2008年1月〜
      

         

 変な名前の草花  ロの証明  如何なる逆境の中にあっても  生きているということ  アーサー王  幸、不幸の原因  ユキちゃん   奇蹟の申し子 

 広い大きな心でいきましょう!  月下美人、つぼみ二つ   心一つが我がもの  あるメールへの返事   黄金の狼  人格の破壊   悟りを開く   誕生と絶滅のドラマ 

   人間は皆兄弟姉妹    地獄に咲く幸せの花  自然の前に謙虚となりましょう  人間の美しさは・・・?   地獄も極楽もこの世にある   奇蹟  本気で考える時期  己の真の敵 

 思いやりの心  仕事帰りの恐ろしい出来事   最高の日と最悪の日   宇宙の奇跡と生命体   物質を造っているもの  ほんとに変な一日  天罰はあるか、ないか   世界の幸せを祈る

 


 

変な名前の草花  2009年4月1日 水曜日 

 上の画像、きっと、可愛らしい名前にちがいない、と誰もが思うでしょうね? ところがです、なんと、この草花の名前は 「ママコノシリヌグイ」 という上品でない名前を持っているのです。 尻拭い・・・・・・、一体、何処のどいつ、馬の骨がつけたのか、全く、無礼千万、けしからん話でございますが、それでいて、面白いですね? ・・・失礼!

 しかし、失礼な名前をつけられた植物、花はそれだけではありません。それらをちょっと上げてみますと、以下のようなものがあります。

 ヘクソカズラ、ヨグソノミネバリ、ヌスビトハギ、ハキダメグサ、ババーユリ、オオイヌノフグリ、ナンジャモンジャゴケ、キソウテンガイ、アアーソウカイ、バクチノキ、キツネノマゴ、キツネノヒマゴ、ブタノマンジュウ(シクラメン)、その他いろいろ。

 外にもいろいろありますが、腰が痛くなりましたので、今日はこの辺で失礼いたします。


ヘクソカズラ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ヌスビトハギ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ブタノマンジュウの球根

  

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ゼロの証明 2009年3月7日 土曜日

 2003年11月14日、スバル望遠鏡が、地球から最も遠く離れた銀河を発見いたしました。かみのけ座付近にあって、距離は129億光年だそうです。 ・・・ということは宇宙の年齢はかるく、129億歳を超えているという事になります。学者たちの話によりますと、計算では宇宙誕生の瞬間のゼロ点には絶対にたどり着けないそうです。解明できる限界点は、10の44乗分の一秒後の宇宙だそうです。その時の温度は一兆℃の一兆倍のそのまた一億倍で、大きさは、10の33乗分の1センチ・・・。

 つまり、今の無限に近い広がりを持つ宇宙全体を、電子顕微鏡で見える点よりもさらに小さな点に縮小した宇宙であります。こんなことってありうるのでしょうか? なんとも理解に苦しみます。なぜ、計算ではゼロに辿り着けないのでしょうか? ゼロとは一体何でしょうか? それは[なにも無い] ということですね? その何も無いという事が判らないということなのであります。分からないものは分からない、これがこの世の定めであります。

 たとえば、意識があって、それが眠気によってぼやけてくる。そして、意識が完全にゼロになった瞬間、そのゼロを意識することは不可能となります。宇宙始源のゼロにたどり着けない、ということはそのようなものでありまして、計算できる次元内からの離脱は、もはや計算自体も消滅して不可能、ということになります。

 ところでこの意識、なんなのでしょうか? 不思議でなりません。夢を見ているとき、意識はどうなっているのでしょうか? ・・・6歳前後のころだったと思いますが、縁側で昼寝しておりましたとき、スズメの群れがカヤブキ屋根の天辺でにぎやかにさえずっておりました。その時の私の意識は現実と夢の境を漂っていた。 その意識が、スズメの感覚、あるいはテレパシイーのようなものと融合していたのであります。

 スズメの内面にそのまま触れていて、その温もりや意図的なものが直に察知、了承できる。以心伝心とはこのことであります。地面、ミミズ、餌、行動開始、・・・そのような意味が何の仲介もなしに伝わってくる。ふと、横向きになって庭を見ますと、数羽のスズメが急降下してミミズをつっ突き、それをくわえて飛び立つ光景を現実の意識が捉えた。

 4歳の時の戦場での出来事ですが、いきなり母に激しく押し倒され地面に伏せた。艦砲弾が近くで炸裂し、真っ赤な破片が不気味な音を共鳴させて飛び交った。そのあと、無数の敵機が飛来してロケット弾や機銃弾を打ちまくった。逃げ惑う避難民は次々と倒れ、肉片となって飛び散ったりした。

 母の身体の下で伏せている私の意識に、突然、父の気配が侵入した。血まみれの父が苦しんでいて、母や姉、私のことを心配している。その心の痛み、悲しみ、絶望、無念、願望が何の抵抗も無く伝わってくる。

 伏せている草原からは、東シナ海を隔てて火炎と煙に包まれ、爆発炎上を繰り返す伊江島が見える。父はそこで軍人として戦っている。私の本能は父の死を感知していた。

 茫洋とした状態で、私は声に出して、父を繰り返し呼び続けていた。「お父さん、お父さん、お父さん・・・・・」  その時のことを母は、"父が最後を知らせた" と思い出すたびに言っております。

 ・・・その他、退行催眠によって前生に跳んだり、臨死体験上で肉体から遊離して天井から自分の姿を見つめたり、前生のことを覚えている少女が、前生住んでいた家に偶然、遭遇して、その土地の言葉を話し、家族の名前や癖性分、近隣の地形、建造物を言い当てた。と、まあ、このような事柄からも、意識というのはどうやら肉体と全く異質の独立した謎の存在、と言えそうであります。

 最近になって、最先端の科学分野からも形而上的な存在が取り沙汰されるようになってきております。ニュートリノに質量があり、極限の素粒子、クオークはどうやら重力子(グラヴィトン)から出来ているのかもしれないという仮説、ブラックマター(暗黒物質)の正体解明、光速の300倍で光信号送信成功、陽電子、陰陽子・陰中性子,陰クオークなどからなる反原子製造など、相対性原理や量子力学の手に負えない新発見と仮説が次々と出てくるのでございます。

 宇宙の質量、・・・? つまり、宇宙構成物質はどうなっているのでしょうか? いろいろと安物の百科事典やCDソフトで調べてみますと、物理的に観測可能な物質はたったの6%しかないそうです。

 残り94%の内、23%がダークマター(暗黒物質)で、71%がダークエネルギー、となっております。そのダークマターは、もしかするとニュ−トリノではないか?といわれたりしましたが、どうやら違うようです。

 クオークや電子、光子、グルオンなどのレプトン、ゲージ粒子などの大きさは、10のマイナス32乗センチ程度(100兆分の32センチ)といわれておりますが、それは大きさというより、情報、事象であり、性質、作用、という表現がぴったりなようです。

 つまり、それらは突然現れたり、消滅したりを繰り返しているわけで、実体がつかめないのであります。

 厳密に言えば、我々の宇宙は出現と消滅の連続によって揺らいでおりますので、究極の超素粒子は「気」であり、意識作用の根源といえるかもしれません。我々の肉体もしかりでありまして、1日に3千億個の細胞が死滅し、新たに3千億個の細胞が新生してバランスが保たれているのであります。

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如何なる逆境の中にあっても  2008年12月23日 火曜日 

地獄に落ちたとき、人は正体を現す。強いか、弱いか、臆病か鈍感か、獣性か理性か、悪魔か神か、それぞれの本質が暴露されます。たとえば、焼かれて、叩かれて、冷やされ、それを何回も繰り返されて、ついには名刀が出来上がるのは、その本質、正体が鉄であるからであり、草木や岩石、燃えるゴミなら燃えて、砕けて、溶けて灰となって風と共に消えていくのであります。

 しかし、DNAによる人間の個性、特性は定まっているとしても、環境によって育まれ、形成されていく人格の根源は生れ落ちた時は無垢でありますので、悪い性格、獣性というのはその人が悪いのではなくて、それを植付けた周囲の悪影響や逆境が悪いということになります。

 つまり、真の意味で根っからの性格の悪い人間はいない、ということです。問題は正しい教えに遭遇して、それによって己を改造していけるか否かであります。

 しかし、残念ながら今の世の中、右を向いても左を向いても悪い環境や逆境で心、人格を破壊された人間だらけでありまして、独善的な金や権力の亡者が多い。しかし、そういう中でも、あなたのような素晴らしい精神と人格の持ち主が居られますので、人類はかろうじて救われておるのであります。

 傷つき破壊された人格故に、生きるということは大変なことであります。それを認識いたしますと、生きていくのがより困難になりますので、ほとんどの人間は無意識の中にそれを抹殺して生きている。しかし、それでも大変なことでもあります。金がない、明日はどうなるか、出来の悪い倅は大学を卒業できるのか、流れ星が落ちてきて急所を直撃し、そのままあの世行きとならないだろうか? 薄くなった頭髪が完全にはげてツンツルテンになったらどうしようか?

 不安は不安を呼び、焦りは焦りを呼び、さらに絶望の悪い状況へ陥れていく。そして、物事の判断は冷静さと正確さを欠き、己の願望、欲求、好き嫌いによって都合の良い方向へと進んで現実を無視してしまう。その結果、事態や状況は悪化の一途をたどるのみとなります。

 そういう状況下にある人間に対して、下記のおさしずは大きな心の支えになると思います。いかなる逆境の中、不自由の中にあっても迷わず恐れず焦らずに、しっかりとした精神を定め、絶対的な信仰を持って日々を通れば、それは、火の中では蓑(みの)となり、雨の中では傘となって親神様が守ってくれる、ということです。

 ”不自由は一つの事情、精神の定めあい。一つの精神の理で治めるならば、火の中,、水の中でも治めさす。心締まり一つの理は第一。火柱、水柱、悪の理上でも、精神一つの理で治まるという”  (明治22年2月23日おさしず)。

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生きているということ  2008年12月14日日曜日 晴れたり曇ったり

 祭典を終えて、集まっている信者さんたちの前で、いつものように神様のありがた〜いお話をした。

 「何事も喜びに変え、感謝して、人生を通りましょう! つまり、簡単に言えばプラス思考で生きていきましょう! そうすれば、幸せがやってきます。昼は心に太陽を、夜は、心に星や月を持って喜んで生きていきましょう〜〜〜!」

 というような訳の分からない話をしておりますと、一番前列に座っているお年寄りが声を上げた。

 「あんたはまだ若い。人生なんってそんな甘いもんじゃないよ。辛い事、苦しいこと、否なことばかりだ。いい事が一つあるとすれば、残りの99は嫌な事ばかりの地獄だ。そんな綺麗事の通用する世界じゃない。俺はいろいろな人生の試練の嵐を乗り越えてきた。あんたのような清水の中で育った人間には分からないだろう・・・」

 頑固じじーの猛毒舌に私はたじたじ、何と返答していいのか、困ってしまった。しかし、集まっている他の信者さんたちの手前、布教所所長として、納得のいく回答を提示しなければならない。そこで、尋ねた。

 「さすが先輩、やはり、只者ではなかったですね。貴重な御意見、いい勉強になります。ありがとうございます。おっしゃるとおり、人生は右を向いても左を向いてもいやなことばかり、ごもっともです。・・・ところで、最近、先輩が受けた否な事がありますか? あれば、それを、ぜひ、聞かせてください・・・」

