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新聞投稿 昭和60年度
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沖縄タイムス
中央分離帯に工夫を 月の美しさ 私の子供たちよ、共に歩もう 名蔵湾海底と海中発掘調査
世の中、何かが狂っている 久茂地川と黒いデイゴ 日本の使命 男の本性 男女同権 天晴れ市長
琉球新報
末っ子の逆襲 迫りくる「核の冬」 日本語の美しさ 互いに助け合う世界を 3女との会話 理に対する宗教と科学
危険な戦力防衛構想 優秀な頭脳だけではだめ 父親の面目にかかわる 生かされる喜び 男は愛きょう 花の青春 映画グレムリンを見て
中央分離帯の植樹に工夫を 昭和60年9月17日 沖縄タイムス 読者から
浦添の短い伊祖トンネルを抜けると朝日がまぶしかった。中央分離帯の木々はかなり成長し、その根元には雑草が繁茂していた。道路の緑は視神経を穏やかに刺激するものである。
ところが早朝のそう快な気分が突然、破壊された。人の背丈を越える中央分離帯の木々の間から、老人が道路に下りたのである。まさかそんな所に人がいるとは思ってもいなかったし、予測の術もなかった。その間の距離はわずか20mたらず。制限速度を守っているとはいえ車は1秒間で20mは進んでいる。
老人を発見してブレーキを踏むまでには、反射神経に自信のある私でも0・5秒はかかる。それから車が完全に止まるまでには4・5秒かかるはずである。したがって車は30m余り進んで止まることになる。 ”間に合わない” 私は懸命にハンドルを左に切りながら、急ブレーキをかけた。老人の白い影が右フェンダーすれすれにかすめていった。
車は激しくタイヤの軌音を上げ、横向きとなって止まった。老人と私はしばらくぼう然としたのである。幸い通行車両はなく、事故にはならなかった。問題は中央分離帯の木々が人の姿を完全に隠すことにある。人の背丈を越えて成長する樹木は、間隔を縮めて植えるべきではないと思う。道路管理関係者の配慮を願います。
月の美しさ 昭和60年9月6日 沖縄タイムス 茶のみ話
月には月齢によっていろいろな呼び名がある。外郭線だけが微かに明るい晦日ごろの新月、三日月、十三夜、満月、宵闇月、そして、二十三夜などと16種の姿があるらしい。 夜空にかかるその一つ一つの姿は、いずれも宇宙の神秘に光り、内面に眠る穏やかな野生を静かに刺激する。
太古の夜は人間にとって危険であった。彼らは火を囲み、闇の恐怖に震えながら互いに身を寄せ合った。その時、夜空にかかる月はそれがどんな形であれ、彼らの心をほのぼのと照らしたに違いない。獣性の猛々しさと死の恐怖、それを忘れさせたのが月の神秘性であり、穏やかな野性を人間の本能に宿してくれたのかもしれない。
月を仰ぎ、月に祈る、そこに人間は神を発見し、信仰を築きあげる事が出来たとも言える。太陽の下で鮮やかな色彩に輝く自然より、月光に照射されるモノクロの自然に、野性なるものが揺れ動くのはその為かも知れない。孤影悄然と月の浜辺を歩く時、太古の穏やかな野性が目覚める。月の光を反射する海面には銀色の線が幾筋も浮かび、波打ち際に寄せて返す波の音が静寂を柔らかく破るだけ。
その超然とした気配が支配する海と砂浜とのコントラストは、絵画的でもあり幻想的でもある。太古からの月の美しさは今も変わらない。
私の子供たちよ、共に歩もう 昭和60年8月17日 沖縄タイムス 読者から
突貫工事から帰ってくると6人の子供たちが、背の高い順に、一列横隊となって居間の畳に正座していた。何かあるな、と私は直感した。
「これはお珍しい。父上の帰りを丁寧にお迎えくださるとは、さすがお父さんの子供たち、えらい!」
私は先手を打った。だが、子供たちの表情は冷たくて硬い。そして、高2の長男が代表して言った。
「父さんはいつ、山や梅へ私たちを連れて行ってくださるのですか。夏休みは、もうすぐ終わりです。ハワイ旅行へ行った友達もいるのです」
