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昭和59年の新聞投稿 琉球新報編


目次

 元気になった小鳥  男勝りの母は今も若く  青春の汗と涙 

  わが娘よ  沖縄の雪に対する史書  キラー衛星  世界一の古木  フォークランド紛争について   

沖縄の雪について  心のエネルギー   沖縄差別に思うこと   地球人の未来が輝いた   人間らしさ

 禁煙との戦い  心と魂の浄化  茫漠無限な青春の痕跡  かかあ天下・万歳  非行化は大人の醜さの投影 

  憲法記念日に思う   息子の質問にたじたじ   正直者よ強くなれ   命をかけた仕事   美しい地球を守ろう


 

元気になった小鳥 昭和59年12月24日 琉球新報 声

6年生の息子が小鳥を友達からもらってきた。青と黄の色彩豊な美しいセキセイインコであった。ところがオスであるこの小鳥、元気がないのだ。しょんぼりとし、居眠りをする。ご主人様となった息子は、はた目にも痛々しいほどの心配ぶり。学校から帰ると、かばんを玄関に放り投げて鳥かごをのぞきこむ。

「きっと、一人ぼっちで寂しいのよ、ガールフレンドが欲しいんじゃないの」

中学生の娘が笑いながら言った。それを聞いた息子はメスのインコを買ってくるようにとさかんにせがむ。ところが夜間工事の続く私は、そんな煩わしいことは出来ない。

 「そのうち・・・」

と言いながら睡眠をとることに懸命である。しかし、息子は泣き声で頼み続けるのであった。仕方なく私は重い腰をあげることにした。まず、ホットコーヒーを一杯、それから久しぶりにラジカセで早春賦を聴いた。

その時、あら不思議、奇蹟が起こったのだ。今まで元気のなかったインコ君、そのラジカセから流れる美しい歌声に合わせて、威勢よくさえずりだした。しかも、飛んだり跳ねたりのダンスつきで。息子の悩みはこれで一気に解消となった。

そう言えば、会員ではないが、アペンクラブの忘年会に招待された時、酔いの勢いで恥もなく早春賦を歌うと、会場の美しいレディたちが敏感に反応、大合唱となった。美しい歌は、美しいものに元気と熱情、感激を与えるものですね? 素晴らしい忘年会でした。

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男勝りの母は今も若く 昭和59年11月15日 琉球新報 声

 草深い片田舎で厳しい農家の長女として生まれた母は、男勝りの手のつけられないジャジャ馬だったらしい。戸主以外は女だけの家族だった為、長女としての責任がその性格を男気性に変えたと思われる。

 炎天下の畑を耕したり、ツルハシを振り上げて岩だらけの原野を開墾したり、女ながら男以上の働きをし怪力の持ち主だった。裸馬にまたがり、同級生の男たちと競争したり、相撲やレスリングのような格闘をしたりで、負け知らずであったとの事である。

 今なら女子プロレスのチャンピオンになれたと思う。しかし、それでいて美人、色白い背の高い父と16歳で結婚した。おかげさまで長女、2女のあと私が生まれたわけで、物心ついたときは本部半島の山々を命からがら逃げ回っていたのである。砲煙弾雨の中を母は私を背負い、スーパーガールのように走った。

 ジャングルの中をイノシシのように駆けたり、米兵に追われて岩と岩の間の絶壁をジャンプしたりで、地獄の戦場を奇跡的に生き延びたのである。もし、母が上品で弱々しい女性らしさを発揮する女だったら、生きてはいなかったと思う。母の男勝りが命を救ったのである。

 その母も今では70歳、しかし、どう見ても40代の若さでしわ一つない。命の恩人としていつまでも大切にし、親孝行をしたいのだが・・・。

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青春の汗と涙 昭和59年11月3日 琉球新報 論壇

 古い柱時計が静寂を破り、鉦を5回打ち鳴らした。午前5時、それまで私は寝付かれず、一晩中、寝床の中で冴えた眼をパチパチしていた。仕方なく私は睡眠をあきらめて起きだし、味噌汁を作ることにした。

ワカメ、豆腐、ネギ、それに鶏卵を3個かき混ぜて入れ、沸騰させて適量の味噌を入れてかき混ぜればOKとなる。そして、ゴマ油少々と、ダシの素を入れてやると 「お母さんの味噌汁よりおいしい〜〜〜」と高一の息子よりおほめのお言葉を頂くのである。

寝付かれなかった理由は、そのひょろ長い体格の息子が、こともあろうに第5回OTV杯小中高柔道大会に、選手として出場するためであった。

身長175cm、体重54キロというという体格はどう考えても頼りなく、弱々しい印象を受ける。しかも繊細な神経の持ち主で、気の弱い面もあり、柔道という、荒々しい格闘技などの出来るはずがない、思っていたのである。

試合場で無残にも畳みに叩きつけられ、顔を歪める息子の哀れな姿が見えるようで、不安と絶望に襲われるのであった。

しかし、親馬鹿は時として冷静に見つめねばならない現実を、幻想に変えてしまうもので、強烈な危惧の念に拘束されながらも、痩身長躯で、弱々しいはずの息子が、姿三四郎のように相手をバッタバッタと投げ飛ばして見事に優勝、次のオリンピックの金メダルは確実で、百年に一人出るか出ないかの名選手として、琉球新報に載ってしまったらどうしよう〜〜、などと馬鹿げた空想をしたりする。

カロリーを計算しての朝食の準備が出来ると、心を静めるために、まだ薄暗い庭に出た。天空の重みに圧縮されて、その濃度を強めたような闇が地上に広がっていた。東空には三日月が、清浄な薄明かりの中にあった。私は思わず合掌して祈った。


