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新聞投稿集

昭和58年度





目次

リンカーンとケネディ  真夏の夜の怪  がんばれ松の木 

 10月7日 心と魂をくもらせるな  11月11日 解明せよ「病は気から」   11月26日 中2の息子と丸刈り   8月13日 バナナと息子 

 7月20日 今こそ心の充実を   5月16日 離婚率の増加に思う   6月26日 青少年非行防止のため  3月17日 助けあって労働しよう  




 

リンカーンとケネディ 昭和58年8月26日 琉球新報 声

 米国16代大統領と35代ケネディとの間に、因縁めいた、にたような事実があったことに驚かされる。リンカーンは1865年4月、ワシントンのフォード劇場で、ケネディは1963年11月22日、ダラスの街路の車中において、ともに妻の目前で射殺されている。

 しかも、リンカーンを射殺した犯人ブースとケネディを射殺した元海兵隊員オズワルドは拘置所へ連行される途中、ともに射殺されているのである。オズワルドはさらにキャバレー経営者ジャックルビーに殺されたが、アメリカ政府は、背後関係はなく、それぞれの単独犯行と発表した。

 しかし、その後、背後関係にあったと思われる人物が怪死しており真相はなぞのままである。

 リンカーンの奴隷解放宣言は有名だが、ケネディも黒人問題を民主的に解決しようとしたのである。さらに不思議なことはリンカーンの秘書はケネディという名であり、ケネディの秘書はリンカーという名であった。

 100年ごとに運命は繰り返されるというが、なんとなく、アメリカの運命なるものを見るような気がする。

 21日(昭和58年8月)、フィリッピンのマルコス独裁政権への反体制派指導者ベニグノ・アキノ氏が、マニラ空港にて暗殺者グループによって射殺されたが、その背後で糸を引いたのは誰か、はっきりした推察はつくのである。

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真夏の夜の怪 昭和58年8月16日 琉球新報 声

 家の東側に小高い岸壁が南北に続いている。古い墓や洞窟が無数にあり、古代の集落の跡と思われる。西方には沖縄電力の巨大な燃料タンク2基が、わずか、200メートルほどの所に聳え立っている。

 2年前、沖縄電力の構内整備工事が始まった時から、青白く輝くかなり大きな火の玉が、出現するようになったのである。岸壁の下部から発生して夜空を飛び、沖縄電力の構内の決まった地点に落ちて消える。時刻は午前2時前後だった。

 うわさはたちまち近所に広がり、火の玉を見ようとする連中が私の小さな庭に毎夜、集まるようになった。勇気ある酔っ払いが、正体を暴いてみせる、と意気揚々と岸壁のところへ行ったが、途中で酔いがさめ、悲鳴を上げて戻ってきた。

 妖暗の空間を青白く飛ぶ火の玉は不気味というより、何か物悲しさを漂わせていた。ところが、火の玉が落下するところから日本兵の遺骨が続々と出てきたのである。工事中の油圧ショベルが堀出したものであった。岸壁の洞窟には日本軍の陣地があったとのことである。遺骨は2、3日放置されていたが、市役所の人々が共同墓地に収めたと思う。

 その時から、火の玉は現れたことはない。38年間も土の中に埋められて戦争を呪っていた兵士の霊たちの苦痛を思うと胸が痛む。

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がんばれ松の木   昭和58年11月19日 琉球新報 論壇

 秋の清風が流れる庭に10年ほど前に植えた松の木が生えている。最初は50センチほどの高さであったが、今では3メートルほどに成長している。細長い新芽を無数に出し、蒼天の藍色の中で、それらが枝となり、幹となっていく様には、生命体の神秘的で霊活な作用を見ることが出来、心の奥から感動の渦が湧き上がる。

