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昭和59年の新聞投稿 沖縄タイム編
 

目次

地下核実験に強く反対する   世界の人口増加に思う   バーベルよ、さようなら   宇宙の神秘  ニコチンよさようなら   核を背後に平和はない  バナナパワー

  宇宙人出現  焦熱地獄  息子は花の高校生  男と女の魅力   仰いで天に愧じず   二女の見事な琉舞  父の思い出  仲泊大橋の怪    人間の美しさ   心広き人間になれ


 

地下核実験に強く反対する 昭和59年12月26日 沖縄タイムス 読者から

 塚原卜伝は剣聖、私はツルハシとスコップ、略してツルスコ使いの達人であります。自慢するわけではありませんが、頭は悪くても心身はいたって健全、土方哲学を打ち立てることにより、汗と涙の人生を歩んでいるのだ。しかし、ツルスコ使いの達人でも、核兵器の事は分からない。

 ソ連がガザフ共和国で地下核実験を行ったということだが、それは母なる地球を痛めつけて、大怪我を負わせたことである事だけは分かる。私はツルハシを大地に振り下ろす時、痛くありませんかと問い、詫びることがある。大地の親心をいつも感じているからだ。

 なぜ、美しい生命の親地球をなんの躊躇いもなく人間は破壊し、重傷を負わせるのか? 私はツルスコ使いの達人として怒りを覚えるのである。古本屋から値切って買ってきた安物の百科事典で調べたところ、水素はその中性子の数の違いによって、水素、重水素、3重水素に分けられると記されている。その中の重水素の二つの原子核を摂氏一億度の中で融合させた時、広島、長崎に投下された原爆の何十万倍の破壊力で爆発する水爆になるという。

 私はソ連や米国、そして、核保有国の全てに要求したい。そういう核兵器を戦争の人殺しのために使用せず、宇宙の彼方に打ち上げて花火大会用にしてほしいということを、きっとその豪華絢爛たる宇宙の花火ショーから唄や優れた文学作品が生まれると思う。船底に穴を開ける馬鹿はいない。核の地下実験は地球船の船底に穴を開けるようなものではないだろうか。

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 世界の人口増加に思う 昭和59年12月19日 沖縄タイムス 読者から

 世界の人口は7月1日現在で47億6300万人で21世紀には2倍に膨張するという。その繁殖力は喜ぶべきことであるが、それに伴う食糧不足による、未来の悲惨な地獄絵巻の可能性を思うと複雑な気持ちになる。

 人頭税時代の与那国のトング田やクブラバリの悲話、そして、昔の農民たちが秘かに行った間引きや赤子埋殺、集団による身障者惨殺などの慄然とする史実は、年貢取立てによる食糧不足が原因となっていたのである。 地球上における耕作可能な土地は32億ヘクタールであるが、西暦2050年前後にはそれだけでは不足となり、深刻な食糧不足で大勢の餓死者が出るらしい。現在のアフリカの食糧不足による悲惨な状況が、世界的規模で起こるかもしれないのである。

 しかし、私は食糧不足ごときで、人類の未来を絶望に置きたくない。人口増加以上に科学は考えられない速度で進歩しており、生物学や遺伝子工学などの分野から新種の大型、あるいは大量に収穫できる農作物、海産物、家畜などが出来るかもしれないのである。

 産児制限も食糧不足解決の一つかもしれないが、発展性のない、ちっぽけな領域に人間の頭脳が凝縮されていくのであれば、人類の未来はお先真っ暗である。SFではないが、未来に広がるのは地球という小さな惑星だけではない。人類の発展をどこまでも受け入れてくれる宇宙こそ、人類の目標ではないだろうか。

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バーベルよさようなら 昭和59年11月3日 読者から

 二つの古タイヤと鉄パイプ、そして、セメント、砂があれば立派なバーベルが出来る。日本男児、特にウチナーイキガ(沖縄男児)であれば力持ちでなければならない、という勝手な理屈で、ひょろ長い弱々しいそうな息子たちのために作ったのであった。