 「息子が負けても勝ちますように!」

 朝食を終えて息子が出かけるとき、私は息子の心理状態を安定させるために言った。

 「柔道とは勝つためのものではない。負けて強くなるためのものだ。勝つと思うな、思えば負けよ・・・」

息子は素直にうなずいた。

「どうせ、負けるから、応援になど来ないでください・・・」

 息子はそういって出かけた。私は親ばかながら責任を感じた。それでじっとしておれず、試合場の興南高校の体育館へとこっそり行ったのである。

会場は青春の強い熱気に充満していた。私はなるべく目立たないように会場の隅っこに立って観戦した。

待つこと十数分、ついに、やせた息子が出た来たのである。

「はじめ!」

主審が叫ぶ。息子の相手は筋骨隆々の大男。こんな大男なら、私でも勝てない、と思った。ところが、ひょろ長い息子は怖じける様子は微塵も見せず、敢然と、そして、敏捷に動き回ったのである。

汗が飛び、気合が怒号となって会場に響き渡る。私は意外だった。あの気の弱いとばかり思っていた息子が、これだけやるとは、これは現実か幻か、・・・いや、夢ではない、現実だ。

電光石火の早業で、息子の体がくるりと回り、相手の懐深くに潜り込んだ。次の瞬間、巨漢の相手が空中で一回転して畳みに叩きつけられたのである。

「一本!」

 主審の右手が上がった。なんと、息子の一本背負いが見事に決まったのだ。私はただ呆然、これは夢か幻か、思わず頬っぺたをつねったら痛かったのであります。

だが、2回戦は、小さな相手に苦戦した。そして、あっという間に巴投げで一本負けしたのである。 ・・・アジャー、パー、なんたるちや〜〜〜、私は絶句した。

 私は顔を被った手の平の隙間から、息子を見た。意外にもそこには、晴れ晴れとした息子の姿があった。それは、あまりにもまぶしいものであった。その時、息子がすでに私の膝元から離れていることを悟った。

青春とは勝利の栄光が目標ではないと思う。いかに苦しく、いかに納得出来ない社会であっても、たくましく努力することが大切だと思う。汗と涙に汚れた時、青春の光は鋭く未来を照射する。息子よ、頑張れ〜〜〜!

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わが娘よ 昭和59年11月2日 琉球新報 声

 時は流れて、あなたはいつの間にか中学2年生。まぶしい青春の光の中で、まだ青い光彩が恥らいながら、女らしさを醸し出したばかり。

成績が悪いのは、決してあなたのせいではありません。毎日、時間をさいて勉強を教えなかった私が悪いのです。父さんが夜遅くまで働くのは、あなたのため、そして、過去の失敗の傷を一日も早く治すためです。

そのことだけが先走りして、数学や英語、社会などの難しい問題を、あなたにお付き合いして、悩んであげられなかったことが悔やまれます。

あなたが友人の家に出かけて、夜遅く帰ってくるようになったのは、ごく最近からです。そして、ついにあなたはその友人の家に泊まってくる、と言い出した。その娘さんが家庭の事情で夜は一人ぼっちなので、あなたのやさしさが同情を強く刺激したのだと思います。

でも、父として許すわけにはまいりません。理由は? と反抗的に聞かれても困るのですが、同情よりも厳しさのほうが友人のためになるからです。

あなたの心の奥には、悪い成績による強烈な自己卑下が存在しています。その毒念は毒念を広げ自分を破壊するものです。人間にとって成績以上に大切なものがあります。それは明るい心の姿です。そして、あなたの未来に光り輝く人間の徳性なのです。

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沖縄の雪に対する史書 昭和59年9月23日 琉球新報 声

 真冬、一月における平均気温が摂氏16℃とい常緑の島・ウチナー。そこに昔、雪が降ったなどと言えば容易に信じられないのが当然である。

なんの証拠もなく作者、年代不明の得体の知らない琉歌を引き合いに出して、昔、沖縄に雪が降った、などと言うと平田俊雄氏が指摘されるとおり、非科学的であり、地球物理学的視野からすると毒にも薬にもならない話となる。

那覇での気温の観測が開始されたのは1891年・明治24年1月からであるが、それから大正15年までの36年間の、2月における最低気温だけを抜き出し、その平均を出すと、摂氏8・06度となっている。

大正7年の摂氏4・9度がこの36年間のうちで最も低い気温となっており、残念ながら降雪の観測事実は皆無である。

しかし、1745年から1876年の間に、琉球王府によって編纂され、書き継がれてきた史書「球陽」に降雪のあったことが記載されている。1815年から1857年の間が特に集中したようで、大きさは唐豆如しでもある(むかし沖縄でも雪が降った・高良初喜より)。

科学データー以上にこの史書は信じられると思うがいかがでしょうか。

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キラー衛星 昭和59年9月12日 琉球新報 論壇

 高度300kmでソ連上空を横切る米国の偵察衛星サモス、厚い雲の下や、隠されたミサイル基地はおろか人間を識別出来る写真をも撮ることができるという。あらゆる無線信号をキャッチ、民間の電話さえも盗聴できる。

さらに赤外線センサーでロケットの噴煙をいち早く補足して、警報を発するミサイル探知衛星ミダス。米ソを中心とする東西対立の緊張は、攻防の本能に、焦りと極度の不安感を与え、それが生き残りへの強い執念となって、高度な頭脳の結集とも言うべき、軍事衛星打ち上げ競争を激化させている。