 老人は待っていましたとばかりに、興奮気味に話した。

 「夕べの事なんだが、可愛い孫娘が私の膝に座って言ったのだ。”ね〜、おじいーちゃん、おじいーちゃんはいつ死ぬの?”、わしは、腹が立った。そこで、訊いたのだ。 ”誰がそんなことを言っていたんだ?" すると孫娘は ”おかあちゃんが言っていたのよ〜〜" だって、こんな腹の立つ事ってあるか。まったく、世の中、否な事ばかりだ。そうだろう?」

 なるほど、それでご老体のご機嫌が悪かったのだ。その理由が分かりましたので、適当に受け答えした後、私は話題を変えた。

 「ところで、今朝はごはんは食べましたか?」

 「それは食べたに決まっている。アーサの味噌汁に新米のご飯、それに蜂蜜入りの梅干だ」

 「どのようにして食べたのですか?」

 「それは、左手でお椀を持ち、右手でお箸を使って食べるに決まっている・・・」

 「それは喜ぶべき事ですね! 世界には両手が動かず、しかも身体も動かず、寝たっきりとなって、ベット一つが己が世界となっている方が少なくありません。中には自分の力で息ができずに、機械で肺に空気を送られて、かろうじて生きている方もおる。朝、目が覚めると物が見え、小鳥のさえずりが聴こえる。こんな素晴らしいことってありますか? これは、喜ぶべき事なんです。言い換えれば、嫌な事が一つあるとすれば、この世には喜べることは無限にあるのです。人生とは、その喜びの一つ一つを発見して、感動していくことだと思うのですが、如何でしょうか?」

 すると、集まっている信者たちが一斉に拍手をした。御老人もしばらく考えた後、両手を合わせてウインクをした。

 無限に広がる喜べる材料、今日もその一つ一つをを探して信心の道を歩みましょう! 生かされて、この世の奇蹟の律動に同化していく事、ほんとに素晴しいですね!

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アーサー王  2008年11月19日 水曜日 曇り時々雨

アーサー汁のアーサーとはあおさ海苔のことです。正式な名前はヒトエグサと言うそうです。沖縄の朝食には、このアーサー汁が良く出されます。鰹節や雑魚のだし汁に豆腐を細かく切って入れて味をつけてたぎらせ、このアーサーを入れますと出来上がりです。

 このアーサー汁を孤独という相棒と、沈黙の中で仲良くすすっておりますと、アーサー王の物語を思い出した。

 AC400年〜500年の頃、ゲルマン民族のアングロー族、サクソン族と、ケルト民族のブリトン人がイングランドの覇権をめぐって戦っていた。プリトン人はこのプリテン島、イングランドの先住民だったのですが、善戦空しく破れてしまったのでございます。

 このアーサー王物語は、破れたプリトン人の武将たちの武勇伝が語り継がれて、欧州全域に広まりながら、1千年の時を経ていろいろな物語が付け加えられていき、今日のようなストーリーに完成されていった、ということです。

 その中の一つに、「ガヴェインの結婚」というのがありますが、きょうはその物語を御紹介いたします。

 BC6世紀〜1世紀にかけてケルト民族(ブリトン人はその中の一族)は大移動を始め、フランス、スペイン、北イタリア、バルカン半島、そしてイングランドに広がっていった。このイングランド(ブルタニア)に住んでいたケルト民族をブリトン人と呼びます。

 そのイングランドの王、ウーゼルがある日、死んでしまった。死因ははっきりしませんが、信憑性に欠ける記録によりますと、股間に100万ボルトの雷が落ちて即死したらしい。

 そのウーゼン王には里子に出した子供がいた。それがアーサーであります。アーサーの母はイグレインという名ですが、彼女は美しい人妻であった。ウーゼンは、魔法使いマーリンの魔力で、敵国の王でもある、イグレインの夫、ゴルロイスに変身して思いを遂げたのであります。そして、出来たのがアーサーという経緯でございます。何故、アーサーか、それは、朝まで人類創造が行なわれたから、アーサー、だとか・・・?

 この事から、股間に100万ボルトが落ちたのは天罰、としか言いようがありません。・・・そんな出鱈目はどうでもいいことですが、魔女マーリンの依頼により、アーサーは騎士エクターの子として育てられます。そして、ウーゼン王が死んだ15歳の時、馬上試合に出るための兄ケイのお供として、カンタベリー寺院にやってきたというわけです。しかし、ケイは、剣を持ってくるのを忘れていたのです。

 その寺院の庭には、大石が現れていた。それには一本の剣が刺さり、さらに、「この剣を引き抜いた者が、全イングランドの王である」という文字も刻まれていた。

 ありとあらゆる豪傑、勇者、貴族、馬の骨、臭いホームレスたちがその剣を引き抜こうとしましたが、誰一人として引き抜ける者はいなかった。アーサーは兄のためにと思い、試しにその剣に手をかけて引き抜いた。するとあら不思議、なんと、まあ、簡単に引き抜けたのであります。ここにアーサー王が誕生したのでございます。時刻はアーサ(朝)でありました。

 それから、アーサーは王としての多忙な毎日を送ります。そして、ある日、国内に魔法を使う邪悪な騎士が居て、国民に悪さを働いているという訴えを耳にします。アーサー王は愛剣のエクスガリバーを腰にして、その悪騎士を成敗に行った。

 ところが逆に、この悪騎士の魔法にかかって力を引き抜かれて、捕虜になってしまったのであります。悪騎士は簡単に殺すのは面白くありませんので、ゲーム的に殺す事を考えた。

 「お前に問題を出す。この一年の内に答えが見つかれば命を助ける。もし、見つからなければ、お前を殺し、お前の王国をそっくりそのまま私のものとする

 アーサーはその事を承知し、さすらいの旅に出た。その問題とは何だったのか? それは、

 「全ての女が最も望むことは何か?」

 という分かりそうで全く分からない問題でした。アーサーは出会う女、子供であろうが、500歳の老婆であろうが、全てに尋ね歩いた。ある女は、お金、美貌、巨乳、そして、ある女は、良い男、名誉、名声、富、健康、男みな殺しのライセンス、宇宙の帝王、エトセトラ、など、など、もっともらしくて答えにならない返事が返ってくるばかりでした。

 そして、一年後、約束の日がやって来ました。アーサー王は自信がありませんでした。悩み苦しみながら暗い森の中に入り込み、さ迷い歩き続けました。すると、大きな幹が瘤だらけの木の根っこに一人の恐ろしく醜い老婆が座っておりました。

 アーサーはあまりの醜さに顔を叛けて、老婆の前を足早に通り過ぎようとしました。すると、老婆が声をかけた。

 「お前さんが捜し求めているものを、私は与える事ができる」

 アーサーは立ち止まり、それを教えてください、と懇願した。すると老婆は条件を出してきた。教える代わりに、若くて健康で聡明で、ハンサムな男を夫にして欲しい。アーサーは藁にも縋る思いでその条件を受け入れた。

 ここでちょっと、ティータイムを取りましょう!


「すべての女性がもっとも望むことは何か」

 その問いに対する答えを老婆は教えた。

 「それは、自分の意思を持つこと」

  ・・・ん、この老婆、只者ではありませんね? それがどういう事か、現代人に投げかけられた課題だと思います。

 アーサー王は満足し、颯爽とお城へ戻り、その悪騎士と対峙しました。
 
 「すべての女性が最も望むことは何か?」

 「ぐわっはっはっはっはっはっははは〜〜〜、それは、自分の意志を持つことだ〜〜」

 悪騎士は、くやしがりながら去っていきました。こうして、アーサー王はまた元の多忙な執務に戻ったのであります。・・・しかし、ふと、あの老婆との約束を思い出してはっとし、躁から鬱へと転落していった。あんな恐ろしく醜くて臭い老婆と、結婚する若くて優秀なハンサムな男が居るはずがない、しかし、約束は守らねばならない。

 アーサー王は、アーサー汁をすすりながら暗い顔で悩んでいた。その様を甥でもある円卓の騎士の一人、ガウェインが見て、尋ねた。

 「王よ、あなた様は一体何を悩んでいるのでありますか。水臭い、いや、アーサー汁臭い、どうかその悩みを私に打ち明けてください」

 そこで、アーサー王は事の仔細をかくかくしかじかと包み隠さず打ち開けた。すると、忠誠心の強いガウェインは、自分がその老婆の婿になりましょう、と言った。アーサー王はガウェインの真実の忠誠心に感激の涙を流しながらも、それでは、私の心が許さない。お前をあんな醜くて臭い老婆と結婚させるなど、絶対に出来ない、と跳ねつけた。

 しかし、ガウェインは頑として受け入れず、絶対に老婆の婿になると言い張った。当時の騎士道は、武士道と似たところがあって、頑固であったのだ。アーサー王は、ガウェインの真実の心に打たれ涙を流した。

 宮廷で結婚式が行なわれた。豚、ゴリラも逃げ出すほどの恐ろしく醜い花嫁の老婆を見て、祝いに来ていた騎士たちや関係者たちは驚いた後、笑った。ガウェインはじっとその屈辱に耐え続けた。 

 そして、二人は初夜を迎えた。ガウェインはため息をつきながら、花嫁老婆に背を向けて寝た。顔をまともに見ると、肝心なものだけではなく、すべてが縮んで行きそうであったからだ。しばらくして、花嫁老婆が話しかけた。

 「わが夫よ、あなた様は新婚初夜というのに、私の顔を見ようともせず、ため息ばかりついてエッチをしようともしない。それは何故ですか?」

 ガウェインは冷静に、そして、はっきりと答えた。

 「それには3つの理由がある。一つはあなたが老婆である事、2つはあなたが醜いこと、3つはあなたの身分が低い事だ」

 老婆は卑屈にならずに、これまた冷静に反論した。

 「年を取って確かに老婆ではあるが、年を取るということはそれだけ人生の経験が豊富で、思慮深くて、知恵に富んでいるのです。2つ目の妻が醜いということは、夫は喜ぶべきです。何故なら、絶対に他の男からの誘惑はなく、貞節を永遠に守れるからです。3つ目の身分が低い事は、人の価値は生まれや身分で決まるものではなく、魂の輝きによって決まります」

 ガウェインは老婆花嫁のその明言に感心し、振り返って、その顔をまともに見た。すると、何とそこにはオーロラのように輝く絶世の美女、乙女がいたのです。ガウェインは驚いて叫んだ。

 「あなたは一体全体、何者でありますか」

 「私、悪い魔法使いに魔法をかけられてこんな老婆になったのです。二つの願い事が叶わねば、私、元の姿に戻れません。立派な男を夫にするという一つの願いは叶えられましたので、一日の半分は元の姿で過ごす事が出来る様になりました。元の姿でいられるのは昼が良いですか、夜が良いですか、愛するあなた、わが夫よ、お選びくださいませ」