 まず、力自慢の私が完成祝いの口実で、父の威厳と権威を、派手な金メッキで輝かしながら持ち上げることにした。息子たちのためというより、己の力を誇示したいという幼稚な虚飾があったのである。ところがこのバーベル、びくともしないのだ。大地に根を下ろしたかのごとく、見た目の計算をはるかに超越した重さなのだ。

 顔を真っ赤にして、野獣のような唸り声を上げるのだが、下部から大気汚染の排気ガスが、下品な音を出して噴射するのみで最悪の状況となった。憧憬の眼で見つめていた息子たちの眼差しが同情の哀れみの光を放った。私は数回、その憎いバーベルに挑んだ。渾身の力をふりしぼり、こめかみの血管をミミズのように腫らして持ち上げると、ようやくそれは大地から離脱した。それを何とか腹部まで持ってきたが、息をちょっとついた隙に落下して大地を震わせた。

 「きょうは風邪気味で力が普段の10分のTしか出ない。ほんとはこんなもの、片手で持ち上げるのだが・・・、仕方がない、明日にしよう・・・」

 私は大人の虚栄心で純粋な子供の心を偽り、その場を退散した。その夜、私は激しい腰痛に見舞われた。明日、あの憎いバーベルを壊すことにする。

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宇宙の神秘 昭和59年11月6日 沖縄タイムス 茶飲み話

 生きているものが、今を生きているということは、生かしている自然、宇宙が全てに対して平等であることの証しだと思う。それは私のような愚昧な一労務者でも、その寛大な平等性に抱かれているということである。その平等性に甘えて、自虐、自己卑下という拷問の刑場を抜け出て自然を見つめた時、その無限性と巧緻に、かつ厳正に仕組まれた活動体に畏敬と畏怖の念を抱いてしまう。

 自然には創造の設計と工程を見つめる厳正な目と、それを正確に鋭く具体化し、どこまでも広げていく強大な力がある。さらに、それに逆らい、それを歪めようとする動きを抹殺し、正常な律動と枠組みを維持しようとする制御システムもある。

 宇宙が150億年も続き、あと一億兆年(陽子の平均寿命)は存続できる可能性があるのは、その調和とコントロール、修復、再生機能があるからである。原子の大きさは一億兆分の一センチ、その中の陽子、中性子は10兆分の2センチ、電子は10兆分の一センチという。さらに陽子は、クオークという百万兆分の一センチの究極の基本素粒子からできている。

 その種類は6種類で、宇宙の始まりの超高温時には、粘り気のないさらさらとした液体の性質を持っていたことが判明している。物質の元が無に等しいたった6種類の極小の素粒子から出来ていることに神秘を感じる。 

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ニコチンよさようなら 昭和59年9月9日 沖縄タイムス 読者から

一日に約80本という超ヘビースモーカーだった私の場合、体の隅々の細胞核まで濃度の強いニコチンが浸透していたと思う。吐く息は毒ガスのような強烈なヤニの臭気で撒き散らされ、蚊の大群があわてて逃げ出す始末。指先や目の色は黄色となり、唇はどす黒くなっていた。何かに取り憑かれるとそれを断ち切れない弱さを人間は持っているのであるが、命を縮めるタバコである、と医学で証明されても20年間吸いつづけた来たのである。

 ところがある日、子供たちから一斉に抗議の声が上がった。

 「タバコをやめてください、部屋中臭くて大変です。みんなの健康にも悪いのでやめてください」

 その言葉に私は深くざんげし、禁煙を誓ったのである。だが、その瞬間から断末魔の地獄の苦しみが始まったのである。禁煙を決意すると同時に火山爆発、喫煙への衝動が狂瀾怒涛のマグマの大激流となったのである。

 錯乱状態が続き、寝ても覚めてもタバコの巨大映像が目の前に現れて乱舞する。タバコの臭いがすると動脈静脈が大奔流となって逆流、視神経が狂って宇宙全体にナイヤガラの花火を次々と上げていく。そして、理由なき怒りが湧き上がり、びくともしなかった100キロのバーベルを軽々と片手で差し上げたりした。