研ぎ澄まされた硬質の非情な冷眼は、一秒も休みなく世界中を監視、地上の全ての核ミサイル発射ボタンと直結しているのである。

軍事衛星はその性格上、詳細は明らかにされず、隠密を第一として打ち上げられているのであるが、1960年代初期から80年代初期にかけての米ソが打ち上げたその数は約1850基になるという。それらは情任務衛星と支援任務衛星の2種類に大別できる。

前者は写真偵察、早期警戒、海洋監視が目的である、後者は航法衛星、通信衛星、気象衛星、測地衛星と呼ばれるもので、軍事活動を有利に導くためのものである。いずれにせよ、偵察と警戒を任務、目的とするもので直接戦闘する、という種類のものではない。

だが、ここで不気味に思えるのはソ連が1967年から地上攻撃用核衛星や、他の軍事衛星を攻撃破壊するキラー衛星を繰り返し、何回も打ち上げ実験をしているという事実である。それらはすでに実用段階に入っていると言われている。

そこに人類の不吉な黒い紋様を見るようで、なんとなく肌寒くなる。もちろん現段階では核搭載衛星とか、キラー衛星なるものが公然と地球周回軌道上にある訳ではない。またそのことは、1967年の宇宙条約第4条、あるいは米ソの軍事衛星条約によって禁止されている。

だが、ソ連のキラー衛星、核衛星の一連の実験打ち上げ、そして有人大型宇宙ステーション打ち上げ計画が、なぜこれらの条約にきわどく接する中で強行されているのか。それは双方にとっては条約なるものは、国力のバランスが破れた時、何の効力も持たなくなってしまう性質のものであるとの考えに立っているからであり、宇宙空間で軍事的に有利に立った方が、生き残る確立が高いと思っているからだ。

キラー衛星が不気味さの影にあるのは、人類の滅亡か、存続か、の核戦争のキーを握っているからである。

キラー衛星には2種類あるという。衝撃型攻撃衛星と指向性エネルギー型衛星である。前者は体当たりか小火器の弾丸で敵衛星を破壊しようとするもので、後者はレーザー、粒子ビーム、電磁はビーム、プラズマビームなどを兵器とするものらしい。

米国が総予算一兆ドルをかけて今世紀末までに、弾道ミサイル防衛システムを完成させようとする計画は、宇宙条約に反しないたくみな宇宙核戦術の一環かも知れず、いざとなれば核搭載キラー衛星に変身できるという。こういうシステムはソ連にもあることは疑う余地もなく、むしろ米国良以上に進んでいると断言できる。

いま、米ソは緊迫した危機の中で渇きにも似た激しい先制核攻撃衝動にかられているのである。これを救うのは日本かもしれない。平和的人間交渉に立ち上がり、世界各国に働きかけ、米ソを一つにし仲良くさせることこそ、日本の責務と思うのだが。

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世界一の古木 昭和59年9月10日 琉球新報 声

 紀元前2800年から1600年の間に、古代エジプトで王族の墳墓として立てられたのがピラミッドであるが、その頃から今日まで、ずっと生き続けてきた生物が存在する、というと、誰も信じないかもしれない。

ところが現実には、考えられないことが豊富にあるもので、カリフォルニアのホワイト山脈、標高2700mの所に生きているメトセラと呼ばれる松は、何と、4600歳にもなると言う。しかもあと400年は生きられる、とのことで、世界3大美女の一人、クレオパトラをも高い所から眺めたかもしれず、その生命力のたくましさにはただ、驚くばかりである。

しかし、その4600年間の生命活動が、恵まれた自然の好条件の中で温かく守られたわけではない。むしろ、土壌はやせていて、雨はほとんど降らないところであり、他の植物はあまり見られない不毛の地である。寒波に襲われたりで自然はこのメトセラに対し、あまりにも冷酷非情であった。自然の厳しさの中で黙々と生きる生命の強かさをメトセラに感じる。

人間、貧しいか、社会が冷たいという厳しさを嘆くことはないと思う。200分の1グラムしかなかったその種子が発芽し、自然の厳しさゆえに成長し、4600年も生き、なおかつ未来に向かうたくましさに、人間として何かを感じさせれる。

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フォークランド紛争について 昭和59年8月31日 琉球新報 声

 面積1万2千平方キロ、人口1,800人という小さな島、フォークランド。その領有権をアルゼンチンが主張し軍事占領を強行したのが1982年4月2日だった。物欲では男より女が強いと言われるが、サッチャー首相が美しい顔を引きつらせて怒った。

さっそく、大機動部隊を派遣し同島の奪還に全力を注ぐことになったのである。英国がフォークランドを失うことは、そこに埋蔵されている石油と、南極大陸に領有権を主張する足がかりをあきらめる、ということになる。

一方、調停に当たっていたアメリカ合衆国はどういう訳か4月30日、英国支持を発表した。1947年に調印された米州相互援助条約を完全に無視した訳である。米国資本と地主の保守勢力に対立するペロン派が、アルゼンチンの政権を握っていたためとはいえ、国家間の条約の無意味さが痛感される。

英国は4月26日、南ジョージャー島を奪回、5月20日、フォークランドに上陸、そしてついに6月14日、アルゼンチンは降伏となる。

しかし、8月24日の新聞を見てびっくり、英国はあの時、見せしめのために、工業都市ゴルドバを核攻撃する予定だったと言う。もし、あの紛争で英国が不利だったなら、あるいは・・・。何となく身の毛がよだつ。

何十万、いや何百万という罪なき人々が、大虐殺されるということを知っているのだろうか。話し合いがつかねばすぐ戦争、というのは高度な生き物のすることではないと思う。

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沖縄の雪について 昭和59年8月19日 琉球新報 声

 沖縄では晩秋から冬にかけて色さまざまな菊の花が咲き乱れ、清らかな香りを漂わせる。昔、沖縄はこのころから木枯らしが吹き、霜が降りたようである。芭蕉布の短い着物をワラ縄の帯で締め、鍬を担いだ農民夫婦が肩を寄せ合い、霜を踏みながら田や畑への道を歩くさまが見えるような気がする。

