小説集1
宇宙無限パワー



神様出現



神様出現

雪の降る真夜中に下地は1人、公園のベンチに座って缶コーヒーを飲んでいた。下地はこういう雰囲気が大好きで、積雪の状況になぜか ”大古のときめき” を覚える。雨と違って、雪は衣服を濡らさない。その点、性質が良い。しんしんと雪が降る。そして辺りが銀世界に転じながら、闇の広がりに白い幕を広げていく。

”大古のときめき” はやがて、さざ波のように周りの空間を支配しはじめた。 ・・・それは200万年ほど前、下地がアウストラロピテクスをやっていた頃、洞窟の中で火を燃やし、外の雪景色を見つめながら、獣の焼肉を食っていたあの喜びだ。

側には裸の女がいて、その配下の数人の美人たちが、離れたところで集まり、下地に視線を配りながらを火を燃やして肉を焼いている。そして、下地に似た大勢の腕白子供たちがにぎやかに騒いでいる。下地が石の斧でたたき殺して持ち帰ったイノシシと、血の滴る鹿の肉にかぶり付きながら一夫多妻の原始家族が喜んでいる。その幸福感の波動が時空を越えて下地の本能に伝わってくる。

下地はときめきに陶酔し、天駆ける白馬に乗って天空を彷徨い続けていた。突然、冷たい風が吹いて雪が巻き上がり、目の前にボロをまとったみすぼらしい男が現れた。強烈な悪臭を放ち、どう見てもホームレスとしか思えない風体であった。

男はしばらく下地が手にしている缶コーヒーをじーっと見つめた後、臭い息を吐き出しながら言った。

「そのコーヒー、どんな味がするか試させてくれませんか?」

下地は快くその申し出に応じ、缶コーヒーを差し出した。男はそれを奪い取り、一気に飲み干してしまった。そこで下地は、肩掛けバックからおにぎりを取り出して彼に与えた。

彼は雪明りの中で目を白黒させながら、それにかぶり付き、あっという間に胃の中へ流し込み、胃液で消化し、臭いおならを出した。それから彼は下地の側に座り、煙草はないか、と言った。

下地は煙草を止めて18年になる。申し訳ないが持っていない、と答えると男はがっくりと肩を落とした。それからしばらくして、上を向き、顔に雪を受けながら言った。

「実は、私は神様なんです・・・」

下地は呆れた。神様というのは光に包まれて気高く、極楽浄土で優雅に存在している。しかも、全知全能の宇宙の創造主、絶対者、というイメージで人類の上に輝き続けている。この男は気違いかもしれない、と下地は思った。

「え? ・・・あなたが神様? たいへん失礼ですけど、私には信じられません。神様というのはそんなに汚くて臭いのですか?」

「汚いとか、臭いとか、そんなのはビックバン以前の問題だ。お前が臭いと感じる微粒子は、ゴキブリや蛆虫からすると焼き鳥の臭いだ。逆にお前ら人間は、宇宙の臭覚からすると物凄く臭いのだ。それに比べればスカンクの屁などは香水のようなものだ。・・・人間なんってほんとに困ったものだ。この世の奇蹟の全てをクソのように思っている。しかも、一番偉いと威張っているから始末が悪い・・・」

下地は立ち上がって歩いた。男は座ったまま 「悪いね〜」 と言った。下地は一瞬、ぎくっとした。下地の考えていることを瞬時にして読み取ったからだ。道路を隔ててコンビニがある。そこでマイルド・セブンとライター、それにワンカップ2つを買い、男に与えるつもりだったのだ。下地は道路を横断し、店内に入った。

神様には遠慮はなかった。ワンカップの酒を一気に飲み、煙草をすっぱすっぱ吸いはじめた。

「ありがとう、おかげでこの世に希望が湧いてきた。壊そうか、壊すまいかと悩んでいたところだったんだ。あんたのような馬鹿な人間がいることはちゃんと分かっていたが、こうして会って話をしないと具体性に到達できないのだ」

「その・・・、壊すってこの宇宙のことですか?」

「アー、そうだ。200億年前にこの世を造り、40億年前に生物を誕生させ、何度も何度も苦労を重ねながら人間にまで進化させた。しかし、その人間はあまりにも出来が悪い。それに傲慢で独善的だ。闇の中に絶望と地獄を造って、聖なるものを汚染し破壊し続けている。面倒くさいから全てを破壊し、一からやり直そうと思っていたところだ。しかし、馬鹿なお前と会って、もう一度修正することにした。・・・言い換えればこの宇宙はお前という馬鹿がたった今、救ったようなものだ。褒美としてなんでも望みをかなえてやろう。遠慮なく言え・・・」