 ガウェインは考えた後、答えた。

 「その美しさを他の男たちに見せたくない。私一人だけのものとなるために、夜にだけしてくれ」

 それに対して美しき花嫁は言った。

 「女という生き物は、紳士淑女たちはもとより、一般庶民の前で美しくいられたほうが最高に幸せなんですよ」

 ガウェインは黙ったまま、しばらく考えた。そして、答えた。

 「お前の好きなようにしなさい」

 すると、花嫁の輝きが一段と強まり、満面に笑顔を浮かべた。

 「たった今、二つ目の願いが叶えられました。昼も夜も、私はもう老婆に戻る事はありません」

 二つ目の願い、それは何だったのか? ・・・それはですね、”自分の意志を持つこと” だったのです。

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幸、不幸の原因     2008年10月27日月曜日

ある頑固な年寄りが、

 「神は残酷で、人間が苦しんでいるのを見て楽しんでいる」

 と言った。64歳前後と思われますが、とんでもない事をおっしゃる年寄りであります(私は彼よりもっと年寄りです)。 確かにこの世にはいろいろな悲惨な出来事が多く、生、老、病、死、という苦しみが充満している。それが、神のせいである、とこの方はおっしゃるので御座います。

 この方は神という本質が分かっていない。神とは、森羅万象の制御、秩序、調和を厳然とつかさどっている宇宙根源からのパワーであり、理法、すなわちこの世の律動を支配する天理であります。その理法の動きを破壊、苦しみ、不幸の原因にするか、あるいは喜びと感動の原因に向けるかは、許された心と行動の自由に基づく人間各自の徳と悟り、実践にかかっている。

 不幸の全ては、前世、今世の因縁による、わが身恨みであり、己の作った原因が芽生えたものであります。幸、不幸は己がどういう境遇に生まれ、育てられたかによって決められるものでははい。己の行い、心使いの実践の蓄積が決めるものであります。

 植物の種は風や昆虫、鳥類によっていろいろな場所に運ばれて芽生える。あるものは肥沃な土地に、あるものは断崖絶壁の岩石の上に、そしてあるものは不毛の砂漠のようなところに運ばれる。その、それぞれの運ばれた場所は、その種にとって、幸、不幸の原因とはならない。

 如何にして芽生え、逆境に耐えて如何にして成長していくかに、幸、不幸が決定されるのだ。全ての条件は試練であって、素晴らしく進化していくための必要条件、と見なさなければならない。

 我々は生きているのではなく生かされている。生きていると思い込むゆえに人は不幸となる。生かされている、と思えば全てが受け入れられる。

 心臓は、1日に約10万回の鼓動を打ち、5リットルの血液を1分間に全身に送りとどける。その血液が全身を一周する時間はたったの24秒であります。呼吸は1日に約3万回、炭酸ガスを排出し、酸素を取り入れる。それらは人間の意志によるものではなく、無意識に成されている事を思えば、我々は生きているのではなくて、奇蹟の中で生かされている、ということが納得できる。

 神は親であり愛である。人間を不幸に陥れようなんって、そんなちっぽけな存在ではない。小さい心ではどうにもなりません。広い大きな心で進化の道を歩みましょう!

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ユキちゃん 2008年9月29日 月曜日 風 晴れたり曇ったり

6歳の女の子、ユキちゃんは白血病に侵されていた。あと、半年生きられるかどうか、医者の死の宣告は冷酷であった。しかし、ユキちゃんは殊勝にも明るく振舞った。ご両親や、9歳の兄ちゃんに暗い顔を見せないためであった。そんなユキちゃんに家族は心で泣いて、顔で笑ってユキちゃんに接した。

 ある日、兄ちゃんはユキちゃんが、良く入って隠れる押入れの中を覗いた。暗い壁にユキちゃんの落書きがあった。

 「死ぬ、死ぬ、死ぬ、ユキは死ぬんだ、死にたくない」

 ライトに照らされたその殴り書きを見て、にいちゃんはぞっとした。明るく振舞っているユキちゃん、ほんとは死の恐怖に怯える毎日だったのだ。

 病院のベットの中で、ユキちゃんが言った。

 「ね〜、私が死んだら、私、何処へ行くの?」

 ご両親と兄ちゃんは雷に打たれたように体を硬直させた。しばらくして、お母さんが笑顔で言った。

 「あのね、何も心配しなくていいのよ。ユキちゃんが死んだらね、また、お母さんのお腹の中から生まれてくるのよ・・・」

 ユキちゃんはしばらくキョトンとして黙っていたが、やがてその顔が輝いた。

 「ほんと、死んでもまた、お母さんのお腹の中から生まれてくるのね? よかった〜,うれしい〜〜〜!」

 それからのユキちゃんは心の底から明るくなった。そして、見舞いに来る人たちに得意気に話した。

 「ね、ね、私が死んだらどこへ行くか知っている? わたしね、死んだら、また、お母さんのお腹の中から生まれてくるのよ、凄いでしょう?」

 それから、3ヵ月後、ユキちゃんはベッドの中で静かに息を引き取った。その顔は安心しきった、穏やかさに包まれていた。

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奇蹟の申し子 2008年9月20日 土曜日 晴れたり曇ったり 

台風13号はようやく沖縄から離れましたが、今度は九州、和歌山が大雨や強風で大変ですね。進路に当たる方々、十分にお気をつけください!

 ところで、台風が去った沖縄の昨夜は、十五夜満月を過ぎたお月様が輝いておりました。満月を過ぎたとはいえ、煌々と輝くお月様は神秘的で、太古の野生を呼び起こしますね? 何処からともなく、闇と静寂を破って狼の遠吠えが聴こえてくるような錯覚に陥ります。

 そのお月様は今から45億年ほど前に誕生した、といろいろな科学誌に載っております。出来立ての原始地球はマグマの海に覆われ、自転が5時間から8時間であった。直径は今の十分の一の1275.6kmだったそうです。

 原始地球は9個の微惑星の衝突によって出来上がったのですが、最後の仕上がり、つまり10個目の、火星ほどもある大きさの惑星との衝突によってお月様が出来たのでございます。その惑星をテイアと命名しております。

 テイアは正面衝突をせずに、地球軌道上に対して60度で、擦るように、かつ、低速で地球側面にぶっつかった。それにより地球は粉砕を免れたそうです。

 しかし、テイアは粉々になり、数百億平方キロメートルにも及ぶ地球マントルの破片と共に宇宙空間へ飛び散ったが、一部は地球へ落下し、ほとんどが地球を回る軌道上に乗ったそうです。

 その光景は土星の輪のようなものであったと推察されております。やがてそれらは互いに引き合って合体を始め月を形成されていった。最近のシュミレーションでは、それらが一つにまとまって月になった時間はわずか一ヶ月という結果が出されております。

 誕生した月は地球から2万キロ〜4万キロのところにあったそうです、潮汐力によって角速度を得て次第に遠ざかり、現在の地球からの位置、38万キロメートルの軌道を回るようになった。地球の自転速度が一日24時間になったのも、月の潮汐力によるものだそうです。

 月は今1年に3.8cmずつ遠ざかっております。それに伴い地球の自転も僅かずつではありますが、遅くなっていきます。

 不思議ですね〜〜〜! 宇宙、天体、太陽系、生命体、そして、我々、・・・奇蹟の申し子としか言えません。


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広い大きな心でいきましょう! 2008年9月7日 日曜日 晴れ

ある頑固な年寄りが、

 「神は残酷で、人間が苦しんでいるのを見て楽しんでいる」

 と言った。64歳前後と思われますが、とんでもない事をおっしゃる年寄りであります(私は彼よりもっと年寄りです)。 確かにこの世にはいろいろな悲惨な出来事が多く、生、老、病、死、という苦しみが充満している。それが、神のせいである、とこの方はおっしゃるので御座います。

 この方は神という本質が分かっていない。神とは、森羅万象の制御、秩序、調和を厳然とつかさどっている宇宙根源からのパワーであり、理法、すなわちこの世の律動を支配する天理であります。その理法の動きを破壊、苦しみ、不幸の原因にするか、あるいは喜びと感動の原因に向けるかは、許された心と行動の自由に基づく人間各自の徳と悟り、実践にかかっている。

 不幸の全ては、前世、今世の因縁による、わが身恨みであり、己の作った原因が芽生えたものであります。幸、不幸は己がどういう境遇に生まれ、育てられたかによって決められるものでははい。己の行い、心使いの実践の蓄積が決めるものであります。

 植物の種は風や昆虫、鳥類によっていろいろな場所に運ばれて芽生える。あるものは肥沃な土地に、あるものは断崖絶壁の岩石の上に、そしてあるものは不毛の砂漠のようなところに運ばれる。その、それぞれの運ばれた場所は、その種にとって、幸、不幸の原因とはならない。

 如何にして芽生え、逆境に耐えて如何にして成長していくかに、幸、不幸が決定されるのだ。全ての条件は試練であって、素晴らしく進化していくための必要条件、と見なさなければならない。

 我々は生きているのではなく生かされている。生きていると思い込むゆえに人は不幸となる。生かされている、と思えば全てが受け入れられる。

 心臓は、1日に約10万回の鼓動を打ち、5リットルの血液を1分間に全身に送りとどける。その血液が全身を一周する時間はたったの24秒であります。呼吸は1日に約3万回、炭酸ガスを排出し、酸素を取り入れる。それらは人間の意志によるものではなく、無意識に成されている事を思えば、我々は生きているのではなくて、奇蹟の中で生かされている、ということが納得できる。

 神は親であり愛である。人間を不幸に陥れようなんって、そんなちっぽけな存在ではない。小さい心ではどうにもなりません。広い大きな心で進化の道を歩みましょう!

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月下美人、つぼみ二つ  2008年8月28日 木曜日

 6月25日に花を咲かせた月下美人が、今度は二つのつぼみを付けております。6月の開花は残念ながら観る事が出来ませんでしたが、今度はそれを絶対に見逃さないために、開花の兆しに神経を尖らせております。

 昨日、大きくなった二つのつぼみを注意深く観察した結果、先端のほうが小さく開いているような感じがした。

 「今宵、これはきっと開花する」

 私はそう判断した。そこで夕方、さっそく家の中に入れまして、デジカメをセットして開花を待機した。夕勤めを終え、夕食を済まし、それからゆっくりと観察しましたが、開花の気配が全くありません。

 闇が濃くなり、夜空に星が煌き始めてもつぼみは固く閉ざしたつぼみのままであった。そして、9時を過ぎ、10時を過ぎても開花なし、私の予測は見事に外れたのであります。おそらく、開花は今宵もなく、明日以降になると思います。

 では、つぼみのままの月下美人を御鑑賞ください。

 

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心一つが我がもの 2008年8月6日 水曜日

人工臓器に詳しいある優秀な医者が計算いたしますと、人工心臓5億円、人工心肺2億円、人工腎臓、人工肝臓、人工膵臓、人工脾臓、その他いろいろの合計が・・・・男は50億円、女は100億円、となった。

 凄いですね? 健康な人間なら男は50億円、女は100億円の資産がある、ということになる。それが流動資産となるか、固定資産となるかはよく分かりませんが、減価償却がつくかどうかは、老化するかしないかにかかると思います。

 いずれにしても凄いですね? 人間は健康であれば、たとえ借金だらだらであっても大金持ち、ということになります。しかし、人工臓器が行動を著しく束縛し、多大な不自由を与えるものであるのに対し、本物の臓器は何の手入れも、管理もなしに勝手に機能してくださる。高性能にして重要な機能を発揮し、人間の行動をまったく束縛しない。・・・となりますと、これは人工臓器の値段を千倍も万倍はるかに超える高価な値段がつく、ということになります。

 50億とか、100億円どころの騒ぎではありませんね。50兆、100兆の単位となってしまいます。しかも、それをただでわれわれ人間は使っている。つまり、そんなのは当たり前、当然である、という認識しかなく、ありがたい、という感謝は沸きあがってこない。2億円が宝くじで当たって、飛んだり跳ねたりの大喜びをする以上に、健康であるというのは超過激に大喜びすべき奇蹟なんですがね〜〜〜。