冬が深まると時々アラレが降り、寒風の中で粉雪が舞ったりする。鉛色の厚い雲が空に広がり、太陽を何日も隠したりすると、静かに雪が降り続けたりしたかもしれない。松やガジュマルなどの枝葉に積もった雪は純白の花のように輝き、神秘的な美しさを放つ。というと、沖縄の異常気象の予言を、でたらめにやっている、と誤解されるかもしれない。だが、これは過去において沖縄に見られたほんとの光景である。

勿論、太陽が照り付けると今日のように夏でも冬でも暑くなったと思う。次の古い琉歌から沖縄に昔、雪が降ったと断言できる。

「木枯らしの風や菊の上に吹くな、すぎ去りし秋のかたみだいもん」

「雪につめられて梅や匂ましゆい、つらさ思忘て節よまたね」

「木草枯れはてる雪霜の降ても、ときわなる松やもとの姿」

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心のエネルギー 昭和59年8月8日 琉球新報 声

 太陽、月、地球という自然があるゆえに人間は存在する事が出来、生きていられる。言い換えれば、人間の体はその自然の一部であり、分身であるということである。しかし、その肉体が生きているということは、心と魂、あるいは精神が生きているということと全く次元が異なる。

肉体は自然が作り出した完璧に近い高度な機械の一種であって、食物などから摂取されるエネルギー源によって動いている。しかし心となると実体がなく、形而上的にはそのエネルギーの補充は無理。

最近、人間の心、精神、あるいは魂なるものがエネルギー不足のように思えてならない。

 「死んでもらいます」

と言って関係ない人々を刺したり、裁判官や校長という偉い方々が、魔がさしたという理由で万引きをしたり、警官や自衛官という人の生命と財産を守るべき人が強盗殺人をする。とにかく世界中の人間がどこか分けの分からない、狂ったところへ押し流されているようで背筋が冷たくなる。

これは心、精神が栄養失調となり、生きる目標が見えなくなったためだと思う。金、財産、名声も人間にとっては大切である。しかし、それが優先しているために人間の狂いが出ているのではあるまいか。

それ以上に他を生かそうとする心、情があってもいいと思う。全てに感謝し、恩人を大切にし、自然の素晴らしさに感激する。そこに心のエネルギーが存在する。

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沖縄差別に思うこと 昭和59年7月28日 琉球新報 声

人類は全て兄弟姉妹、国や肌色が異なってもその身分に上下の差があってはならない。男女同権にして人間は皆平等だ、と叫んでも利害関係の複雑なおぞましい法則下にある人間社会を生き抜くということは、理想どおりには行かない。

そこには損得をかけての争い、ののしりあい、憎しみあいなどがあって無意識の人種差別や地域差別が出てくる。40をちょっと過ぎた今、小生は色黒く品性にかける世にも愚かな顔つきとなってしまったのであるが、本土に住んでいた若かりし頃は痩身で、背が高く色白く、今ほどはヤナカーギーではなかった。

しかし、それでいて、「おきなわか!」という冷たい差別の言葉を投げられたのである。これは小生にとってうれしい事であった。沖縄本島では「離島出身か!」と差別された小生でも、本土では平等に「おきなわ人か」と沖縄内部の差別を統一してくださり、人権の格上げをされたからである。

しかし差別する人ではなく差別される人間でよかったと思っている。なぜならいつでも低い冷静な心でいられるからだ。沖縄の評判は今でも悪い。蔓延する悪質な青少年の非行、それが沖縄の印象を悪くしているようである。

そのことで「おきなわか」と言われても仕方がないのだが、やはり何となく悔しいのは私一人だけであろうか。

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地球人の未来が輝いた 昭和59年7月15日? 琉球新報 論壇

 頭髪が薄くなり、ハゲかかるという現象をもって恐怖の老化の初期症状と判断し、絶望させることは罪であり、医師の誤診の元ともなる。

はげと老化現象は関係ないと青年気分に浸っていた時、高1の息子が同情と哀れみの眼差しを露骨に現して言った。

 「お父さんの頭、ハゲかかっている。おかわいそう。もう年だね」

 その一言は鋭く私の胸を刺し、地球人なら必ず味わう惨めさを痛感したのである。しかし、いつまでも失望してはおれない。そこで考え直した。一つだけ老化しないものがあるではないか。それは精神年齢で、まだまだ若く、17、8歳の花の青春なのだ、と。

この長男は、二男が丸坊主に徹し、武士道の厳格さのような性格を持っているのに対し、色白く、スラリとした痩身長躯で、たいへんなおしゃれ、それでいてデリケートな正義感を持っているために始末が悪い。

その息子が中学時代のクラス会を土曜日の夜、浦添城跡公園でやるとのことで、会費2000円を請求してきた。私は内心穏やかではなかった。生徒たちの狂乱の酒宴の光景や、数珠つなぎとなって警官に補導されるさまが小さな視神経に宇宙的な広がりの映像となって投影されたのである。

しかし、私は息子とそのクラスの生徒たちを信じることにした。浮世のチリや汚濁の中へ落としても、それに染まらぬ泥中のハスとなれるような教育と、それに対する親としての生き方をしてきたはずだ。私は、そうした自信に戸惑いながらも、ぎこちない笑顔で息子を送り出した。そして、その後を追ったのである。