 それから数十日は半狂乱で、それに耐える苦しみはまさに断末魔の地獄であった。しかし、40日過ぎた今、空気中のさわやかな酸素が体中に充満し、ニコチンを追い出している。黒く汚れていた唇は深紅に変化、びっくりして見惚れる子供たちである。タバコはコントロール出来れば精神的にも、肉体的にも良いかもしれない。しかし、私のような単細胞な男はやはり禁煙がいいと思う。

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核を背後に平和はない 昭和59年8月4日 沖縄タイムス 読者から

 トマホークとはインディアンが使用した斧のことであるが、トマホーク艦巡航ミサイルとなると意味が異なる。原子力潜水艦、ミサイル駆逐艦、防空巡洋艦などに搭載される ”BCM109C型” などと呼ばれる核弾道ミサイルとなる。射程距離1300キロ、地形照合誘導装置で超低空を平気で飛び目標に向かう。インディアンの斧が一斉に発射されるという単純なことではない。たった2発で沖縄が吹っ飛び、跡形もなくなるのだ。

 さらに ”BCM109A型” となると北大西洋、北極海、日本海などの海底深くから、クレムリンやソ連ミサイル基地を直接攻撃することが出来る。しかも、デジタル地形図相関装置の働きで命中度は10m以下という百発百中、気象台の天気予報が気の毒になる。

 しかし、これは米国のソ連に対する軍事的優位を意味するものではない。 また、レーザーや粒子ビーム・マイクロ波を利用する指向性エネルギー兵器の開発、完璧な弾道ミサイル防衛網の完成により、核抑止が出来るという考えはあまり身の危険すぎると思う。

 人間の心の触れ合いなくして真の平和はない。背後に核兵器を掲げる凄みを見せ付けての平和は絶対にない。 ・・・ある日突然、地球は全面核戦争により火の塊となった。ペンタゴンの地下作戦室から、いち早く改良型機上国家指揮所へ移った米国大統領は炎の地球を見下ろして深いため息をつく。

 「あの時、ソ連と仲良くすればよかった」

 そうつぶやく大統領は、燃料切れとなったエアーフォース1と共に火の海へ墜落していく。護衛の高速ヘリコプター、ナイトホーク1・2・3・4もその後を追う。   

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バナナに見る逞しい力 昭和59年7月24日 沖縄タイムス 読者から

 小さな庭の片隅にバナナの木々が密生している。それらが太陽の光を浴びる時、長楕円形の葉々が緑に輝いて影を落とす。そこへ海からの涼風が流れ込み、自然のクーラーが効かされる。作業を終えて帰ってくると、まず、電気代のいらないそのクーラーの場所に腰を下ろし、冷たいビールを一杯、そして、生きていることに感謝してもう一杯。それからバナナの重い実を見つめながら一息つく。このようなバナナの木との付き合いが10年にもなっている。

 「もたす実、芭蕉のなりぬなるぐとぅに、君の広がりもあにすあらな」

 何の事かさっぱり分からない難しい琉歌であるが、私なりに訳をつけると、”重い芭蕉の実がなるように、わが恋しい貴方の広がりも、かくのごとくあれ” となるが、正しいかどうかはあまり自信がない。バナナの木とその実の勢いの盛んさをもって、”=” なる者の繁栄と力を賛美したものだと思う。

 他の木々とは異なり軟弱な幹で、台風には簡単に倒されて無残な姿に変わり果てる脆さがあるが、どんなに切り倒され、踏みにじめられても、子孫の絶えるということはない。その根元からは威勢のいい子木が、次々といくらでも出て来るのである。その生命力、繁殖力のたくましさがこういう琉歌につながっていると思う。

 時々、重労働や対人関係で疲れ、マイナス思考に落ち込んだ時、いつも心を奮い立たせ活力を与えるのがこのバナナの木の逞しさである。いつまでも大切にしたい。

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宇宙人出現 昭和59年6月7日 沖縄タイムス 読者から

 真夜中、何かの気配を感じ、それに引きずられるように庭に出た。闇と静寂がどこまでも広がり、頭上は壮麗な星空であった。この気配、得体の知れない波動は一体なんだろうか、どこから来るのか、私は視線を天頂に這わせた。東空に満月が浮かんでいた。しかし、おかしい。午前2時、満月なら今頃、東空にあるはずがない。私はびっくりして、その満月を見つめなおした。