 しかし、われわれ人間にはそれが分からない。生きているのではなくて生かされているのだ、そして、この世で自分の所有物というのは全くないのだ、という事実にも気がついていない。われわれのこの体、家屋敷、貯金、有価証券、その他いろいろは、死んでしまえば自分のものではなくなる。すべてをこの天地大自然にお返しして死んでいくのであります。

 では、この世で自分の所有物はないのか、・・・それがたった一つだけありました。それは、己の心一つであります。心は自由自在に動き回る。事象物象を認識、判断し、それに対する反応の方程式を一瞬にして作り上げる。そして、清く正しく、美しく進化していくのであります。中には醜く歪んで退化していくのもありますが、それは運が悪すぎる、としか言いようがありません。

 要するに何が言いたいのかと申しますと、肉体というのは宇宙の奇蹟、天地大自然からの借り物である、ということです。その証拠に、生き物は最後はすべて、天地大自然に体をお返しなければならないのです。

 人間として大切なことは、たった一つの自分のものである心を如何に磨き、輝かすか、にあるいと思います。謙虚に冷静に、感謝の心を持って働き、生きていく、それが根源の親である親神様、天地大自然様の、人間に対する願望だと思います。

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あるメールへの返事  2008年7月16日

 去った7月7日、次のようなメールが届きました。

 韓国よりおたよりします。
 アトランチス大陸のことを調べようと思っていたら、たまたま貴サイトに出会い、この方はみ言葉がわかる方だ!と思って送らせていただきました。実はこのみ言葉は、天理教から統一教会へと信仰の道を歩んでいた、大阪の1婦人から明かされている内容です。19項目ある講義の中で、いくつかはログインなしでも聴くことができますので、ぜひ一度聴いて下さればと思います!(お返事いただければ嬉しいですが。。。)

 そこで、19項目ある中の幾つかを拝見させていただきましたが、残念ながら、私には、自己中心、独善的な熱病の宗教としか思えない。営利と勢力拡大、そのための弱者洗脳、の巧みな技術を持った集団であります。

 ほんとの神は、いかなる境遇にあろうとも、あるいはいかなる悪に染まっていようとも、それが、悪魔、サタンであろうとも、その精神、人格を改造して、善へ導き、全でが宇宙を一つ屋根とする家族、兄弟姉妹であるとの認識を深めさせて、互い助け合いの、神人和楽の陽気暮らしの世界へみちびく存在であります。

 そこで、次のような返事のメールを送りました。

 メールありがとう御座います。00様、あなた様は素晴しいお方だと御推察申し上げます。どうか、父アダムの原理と、母エバの真理をもって世界人類を地獄の苦しみより、お助けください。

 根源の親、親神天理王の命は世界人類が、同じ宇宙を一つ屋根とする兄弟姉妹、家族であることを教祖様、中山みき様を通して人間世界へお伝えくださいました。わたしは、たとえ、世界中の人間が天理教を離れ、私一人になったとしても、天理の信者として生きていくつもりでおります。なぜなら、ほんとの神とは宗教の中に存在するのではなくて、人間の真実誠の心と魂に存在するものだからです。

 宗教は己の唯一絶対性のみを主張して、他を排斥し、他宗との戦争を続けてきました。イスラム教しかり、キリスト教、ユダヤ教しかりです。しかも、科学者が解き明かしてきた真理をことごとくを偽り、異端として、彼らを拷問、死刑、監禁して殺してきたのです。地動説を唱えたガリレオは宗教裁判にかけられて市中引き回しの打ち首獄門、高齢で、目の悪かったガリレオ、さぞ、無念だったと思います。

 前のローマ法王パウロ2世が、ガリレイの裁判の誤りを認めて謝罪したのは、1992年。ガリレイの死去から350年、コペルニクスが地動説を発表してから、540年も後のことでございます。00子殿、あなたは特定の宗教にがんじがらめとなって、宇宙の無限性、真理に盲目となってしまうようでは勿体ない人物です。宇宙の真理、秩序と調和は、人間が生み出したそんなちっぽけな宗教に束縛されるようなものではありません。

 宗教が唱える真理とは何か、神とは何か、愛とは、ハートとは、それらは全て、少数派の人間の独占欲から生まれ出た、束縛の荒縄でしかないのです。どうか、自由に、何もにも洗脳されず、この世の真理を純粋心理で眺めてください。子供に親孝行を求めるのは人間だけです。

 しかし、野生の動物はそんな事は求めません。子供が強くなり、自分の力で生きて行けるようになるまで育て、その後は恩をかぶせることなく分かれていきます。

 わたしは、野性の中に人間が破棄した真実、真理なるものを見ることが出来ます。いかなる宗教であろうとも、他を助ける心、真実があるかどうか、そして、どれだけ他を助ける事ができたか、それが大切だと思います。己の教団のみの勢力と経済的繁栄を目標にするような宗教は、まさに、真実の神の裏切り者だと思います。きつい言い方をしましたが、それは00子さん、あなた様に仰っているのではなくて、今の世界情勢の中の宗教を言っているのです。

00子殿、あなたは様は只者ではないと見ました。意見交換の友達として、今後、末永くお付き合いできれば幸いです。 大変失礼致しました。

  2008年7月7日     天理教漲信布教所所長 さわやかV

 これに対する返事はまだありません。おそらく、これからもないと思いますが、特定の宗教を盲信するということは、自分自身を破壊する、ということになります。あくまでも冷静かつ謙虚に現実と真実を見つめていかねば、自爆テロのような悲劇は永遠に続くと思います。

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黄金の狼 2008年7月6日 日曜日 晴れ

 黄金色の狼は、一日に一度、必ず獲物をくわえて洞穴に入っていくという。ハンターたちは血眼になってその洞窟を探し続けた。仕留めれば、毛皮は軽く500万円ぐらいはする。欲の亡者達はジャングル中を駆けずり回り、ついに1人がその洞窟を発見した。

 ハンターは洞窟から離れた茂みに隠れて猟銃をかまえた。狙いは急所の肩、命中すれば一発で仕留めることが出来る。毛皮は傷つくこともない。

 しかし、その日、黄金の狼は現れなかった。危険を察知したのだ。それでもハンターは辛抱強く待ち続けた。そして、5日目の朝、ウサギをくわえた黄金狼が現れ、素早く洞窟の中に飛び込んで行った。不意を突かれて引き金を引き損じたハンターは、獲物が出てくるのを根気強く待った。

 待つこと3時間、突然、黄金の眩しさが中から飛び出してきた。陽光にきらめく艶やかな毛並み、しなやかな体、すかざすハンターは引き金を引いた。銃声一発、狼はその場に崩れた。

 ハンターは目を輝かし、踊り狂いながらその毛皮を剥いだ。そして、毛皮を担いで帰ろうとしたとき、洞窟の中から奇妙なうなり声がした。

 驚いて振り向くと、物凄く年老いたメスの狼が這いずりながらハンターに近づいて来るところであった。骨だらけの痩せ細った体を見て、ハンターはそれが黄金狼の年老いた母親であることを見破った。老母狼はわが子を守るために懸命にハンターに立ち向かわんとしていたのだ。

 全身を雷に打たれたようにハンターはその場に立ち尽くした。

 「自分は何という浅ましい人間だ〜〜〜、俺は獣にも劣る。人間として恥ずかしい〜〜〜」

 黄金狼は老衰しきった母親に食わすために、死を覚悟で獲物を運んだのだ。男は黄金の毛皮を老母狼の前に置いて、その場を離れた。その日をもって彼はハンターをやめた。

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人格の破壊  2008年6月11日 水曜日 晴れたり曇ったり

 宇宙には一つの無駄も偶然もなく、全てが必然である。われわれを幸、不幸にするのは神の御守護や裁きではなく、己が作った原因である。無意味、偶然、ラッキー、アンラッキーなどという単語はこの宇宙の辞書にはない。

 愛と正義を全うするには、健全な精神、人格が形成されていなければならない。それらが崩れ、破壊された時、人は悪魔になる。

 秋葉原街の通り魔事件、破壊された人格の成せる技であり、因果応報の必然性が根底に充満している。切れて人を殺したい衝動に駆られるのは、人格が殺されたからだ。人格が滅多刺にされ、惨殺された。その苦しみのエネルギーが極限で爆発したのだ。

 人は己の内面から劣等感を取り除いて謙虚になることが大切であり、人間として生きる存在は全て尊く平等である、という事に気づかねばならない。お互いに敬いあい、助け合う、それがなければ人類の未来は保障されない。

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悟りを開く 2008年5月28日 水曜日 曇り

紀元前528年(?)仏陀は菩提樹の下で悟りを開いた。悟りとは何か? そんな難しい事は分かりかねますが、そうするに、それは、1+1=2である、というようなことを認識、納得することだと思います。

 内外からのあらゆる誘惑と欲望、衝動を断ち切り、いかなる状況、危機に遭遇しても恐れず、迷わず、慌てず、焦らず、ただ、ただ、助け一条の精神でもって、どっしりと構えて、いろいろな状況に対処出来ることが、すなわち悟りであります。

 たとえ、飢えたライオンが襲いかかってきても、あるいは恐怖の借金取りが追いかけてきても、泰然自若、冷静沈着、逃げも隠れもせずにニッコリ笑って対応する。そこにあるのは宇宙の愛と感動、安らぎのみであります。

 悟りを開いた時、仏陀は35歳の男盛りであった。その時、ガンジス川の支流・尼蓮禅河川の水流は美しくきらめき、ブッダガヤー(現在のボードガヤー)の地には、様々な花が五色の光の中で咲き乱れました。

 長年の修行の苦しみから解放され、魂の根底から満たされた仏陀は、目的は果たされた、としてそのまま涅槃に入ろうとした。つまり、崇高な精神状態から現世を離脱し、高次元の世界へ歩もうとしたのであります。

 慌てふためいたのがブラマー神(梵天)でありました。一説によりますと、この神様は仏陀を煩悩界に拘束しようとして、あらゆる誘惑を試みたマーラ(魔)であるという。なぜ彼が慌てたのか?

 そんな難しいことは分かりませんが、ようするにこのマーラさんは誘惑が専門で、それ以外は悪い存在ではないかもしれません。蛇足ですが、この神様はバラモン教、ヒンズー教では3大主神の一人でありまして、頭が五つある創造神です。(3大主神=ブラマー、ビシュヌ、シバ) 

 思うのですが、もしかすると、仏陀が気付かないまま、未知の世界に置き去りにしている究極の真理が、そのマーラさんの背後にあるのかもしれませんね?