高台の公園広場で数十人の生徒たちが、芝生に輪となって座り、夕焼け空と頭上まで広がる濃紫の光彩の元で友情の美しい触れ合いを始めたところであった。私は良心の呵責に耐えながら、ハブの出そうな岩陰から頭を突き出して偵察した。もし、丸ハゲであったら夕日にきらめいて、すぐ、私の存在がばれただろうと思う。

女生徒が10人、男生徒が5人でジュースとコーラ、菓子類、そしてビールがあった。私が高校、中学の頃は男子は弊衣破帽の荒々しさが男らしいとされ、女生徒と話をしたり、手を触れたりすると他の男生徒たちからいやしみの眼で見られたものである。

しかし、目の前の光景は、何と解放的で伸び伸びとしていることか。甘美な時間と清純さが無垢の光芒を放ち、壮麗な星空に溶け込んでいく。そこには大人のイヤ味が全くなかった。

生徒たちは一人一人立ち上がり、現在の状況を話し、将来の希望を告げる。その度に拍手が起こった。 「宇宙飛行士になる」とか「私は00のお嫁さんになる」などと言う生徒もおり、笑いの渦がどっと上がったりする。・・・そのうち、

「ビールを飲もう」

と一人の生徒が言い出した。生徒たちの目はビールにくぎ付けとなり、深い沈黙が続く。しばらくして、息子が遠慮がちに立ち上がった。

「大人のまねは悪いと思う。ぼくには愛する父と母がいる。二人のためにも酒、タバコは成人するまで絶対やりたくない」

沈黙が急に破れ、大拍手が起こった。私は救われたような思いがした。このグループが、大人たちの汚濁にいつまでも染まらないことを祈りたい。そして、私には地球人の未来がまぶしく輝いて写った。

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人間らしさ 昭和59年7月14日 琉球新報 声

最澄は酒は飲むなと言い、空海はいっぱいなら、許す、とした。このいっぱいは2百ccコップのいっぱいではなく、一本のササを酒に浸し、それを打ち振っての飛まつ集合である。厳しい戒律と禁欲主義に徹した二人が、タイムマシンで現代に来て人相悪きわれわれがドンちゃん騒ぎで酒を飲み、奇怪な声でカラオケを歌う、という狂乱じみた光景を見た場合、み間のしわをけいれんさせ、地獄へ落ちたと勘違いして卒倒するかもしれない。

 二人の厳しさの残光を古代から照射されると酒が飲めなくなる。二人は命がけで唐へ渡り、密教を学んだ。尊敬しあう親友同士であった。

 ところが、最澄のまな弟子、泰範が空海の下へ去ったため、二人は仲が悪くなってしまうのである。そこに人間的なものを感じ、酒がまた飲めるようになった。

 その二人に対し、室町中期の一休宗純には人間臭さが強い。庶民とのつながりが広く、もし現代へ来たとするならともに酒を飲み、、お経がわりにカラオケに心酔すると思う。

70歳を過ぎて若い美女と結婚となると、今でも人が犬に噛み付いた以上の大ニュースとなる。宗教の対立や禁欲主義を好まなかった一休和尚は、何と78歳で盲目の美女、森さんと再婚している。

厳しさを超越した人間らしさだと思う。その一休に魅力を感じるのは酒が飲めるからではありません。

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禁煙とのたたかい 昭和59年7月1日 琉球新報 声 

 たばこは健康に悪く寿命を縮めるもので、百害あって一利なし、といわれても私のように、一日に3箱というヘビースモーカーには、たばこなしの人生は考えられなかった。
20年間、体内に蓄積されて来たニコチンとのお別れは、恋女房に三下り半を投げ渡す以上の苦しみとなる。

 健康上どうであり、禁煙による精神的苦痛、障害のほうがそれ以上の恐ろしいことで有害である、と勝手に考えていたのである。ところが子供たちが激しく抗議してきた。私の吐く息が、ヤニの強烈な臭気でもって、毒ガスのように部屋中まき散らされ、息苦しいとの事である。私はただちにわびて禁煙を誓った。

 しかし、禁煙がこれほど苦痛であるとは夢にも思っていなかった。後悔しても後の祭り。地獄の苦しみとの戦いが始まったのである。精神は混乱し、たばこへの衝動が激しく錯綜し、気も狂わんばかりであった。

 眼を閉じると薄い網膜に欲望のたばこが強大な映像となって投影される。理由もなく怒り、血が逆流、すべてが悪く思える。それをじっと我慢し耐えぬく苦しみは想像を絶する。10日間は半狂乱のような毎日だった。

 それ以後になると苦しみが次第に消えていくのが感じられる。そして、2ヶ月過ぎた今、草木や土、自然の懐かしい香りがよみがえってきた。禁煙してよかったと思う。しかし、闘いはまだまだ続くはずだ。

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心と魂の浄化 昭和59年6月7日 琉球新報 論壇

 私はある宗教の信仰者であるが、その唯一絶対性と教義に固執して、他を排除する者ではない。むしろ、いろいろな宗教の高度な教えに心を強く打たれるのである。
 
 一切は悉有仏性を持つということを認め無常、無我の原理を高踏な修行を通して悟りつつ、禁欲に徹し、快楽を否定して自らの実践の道を歩んだ釈尊、神の愛の無限性と平等を説いたイエスキリスト、その古代に輝く教えの残光に照射された時、心から納得と感動に身が引き締まる思いがする。

 しかし、あらゆる宗教が真理を説き、宗派の広がりを図りつつ、その正当性と唯一絶対性を主張し合うという対立の長い歴史を見つめた時、全人類の安全に対し、どれだけの効力があったのか、乱れ切った世界情勢を目の前にした時、疑問に思えるし、教祖あるいは創始者の信者の偏見に歪められた姿を見せ付けられるのである。