 仕事仲間たちは枝を曲げて輪型にし、いろいろと工夫を施せば50万円で売れる、とさかんに私の欲望に火をつけようとした。しかし、私は自然の姿が好きで、流れに逆らわず素直に伸びて行く松の木を美しいと思うし、そこに見えざる自然の芸術の素晴らしさを知らされるのである。人間がいろいろと手を加えると虚飾的なものを感じる。

 夏には蝉がなき騒ぎ、子供たちは枝にぶら下がって遊ぶ。私にとって家族の一員のように思えたのである。

 ところが今年の初め頃から様子がおかしくなった。勢いよく生命のエネルギーのほとばしりを見せる新芽が伸びなくなり、下部の葉が赤くなり、上へと広がり始めたのであった。今、問題となっている松くい虫に侵されてしまったのである。葉の色は精彩を欠き、全体に活力がなく、けだるそうな様相を呈していた。不治の病にあえぐ松の木を見るたびに心が痛んだ。

 そこで何回も国家試験に落第し、まだ、医者になれないでいる弟を連れてきて「人間様の病を治す医者の卵なら松の木の病など簡単に治せるはずだ。何とかしてくれ」と頼んだ。

 ところが「松くい虫の原因は不明だ。あきらめて切り倒し、ガソリンをかけて燃やしてしまえ」と冷酷で、情けない返事だった。

 だが、10年間も我が家の庭に根を張り、苦楽を共にした松の木である。むざむざと松くい虫ごときの餌食にさせるわけにはいかない。根元の土を掘り、白蟻の薬を入れてみたり、幹の下部と上部に電気ドリルで穴を開けて銅線を差し込んで100ボルトの電気を流したり、泡盛が効くという人の言葉を信じて一升ビンの泡盛を根元に注いだりした。もったいないと思ったりもしたが、松の木のためにと、じっと我慢したのである。

 だが、誰が見ても愚考でしかない私の努力は報われず、松の葉は燃えるかのように赤色となり、上部の枝だけに緑葉がわずかに残る状態となったのである。もはやこれまで、という絶望感が全身を駆け巡った。

 そんなある日、ふと、キジムナーという言葉を思い出した。たとえ頭脳のない松の木であっても、木の精、すなわち魂があるはずだ。その魂を殺してしまうような心が私にあったのではなかろうか。その時、はっと思い当たるふしがあった。

 仕事仲間が50万円で売れる言った時、生活苦に追われる私の心に、そのことを本気で考える邪心が湧き上がった事があったのである。その時から松の木がおかしくなっていたのだ。

 私は直ちに己の醜い心使いを反省し、松の木に両手を当てて心から詫びたのである。

「私はきみを愛している。裏切る心使いをして申し訳ない。いつまでもそこに根付き、共に白髪の生えるまで生き続けてくれ」

その思いが松の木の魂に通じたのか、あるいは100ボルトの電流や45度の泡盛が効いたのかは分からないが、赤枯れは止まり、短い新芽が次々と現れだしたのである。

今はもう晩秋、冷たい風が流れ、松の木は清風を浴び、息災延命のきざしを見せながら松葉の音を立てて、私に語りかけてくる。

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心と魂をくもらせるな 昭和58年10月7日 琉球新報 声

4年ほど前、北中城村屋宜原で信号待ちしていたところ、米軍ジープが我々の小型バスに猛スピードで突っ走って来て、激突した。夜間作業の帰りで乗っていた労務者たちは驚き騒いだ。買ったばかりの車は惨めな姿と変わり果てたのである。

 それまで何回か車をぶっつけられ、使用不能にされたこともあるが、いつも許していた。その代わり相手にお願いする。「もし、他の車にぶっつけられた時、今の私があなたを許すように、注意だけして相手を許してほしい」と、相手は首を傾げながらうなずいてくれた。

 警察官とMP、米軍のガードマンが事故処理をし、そのまま帰ることが出来たのであるが、ぶっつけた相手は、こともあろうに酔っ払いのMPだったのである。(MP=米陸軍警察)