 マーラーは釈尊を誘惑した。

 「世界を意のままに出来る大帝王となさん・・・」

 「酒池肉林、やりたい放題、食べ放題、何でも好きなことをさせよう・・・」

 「いくら酒を飲んでもアルチュウにならず、飲めば飲むほど肝臓腎臓が強くなり、煙草を一日に百万本吸っても、気管支と肺はいつも、清く美しく輝き、健全に機能するようにしてやろう・・・」

 ・・・と、まあその他いろいろ、ありとあらゆる誘惑が仏陀になされたのです。

 もちろん私なら目を白黒させてたちどころに“OK“ となるはずだが、仏陀は毅然としてそれを跳ね除けたのです。そんな彼ですから涅槃を思いとどまらせるのは不可能のように思えた。しかし、マーラさんは仏陀の弱点を知っていた。それは ”慈悲、人類愛”であります。

 「真理は一人だけのものではない。真理の救いを求める哀れな人間達はどうなる。それを放っておいてお前は一人だけ涅槃に入っていい思いをするつもりか? つまり、お前は一千億人の人間の地獄の苦しみよりも、己の小指に刺さった小さな棘の痛みを取り除く事が大事なのだ・・・」

 仏陀は雷に打たれたように衝撃を受け、深く反省、それから説法活動の新たな旅に出るのであります。

 この世は知らないことばかりです。知っているつもりが後世になって、それが誤りであったことが証明されたりする。

 しかし、はっきりしていることはただ一つ、

 「自分は何にも知っていない」

 ということです。そういう謙虚な精神構造から真理の輪郭が次第に見えてくるものと信じる。
 
 「曇りなき一つの月を持ちながら、浮世の雲に迷いぬるかな」 一休禅師

 浮世の雲、すなわち煩悩、それは苦である。それをいかにして取り除き、迷いから脱出するか、悟りの道は果てしなく険しく、厳しいもので御座います。

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誕生と絶滅のドラマ 2008年5月20日 火曜日 曇り

 3億年前、大陸移動によりパンゲアという超大陸が出現した。その周りに深1万mの海溝が出来、その底部から、地球内部への巨大岩石群の落下が始まった。厚さ2900kmのマントル層を突き破り、岩石群は4千℃以上もある地球中心の核に落下を続けた。

 その結果、2億5千万年前、核は乱されて地上へ向かう巨大な上昇気流を発生させ、直径千kmにも及ぶドーム状の火炎体が地上へ吹き上がった。それは、西シベリアから中央シベリアの高原にかけて、地球史上最大の火山噴火を引き起こした。噴火は3000mにも達し、他の火山を誘発しながら幅100km、長さ1500kmの広がりとなった。

 地球は、あっという間に焦熱地獄となった。さらに海底に蓄積されていたメタン・ハイドレードが、海水温度の上昇で膨大な量のメタンガスを発生させ、酸素と結合して相殺し、極端な酸素不足をもたらした。それにより、生物の95%が絶滅した。

 このような生物の大絶滅は、過去6億年の間に5回もあったことが判明している。2億5千万前のアンモナイト、6千5百万年前の恐竜の絶滅などは良く知られております。

 宇宙は誕生と進化、破壊という壮大なドラマを、その無限の広がりの至る所で展開させ、未来永劫への旅を続けている。それは何ゆえのドラマなのか、考えてみると、実はこれこそが進化と発展を促す力の原点であり、存在を永続に結びつけんとする見事な宇宙の知恵と言えます。

 始原における我々の原始宇宙には水素とヘリウムという元素しかなかった。しかし、総合温度1兆℃の1兆倍のそのまた1億倍というすさまじいエネルギーが産み出す誕生と破壊のドラマにより、90種以上の元素が出来上がった。ちなみに、鉄の元素が出来るのが50億℃で、金の元素は,中性子星同士がぶっつかって破壊する時に生じる1兆℃という超高温の中でしか出来ない。

 生物もまた誕生と絶滅のドラマを始原からこの地球上に於いて展開させておりますが、物質と違う点は、外界の状況に反応しつつ、己をそれに適応させ、進化していくという自主性が与えられた、という事です。

 これまでに発生して絶滅した生物は1億3千万種と言われている。しかし、現在、その11%、130万種しか生き残っていない。さらに驚くべき事に、それらも1日に100種から300種が絶滅しており、100年以内に全生物の25%が絶滅する、という。

 生物が、もし宇宙の意図的なもので創造されたとした時、進化の頂点を極めた人間は、これから如何にあるべきか、考える時期に来ていると思う。もし、その解答が得られず、金権主義と快楽主義がまかり通れば、ある日、突然、人類滅亡は一瞬にして起こるかもしれない。ミャンマーのサイクロン、中国四川の大地震、その他、最近の世界的異変を、絶滅の記録と照合すると、そう思えてならない。

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人間は皆兄弟姉妹   2008年5月13日 火曜日 晴れ

  厳密に言えば、人間は全て、大空、宇宙という同じ、一つ屋根の下に住む家族ですね。天地大自然という生命の根源の親も一つであり、息一つ、心臓の鼓動一つによって生かされている、ということも同じでございます。

 その家族の一人ひとりが心美しく、互いに助けあい、勇んで働き、陽気に暮らすならば天地大自然は満足、人間は病まず、老衰することなく千年も万年も生きられるようになります。

 しかし、人間は最近(と言っても数百万年前)、ようやく類人猿や原人から人間になったばかりなので、本能のどこかにまだ、獣性が残っているのである。

 闘争心、憎悪、恨み、強欲、支配欲、残虐性、そういう弱肉強食時代の産物が根強く存在し、科学文明時代の今でもそれらは火花を散らして激突、人間社会を狂わしております。
 
 その獣性、悪い心をいかにして取り除き、美しい心、良い心だけを残していくか、それが進化した現代人の大きな課題ですが、感情の動物だけに人間にとってそれは難しいことであります。

 しかし、人間は確実に進化を続けております。人心が乱れ、凶悪事件が多発し、自爆テロが横行する現実を見つめますと、人間なんって、と絶望する方々が大勢おられますが、しかし、それは一部です。全体的に見れば、人間は心美しき互い助け合いの世界へと、確実に進化を続けておるのであります。

 これからの人間は心が自由である故に、いろいろなドラマを展開して行くと思う。しかし、いずれにせよ、人間は世界一列兄弟姉妹、国や、民族、宗教が何であれ生命誕生の始原に戻って皆助けあい、仲良くすべきであります。

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地獄に咲く幸せの花 20098年5月1日木曜日 真夜中大雨 昼曇り

 いかに美男美女といえども、一皮剥けば血管露出、3枚肉の化け物であり、さらにそれらを全て取り除きますと、見るも恐ろしい骸骨である。そうでなくても、人間全て大小便の器に過ぎない。

 ・・・これは私が言っているのではありません。ある、仏教の本に書いてあるものを引用したのであります。

 そもそも、幸せとは何か? それは現実逃避の幻想が生み出した幻影であります。生きるということは幸せとか、不幸せとかの次元ではないのであります。この世は全て地獄、その中でのみ生命は生きられるのでございます。

 全てが満たされ、悩みも苦しみも、先行き不安もなくなりますと、人間はふやけて絶滅する。それは、人間に限らず、あらゆる生き物に言えることであります。

 それで、人間は何のために地獄で生きねばならないのか? ・・・残念ながら、人間以外の世界には何のためという問いかけはどこにもないので御座います。頭の良すぎる人間が創造した幻覚の結晶であって、人間だけが勝手に妄想の中で飛んだり跳ねたりしているのであります。

 その証拠に、人間の餌になっている豚とか牛、鶏などの他の動物には、人間の妄想からすると悲惨な、絶望の運命となりますが、しかし、彼らには不幸感は全くないのであります。というより、それを感知出来る機能がないのであります。

 知能が発達していないからそれは当然、という方がほとんどだと思いますが、それが傲慢であります。力と知恵、富があれば全てを支配し、何でも出来る、という勘違いでおりますと、それは命取りとなります。命を取られてもいずれ死にますので、たいした問題ではないのですが、理法の世界はそうは問屋が卸しません、となります。

 2億年も栄えた恐竜はある日、突然、あっという間に絶滅した。ましてや、たかが600万年余りにしかならない人類など、宇宙の無限性、天地大自然の怒りにあいますと、蝿叩きで叩き潰される蝿のように死滅することになるのであります。

 人間それぞれは、残念ながら生と死のドラマ、生まれ変わりをこの宇宙の続く限りいつまでも展開する。そして、この宇宙が終わったとしても、別宇宙が発生してその情報の全てが受け継がれていく。そして、我々の魂が再び生と死のドラマの幕を開けるのであります。

 幸せという花は天国ではなくて、地獄に咲く花であります。(それで、幸せ=死合わせ、という事になります) 地獄の中で強く逞しく愛と正義の花を咲かす、そこにのみ真実の幸せがあります。人間はいずれ、他の動物の肉を食らう、ということから離脱するはずであります。科学の力で万能栄養物の合成に成功するからであります。

 その時の人間の質により、人間の食料源となってきた他の動物たちの、祟りがあるかないかの決定が下されると思います。勿論、それを下すのは、自然の成り行きという手に負えない化け物であります。

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自然の前に謙虚となりましょう   2008年4月19日 土曜日 晴れ

35億年前から40億年前にかけて誕生した生命体は進化と繁栄を続けたが、6億5千年前にその90%が絶滅した。そういうことはこれまでに18回もあったという学説があり、その周期は2600万年に一回らしい。原因は、ネメシスという彗星で、接近すると隕石の嵐を激しく地上に降らすためであるという。

 恐竜が絶滅したのが6500万年前で、その時代に哺乳類が出現している。地上をわがもの顔で徘徊し、その全盛を誇った強大な生命体が滅びると、弱いものが生き残り、それが繁栄し強くなると滅亡してしまう。その繰り返しのドラマが生命体の歴史でもあるように思える。次の絶滅は1300万年後、と計算されているが、人類は果たしてどうなるのでしょうか・・・?

 しかし、考えてみますと、それ以上にもっとも危険性を孕んでいるのは、人間が自ら築き上げた科学、そして、歪められていく人格と心ではなかろうか。それは1300万年後どころか、100年後、あるいは明日、明後日かもしれないのだ。

自然、宇宙には、その秩序を狂わそうとする事象、物象、存在に対し、抹殺か制御の力を向ける意図的なものがある。人間がそれに立ち向かい、逆らって宇宙を支配することは絶対に不可能である。

 人間は自然、宇宙の力の前に謙虚となり、己の無力さを悟るべきだと思う。自然、宇宙の創造の力によって誕生し、今、生かされている事実、それを無視し、残虐に殺しあう戦争を続けていけば人間はそのうち見捨てられるのではあるまいか。

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人間が美しく見えるとき 2008年3月26日水曜日 晴れ

 植物の種子が発芽して地上に現れ、2枚の子葉が合わさった形は、合掌して祈りをささげているようにも思える。生命体の働き、成長過程には見えざる自然の力が、複雑、巧妙に及ぼされており、自然は生命の根源の親と言える。その親に対し、感謝と生かされる喜びを表現しているのが、この合掌のような姿ではないだろうか。

 生命体の全てがその活動を開始するとき、必ず、何らかの形で根源の親に対する祈り、合掌を行っている。体内の胎児も合掌のポーズであり、蝶やトンボ、蝉などの昆虫が羽化する光景も、祈りがささげられているように見える。知能や知性のない昆虫や植物と言えども、その生命活動には理屈を超越する「何か」を感じさせられる。

 ”初心忘れるべからず” という世阿弥の言葉がある。能という己の芸を通し、その悟りの頂点から出た言葉と推察するが、それは受ける側にとっては、いろいろな意味に解釈される。初心は生命の親、自然への感謝から始まり、己を厳しく見つめながら自我を超越し、人間完成への鍛錬と実践の決意、まで及ぶと思う。 

 生かされていることへの感謝と喜び、生命体の根底にはそれが生命の活力源として存在する。人間の美しさは虚飾にはない。しぜんの素晴らしさを知り、専心一意で祈る時の姿、心から発せられる輝きにあると思う。

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地獄も極楽もこの世にある  2008年3月11日 火曜日 

人間は誰でもいつか死ぬ。そのことはどんな神を信仰しても避けられない定めですね。それ故に、宗教のほとんどが死後の世界に安楽とか幸せを定めてしまう。つまり、死という避けられない定めから、人間の心を救う道をあの世、という架空の次元に置くことによって解決しようとしたのが紀元前の宗教の教祖たちであった

 紀元後もいろいろな宗教が出てまいりましたが、結局は死後の世界に於ける己の身の安泰を模索し、それを絶対的なものにしようとするもっともらしい理屈を並べ立てたに過ぎないのであります。言い換えれば、人間というのは己の身が可愛いに過ぎない存在ということです。では一体、宗教とは如何にあるべきでございましょうか?