 勿論、煩悩の闇の中を手探りで歩む者に灯を差向け、その心を希望へ導く信仰の尊さは素晴らしく思える。だが、数え切れないほど存在する宗教が、人類救済を唱える中で、なぜ世界が今日のような人類滅亡の危機に直面しているのか、またなぜ世界終末論や末法思想、預言者たちの絶望的な世の終わりという予言が人類の頭上に恐怖の黒雲となって渦巻いているのか、不思議でならない。

 人類は果たして地球の異常という不吉な前兆に照応して、このまま滅亡への道を直進するのであろうか。またそれに対する神の意図は何か。それを変える最後の切り札は、人類に残されていないのか、と私は考えたりする。

 神とは何か。私にとっては自然であり、秩序、森羅万象を司る根源のパワー、天理である。その一寸狂わぬ厳正な動きと相互作用、そして、無限の可能性を内に秘める絶対的根源としての広がり、外輪のない果てしないその勢力圏内に、すべてが包有され、実在の一つ一つが万能の理法の光を受けて自己主張に輝くという事実、その共通にして同一性の母体の中で、なぜ人間はそれぞれの神を作り上げ、他の神を排他して対立するのか。真理の根源に鈍感となり、それに盲目となる恐ろしさがそこに存在する。

 生命体としての動きが始まってから内外の刺激に反応しつつ、経験を通し脳髄のひだに刻み込まれてきた知識、記憶情報などの、凝縮の枠内に閉じ込められ推論、判断、認知という小さなのぞき穴から未知なる無限性見つめ、勝手にその全てを手中にしたかのように、思い込んでいるのが、今の人間の姿ではなかろうか。

 その枠内から抜け出て、内外の二つの本性が互いに見つめあい、微妙に照応しあった時、本性に強い粘着力をもってこびりついている、黒い汚濁を発見することが出来る。その重圧に息苦しく悶える全ての人間の悩みが、今の混乱した世界情勢を作り上げていると言える。

 人間の本性に悪という汚濁が付着している限り、正しいと信じる働きは、時として災いの効力となってしまう。宗教の真の人類救済はこの悪に鋭いメスを入れることであり、心と魂の浄化ではなかったのかと思う。世界終末論、末法思想が黒い広がりで人類を包んでいるのは、その汚濁の絶望的あきらめからくる。

 しかし私は、自然の冷酷と思える厳しさは、万物を生成せんとする温かさに根ざすものと信じる。人間が冷たい息と温かい息を吹き分けることが出来るように、自然の息は人間が心と魂の浄化に目覚め、その動きを始めたとき、温かい息吹に変わるはずである。

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茫漠無限な青春の痕跡 昭和59年5月31日 琉球新報 声

 両手を下におき結跏趺坐(けっかふざ)する奈良の大仏、通称・本尊盧舎那大仏(ほんぞんるしゃなだいぶつ)を見上げるのは20年ぶりであった。西暦749年、8度の鋳造を経て完成し、753年、開眼供養が行われた大仏は世界最大の鋳造仏像で高さ16・2メートルである。

 仏像には不思議な力がある。その神秘的な表情の前に立つと玲瓏流麗の空間にその身体と頭光部、身光部がまぶしく光り輝くようであり、俗世界にあって、悩みと汚濁にあえぐ己を忘れ、陶酔の無限の広がりへ吸い込まれていくような錯覚に陥る。

 松や杉、ヒノキの古木は霞空に高々と伸び、厳粛な静けさの中にあって古い神社仏閣、仏像は20年前と変わらず、古代文化の栄華を誇っている。

 その奈良で労務などをやりながら学生生活を続けていたのであるが、気がついたとき、いつの間にか卒業していた。悔いが残るような、間然とした茫漠無限の中へ、放り込まれたような寂しさが青春の痕跡として、古木の幹の一つ一つに、強く刻み込まれているようで懐かしさでいっぱいであった。

 苦しみに耐えかねて大学を中退する決意をしていた時、心をふるい立たせたのが大仏の神秘性であった。煩悩を鎮め真理の中に趺坐する巨大な如来像は、暗闇の中に突然現れた生命の強い光であった。

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かかあ天下・万歳 昭和59年5月24日 琉球新報 声

 男がいかに男らしさの全ての条件を備え持ち、空気を小刻みに微動させる威厳の中で亭主関白を誇示したところで、人類存続という偉大な功績の前には全女性に対し頭を下げざるを得ない。

 しかも、男の全てが女から生まれたという事実を否定することは出来ず、その始原が男の責任にあったとしても、産み落とす苦しみと育て上げるという大事業の中では、男の人類創造に対する働きの痕跡は無に等しい。

 そういう偉大な女性が、なぜこれまで男尊女卑という差別の中にあったのか、男として罪悪を感じ "ソーキ骨たらーん" 男のわがままと横暴さを痛感させられる。と言うと亭主関白族をはじめ女房の尻の重みに断末魔の悲鳴を上げるあらゆる男たちの抗議と反発の渦が宇宙的広がりとなって打ち寄せてくるかもしれない。

 しかし、私は女尊男卑を主張しているのではない。子供の数に比例して尻の重みを増していく女房様をほめたたえているのである。また、男として女房の尻に敷かれることなど痛くもかゆくもない。

 星が果てしない宇宙のほんの一点であるように、私の無限の広がりの心に、女房は宝石のごとく輝き浮かぶ地球のような存在である。男たる者、地球を包有する宇宙の無限性を宿し持つ事だと思う。そして、私は女房に言う、かかあ天下万歳と。