 数日後、米軍ガードマンから電話が入り、われわれが進行妨害したための事故で、損害賠償金をよこせ、と逆に強気となった。こちらが損害賠償請求をしないのは、それなりの後ろ暗いところがある、とにらみ、その弱み付け込めば金が取れる、と思ったのだ。

 しかし、警察官立会いだったため、真実をゆがめることはできなかった。防衛庁から「損害賠償請求を放棄することに間違いないか」と何回も確認の電話が来た。

 人間が心の生き物で、万物の霊長なら、心の隅々から醜い欲を取り去ってほしい、と思う。他からひどい仕打ちをされるということは、己の心と魂が浄化されることであって、恨んだり、争ったりではますます心と魂を曇らせることになる。

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解明せよ「病は気から」 昭和58年11月11日 琉球新報 声
 
 医学が目覚しく進歩した今日、「病は気から」と言うと、時代遅れとか、古くさいなどと笑われるかも知らない。しかし、医学と工学とが提携し、医用電子工学とか遺伝子工学などが重要視される反面、心理学を応用した暗示による治療法も心療内科において行われるようになっているのである。
 
 古いものほど新しいものをほしがる、と言うが「病は気から」と言う古い言葉に、医学が真剣に取り組まねばならない、新しい未知の世界が広がっているかもしれないのである。

 つまり、精神状態の肉体に及ぼす影響力は大きなもので、健康な人間を心原性ショックで死に至らしめることもできるという。また、激怒している時の人間の血液は小動物を簡単に殺してしまうほどの毒素があり、その時の吐く息は庭木をも枯らし、乳飲み子は下痢を起したり、熱発するといわれる。
 
 不治の病と恐れられた難病は、次々と近代治療法や新薬により、解決されてきたが、病気の種類は増加する一方である。厚生省が指定した治療不明の特定疾患は42種もある。病は気からという病気の根源にメスを入れぬ限り、医学の病気に対する完全勝利はないと思う。

 平均寿命世界一といわれる日本だが、国民各層に半健康、病弱が多いのは、心、気、に病の根があるからではなかろうか。

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中2の息子と丸刈り 昭和58年11月26日 琉球新報 声  

 第二反抗期は13歳から14歳と言われるが、中学生の息子がその末期兆候らしきを見せ、丸刈りから長髪へと変身した。

 中学、高校生は生徒らしく、丸刈りが良い、と強く丸刈り主義を主張してきた私の意思は、無視されたわけである。

 しかし、よく考えてみると長髪は犯罪でもないし、生徒らしくもない、という事でもない。かえって丸刈りを執ように唱え続けてきた私のほうが、時代遅れの石頭かもしれない。

 子供は親に絶対服従で、親の権力下にあるもの、という考え方があったのではなかろうか。子供の人間性を尊重し心が豊に広がり、伸びる自由を守るのが親の務めではないのか、私は大いに反省し、息子の長髪に対して、何一つ文句を言わないことにした。

 ところが、そのことが息子には無言の圧力となったらしく、言い訳をしてきた。「ほとんどの生徒が長髪で、自分だけ丸刈りでは恥ずかしい」とのことである。その動機が私には気に入らなかった。

 そこで、「父さんは労務者だが恥ずかしいとは思わない。なぜなら、苦労して働き、工事を立派に完成させることに生きがいを感じるからだ。その喜びの前には姿形、体裁などはどうでもよくなる。」と言った。

 翌日、仕事から帰ってくると、家の中に太陽のように輝く息子の丸坊主頭があった。高校卒業までは丸刈りにする、との事である。

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バナナと息子 昭和58年8月13日火曜日 琉球新報 論壇

10年ほど前、仲泊の工事現場で、油圧ショベルが掘り起こし、そのまま放置してあったバナナの木を見つけた。強い太陽光線にさらされ、やがて枯れ果てるその定めを思うとかわいそうだという妙な同情心が湧いた。