 それは、宗教、国籍、人種、主義思想という壁にこだわらない、全人類、全生命を愛する心の宗教だと思います。たとへ、他宗の熱心な信者であろうとも、元を正せば同一の月と太陽、地球、そして、全宇宙の無限性の子供たちであり、同じ宇宙家族であります。 さらに元を正せば、40億年前に発生した直径0・05ミリ足らずの微細な単細胞が我々の共通の祖先ということになります。

 仏陀から2400年、イエス様から2008年、マホメットから1406年余り経った今でも、近代科学のエリートたちは、まだ、時代遅れの教義に迷わされております。

 高度な知性体である人間は、真理を追究して理法を知って悟り、間違った慣習、常識を超越しなければならない。それは、心を浄化し、崇高な精神を宿さねば出来ない事であります。

 さらに、他を慈しみ、他を助けるために働く、という無欲のプラス思考も大切であります。仮に、最後の審判があるとした場合、地獄に落ちるものと、天国に行くものとの区別があってはならず、全てが平等に天国へ行けるように助け合わねばならない、ということでございます。

 全て同じ人間、同じ家族、兄弟姉妹であります。もし、我が妻や親が、兄弟姉妹が、子供が地獄へ落とされるという審判が下り、自分だけが天国へ行けるとなったとき、私は一人だけ天国へは行かない。我妻と、我が親と、我が子どもと共もに地獄へ落ちる。

 最後の審判、それは悪質な脅迫に過ぎない。ほんとの最後の審判とは、50億年後の太陽系の消滅のことを指している。しかし、それ以前に人類は心を完成させ、この宇宙を己の庭として自由自在に飛び回るようになっている。

 人類は永遠に進化を続ける。しかし、進化できない存在は太陽系の寿命とともに消え去る。ちょうど、2億5千万年前、小さな我々祖先の脊椎動物が生き延び、巨大な恐竜が絶滅したように・・・。

 宇宙の無限性は厳然にして平等であります。今の人間界を見たとき、戦争やテロの原因のほとんどが宗教間の争いですね。種族、民族、国の違いなどによる紛争、殺し合い、人間はもっともっと心の持ち方、使い方、物の見方を勉強しなければなりません。

 宗教に凝り固まった石頭では、いつまでたっても真理に適応できず、臨機応変にして心豊か理想の人間世界の到来は永遠に望めない、ということになります。

 結論として、地獄も極楽もこの世にある、ということです。この世は奇蹟の時空であります。宇宙の神秘、巧緻に仕組まれた理法、ミクロの世界から無限マクロの世界の隅々に充満するそれらの卓越した森羅万象の奇蹟、こんな素晴らしい世界に存在しながら、ありもしない天国に、極楽に理想郷を求めるようでは、人間はまだまだ愚か、と言わざるを得ませんね。

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奇蹟 2月27日 水曜日 曇り

 結果と原因は一枚の紙の裏と表のようなものだと思います。結果の背後には原因があり、原因の前には結果がある。因果応報とはそのようなことでございます。言い換えれば、現在の出来事は過去の行い、心使いの結果であり、過去は現在の原因である、ということになります。

 私は何が言いたいのか、自分でもよく分かりませんが、要するに、良い原因は良い結果を作り、悪い原因は悪い結果を生み出す、という事を言いたいのだと思います。この世で一番分からない、不可解なのは自分自身である、という事が最近になってようやく分かるようになっております。

 その原因を仏教界では因縁と呼んでおります。悪い原因は悪因縁となりますが、それがいろいろと絡まりあって押し寄せ、人類に災いを及ぼしているのでございます。

 ある全盲の男性が私に質問した。

 「私が盲目であるのは悪因縁によるそうですが、私は人様に迷惑をかけたり、悪行を働いた事もありません。世のため、人のためにと働き、孤児院や身体障害者施設などへの寄付もしてまいりました。それが何故、緑内障で盲目になるのですか? 医者も直らないと言ってさじを投げたのです」

 そこで心を鬼にして答えた。

 「人間の魂は永遠に不滅です。肉体は借り物、貸主はこの世界、宇宙を作られた元の神、実の神、この天地大自然です。肉体は魂の着物のようなものです。古くなったり、破れたりしますと取り替えねばなりません。それが死であり、生まれ変わりなのです。人間は死ぬと、新しい体を得てこの世に生まれ変わってくる。あなたは8800回もこの世に生まれ変わっております。虫、鳥、畜類、そして猿人、類人猿、人間、・・・つまり、あなたの盲目の原因は今生にあるのではなくて、前世において作られたのです。この世を厳然と司る理法に完璧に狂いはありません・・・」

 男は更に尋ねた。

 「では、一体、私は前世においてどんな悪い事をしたのですか?」

 「あなたの前世は大泥棒であった。人の眼をくらまし続けましたので、それが悪因縁となって、生まれ変わったあなたはメクラとなったのです。今生は前世の通り返しをする、それが理法の裁きです。あなたは悪因縁を自覚し、罪滅ぼしのために良い事をするように仕組まれたのです。いかなる逆境にも負けず、それに耐え抜いて、悟りの人生を通りなさい・・・」

 男は素直にうなずいた。それから熱心に信仰を続けたのですが、ある日、警察がやって来て彼を連行した。

 隣の家に空き巣が入り、現金10万円が盗まれた。その犯人が彼だ、ということになったのであった。取調室で男は厳しく尋問された。どんなに弁解しても信用されなかった。その時、男はふと、自分が前世で大泥棒であった、という私の言葉を思い出した。

 男は取調官に頭を下げた。

 「申し訳ありません。私が盗みました。どうぞ、お許しください。盗んだお金はお返しします・・・」

 男は刑事の前で10万円をお隣に返し、土下座して許しを請った。それから半年、男は世間の冷たい、軽蔑の視線と罵声の中を耐えて熱心に信仰を続けた。

 そして、ある日、お隣が血相を変えて男の前に飛んできた。空き巣に盗まれたと思っていた10万円が、実は放蕩息子が盗んで遊行費に使ったということが分かったのであった。

 男の前に額を擦り付けて詫びるお隣に男は言った。

 「これは私の悪因縁を納消せよとの親神様の試練です。あなたが詫びる事はありません。反対に、私が詫びねばなりません。前世で私はあなたのお金を盗んだのです。ここに深くお詫び申し上げます」

 男は畳に額を擦り付けてお隣さんに詫びた。涙が、ポタポタと落ちて畳を濡らした。そして、頭を上げた時、光が男の目に入り込んだ。

 「眼が、眼が見える、親神様、ありがとう御座います・・・」

 男は立ち上がり、大声で叫んだ。妻が驚いて駆けつけ、夫の身に起こった奇跡に思わず悲鳴を上げた。

 以上は、30年ほど前のノンフイックションです。

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本気で考える時期 2008年2月18日 月曜日 晴れたり曇ったり

 宇宙の平均温度は−270.3℃だそうです。学問的に解明された全宇宙総合温度は、一兆度の一兆倍のそのまた1億度、であります。したがって生命体が生存している地球を取り巻く温度、−50℃から80℃の気温というのは、宇宙規模から見れば超恵まれた奇蹟の環境であります。

 しかし、人間にはその奇蹟、有難さが分からない。全ての奇蹟が奇蹟でなく、あたりまえ、当然、だと思っている。水も空気も、太陽熱も、月の引力も、絶対的に必要なもの全てがただでありますが、その有り難さ、重大性を全く認識しようとしないのが人間であります。

 今の世の中、右を向いても左を向いてもいやな事ばかり、頼りになるのは富と権力、名誉名声、健康だけだ、という考えが常識として人間界を支配しているので御座います。

 ・・・しかし、たかが100年前後しか生きられない人間ではないか。しかも、息がたった10秒でも止まれば悶え苦しみ、7〜8分間それが続けば完全に死んでしまう脆い存在なのであります。富、権力、名誉名声なんって、死んでしまえば、はい、それまでよ、となります。

 地球、太陽、月、そしてこの宇宙があるゆえの人間、生命体ではないのか? しかも、その絶妙な仕組みと奇蹟、調和、バランスによってのみ生かされている生命体ではないのか?

 ・・・人間は今、宇宙の根源を見つめ、傲慢さを捨てて、謙虚に生命とは何か、人間の真価は何処にあるのか、本気で考える時期にあると思います。

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己の真の敵  2008年2月17日 日曜日 晴れのち曇り

地球の半径は約6400キロメートルだそうです。その表面の5キロから50キロの厚みが地殻と呼ばれるもので、その下は摂氏1500度から4000度のマグマ、つまり液状化した超高温の泥海なんです。

 フライパンで焼いた油の温度が800度、ガスコンロの青い炎が3000度ですので、それがどれ位のものか想像がつくと思います。ということは、地球というのは全体の0.8%にも満たない地殻の薄い膜によって安定を保たれていることになる。

 半径6350キロのマグマの圧力が怒り狂えば、厚さ50キロ前後の地殻など一瞬にして吹き飛ぶはずである。それがなぜ安定しているのか、それは、太陽の引力と地球の引力、そして月や天体の様々な力、要素が複雑緻密に働いているからです。

 要するに全体が互いに助け合って回転しているからなんですね。 人間もそれと同じ。90%の悪魔と獣性を1%の理性と人間性が取り巻いて何とか安定を保って生きているわけですね。従って回転を停止したり、理性と人間性を失ったりすると大爆発を起こして消滅することになる。

 人間の真の闘う相手は誰か?それは外部にあるのではなく、己の内部に、無意識の中に潜んでいる。自己卑下、絶望、あきらめ、油断、慢心、過信、恐れ、迷い、それらこそが闘う相手であり、己に致命傷を与える恐るべき敵であるといえます。

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思いやりの心 2008年2月16日 土曜日

 紀元前500年ごろ、菩提樹の下で悟りを開いていた仏陀を、マーラ(魔)の3人娘の美女、欲妃、快楽妃、悦妃が半裸体となって誘惑した。

 しかし、仏陀は見向きもしなかった。誘惑の根源は対象にあるのではなくて、己自身の渇愛、欲求の内部深くにある、仏陀はそう悟ったのだ。

 己自身を無欲にする、澄んだ心にする、存在するものが、もろくて儚い事を相手に当てはめて、哀れみを持って助ける心を持つ、それが、己の誘惑に勝つ手段である。仏陀が誘惑に打ち勝てたのは、己の脆さを知らぬ誘惑者を助けたい、という慈悲であったと思う。