 それは透き通るような紫色に輝いていた。しばらくして、突然、それは、赤、黄、青、緑、の光を交互に発し、数メートルほどの私の眼前の頭上に瞬間移動した。直径が3メートルほどの球体であった。恐怖のため私は身動きが出来なくなった。やがて輝く球体は数本の脚をその下部から出し、私の眼前に着地した。

 恐怖は極限に達し、私は気が狂いそうになった。その時、聴覚に直接、賑やかなカチャーシーの音楽が入ってきた。それは、蛇皮線や太鼓、そして、大勢の老若男女の歌声であった。私はそれによって落ち着き、冷静になることが出来た。これは幻聴ではない。眼前の球体の内部からの波動によるものである事が私には、はっきりと分かった。

 やがて球体の中央部がハート型に赤く輝き、その部分だけが、球体から抜け出るかのように分離した。それから、まるで、魔法使いが煙から変身するかのように人間の姿となった。それは中曽根総理のようなハゲかかった頭をしていた。彼はウインクをした後、握手を求めた。私の全身を穏やかな波動が駆け巡り、彼への友好と信頼感が湧き上がった。

 地球の危機を知らせるために彼は、150億光年の宇宙の果てから、膨大な燃費を使ってわざわざやって来たという。イラク、イランは戦争をやめて仲良くせよ、ソ連はロス5輪に参加して米国や他の国々と仲良くせよ、全ての国は核兵器の代わりに棘のないバラ作りをせよ、その他いろいろ、という様な事を彼は告げた。

 私は人間の罪悪に身震いし、人間を助けてくれ、と頼んだ。彼は大きくうなずき、右手を上にかざして大きな円を描いた。それは虹色の輪となり、その中から彼は泡盛を取り出した。二人は友情を確認しあい、その泡盛で乾杯をした。カチャーシーを踊り、カラオケを唄い、アルゼンチンタンゴを踊った後、彼は帰った。次は2000年後にやって来るとの事だ。しかし、その時、果たして人間は存在しているだろうか・・・?

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焦熱地獄 昭和59年5月3日 沖縄タイムス 茶飲み話

 春になっても空は御機嫌ななめで、さわやかな光の笑顔をなかなか見せようとしない。青空がひょっこり顔を出し、春の息吹に心をときめかしかけると、あっという間に曇り空となり小雨と共に冷たい風が砂じんを巻き上げたりする。しかし、高熱のアスファルト舗装を専門にするわれわれ労務者にとっては、作業のしやすい気候でもある。

 摂氏170度のアスファルトは、フライパンを置けば、トーフチャンプルーが簡単に出来てしまう温度である。現場内は目眩を引き起こすほどの凄まじい熱気が渦巻くのであるが、その勢力圏をちょっと抜け出せば、冷たい空気が体を優しく包んでくれる。

 ところが真夏にはそうはいかない。熱気はあたりを幅広く占領し、その領域内に作業員たちを閉じ込めてしまう。しかも、太陽はその光線を最大にパワーアップして、地上の全てを焼き焦がしていく。激烈な熱気は皮膚から体内の奥深くに侵入し、吹き出る汗は熱湯の滴となって肌を焼きながらしたたり落ちる。

 無言のまま、その焦熱地獄の中で働き続ける男たちの思いには、納得のいかない現実へのあきらめと、己自身に対する運命の不可解さが、無限の広がりとなって横たわっているに違いない。しかし、労務者という侮蔑される身分であっても、強じんな精神力で働き続ける男たちはさすがウチナーンチュ、立派であり、尊敬に値する。

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息子は花の高校生 昭和59年4月6日 沖縄タイムス 読者から