 そこで家に持ち帰り、小さな庭の片隅に植えたところ、たくましい生命力を発揮、またたく間に大きく成長した。その根元からは地表を破り2世が次々と勢いよく姿を現し、今では庭の一角を占領するバナナ林となっている。

長楕円形の透き通るような緑葉の群集は涼風にそよぎ、筒状の細長い新葉は競い合うかのごとく、ブルーの大空へ伸びていく。そして、その中の3本が紫色に輝く果実穂を出し、14段からなる大きな実をつけたのである。

これまで果実穂を毎年出してはいたが、台風で無残にも倒され、全滅するという繰り返しであった。そのため、中学生の3人の子供たちは口をそろえ、切り倒して庭を広くし、花園か、池でも作ったほうがよいといっていた。

しかし、初めての見事なバナナの実に感嘆の声を上げ、わざわざ友達を連れてきて、自慢の材料にし、配当分まで決めてしまっている。10年間、苦難に耐え続け、立派な実を付けたバナナのたくましさには敬意を表する次第である。

7月の中旬のことである。仕事からけってくると、中学3年生の長男がバナナの木陰で腰を下ろし何やら考え事をしていた。手足を洗い、いつものように炊事、洗濯、掃除をし、下手な歌をうたいながら風呂に入り、テレビを前に好きな泡盛をやった。そして、外を見ると長男はまだ座っていたのである。

ただごとではないと思い、長男のそばへ行って座り、その頭を軽くなでながら聞いてみた。 「どうした。元気がないぞ」。 すると、長男はこれまで耐えていたらしい涙の一滴をポロリと流した。そして、うなだれたまま 「ぼくはつまらない男だ」と言う。

その訳は、これまで10番以内だった成績が、今度の期末試験では50番に落ちたとのことである。そこで何か一言励ましの言葉をかけねばならない立場となったのである。

「人間はつまらないほうが良いのだ」というと長男はけげんな顔つきとなった。

「つまるということは物事がストップするということだ。つまれば便秘となり、臭いガスが発生して困るし、流しや水洗便所もあふれて大変だ。心もつまればノイローゼになる。自然界の一切は絶えず動き流れ、つまるということがない。つまらない男、素晴らしいではないか。男の中の男だ」

長男はあきれ顔で反発した。 「では、父さんはぼくの成績が悪く、皆から馬鹿にされても平気ですか」

「それは悪いよりは良いほうがいい。だが、父さんは言いたい。成績がなんだ、成績なんかクソくらえ。男にとって大切なことは一生懸命にやったかどうかだ。このバナナの木は台風で倒されても、倒されても根は土の中で頑張り、新しく生まれ変わり、ついに10年目で実をつけた。小さなことにクヨクヨせずしっかりと頑張れ」、長男はついに吹き出してしまった。

大きな実を見るたびに感じるのであるが、10年前に持ち帰って植えたあの時のバナナの木は、命を助けられた精いっぱいの感謝の気持ちを、これらの実によって表しているのではないだろうか、と。

だが、それ以上に私はバナナの木に感謝したい。厳しさの中をたくましく生きる姿を子供たちに見せてくれた事を・・・。

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今こそ心の充実を (「知恵」に押しつぶされるな) 昭和58年7月20日 琉球新報 論壇

 13年前に打ち上げられたパイオニア11号が太陽系を離脱し、未知の宇宙空間へ旅たったという。地球人から宇宙人へのメッセイージが積み込まれており、大人気ない発想のようにも思われるが "ゆめ" があり、科学の目覚しい発展にただ驚くばかりである。

果たして宇宙人は存在するのであろうか。いろいろな説があるが、はっきりいえる事は、これから何百年後、あるいは何千、何万年後には高度に進化した人類が、宇宙を漂うパイオニア11号を発見するだろう、ということである。我々が古代人の遺物を発見した時の感激を未来人は経験するに違いない。