私の心は痛かった。土方には日曜、祭日、盆も正月もないのだ。地獄の生活苦と背中合わせの毎日なのである。私は心を鬼にして言った。
「甘えるでない。アフリカの子供たちを見よ。一日に何万人という餓死者が出ているのだ。その暗黒の悲惨な現実を横目に、お前たちは平気で海や山へ遊びに行けるのか」
しかし、子供たちは納得しない。
「それでは私たちも、アフリカの子供たちのように惨めになれ、ということですが」
「そうではない。生きることの厳しさを知ってほしいのだ。青春とは遊びではない。努力なのだ」
すると、中2の次女が言った。
「青春とは地獄だ」
それは鋭い皮肉だった。
「地獄は青春だけではない。大人はそれ以上の地獄だ。だが、それは、もっと強く、もっともっと強く、さらに強くなれ、という天が与えた試練なのだ。だから、ともに地獄の苦しみを苦しみとせず、地獄の鬼どもを片っ端から退治して、心広々と喜んでいこうではないか」
子供たちはあきれたようにそれぞれの机に散った。翌日、私は仕事を休んだ。そして、北部の海へ子供たちを連れて行った。青い空と青い海、美しい自然の広がりに、子供たちの喜びに弾む声がこだました。
名蔵湾海底と海中発掘調査 昭和60年7月12日 沖縄タイムス 読者から
今、石垣島沖で海中発掘調査が行われている。主催は日本水中考古学界、朝日新聞社で、沖縄タイムス社、九州朝日放送が全面協力している。中国と日本、沖縄の交流史を探る上で大変、興味ある事業だと思う。15世紀ごろ、沈没した中国の貿易船を対象に行われるとの事で、現場は名蔵湾、ひょっとすると金銀財宝が出てくるかも知れず、楽しみである。
しかし、素人考えだが、名蔵湾の海底にはそれ以上の何かがあると思う。というのは1771年、旧暦3月10日、マグネチュード7・4という地震のあと、午前8時ごろから大津波が石垣島を襲ったからである。嘉崎浜海岸からの波は85・4mの山頂を一気にクリアーしたと言うから驚きである。
震源地は白保崎から南南東40キロのところで、宮良湾から侵入した波は大奔流となって山中深く逆上し、轟川河口から猛然と入ってきた波と合流して川原、開南、ヘーギナーで高々と盛り上がり、進路を西にとって低地を伝わり、名蔵湾に轟然と流れて行ったという(八重山の明和の大津波、牧野清著より)。この津波で死亡した島民は9490人、沖縄歴史最大の大津波である。
以上のことから名蔵湾の海底には当時、島民が使用していたいろいろな生活器具が流されてきて、埋まったままになっていると思うが、素人考えで当てにならないかもしれない。
世の中何かが狂っている 昭和60年7月1日 沖縄タイムス オピニオンのページ
夜間工事の最中、パトカーと暴走車のカーチェイスが良く見られる。逃げるのは必死で、タイヤを軋ませ、轟音を上げ、狂ったように猛スピードで走る。それを追うパトカーも必死である。だが、さすがにプロである。ハイテクニックのハンドルさばきで、ぴったりくっついて離れないのである。
そういうことは、もう慣れた目で見るようになっているが、つい最近、奇妙な追跡シーンを見てあ然とさせられた。なんと50ccの原付で悲鳴のようなエンジン音をあげ、パトカーに追われてきた男がいたのである。しかも、前には3歳ぐらいの子供を乗せていたのだ。
男はその子の父親なのかどうかは分からないが、けたたましいサイレン音と赤色の回転灯のきらめきの追跡をものともせず、じぐざく運転、思わず涙がこぼれそうになった。子供のことを思うと、追跡を止めてほしいという思いすらした。もし、事故でも起こせば大怪我はまちがいないのだ。これには仕事仲間全員があ然、その行方をしばらく見つめた。その後、どうなったかは知る由もなかった。翌日の新聞にそういう関連の記事が載っていなかったため、子供は無事だったと思う。
