重が大きいから石よりも深く沈んでいました!



○○幻影●●



 ◇『引渡目録』に「牛尾路上 電磁石用線輪 1」とあるのに注目しています。この物品は露天禁物です。それなのに
何故 路上なのか? 重量物なので終戦を知らされたとき、運搬を止めて、その位置に放置したものと思いました。
「電磁石用線輪」とあるから、コイルだけで鉄心は別。それでなお重量物であれば、これこそ大出力マグネトロンの界磁コイルに違いありません。
先にも書きましたが、当時はマグネトロンの界磁は電磁石でした。


 ◇永久磁石
戦前既に東北大学仁科存教授のもとでマグネトロン用永久磁石の試作を完成していた。この成果を基にマイクロ波レーダー用として艦政本部第四部にコバルト数キログラムの割り当てを求めたが拒否された。【創意無限 中島茂 Page 68 】
強力マグネトロン開発の時点でも要求したか どうか? 既にコバルトが日本に無かったとも考えられます。
【素材は、永久磁石用のKS鋼 を例とすれば、鉄、炭素、コバルト、クロム、タングステン】


 ◇マグネトロンの理解には
入門程度でよいから電気磁気学をおさらいして下さい。私もフレミングの法則を右だったか左だったか?必要な時におさらいして確かめています。


磁力線はあなたの視線と平行です

  海軍電測術の奥義で解説
 電子の進む方向に直角に磁力を与えると、電子はこれらの両方に更に直角な第3の方向に力を受ける。
電子管で磁力を利用するものは、すべてはこの原理を応用したものだが、進行波管、ブラウン管、電子顕微鏡など大概のものは
電子の進行方向にほゞ平行に磁力を与える。目的は、磁力線によっては電子の進行方向を矯正する。
                       これが基本であって その上で、横切る磁力を別に加えて集束や描画を行う。
 対してマグネトロンの磁力線は電子の進行方向を横切らせる。中心の陰極から周囲の陽極に向って電子がスポーク状に放射される。
これをサンドイッチ状に挟んだS・N両磁極からの磁力線は電子の進行方向を円板内に曲げて渦状にする。
この渦流の脈動を陽極に設けた高周波空洞に共振 ⇒ 発振させる。
発振には、空洞の共振周波数に電子の速度と、渦の径を適合させなければならない。それには陽極電圧と磁力の強さを調整する。
        海軍電測普練流とは


 ◇殺人光線の妄想
 語彙の隔たり!
一つの単語で海軍用語と民間一般の解釈の隔たりがありました。「兵器」は一般の認識では、
鉄砲、大砲、刀剣など直接敵を破壊殺傷する道具と理解されていました。ところが海軍用語では
直接敵を破壊殺傷するものでなくとも、軍用の機器は全般に「兵器」と称することになっていました。
「電波兵器」も電波探信儀、電波探知機、電波高度計など直接敵を破壊殺傷するものでは
ありませんが『電波兵器』が正式呼称でした。
たまたまSF小説を読んだことのある民間人が「電波兵器」と聞いて『殺人光線』
に短絡思考するのは自然です。これが飛躍妄想の原点でした。
また今日よりもに噂に尾ひれが着くのが甚だしかったこともありました。
殺人電波の可能性など電測練習生の青二才でさえ「馬鹿馬鹿しい!」
「通りがかりの電波を受信アンテナも無くて捕らえられるもんか!」
 と思うことを専門の技術士官が信じる訳がありません。
そして、『噂』が流れても、防諜上に方便になる程の思惑だったのでしょう。

 ◇約一万五千メートル
B29は高度『約一万五千メートル』でやってくる。我が方はこの高度にとどく高射砲がようやく完成した。しかし破裂が高すぎたり低すぎたりしてせっかく至近コースの弾が無駄弾になっている。弾を込める時にタイマーをセットする古いやりかただからだ。 電波を利用して弾が目標に最接近したときに破裂させられる方法を工夫して効果を最大限にしようというのが『A計画』であり『極超短波近距離起爆装置』で、それには『約一万五千メートル』上空の『10メートル以内』が目標。
伊藤庸二さんの言われた『約一万五千メートル』はこの実験距離なのたが、
 話の行き違い?
伊藤庸二さんは記者に距離は? と問われて『約一万五千メートル』と答えた。記者氏はそれを水平距離として書いた 〜〜 両者共 とぼけている!

 ◇懸垂曲線2題
(1) 索道は支索も曳索も空中に懸垂曲線(カテナリー)を描きます。支索をきつく張れば巻き上げは楽ですが、凡てを堅牢に造る必要があります。緩く張るか きつくするかは、兼ね合いです。
(2) アーチ型の建築は 逆さまの懸垂曲線で造られていました。逆さまのときは曲線上の各点に働く力はプラス、即ち 圧力 です。
載せて固まっていた土が基板と一緒に風で押し上げられ、解れ(ホグレ)て ただの重量物 になってしまった!

 ◇腹が減っては軍は出来ぬ
牛尾実験所の接収物件目録に烹炊所がない。・・・?
島田から弁当を運んだとしたら、片道5キロメートルは不便。
天幕か、あるいは財産台帳に載らない程度の建築で烹炊所が作られた・・・?
伐採材を薪にして煮炊き・・・仮設烹炊所は煤けて黒かった・・・?

 ◇ 極 超短波近距離起爆装置
米軍は既にこれを『VT信管』として完成実用させていた。回路図だけを見れば動作原理は簡単で、しかも、技術的にはやさしい筈の『』が付かない『超短波近距離起爆装置』と呼ぶべきものだった。
    当時アメリカにしてもマイクロ波受信機を砲弾に組み込めなかった。彼等も同じ悩み、鉱石検波器が衝撃に耐えられい!

____参考までに 敵さんのVT信管____________
わが軍がこの砲弾のを拾って、完全解析は容易に済ませたとしても、複製するには数年を要したでしょう。



 ◇計画の構想
 対空射撃は目標を直撃することは確率的に非常に稀なので期待から外して、弾丸が至近距離、即ちすれ違いの瞬間に破裂させます。勿論直撃の効果は最大で確実に撃墜できますが、すれ違い破裂でも近ければ撃墜可能です。
 如何なる手段ですれ違い時に破裂させるか? 砲弾にレーダーを組み込めば可能です。先に掲げたように敵さんはすでにこの方法を実戦に投入していました。
我が方は遅れをとりました。砲弾に組み込む真空管は耐振性が必要で、使い捨てだから大量に要る。とても間に合いません。
砲弾に組み込む真空管が間に合わないならば、かわりに強力な電波を使って信管を働かしたらどうか?・・・これが計画の構想中にあったでしょう。
また、砲弾にレーダーを組み込めないならば弾道の最接近をどうやって検知するかも課題でした。
『・・・地上から放射される方向性を鋭くもったセンチ波によってアンテナ電流が誘起され,砲弾を爆発させることができる.・・・』
これには とても鋭さが足りません。(10mΦパラボラ、λ= 20 cmでビーム広がり1.3°)工夫を し直す必要があります。 (例えばゼロ感度方式を採用)

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公開 平成27年9月10日
今回修正 平成30年7月11日

裏付け確認は此の書に依った。


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