 真夜中の2時過ぎ、仕事から帰ってくると、息子が目をこすりながら寝ないで待っていた。

 「中学生がこんなに遅くまで起きていてはいけない。すぐに寝なさい」

 私はやや厳しく言った。息子は ”ごめんなさい” と詫びた後、遅くまで起きて待っていた訳を話した。それによると、3月24日に高校の合格発表があって、それにパスした事を知らせるために起きて待っていたという。私は胸が痛んだ。父親として、子供たちとの接触が全く成されていない、という事に気がついたからだ。

 朝、暗いうちに家を離れ、深夜遅くに仕事から帰ってくる、という日々が半年も続いている。私の方からは子供たちの寝顔には接しているが、子供たちは半年も私を見ていないことになる。たまに、現場からの公衆電話の声で私との接触が成される程度である。

 合格の喜びを伝えたかった息子は無理して私の帰りを待ち、6日目にしてようやく睡魔に打ち勝って、その報告をすることが出来たのである。中学校の卒業式にも出席出来ず、高校受験のことさえも知らずに仕事に追われる己を私は悔やんだ。

 「悪い父さんですまない」

 私は詫びた。息子の心には私への反発と不満が潜んでいるかもしれない、という不安があった。しかし、それは私のひがみだった。息子の心は海よりも深く、大空のように広かったのだ。

 「僕は誰よりも父さんを尊敬し、愛しています。だから、謝らないでください。働き者の父さんは最高です」

 私は懸命に涙をこらえた。出来すぎた息子である。彼は今、青春の証し、ニキビが満開だ。それは青春の花でもある。花の高校生、息子よ、未来の大空めざし、大きく羽ばたけ! 

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男と女の魅力 昭和59年3月6日 沖縄タイムス 茶飲み話

 夫婦は年を取るにつれて次第に似てくると言われる。同じ屋根の下で長年連れ添い、一つの太陽、月、天地大自然を仰ぎながら、人生の荒波を、互いに助け合って生きているからかもしれない。人を見る眼も鍛えられて似てくるもので、人の美しさとか、魅力をどこに見るかもあまり変わらなくなる。

 外国語をしゃべり、流行の着物を上手に着こなすセンスを持ち、さらに容姿端麗な女性に若い男は魅力を感じる。しかし、小生のように年を取ってくると、そういうことには何も感じなくなるもので、老化現象を思い知らされ、一抹の寂しさを感じる。

 男性を創造した神は孤独が足りないと見て、それをもっと強めるために女性を作った、とあるフランスの詩人が言った。結婚とはあらゆる夢と希望を男から奪い去ることであり、ますます孤独感を強めるものなのか。ウチアタイする男してはそうは思いたくない。

 女が恥らいながらエプロン姿で朝の味噌汁をさし出す時、たとえブルドックのような女でも、耐えがたき魅力を感じるはずである。しかし、男たるものが、頭の上がらない女房に、恥じらいながら味噌汁を出すようでは、これはまた情けない話でありまして、男の魅了はゼロ以下であります。

 やはり、何と言っても男は度胸、女は愛嬌であります。額に汗して忙しく家事に動き回る女は美しく、寛大な心で逞しく、脇目もふらずに己の仕事に熱中する男こそ、男の中の男であると思う。

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仰いで天に愧じず 昭和59年2月22日 沖縄タイムス 読者から

 仕事から帰る途中、交差点で信号待ちをしていた時、背後から信号を無視した乗用車が猛スピードで追い越して行った。なんとまあ、無謀な運転だ、と私は腹立たしくなった。すると隣の車線で停止していた車の運転手が怒鳴った。

 「信号無視だ。全くけしからん、あんな悪質な奴がいるから事故が絶えないのだ。交通道徳に欠ける、馬鹿やろうー」

 私も全く同感で、「その通りだ」 と叫びたかった。ところが良く見ると、怒りをぶちまけている男は、何と驚いたことに缶ビールを飲みながらの片手運転だった。信号無視と五十歩百歩の悪質な飲酒運転ということになる。そこには、笑い話として片付けることの出来ない人格の問題が存在するようにも思える。

 「慶良間や見いゆしが、まつ毛や見いらん」

 という沖縄のことわざがある。他人の欠点は良く見えるが、肝心な自分の欠点は見えない、ということである。そういう私自身も、己の欠点には全くの盲目である。人を非難する時、厳正な目からすれば、それ以上に、こちらに非難される欠点があるかも知れない。