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非行化は大人の醜さの投影 昭和59年5月4日 琉球新報 声

 最近の子供たちは口だけは達者であるが、弱々しく、なっとらん、と大人たちは言いたがる。しかし、おかしなことに、そのような言葉は原始人たちも言っていたことが、考古学の分野から知られているのである。いつの時代においても大人たちは己の狭い視野で勝手に子供たちを "なっとらん" と決めつけてしまうもので、伸びようとする幼い芽に平気で傷つけるのである。

 しかし、そういった大人たちの無責任な言葉や、冷たい目を無視するかのように現代っ子は、鋭い頭脳と高度な科学知識、想像力のたくましさで、これまでの子供たちとはどこか異質の世界を築き上げしまっている。

 非行化が大きな社会問題となっているが、それをもって子供全体をそういう眼で見るということ自体、大人の子供軽視と言わざるを得ないエゴを感じるのである。非行少年は大人たちの醜さの投影だと思う。

 むしろ、大人たちは子供たちから軽視され、非難されるにふさわしい、ということを知るべきだと思う。

 新報ホールで琉舞のちびっ子大会を見たことがある。大勢の子供たちの伸び伸びとした踊りを見ると、汚染されていない清流の威勢のいい動きを見るようで、このままの清らかさで大人になってほしい、と祈りたくなる。

 現代っ子が大人たちにかけている何かを持っていることは確かであり、大人がそれを何であるかを知るのは不可能かもしれない。

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憲法記念日に思う 昭和59年5月3日 琉球新報 声

 酒は泡盛、花ならデイゴ、真紅のデイゴの影で琉球新報を読みつつ泡盛を静かに飲む。憲法記念日は余裕と知性あふれる男らしさを発揮させ、ゆっくりとくつろぎたいものである。

 しかし、現実は厳しく、昔はいとしかった女房様は稼ぎが足らん、と声を張り上げ、仕事へ追い立てる。戦後女が強くなったわけは、初めて婦人参政権が認められ、1946年、憲法改正案が可決されたからだと思う。

 したがって、新憲法は男尊女卑の長年の恨みとうっぷんを晴ら核爆弾のようなものであり、さらに改正されれば男にとってはこの世の最大の恐怖、地獄となる女尊男卑が実現するかもしれないのだ。

 そういう意味からも憲法改正絶対反対と叫びたい。しかし、昔は美人だった女房は憲法をよく理解している。その3大義務は納税、勤労、教育となっており憲法記念日の祭日にも、仕事へ追い立てる立派な理由が厳然と光り輝いているのである。

 妻がいるということは、0歳から150歳に到る世界中の25億人の全ての女性を諦めることでもある。したがって自由と幸運の女神の、魅力あるウインクをも諦めねばならない男の惨めさを痛感するのでありますが、日本が憲法の御蔭で平和であることを思えばありがたいことです。

 さらに申し上げれば、ポツッダム宣言の趣旨に基づき戦争放棄、封建制度の一掃を原則とする平和憲法樹立の基礎を作った米国には感謝したい。だが、皮肉にもその米国が軍備増強を日本に強要している矛盾には納得がいかないのである。

 太った女房の尻にしかれつつも働き続けることが出来、琉球新報の声の欄を読める平和がいつまでも続くことを願い続ける。

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息子の質問にたじたじ 昭和59年2月16日 琉球新報 声

 子供が成長するに従い、その質問もだんだん難しくなってくる。「神様はほんとにいるのですか」 と中3の息子から尋ねられ、うかつにも 「神様はいる」 と答えてしまった。
 
「では、どうして人間が悪いことをしようとするとき、神様はとめないのですか」と来た。 なるほどそれもそうだ。と回転の鈍い頭脳を悩ませるはめに陥ったのであるが、名回答が出ない。

 宗教上の対立で戦争が今なお続いている。戦争して人を殺せ、という神はいないはずである。何ゆえその時、神様は戦争をやるなと言わないのか、息子の言う事にも一理ある。

 そこで苦し紛れに、「神様はガミガミ言わないことにしているからカミ様という、ガミ様では品が落ちる」 と言った。たちまち息子の目つきが軽蔑に変わってしまったのである。そこで汚名挽回のために付け加えた。

 「空気とか風、暑さ寒さ、そして心、愛というのは目に見えないが存在する。暑さ寒さは肌で感じるものだが、神様の言葉は良心で聞くものだ。自然界の一切が神であり、神の声である。神の声に従うか、あるいは逆らうかはその人の心一つにかかる。心の自由は人間の特権だが、その使い方による結果は神が与える」

 息子はようやく納得した。しかし、次はどういう質問が来るのか、恐怖を感じる

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正直者よ強くなれ 昭和59年2月10日 琉球新報 声

 二日酔いで仕事を休む苦しみを味わいながら、夜になると百薬の長とばかりまた酒を飲む。ブレーキの効かない繰り返しが、あとは身の破滅となってしまう。悪いと知りつつ、それを断ち切ることの出来ない弱い心が、己自信を地獄へと引きずり込んでしまうのである。

 悪が栄える世の中、というが、悪故に栄えたわけではない。たとえ悪であっても栄える原因があったのであり、馬鹿を見る正直者は、馬鹿をみる原因があって損をしたということになる。しかし、手段を選ばぬ悪の栄と、他を生かすことによっての善の栄とでは大きな開きがあり、悪は3代続かず、善は末代続く、ということである。

 私が願うのは正直者、心やさしき者が末代続く栄を、悪が栄える以上に勝ち取ってほしい、ということである。しかし、心清き者、心やさしきものにかぎって、お人良し的な心のもろさがある。