宇宙を語るということは、「針の穴から天をのぞく」ということわざがそのまま当てはまる。人類の限りない発展、進化を推進する見えざる力、エネルギーの根源が宇宙に秘んでいるといえる。

いまから百数十億年前、爆発によって宇宙が誕生した、という説がある。宇宙全体を一つの球体とした時、その直径は七百億光年という気の遠くなるような大きさであるが、それはさらに猛スピードで広がり続けているという。

この事から、宇宙も人類も一切の実在が進化の途中にあるわけで、人類の未来を思うと、その無限の発展に心がときめき、それがまぶしく見える。しかし、その反面、己の築き上げた科学で、己を破滅させるかもしれない危機が付きまとっていることも忘れてはならない。

米ソ両国が保有し、いつでも発射できる核弾道ミサイルの数は二万千五百発。世界中の都市を破壊できる数の十倍である。その不気味な矛先が世界中に向けられているという事は、何かが狂えば、世界中はたちまち火の海と化し、これまで築きあげてきた文明、文化と共に人類は滅亡するかもしれないのである。ここに、人間に欠けているもの何か、という疑問が湧いてくる。

三千年前、「この世は苦の娑婆である」と釈尊が嘆かれたが、科学文明の進化した現代でもその人間の悩みは解決されていない。

 「火の車、作る大工はなけれども、己が作りて己が乗るなり」とのことわざ通り、己の作った苦に、己が乗っているという姿が、今の人間ではなかろうか。

昔も今も人間は重要な部分が作動しない欠陥車と同じである。つまり、知恵の結果としての科学は、大変なスピードで発展したが、それに平行しなければならない心の道、精神の向上は古代からほとんど変化がないのである。

全ての孤立系には共通の対称性というのがあり、その調和の取れた動きによって、正常な働きが出来る。人間も知恵と正しい心、という両輪の共通の動きによって限りない発展が出来るものであり、どちらか一方が欠けると、とんでもない方向へと暴走する。

人類は新しい最後の転換期に直面していると思う。すなわち、力、知恵の時代を経て、いま、心、誠、真実の世界に入ろうとしているのであり、「画竜点睛」の時期である。ここに人類の運命がかかっているように思えてならない。

いかなる富も権力も人間を守ることは出来ない。秀吉が残した金銀財宝は秀頼や淀君を守ることは出来なかった。人間がこれから成さねばならないこと、それは高度な精神と心を持つ人間へと改造することであり、互い助け合いの世界実現であると思う。

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労務者の生活安定を 昭和58年7月18日 琉球新報 声

 「土方を殺すには刃物はいらぬ。雨が3日降ればよい」 と言われるが、我々労務者にとっては雨とか台風はまさに生活の糧にかかわる死活問題である。ほかに才能とか特技はなくとも、子作りの才能には長けているため、家では1ダースほどの子供たちがうるさく騒ぎまわり、その旺盛な食欲を満たすために躍起となる。

そのため、雨が降っても、びしょう濡れになって働く場合もある。実に厳しい世の中である。出来れば我々も自然に対し、"雨を降らすな" とか、親会社に対して "もっと日給を上げろ"などと勇ましく白鉢巻でストライキヲやってみたいのだが、ダムの水がなくなれば大変だし、"労務者は腐るほどいる。明日から永遠に休め" と親会社から言われると、一言も返す言葉がないのである。ただ素直に自然の御心に添い、親会社に感謝の心を持って従うのみである。

何人の保障もなく、いろいろな悪条件の中で働かねばならない弱気者、それが労務者たちである。しかし、沖縄を殺すのに刃物はいらぬ、公共工事を止めればよい、というのが沖縄の現状である。

その公共工事を、底辺で支えている労務者たちの働きは、軽視されるべきものではない。企業の繁栄、沖縄の発展は労務者たちを守り、安定させることにもある、といえる。

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離婚率の増加に思う 昭和58年5月16日 琉球新報「声」