「はー、そう言われても、私には何もありません・・・」

「ん? 何かあるだろう? 大金持ちになるとか、立派な成功者になるとか、宇宙の王様になるとか・・・?」

「そんなの、どうでもいいことです。生きている、それだけで儲けものです。・・・それより、質問ですが、貧乏神とか疫病神、死神というのもあなたのことですか?」

神様はニヤニヤと笑った。それからゆっくりと表情を変えて怒りの顔となった。

「そんなの居るわけねーだろう〜、みな、人間の歪んだ心理と人格が作り出した幻覚だ。いいか、よく聴け、この世に憑物とか悪霊、化け物、幽霊、祟りなんってものはない。全て人間の醜さと脆さと愚かさの幻影だ」

「・・・分かるような、分からないような、難しいですね? ・・・では、もう一つ、今、世界のどこかで犯罪が行われている。赤ちゃんが虐待されて殺され、変質者に児童が殺され、大津波や地震、雷、火事、親父、で大勢の無実の人間が殺されている。それをなぜ事前に阻止して、あなたの無限の力で助けないのですか?」

神様は悲しそうな表情をし、それから大粒の涙を流しながら言った。

「それが出来ないのだ。私は宇宙を作ったが、それは完璧で冷厳な事象物象の理法が支配する。私の意志が介入すると、宇宙自体そのものが嘘、偽りの世界となって消滅する。つまり、私が出来ることは作るか、壊すか、現状を維持するかの物理的側面しかないのだ。あとは生命体のそれぞれが己の力でいかに進化し、繁栄していくかにかかっている。だから、人間は互いに助け合って、心を美しくし、愛と思いやりを持って正義を貫いてくれ、といろいろな教祖を通して伝えてきたのだ。・・・しかし、人間はそれを悪用し、自分勝手な道を歩んでいる〜〜〜」

神様はそれから再び、ワンカップを飲み、煙草に火をつけてスパスパ吸った。その時、数人の不良少年が金属バットや鉄パイプを持って現れた。モヒカン刈りの頭や丸坊主、そそりたつ茶髪頭、悪鬼のような恐ろしい連中ばかりであった。

「我々は ”ホームレス抹殺隊” だ。クズ人間は天に代わって成敗する。この金属バットが汚れるが、死んでもらう!」

そう言うや不良たちは一斉に襲い掛かってきた。金属バットや鉄パイプが神様の身体に容赦なく打ち据えられ、その頭を砕いた。下地はロープで手足を縛られ木の枝に吊るされた。神様を始末したあと、ゆっくりとなぶり殺しにするつもりであった。

「みんな、この方は神様だ、そんなことをしてはならない、暴力はいけません、優しい心になりましょう!」

しかし、少年たちは狂喜乱舞、下地の言葉は全く聞こえない状態となっていた。神様はついにばらばらになってしまった。そこで、下地は神様に怒鳴った。

「あなた、神様でしょう? その宇宙無限パワーでなぜ、この悪ガキどもをコテンパンにしないのですか?」

すると、壊れて眼球の飛び出した頭が浮かび上がって答えた。

「さっきも言っただろう、私はこの世を作ることと壊すことしか出来ない、と・・・、一切の事象物象に私は口出しが出来ないのだ〜」

下地の目の前に浮かんだ頭は雪にまみれ、悲しそうな表情を見せた。少年たちは雷に打たれたようにあ然として突っ立った。それから、ばらばらになった神様の身体が青白く輝きながら浮かび上がり、空中で合体して元の体になった。

「神様、すみません、人間を見捨てないでください。・・・この世を壊さないでください・・・!」

「分かった、神に2言はない。・・・あと、一億年は修正に励むことにする。 ワンカップ、うまかった〜〜、次は泡盛とワインを飲ませてくれ! じゃー、これにて失礼する、バイバ〜イ、See you next time ! 」

神様はそう言うや空を隠す超巨大な伝説の怪鳥、ロック鳥となり、壮大な翼を広げて雪空の彼方へ消えていった。下地を縛っていたロープが青白く光って消えた。その身体が雪降る空間をしばらく浮遊したあと、地面にゆっくりと着地した。

「私は ”根源のパワー、始源を生み出した元の親” 、無と有の次元をはるかに超えた究極のパワーだ・・・」

神様の声が雪空の彼方から下地の意識に直接、伝わってきた。少年たちが悲鳴を上げて一目散に逃げていった。

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続く


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