最近、人間一人一人が異常のように思えてならない。航空機事故、ハイジャック、爆弾テロ、汚職、殺し屋、その他いろいろで、とれをとって見ても大ショックになることばかりである。一体何が狂っているのか、人類は果たしてこれから先、まともに存続していけるのか、不安材料があまりにも多すぎます。
久茂地川と黒いデイゴ 昭和60年6月4日 沖縄タイムス オピニオンのページ
晴れた日、沖縄の空は青のまぶしさがどこまでも広がる。その下で県花・デイゴの花が満開である。5月のさわやかな緑の風に花びらが散り、紅の色彩が空間を埋め尽くして乱舞する。それが久茂地川沿いを、燃えるかのような派手な輝きで彩る様を眺めると、沖縄は素晴らしい、という思いがわきあがる。
インドや太平洋諸島にも分布するデイゴは、リュウキュウ松が県木となった同じ年の1968年に県花に選ばれたのであるが、台風にもろくとも、その生命力と繁殖力は抜群で、沖縄を象徴するには文句のない花木だと思う。
私は年甲斐もなく、川沿いからデイゴの魅力に取り憑かれて、そのまぶしい花を見上げようとした。ところが久茂地川のどす黒い水面から、強烈な悪臭が私の鼻に襲いかかってきた。
せっかくの深紅に輝く花々がたちまちイメージダウンし、黒く汚れた泥土の花となってしまった。私はあわててその場を離れた。せっかくの美しい花がだいなしである。私はそのとき、沖縄の厳しい現状を思い知らされた。
沖縄の観光資源は空の青と海の青、そして、汚染されていない自然の美しさであるはずだ。沖縄の玄関で悪臭を放ちながら、黒々と流れる久茂地川は、その印象を著しく傷つけるものではなかろうか。
清流にデイゴの花びらが浮かび、大小さまざまな魚が迂回する、そういう久茂地川は夢のまた夢であろうか。(現在の久茂地川は綺麗になっております)
日本の使命 昭和60年5月18日 沖縄タイムス オピニオンのページ
日本人には意味のない独特の愛想笑いがある。これをジャパニーズスマイルと外国人は言う。日本人の悪い印象の一つであり、不可解な習性として受け止められているようである。しかし、「ジャップ」となると、これは日本人を軽蔑し、敵意を露骨に表した言葉となる。
今英国では対日批判が感情的な段階にまで来ているとの事で、有力紙サンデー・エクスプレスでは、ついに日本人対して 「ジャップ」という言葉を公然と使ったようである。
日本との貿易摩擦、サッチャー首相と中曽根首相との個別会談の内容に対する不満、そして、英国がやるはずだったトルコのボスポラス海峡の第二架橋工事を、日本政府の裏工作によって、三菱グループと日本鋼管に横取りされたと怒り、ボン・サミットの記念撮影でレーガン大統領のそばに並ぼうとしたサッチャー首相をそうはさせじ、とばかり中曽根首相が間に入って邪魔したことなど、日本の英国に対する嫌がらせのようなものが、ついに「ジャップ」という敵意に満ちた言葉を使わせたと思う。
首相が女性であっても、英国はジェントルマンの国である。それが「ジャップ」と言うようでは紳士失格と思うが、しかし、そうさせたのはやはり日本である。それは非常にまずい。やはり、世界中の国々と仲良くし、喜ばせて儲ける、という策がないと、日本はいつまでも世界から嫌われることになる。
男の本性(我慢忍耐が救いの神にも) 昭和60年4月12日 沖縄タイムス オピニオンのページ
金が入ると男は、世界を征服したような気分になる場合がある。見えざる本性の奥に、支配者たらんとする野望が根強く存在するからだ。そして、無意識の幻想の中で世界の王、宇宙の絶対的支配者としての己を確立している。男がソーキ骨(肋骨)たらん、といわれるミスをしでかす原因がそこにあるように思える。
給料が入ると理性のブレーキなど問題ではない。男は天下を手中にしたような広い心となり、夜のネオン街にさっそうと出かける。
「ナポレオンをもって来い」
男は豪放な破顔で美女たちにウインクをする。そして、断末魔の悲鳴を上げてカラオケを歌う。その挙句の果てに、軽くなった財布が理性と後悔を呼び戻す。男は強い決心をする。二度と再び、飲みには行かない! しかし、男を賭けたその決意は、給料が入るともろくも崩れ去るのである。