 人のためになるということは、その欲求にただ応じることだけではない。時として鬼にならねばならないときもある。正直者の弱さは悪の栄えの原因ともなるのだ。

悪の誘惑や落とし穴、卑劣な策略を見抜く知恵と力を正直者は持たねばならないのだ。貧しくとも苦しくとも、誘惑に負けずにじっと我慢して働く、それが正直者にとっては悪に負けない強さとなる。

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命をかけた仕事 昭和59年1月22日 琉球新報 論壇

 常夏の島、ウチナーでも真冬ともなれはやはり寒い。風が吹き荒れ、乱れ雲が月を遮る夜など、震え上がる寒さである。

 そういう夜、突貫工事の命令が親会社から下った。検査が明後日に迫っているため、それまでに往復2キロのアスファルト歩道舗装を完了せよ、とのことである。レーキを使っての手引きによる舗装は厚さ4センチ、幅1・5メートルの歩道では1日500メートルが限度で、それ以上は体力的にも不可能である。

 しかも美しく、正確、迅速さが要求され、悪い舗装をしようものなら、お役所のお偉方の逆鱗に触れ、全面やり直しとなる。一人に1万円ということであったが、金の問題としての仕事ではない。無理な仕事を押し付けてきた偉い人々に対し、底辺であえぐ労務者としての意地の問題であった。

 信仰と愛が次第に忘れられ、商業的利益の追求と享楽主義、暴力主義がまかり通る今日、世のため、人のために働こう、などと言えば単純な頭脳の男として笑われ、自己顕示のキザなヤツ、と思われるかもしれない。

 しかし、そういうキザなヤツはまだまだ大勢おり、8人の男たちは恋女房のためにも、"お床の中の男" になるのだと一斉に怪気炎をあげたのである。

 移動式投光機の照明の中で作業は開始された。寒風は容赦なく吹きまくり、男たちの衣類がパタパタと音を立てる。作業の手を止めると、汗で濡れた衣類が一気に冷え、体中を冷気が走る。そのためもあって、男たちは懸命に働き続けた。

 レーキ、スコップを使う者、振動ローラー、プレートランマーで敷きならされたアスファルトを転圧する者、一人一人がそれぞれの分担の仕事を、黙々と成し遂げていった。

 夜明けになると男たちは、さすがに疲労の色を見せ始めた。「もたもたするな!ばかやろ」 焦りのため、現場監督の罵声が飛び。安全帽が投げつけられる。一瞬、男たちの眼光が怒りに光る。「労務と、ばかにするな」と叫び、今にも反乱を起しそうな、険悪なムードとなってしまったのである。

 軍国時代の権力の枠内であれば、男たちを反抗させず、倒れるまで働かすことは出来たかもしれない。しかし、今は、人間性が尊重され、個人の自由が保障される時代であり、使う人、使われる人の相互の納得、了承があり、心のふれ合いがなければならないのであり、生かしあって働く時代である。

 しかし、使われる者としては、使う人の態度をとやかく言う事は、許されない社会である。 「ファイト、母ちゃんのために頑張れ!」 私の大声に男たちは、苦笑しながら再び作業を始めた。食事は交代で済ませ、昼間の作業に突入して行った。時々、横腹をけいれんが走り、激痛が起こる。そのたびに体を前後左右にゆすり、それを和らげたりした。片側の歩道をようやく終わり、反対側に移動したのが午後2時過ぎであった。

 気の遠くなるような、長い距離に男たちは疲れきった表情で大きく呼吸をする。 「オヤジ、もうだめだ」 一人の男が血の気の引いた顔で言った。 「しばらく休め。疲れが取れたらまた頼む」 と私は悲痛な思いで男に言ったのである。

 男たちには精神力、気力だけが残っていた。「アララガマー」と宮古出身の元船乗りの男が叫ぶ。男たちは最後の力をふりしぼって立ち上がった。そこには人間なるものを超越した、何よりも尊い姿があったと思う。

 さらに夜が過ぎ、東の空が真っ赤に燃え上がる頃、作業はようやく終了した。 「お前たちは怪物だ」 とかんしゃくだまを爆発させた現場監督が笑顔で言った。 そこで、「お前はそれ以上の化け物だ」 と答えた。

 4年前のその現場を通るたびに、あの時の苦痛が想い出される。しかし、それが懐かしく喜びとなるのは、なぜであろうか。

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 美しい地球を守ろう 昭和59年1月17日 琉球新報 声

宇宙から眺める地球は青く宝石のように美しいという。暑さ3万キロの大気に包まれ、絶えず流動し変化する雲海。この宇宙で最も美しく、生命のエネルギーに満ち溢れた星である。

 しかも生命の保護のための不思議な仕組みが成されており、時たま宇宙のリズムに手を伸ばし、生命の進化を推し進めたりする術もある。地表より10キロから50キロの間に分布するオゾン層も生物を守る重要な仕組みの一つである。生命の活動の源、太陽光線はそれがなければ強烈な紫外線やX線を地上に注ぐことになり、殺人光線となってしまう。

 地球あるいは自然の恵みに、人間は目覚めるべきであると思う。しかし、人間は平気で地球を破壊し続ける。海や大気は次第に汚染され、山々は伐採、開発により、無残な姿へと変わり果てる。

 核実験や排気ガスはオゾン層を破壊、地球は苦しみにもがき始めているのである。地球が産み出したあらゆる生物に著しい障害を与え、なおかつ地球を死の星へと引きずり込もうとする人間、最大の罪悪ではなかろうか。

 日本はいかなる国に対しても、友好的でなければならないと思う。軍備増強による日本の安全は絶対にありえない。地球と人類の未来を見つめ、平和的人間交渉に全力を注ぐべきだと思う。

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