 外に悪い面が見られたとき、それが自分自身の姿として反省すべきであると思った次第。人の振り見て我が振り直せである。 と言っても、「仰いで天に愧じず」 という人間にはまだまだ成りきれない私であります。

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二女の見事な琉舞 昭和59年2月2日 沖縄タイムス 読者から

 子は親に似るというが、中1となった二女が私に似て学校の成績があまりよくない。したがってその娘の前には威厳を保つことが出来るが、上の二人にはそうは行かない。 「この問題教えて」 と言われると恐怖を感じる。とくに数学や社会はお手上げである。

 「どうして夏は暑く、冬は寒いの?」

 と長女が意地悪く質問したことがある。私は返答に困り、「何でだろう、なんでだろう〜〜〜」 と歌を唄ってごまかした。すると出来の悪い二女が助っ人に回った。

 「それは夏の太陽は熱く、冬の太陽は冷たいからよ・・・」

 これは見事な迷回答であります。おかげでまた、頭痛がひどくなってしまった。・・・そんなある日、子供たちに無理に誘われて、浦添市民会館での琉舞を見に行くことになった。大勢の観客に混じり、アクビをしながら見ていたのであるが、どこかで見たような娘が見事な踊りをしている。感心してしばらく見惚れていたが、驚いたことにその娘がなんとあの出来の悪い二女だったのである。

 流舞道場へ通って3年になるが、これほどまでになっているとは夢にも思っていなかった。おかげで上の二人と同様、その二女にも頭が上がらなくなってしまった。子供の成長はうれしいが、やがて親元を去っていくことを思うと、なぜか寂しさがこみ上げてくる。

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父の思い出 昭和59年2月16日 沖縄タイムス 茶飲み話

本部半島の嘉津宇岳頂上付近に上原という部落がある。昭和19年、当時4歳だった私は母と9歳の姉の3人でそこに住んでいた。その年、サイパン島玉砕、対馬丸遭難、10月10日の米機動部隊による大空襲があり、暗雲たちこめる時であった。父が伊江島の守備軍に配属されたため、私たちは那覇から移り住んだのである。

 高台からは光彩陸離の眺望を見ることが出来、海を隔てて伊江島が横たわる。沖縄の美しさは青く輝く空と海だという。しかし、それ以上の美しいものが沖縄にはある。それは晴れた時の朝日と夕日、そして、赤く輝く空と海である。深紅に燃え上がる空、そして、光粉を発しながら静かに昇る太陽、そこには美の極限を超える光の祭典がある。休暇で帰って来ると、父は私を抱き上げ、その眺めをよく見せてくれた。

 「大きくなったらなんになるか」

 と父が尋ねた。

 「父さんのような立派な軍人になる」

 私は母から教えられた通りに答えた。その時の笑顔が、私の記憶に残る父の最後である。翌年、4月21日、私は伊江島が燃え上がるのを見た。それは太陽の深紅とは違い不気味であった。最後の息を引き取る時、父は母や私たち子供の名を呼んだにちがいない。

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川上に流れる仲泊大橋の怪 昭和59年1月21日 沖縄タイムス 読者から

 作業を終え、たそがれの中で汗を拭きながら周囲の景色を眺めるのはじつにそう快である。側溝の中を清らかな水が流れ、音を立てて集水桝へと注ぐ。その中にグッピーや、小エビ、カニなどが生息していた。その平和で長閑な様子をしばらく眺めていたのであるが、水の流れが異常である事に気がついた。坂道の上にいるはずなのに、眼下の坂下から水が流れ上がって、目の前の集水桝に注いでいるのである。

 「そんな馬鹿な!」

 私は何度も目をこすって確認したが、その怪現象は確かに現実の目の前で起こっているのだ。場所は仲泊大橋で、石川から那覇への坂道です。その距離は陸橋までの約30mほどである。私は急いで仕事仲間を呼び寄せ、この怪現象を確認させた。私の言葉を信じなかった男たちは、それぞれ確認した後、全員ぼう然となった。試しに、空き缶を坂下に置くと上へ転がりあがってきた。