実は、何を隠そう、恥ずかしいながら、かく言う私も、そういう時代があったのである。誘惑の衝動に対し、理性と我慢が効果的なブレーキとなったのは、子供が次々と生まれたからである。
男は外に出ると、7人の敵がいるという。その一つが道楽で、その誘惑の微笑みは男をボロボロにしてしまう。それが麻疹のようなものであれば幸いであるが、長引き慢性化すると命取りとなる。我慢、辛抱、忍耐という嫌なこと、それが最大にして、ほんとの、自分の味方であると思う。
男女同権 昭和60年4月10日 沖縄タイムス 茶飲み話
男は、ミスター、だけだが、女は、ミス、ミセス、と未婚、既婚を分けているのはどういう訳か。これは明らかに男尊女卑の現れであり不公平、自由主義国家としての大きなミスだ、と騒いだのが、ウーマンパワーが日本よりやや強い感じのする、米国のある婦人団体だった。
なるほどごもっとも、と男の偉い方々は寛大な理解を示し、早速その二つを一つに統一、"ミシス" という新しい敬称を作り上げたのである。
しかし、ミス、ミセス、の区別敬称の習慣は根強く、いかにマスコミ関係でミシスを使っても、一般には浸透せず、線香花火のように消えてしまったのである。
私はミス、ミセスを統合するよりも、ミスターを分離するほうがうまくいったかもしれないと思う。つまり、未婚者はミスター、既婚者はミセスター、などとすればOKだったかもしれないのだ。それによって、ある種の自動制御装置が男にかかることにもなる。
その点、日本は進んでいると思う。ミス、ミセスに当たる敬称がないのである。強いて言えば、ミスに当たるものとして、00嬢とか、**姫などが上げられるが、これは一般的ではない。ミセスに当たるものとしては、△△夫人、ぐらいのものだが、日常生活においては使われない。
どうしても、人妻であることを知らす必要がある場合は、おくさんとか、古くはご新造さん、ですまされる。男尊女卑の色彩が強いと言われた日本だが卑弥呼に始まる歴史から、案外、女が強かったかもしれない。その証拠に、「かかあ天下」に類する言葉は外国にはなく、日本だけである。
あっぱれな市長の行動 昭和60年2月5日 沖縄タイムス オピニオンのページ
親泊那覇市長は、恐れながら、目の悪い私が見てもハンサムではない。しかし、最近その顔が神々しく、まぶしく見えるようになった。男は顔ではなく、心である。党派に関係なく、市長の中の市長として褒め称えたい。
沖縄県民の生活安定のために、というフレーズで国家予算をいかに引き出すかも、政治家として大切ではあるが、現実の不況の嵐を安全地帯から眺め、政治手腕の手柄話をするだけでは、これからの県民は納得しないと思う。地球船に乗り込み、それがどこへ進んでいるかを無視し、ただ、金儲けの策だけを考えるだけでは政治家として失格である。地球船の沈没は全ての滅亡であり、その可能性は大きいのである。
県民が安定した生活をするためには、国家予算を多くもらい、いろいろな事業を行うことも欠かせない一つであるが、それ以上に核兵器のない世界平和と崇高な精神、そして、徳性が必要ではなかろうか。
人間の心が、その頭脳の発達に比例するかのように凶暴化し、乱れていく原因は何か。精神文化を無視し、経済成長だけに集中した日本国家にあると思う。
その中にあって、米ソや中国、仏などの核保有国に対し、堂々と核兵器絶滅の要請文を出し、人類の悩みに真っ向からメスを入れようとする親泊那覇市長に対し、拍手を送り続けたい。
末っ子の逆襲 昭和60年12月24日 琉球新報 声
子供たちがまだ幼く、純真無垢だったころは、父親としての自己誇示を、その特権と威厳に包んで発揮できた。そして、子供たちも絶対的存在として、父親としての私を慕い、崇めてくれた。
「ねー、お父さん、お話して」
夜になると、子供たちは私の寝床に潜り込んできてお話をせがむ。桃太郎、浦島太郎、かぐや姫、そして、話の種が尽きるとアドリブで話す。子供たちは満足し、そのまま眠ってしまう。その純心さに私も満足して寝てしまうのであった。