 仏陀のその悟りは記録に残っていない。ただ、悪は罰する、成敗する、という後々付け加えられた記録があるだけである。

 悪を働くもの、犯罪を犯すもの、その者たちの救いの手段、環境、人々の思いやりと親心が人類の未来を素晴らしくするものと思うのですが、現代人にはまだまだ、そこまでの心の余裕は無いようです。

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仕事帰りの恐ろしい出来事  2月7日 曇り

仕事帰り、助手席の金ちゃんは車の中で必ず缶ビールを飲みます。私はダイエットコーラであります。土曜日の16号線の交通量は一段と激しく渋滞となる。横をノロノロと走る高級乗用車の中では若い男女がキッスをしたりしております。金ちゃんはそれを羨ましそうに眺めたりした。

 突然、金ちゃんが言った。

 「おしっこしたい、漏れそうだ・・・」

 え? こんなところで? これは困ったことであります。車を止めようにも止められるような所ではないし、強引に脇に止めたとしても、放尿できる穴場はない。右に横田基地が続き、左には人通りの激しい商店街が延びている。

 時間の経過と共に金ちゃんの悶えは激しくなっていった。額から汗がだらだら、顔面真っ青、唇は真っ黒であります。

 「ギャー、も、漏れるー、ダズゲデグレー・・・」

 「だから言ったじゃないか、ビールを飲みすぎるからそうなるんだ・・・」

 しかしドンなに金ちゃんをせめても、事態は深刻であります。こういう非常事態においてはどう対応すべきか、私は考えた。そして、名案が浮かんだ。私が飲んだダイエットコーラのペットボトルは、幸い飲み口は大きく、金ちゃんが所有する程度の一物ならぴったりの大きさであります。私はそれを金ちゃんに渡した。

 「この中に突っ込んでおしっこしろ。ただし、絶対に漏らすのなよ、お前のは臭いからな・・・」

 金ちゃんは血走った目でそれを奪い取り、股間をまさぐってモゾモゾ、そしておしっこ・・・。ペットボトルと、金ちゃんの喉もとから圧縮空気の漏れる音が聞こえた。

 ・・ところがであります、いつまでたっても金ちゃんはペットボトルを離そうとしない。しきりにモゾモゾしております。

 「えらい長いおしっこじゃないか。もう5分は過ぎているぞ、凄い量がたまっているんだな?」

 「ち、違うんだ。・・・今度は抜けなくなったのだ。・・・こ、このやろう、いつもの倍もはれやがったー、・・・い、いたいー、ダズゲデグレー・・・」

 「な、何で腫れたのだ。 ・・・変なことを考えたんじゃないのか? お前、スケベーだからなー」

 「そんな事はどうでもいい、早く、なんとかしてくれー、い、いだい、し、死ぬー・・・」

 しかし、いったん腫れた一物を萎ますのはそう簡単ではない。第一、どうすればしぼむのかさえも全く分からないのだ。私は、再び考えた。全く世話のやける男であります。だが、今度ばかりは名案は浮かばない。ただ二人とも走る車の中でうめき声を上げるばかりであった。

 突然、耳をつんざく爆音がして横田基地の滑走路にジエット戦闘機が下りてきた。あまりにも凄まじい炸裂音に金ちゃんはビックリして悲鳴を上げた。と、同時に一物がペットボトルからスッポンと抜けた。

 「こ、こぼすなー、車が腐る・・・」

 咄嗟の叫びに、金ちゃんは慌てて黄色い溶液のペットボトルを立て直し、蓋をした。これにて一件落着であります。

 以上は3年前のほんとにあった話です。みなさん、笑わないでください

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最高の日と最悪の日  2月6日 くもり、時々雨 水曜日

 今日の沖縄は最低気温が17℃の寒い一日でした。沖縄の17℃は東京の7℃に匹敵します。風が絶えず吹いているからです。そうなると男たちはトイレが早くなります。

 現場の男たちは作業の手を止めて、ススキの繁みへ行ったり来たりが頻繁になった。午後、1時過ぎ、Nさんがそのススキの繁みへ駆け込んでいった。それから数分が過ぎた。しかし、なかなか出てこないのであります。 

 しばらくして、野獣のような呻き声がその繁みから聴こえてきた。何事か、と私は驚いてそこへ跳んで行った。N君がパニック状態でズボンのチャックを指でチャカチャカしているのであります。

 「どうしたのだ?」

 と背後から尋ねても、彼はただ呻くだけであります。 ・・・おかしい。そこで彼の前へ回った。そこで私は見てはならないもの見てしまったのです。事態は一大事であります。

 なんと、彼の黄金の玉を包む袋の皮が、見事にチャックに食い込んでいるのであります。N君の顔面は真っ青、唇は紫色に変色している。額からは汗がだらだら、

 「だ、ず、げ、で、ぐれ〜〜〜、いだいよ〜〜〜」

 N君の断末魔の呻きに私は慌てふためいた。確か土手の上に病院があった。私は彼を抱えるようにしてその病院へ運んだ。受付に事情を話すと彼女はビックリ、特別の計らいで、即、手術台へ運ばれた。

 医師は高齢でノンビリしている。

 「なぬ、金玉の皮がチャック食い込んだ? それは私でも痛い。すぐに麻酔をうって手術せんとならん・・・」

 N君は手術台に仰向けとなり、チャックの部分だけを残してズボンを全て切除、取り除かれてしまった。

 ところが、なんとチャックをぶら下げた皮袋の根元から、黄金バットが硬直、動脈と静脈の青筋を立ててそそり立っているのであります。看護婦の目が輝き、高齢の医者がニヤーっと笑った。

 「おー、ワンダフール! 今日は最高に良い日である・・・」

 医者はそう言いながら麻酔を打ち、黄金バットを数回叩いた後、看護婦が手渡すメスを取って皮を薄く切除、見事な手さばきでチャックを取り除いたのであります。

 医者と看護婦には最高の日、しかし、N君には最悪の日となりました。男性諸君、チャックを締める時は十分に気をつけましょう!

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宇宙の奇跡と生命体 1月21日 月曜日 雨

 宇宙の広がりには果てというのがない。たとえあったとしても、われわれの想像と推測では捕らえることは出来ない。我々の銀河系でさえ2千億個の恒星を有し、凸レンズ型の、その果てから果てを秒速30万キロで走る光ですら、10万年がかりでようやくたどり着くという広大さである。

 光が一年間走り続ける距離は9兆5千億キロ、これを基にして銀河系の最長直径を計算すると、95京となる。つまり、9千5百兆の十倍ということになる。地球と太陽までの距離が1億5千万キロ、光は8・3分でその距離を飛ぶ。この事から我々の銀河系がいかに広いか想像を絶するものがある。

 しかし、その銀河系といえども宇宙全体からすると微細な光点となってしまう。なんという広大さ、無限性であろうか。私は驚嘆のうめき声を上げ、ただぼう然と痺れるだけであります。

 宇宙の年齢は120億歳。私はたったの67歳。宇宙とは一体何なのだ。そして、その神秘性と無限性の渦の中でただぼう然と痺れているこの私は、一体何なのだ。

 そんな私でも宇宙の寛大な懐の中で生かされ、地球という美しい恵みの惑星で働く自由を与えられている。そう考えた時、人間とは何か、宇宙の奇蹟と生命体の理由の接点は何処にあるのか・・・?

 生命の母体ともいえる我々の地球は、宇宙の闇空間に浮かぶ最も美しい惑星である。生命を誕生させ、守り育てて来たその機能、働きはまさに奇蹟であり、人間こそ宇宙の申し子として地上に現れた生命体、そして、宇宙、自然界の最高傑作ともいえる。

 我々の肉体は奇蹟の粋を一点に集中して完成されたものであり、その肉体機能の頂点から発芽して成長し、やがて蕾を出し開花したのが知覚であり、それを駆使する心、精神、魂が我々人間の本体ではなかろうか。こういう素晴らしい人間に真の不幸、災いがあるはずがない。あるとすれば、人間完成を待ちわびる宇宙の愛の鞭と試練ではなかろうか。

 守られ生かされている喜びと感謝を心に刻み、報恩の心を生かす働きに転じた時、人間はあらゆる災い、苦しみから解放される。そこには自分自身であろうとする自我の汚れと邪悪はなく、清純な自己主張のきらめきが存在する。心の世界と事象物象の世界をいかに美しく正しく彩り描いていくか、人間一人一人の心の持ち方、努力にかかると思う。

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物質を造っているもの 1月14日 月曜日 雨

 2003年11月14日、スバル望遠鏡が、地球から最も遠く離れた銀河を発見いたしました。かみのけ座付近にありまして、その距離は129億光年であります。 ・・・ということはビックバンによって誕生した我々の宇宙はかるく、129億歳以上を過ぎている、ということになります。

 百数十億年前の宇宙誕生、ビックバン、・・・凄いですね? 一体全体何があったのでしょうか? 全くこの世は、わけの分からないことだらけでございます。

 偉い学者たちの話によりますと、計算では宇宙誕生の瞬間のゼロ点には絶対にたどり着けない、と申します。たどり着いて、解明できる限界点は、10の44乗分の一秒後の宇宙だそうです。

 その時の温度は一兆℃の一兆倍のそのまた一億倍で、大きさは、10の33乗分の1センチ・・・。

 つまり、今の無限に近い広がりを持つ宇宙全体を、電子顕微鏡で見える点よりもさらに小さな点に縮小した宇宙であります。こんなことってありうるのでしょうか? 宇宙はSFよりも奇なりですね?

 なぜ、計算ではゼロに辿り着けないのでしょうか? ゼロとは一体何でしょうか? それは[なにも無い] ということですね? その何も無いという事が判らないということなのであります。分からないものは分からない、これがこの世の定めであります。

 たとえば、意識があって、それが眠気によってぼやけてくる。そして、意識が完全にゼロになった瞬間、そのゼロを意識することは不可能となります。宇宙始源のゼロにたどり着けない、ということはそのようなものでありまして、計算できる次元内からの離脱は、もはや計算自体も消滅して不可能、ということになります。

 ところでこの意識、なんなのでしょうか? 不思議でなりません。夢を見ているとき、意識はどうなっているのでしょうか? ・・・6歳前後のころだったと思いますが、縁側で昼寝しておりましたとき、スズメの群れがカヤブキ屋根の天辺でにぎやかにさえずっておりました。

 その時の私の意識は現実と夢の境を漂っていた。 その意識が、スズメの感覚、あるいはテレパシイーのようなものと融合していたのであります。

 スズメの内面にそのまま触れていて、その温もりや意図的なものが直に察知、了承できる。以心伝心とはこのことであります。地面、ミミズ、餌、・・・そのような意味が何の仲介もなしに伝わってくる。ふと、横向きになって庭を見ますと、数羽のスズメが急降下してミミズをつっ突き、それをくわえて飛び立つ光景を現実の意識が捉えた。

 4歳の時の戦場での出来事ですが、いきなり母に激しく押し倒され地面に伏せた。艦砲弾が近くで炸裂し、真っ赤な破片が不気味な音を共鳴させて飛び交った。そのあと、無数の敵機が飛来してロケット弾や機銃弾を打ちまくった。逃げ惑う避難民は次々と倒れ、肉片となって飛び散ったりした。

 母の身体の下で伏せている私の意識に、突然、父の気配が侵入した。血まみれの父が苦しんでいて、母や姉、私のことを心配している。その心の痛み、悲しみ、絶望、無念、願望が何の抵抗も無く伝わってくる。