 「魔の三角地帯だ」 とか、「呪いとたたりの場所だ」 などと男たちは青褪めて大騒ぎとなった。中には 「今すぐ新聞社を呼べ」 と言う者も出る始末である。そこで水平器を置いてみると、眼下に見えるところが、実は、上であることが判明したのである。複雑な地形と山の稜線、陸橋の立体交差が絡み合って目の錯覚引き起こしていたのだ。

 原因が分かると皆、がっかり。ひと時の夢が破られたのである。しかし、男たちはそのことをすぐに忘れ、明日の仕事への意欲を燃やしながら帰途に就いた。錯覚や勘違いで、自然の厳正さを見ることの危険さを反省した次第です。

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人間が美しく見られるとき 昭和59年1月6日 沖縄タイムス 読者から

 植物の種子が発芽して地上に現れ、2枚の子葉が合わさった形は、合掌して祈りをささげているようにも思える。生命体の働き、成長過程には見えざる自然の力が、複雑、巧妙に及ぼされており、自然は生命の根源の親と言える。その親に対し、感謝と生かされる喜びを表現しているのが、この合掌のような姿ではないだろうか。

 生命体の全てがその活動を開始するとき、必ず、何らかの形で根源の親に対する祈り、合掌を行っている。体内の胎児も合掌のポーズであり、蝶やトンボ、蝉などの昆虫が羽化する光景も、祈りがささげられているように見える。知能や知性のない昆虫や植物と言えども、その生命活動には理屈を超越する「何か」を感じさせられる。

 ”初心忘れるべからず” という世阿弥の言葉がある。能という己の芸を通し、その悟りの頂点から出た言葉と推察するが、それは受ける側にとっては、いろいろな意味に解釈される。初心は生命の親、自然への感謝から始まり、己を厳しく見つめながら自我を超越し、人間完成への鍛錬と実践の決意、まで及ぶと思う。 

 生かされていることへの感謝と喜び、生命体の根底にはそれが生命の活力源として存在する。人間の美しさは虚飾にはない。しぜんの素晴らしさを知り、専心一意で祈る時の姿、心から発せられる輝きにあると思う。

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心広き人間となれ 昭和59年1月5日 沖縄タイムス 読者から

 連日連夜の突貫工事からようやく開放され、体を引きずるように家に帰ってくると、家の中は隅々まで綺麗に掃除され、テーブルの上には花が飾られていた。珍しいことがあるものだと思いながら居間の腰掛に座ると、隣の部屋の襖が開き、子供たちが一斉に現れて叫んだ。

 「お父さん、お誕生日おめでとうございまーす !」

 中3の長男が代表者となってリボンで飾られたプレゼントを手渡してくれた。12月31日は私の誕生日だったが、仕事に追われてすっかり忘れていたのである。私に似て、学校の成績はあまりよくないが、素直さと心の清らかさだけが取り得の子供たちである。私は懸命に涙をこらえて笑顔を作った。

 それからハッピバーデイの歌を聴き、子供たちがついでくれるビールを飲み、小さなケーキをカットして皆で分けて食べた。雑談の後、長男が質問した。

 「父さんは人から裏切られたり、悪口を言われ、馬鹿にされてもなぜ怒らないのですか?」

 そこで、自分自身に言い聞かせるように答えた。

 「君たちがどんなことを言われても、びくともしない広い心の人間になってほしいからだ。右の頬を殴る者がおれば、左の頬を出すのではなく、逆に殴ったその手を取り、痛くありませんでしたか、骨折はしませんでしたか、殴らせるような私ですみません、どうかお許しください・・・、と詫びられるほどの寛大な人間となってほしいからだ」

 子供たちはしばらく首を傾げていたが、やがて、顔を見合わせて大笑いとなった。

 「そんなことが出来るのは、キチガイか大馬鹿でーす!」

 「大馬鹿は神が好く。みな、神に好かれる人間となれ〜〜〜!」

 これにて一件落着、私は精神年齢18歳の誕生日を迎えたのであります。

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