日本での離婚率は最近高くなり、約、2分間に一組の割合で離婚が進行しているという。不思議なことに、それら夫婦の98%が恋愛結婚で、親の反対を押し切り、あなたとならば地獄の底の果てまでも、という固い心で結ばれた夫婦とのことである。芸能界はさらにひどく、結婚と離婚が同時というカップルもある。

そこでオイル切れの頭脳を煩わすのであるが、夫婦とは何か、と考えたくなる。皿や椀などが時速150キロで飛び交い、あわてて駆けつけた警官の顔に鍋が直撃し、口から泡を吹いて失神という夫婦喧嘩を見たことがある。

その夫婦も、あなたが存在しなければ、昼であっても闇夜よ、という恋心でゴールインした夫婦なのである。

しかし、仲のむつましい夫婦は、たとえ電線のスズメのつがいであっても美しいものである。

愛とは求めるものではなく、尊敬と己を厳しく見る目と心から生まれるものではなかろうか。要求だけが存在し、相手に尽くす、という心が現代人にかけていると思う。尊敬される夫、妻となり、互いかばい、真心をささげある、そこに夫婦の宝があると思う。

夫婦とは永遠の旅人であり、その行く先は心を完成させ、人間の扉を開くことにあると思う。

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青少年非行防止のため 昭和58年6月26日 琉球新報 声
 
 幸せになるためにはまず金だ、金があれば何でも出来るし、頭の悪い息子を大学へ行かすこともできる。わが思いを一切かなえてくれる人生の切り札、それが金である、と考える人は多い。

 厳しい人生を生きていくためには当然のことかもしれないが、そこには大きな落とし穴があるように思える。特に親の立場にあるものとして、金、財産が子供たちを守る切り札として考えたくないのである。

秀吉が残した金銀財宝は、秀頼や淀君を守ることが出来なかったし、「余の辞書に不可能という言葉なし」と豪語したナポレオンも悲惨な最期を遂げている。

金とか富とかいうものは人間が生きていくために付随的なものであった、人間の目的ではないはずだ。ただ目先の利益にとらわれ、人間本来の目的、心の完成を見失い、金のためなら人を倒し、泣かしてでも手段を選ばずでは見えざる自然のバランスを狂わすことになる。

親の通った道を子が歩むという。青少年の非行の原因は100%社会、学校教育のあり方、あるいは貧しい家庭にあるのではない。いかなる悪条件下にあっても、心の道を追求し、得のある親を持つ子は立派に成長していく。親が子に残すのは金ではなく、徳である、といいたい。

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助けあって労働しよう 昭和58年(1983年)3月17日 42歳 琉球新報

人間は何のために生まれたか、と日雇い労務者の分際で問うた場合、笑われるかもしれない。10年間、道路工事の労務をやってきたため、顔の面が厚くなり、笑われても平気であるが、底辺で必死に生きる人間として、たまには考えたくなる。

人間は働くために生まれてきたと私は言いたい。それに対して、何のために働くのか、と言われると、あまり進化していない頭脳を煩わすのであるが、世のため人のため、そして生活のためであると私は絶叫したい。

大ゲサかもしれないが、働くということが人間をここまで進化させたのであり、また、人間であるための条件は、働きがあるか否かに存在する。

したがって人間は総理大臣であろうが、日雇い労務者であろうが同じ人間であり、昔の武士と農民のような差別があれば、まだ人間の精神は進化していないと言える。

人種差別反対、と叫ぶ者が労務者を軽視し、非人間的観念を抱くのは矛盾しておるし、人間の質の低下を意味する。働くものはいかなる職業であれ、人間であり、尊いのである。

汚職する政治家よりは、汗水流し、自然の厳しさをまともに受けて、懸命に働く労務者のほうが美しく見える。

互い助けあい、励ましあって働くその中から、真の世界平和が訪れると思う。

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