 伏せている草原からは、東シナ海を隔てて火炎と煙に包まれ、爆発炎上を繰り返す伊江島が見える。父はそこで軍人として戦っている。私の本能は父の死を感知していた。

 茫洋とした状態で、私は声に出して、父を繰り返し呼び続けていた。 その時のことを母は、"父が最後を知らせた" と思い出すたびに言っております。

 ・・・その他、退行催眠によって前生に跳んだり、臨死体験上で肉体から遊離して天井から自分の姿を見つめたり、前生のことを覚えている少女が、前生住んでいた家に偶然、遭遇して、その土地の言葉を話し、家族の名前や癖性分、近隣の地形、建造物を言い当てた。と、まあ、このような事柄からも、意識というのはどうやら肉体と全く異質の独立した謎の存在、と言えそうであります。

 最近になって、最先端の科学分野からも形而上的な存在が取り沙汰されるようになってきております。ニュートリノに質量があり、極限の素粒子、クオークはどうやら重力子(グラヴィトン)から出来ているのかもしれないという仮説、ブラックマター(暗黒物質)の正体解明、光速の300倍で光信号送信成功、陽電子、陰陽子・陰中性子,陰クオークなどからなる反原子製造など、相対性原理や量子力学の手に負えない新発見と仮説が次々と出てくるのでございます。

 宇宙の質量、・・・? つまり、宇宙構成物質はどうなっているのでしょうか? いろいろと安物の百科事典やCDソフトで調べてみますと、物理的に観測可能な物質はたったの6%しかないそうです。

 残り94%の内、23%がダークマター(暗黒物質)で、71%がダークエネルギー、となっております。そのダークマターは、もしかするとニュ−トリノではないか? といわれたりしましたが、どうやら違うようです。

 クオークや電子、光子、グルオンなどのレプトン、ゲージ粒子などの大きさは、10のマイナス32乗センチ程度(100兆分の32センチ)といわれておりますが、それは大きさというより、情報、事象であり、性質、作用、という表現がぴったりなようです。

 つまり、それらは突然現れたり、消滅したりを繰り返しているわけで、実体がつかめないのであります。

 厳密に言えば、我々の宇宙は出現と消滅の連続によって揺らいでおりますので、究極の超素粒子は「気」であり、意識作用の根源といえるかもしれません。我々の肉体もしかりでありまして、1日に3千億個の細胞が死滅し、新たに3千億個の細胞が新生してバランスが保たれているのであります。

 つまり、霊魂なるもの、意志、気力なるものが物質を作り出している、ということを最先端科学者たちが言いはじめているのであります。・・・あまり難しい事は考えないほうがいいですね・・・。 脳波が異常をきたしそうですので、今日はこれにて失礼いたします。 

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ほんとに変な一日 1月10日 木曜日 晴れ

 ひさし振りに映画を観に行きました。那覇市の新都心にある映画館であります。東京に居た頃は、日曜日には映画鑑賞によく行ったものですが、沖縄に来てから1年余り、まだ、1回も行った事がない。題名は 「エイリアン対プレディター2」でありました。60歳をはるかに超えておりますので、料金は1000円であります。 「シニア一枚」 と申しますと、売り場のお嬢さんが疑いの眼で私をじっと見つめた。「・・・うそでしょう? どう見ても30代にしか見えませんけど、少しなら見逃しますけど、こんなにはっきりした違いなら、納得できません」

 そこで、免許書を見せますと、私とそれを交互に何度も見たあと、首を傾げながら切符を売ってくれた。 そんなに私は若く見えるのでしょうか? 私も首を傾げながら中に入った。 しかし、映画は凄いですね。テレビとでは迫力が違う。それに音響効果、これもまた凄い。ストレス解消には最高であります。エイリアンとプレディターの激闘、凄いですね、私は手に汗を握ってスクリーンに熱中した。脳髄の芯まで痺れに痺れて爆発、おかげですっきりさわやかになって映画館を出ました。

 そして、公園のベンチに座り、安い発泡酒を飲みながら、その痺れの余韻に浸っておりますと、横に若い女性が座った。ベンチは外にもあるのに変なおねーさんだ、と思いながら横目でチラッと見ますと、巨大な胸の膨らみが、わたしの視界を究極まで押し広げて占領した。

 凄いセクシーな女であります。彼女はそしらぬ顔でアイスクリームを食べている。それに美人であります。マリリンモンローと楊貴妃、小野小町をミックスして10乗したような妖艶の美女でありました。彼女はどういうわけか、私の体に何気ない仕草で擦り寄ってくる。明らかに私を挑発している。何故か、・・・それは私がハンサムで若いからではないはずだ。もし、そうだとすると、彼女の眼はふし穴だ、ということになる。

 釈尊は30歳の時、菩提樹の下で悟りを開かれております。その時、3人の美しい魔女が素っ裸で現れて誘惑した。 マーラ(魔)の3人娘で、欲妃、快楽妃、悦妃、という名前であります。 現代なら公然猥褻罪で逮捕され、即、刑務所行き、となりますね? しかし、釈尊jはその誘惑を払い除けたのであります。勿体ないような気もいたしますが、さすが、仏様であります。それで、私も仏様を見習って、彼女の誘惑を撥ね退けることにしました。

 「お嬢さん、お美しいですね、ハートが痺れて一目ぼれいたしました。 ・・・しかしながら、実は、私は何を隠そう、女を不幸にする男なんです。 近寄ってくる女は何故か、気が狂って裸になって踊り出すのです。科学的な原因は分かりませんが、きっと、魔界において、この私を命がけで愛している魔女がいて、私に近づく女は、嫉妬の余りその魔力で狂わすのだと思います。ですから、私はあなたを不幸にしたくはないので、この燃えるあなたへの恋心を殺して、これにて失礼いたします」

 私はそう言って立ち上がろうとした。そこへ、ビッコをひいた、痩せて品性に著しく欠ける老人がやって来て二人の間に座った。老人は私と胸の大きいな女を交互に見たあと奇妙な声で笑った。

 「イーっひっひっひっひっひっひひひひ〜〜〜、この俺様はな〜〜、こう見えても凄く強いんだ。2階のあの野郎がこの俺様を犯そうとしやがったので、この杖で奴の頭を叩いて殺したんだ。那覇警察署のおまわりは皆、俺の友達だ、何の文句も言わずに1000円くれたのだ、いーっひっひっひっひっひっひ〜〜〜・・・」

  女は悲鳴を上げ、巨大な胸を揺すりながら逃げていった。 私も慌ててその反対方向へ逃げたのであります。今日は、ほんとに変な一日でした。 世の中、狂った人が多いですね、・・・この私もきっとそうだと思いますが、何とかならないでしょうか・・・?

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天罰はあるか、ないか 1月7日 月曜日 晴れ

人間が悪い事をし、犯罪を犯し、人様に迷惑、被害を及ぼした時、天罰はあるのか? と訊かれた事がある。

 そこで、そんなのありません、と答えました。野生において、肉食獣が弱い動物を殺して食ってしまう。今日のニュースでは、アフリカ西北部の動物飼育所で、飼育係がライオンに餌をあげようとして9頭に襲われ、頭蓋骨と背骨だけを残されて全部食われてしまっている。

 子供や、年取って弱ったものといえども容赦はなく、肉を引き裂かれ、骨を砕かれて殺されてしまうのだ。

 そして、食ったものは、天罰どころか、栄養を補給出来て元気になり、栄えていく。食われたものは糞となって排泄される。

 そこに天罰なんってものはない。あるのは強いもの、知恵のあるもの、優れた技のあるものの繁栄である。

 人間界においても、殺人者が天罰を受けずに健康で長生きしている。虐待で子供を殺した親が、爆弾テロリストが、健康で生きているし、刑務所に入ってただ飯を食って税金の無駄遣いをさせているのだ。

 ですから、どんなに悪い事をしても、例えば、卑猥な書き込みとか、卑猥な写真掲載のHP,迷惑メールなど、なにをしても天罰なんってものはありませんので、どうぞ安心されて、好き勝手なことして下さい。

 ただ知っておいて欲しいのは、天罰はなくても自分の行いに対しての結果は、必ずある、という事です。つまり、生きとし生きるものは、己のまいた種を刈り取らねばならない、という事です。

 己の悲運、予期せぬ出来事、これは天罰ではなくて、結果として、己に降りかかった現実なのでございます。

 高校2年生の男子が、刃物を持ってある県庁に殴り込みをかけ、知事を殺そうとした。これは、なんと申しましょうか、完全なキチガイですね。理由は、有名になれるから、ということでした。

 この子には天罰はない。しかし、行いに対する結果は、必ず降りかかってくるでしょうね。それより、この子の親が、いかなる躾をしたかの結果を受けた、という事になりますか・・・。

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世界の幸せを祈る 2008年正月元旦 火曜日晴れ

 お正月ですので、大晦日の日に母を宅老から連れて帰る事にしました。満90歳、数え92歳の母上様はいたって元気であります。私の顔を見ますと大喜びでカチャーシーを踊り出した。私も負けづに踊りますと、看護士や職員、そして、入所者の方々も、声を上げて笑いながら踊り出した。

 家に着きますと真っ先に神殿に向かって手を合わせて祈り、座りつとめ、手踊りつとめを始めた。私もその背後で母に合わせてお勤めをいたしました。

 夕食は私の手作りで、エビ天麩羅にチャーハン、フカヒレスープを出しますと、母は大喜びであります。お腹いっぱい、と言いながらおかわりをした。

 正月元旦は元旦祭を行います。母上様がこちらの布教所長ですので、お社の扉を開き、祝詞をあげねばなりません。ところが母は扉を開く事ができない。高いところですので台を置き、その上に乗って開かねばなりませんので、危険極まりない。

 そこで、私が代理に開く事にした。集まった信者さんたちは20名余りでありました。彼らがうやうやしく拝をしている前で扉を開きました。

 そして、母が祝詞を上げて、神床にお供え物をし、陽気に座りつとめ、手踊り勤めをして元旦祭を終了いたしました。

 寒気が沖縄上空に流れ込んで、寒い正月でした。でも、これが正月ですね。暑い正月なんって聞いた事がありません。

 信者の一人が私に言った。

 「私は、今年は良い事があって、幸せになれるように祈りました」

 私はちょっと考えた後、答えた。

 「良い事も、幸せも、それを求め続けている間は絶対にやって来ません。それらを一切求めず、世のため、人のため、そして、親神様に喜んでもらえるためなら、自分は何をすべきかを考え、その為なら自分は不幸でかまいません、という信念と実践がなければなりません。その中に本当の幸せが現れてまいります。自分の幸せは願わず、他の、世界の幸せを祈る事こそ、ほんとの信仰なのです・・・。そして、そこにほんとの幸せが現れます」

 信者たちは一斉に襟を正して拍手した。

 「われわれは御利益信仰であってはならない。親神様、教祖様に喜んでもらえるには我々はいかにあり、いかなる道を通るべきか、それが我々の信仰である・・・」

 再び拍手喝采、博士号を持っている外科医が歓喜して立ち上がり、

「そうだ、その通りだ、俺は、漲信布教所の信者である事に誇りを持つ、人類の未来に光が輝いた〜〜〜」

 と叫んだ。すると、90歳の母上様が立ち上がり、カチャーシーを踊り出した。全員総立ち、カチャーシーの大乱舞となりました。

 皆さん、今年もファイト一発、勢いを持ち、勇んでいきましょう! 
 

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