ところが中学、高校となり、背丈が私を追い越してしまうと、その頭脳は鋭く研ぎ澄まされて冷たい光を放つようになり、理屈にも立派な筋が出て手に負えなくなる。
1人取り残されたような寂しさに耐えられず、庭で、遊びに夢中になっている小学1年生の末っ子を呼んで話の相手をさせた。だが、最近の子供は馬鹿に出来ないのだ。
「ヨシナオは、父さんと母さんと、どっちが好きかな?」
という私の愚かな問いにチビは答えた。
「どっちも好き」
だが、私の孤独感はいじめの快感を求める。
「それではだめだ、必ず、どちらが好きかを決めて答えなさい・・・」
チビはしばらく困った顔をしていたが、やがてその眼光が鋭くなった。そして、逆襲に転じたのだ。
「では、父さんは、母さんとボクとどっちが好き?」
私はびっくり、目を白黒させて歌をうたった。だが、チビは許さない。
「ネエー、どっちが好きかはっきりして〜〜」
私は平身低頭、あやまった。そして、見事に小遣い1000円を巻き上げられてしまったのだ。しかし、久しぶりの泡盛が一段とうまく、喜びがあふれてくるのはどうしたわけであろうか。
迫りくる「核の冬」 昭和60年10月25日 琉球新報 論壇
花の蕾がふくらみ続け、最後に開花する。それが朝露のきらめきと共に太陽を仰ぐ様は、まぶしくて美しい。知性のない花々といえども物象の原理、仕組みをそのまま活用しており、そこに神秘的な律動を感じる。
もし知性が、事象物象の奇蹟を賞賛し、その原理仕組みの律動を、さらに躍動させていくものであれば、生命体の進化発展は、宇宙の無限性と共に未来永劫へと続く。
しかし、知性体の頂点に立つ人間は、残念ながら現段階では、その優れた知性ゆえに、絶滅への道を確実に歩んでいる。核戦争の勃発は一触即発、ちょっとした弾みで大爆発という状況にまで追い詰められている。
全面核戦争となれば生命体のほとんどは絶滅、世界中の都市は廃墟と化し、地球という宇宙で最も美しい惑星は、焼けただれた醜い星と化してしまう。
なぜ、それを十分に知りながら、核保有国の偉い人々は核兵器を捨てきれないのか。なぜ、死の商人たちは、狂信者グループやテロリスト、そして、中東、アフリカ、などに核兵器を売りさばき、人類滅亡の加速度を早めるのか、私には彼らが悪魔に魂を売った、としか思えないのである。
全面核戦争から生き残れる術は一つもない。ただ、確実な絶滅しかない。ソ連や米国、スイスを初め、ある国々は核戦争に備えて、地下深くに核シェルター都市を作っているという。だが、そういうものは核爆弾の破壊力の前には、何の役にも立たないのである。
第二次世界大戦で使用された爆弾の総量は、TNT火薬にして6メガトンと言われている。現在、米ソが保有している核兵器は一万三千メガトンと推定されている。それだけでも第2次世界大戦を、約2200回以上も繰り返し行うことが出来る。
広島、長崎に投下された原爆は0・015メガトンと、0・02メガトンであった。ところが現在の核兵器には、たった一発で6メガトン以上のものがざらにあるのだ。
1メガトンの核爆弾の破壊力は想像を絶する。その一発で深さ100メートル、広さ120平方キロメートルの巨大なクレーターが出来てしまう。総面積が1201平方キロの沖縄本島は、6メガトンの核爆弾一発で海面からわずかに姿を見せる岩礁群となり、2発目で跡形もなくなってしまう。
もし、全面核戦争が起きたとした時、米ソの保有する一万三千メガトンの核兵器は海と空、地上、あるいは宇宙から一斉に発射される。核弾道ミサイルは、めまぐるしく錯綜する光の筋を空いっぱいに描きながら、各国の主要都市や軍事基地に飛んでいく。
東京には10メガトンが打ち込まれ、嘉手納基地には潜水艦や軍事衛星からの核ミサイルが襲ってくるはずである。急上昇するファイアーストーム、地上に広がる大火炎、宝石のように美しかった水の惑星、地球は断末魔の地獄と化す。
そして、全てが廃墟となったとき、核の冬が訪れる。生き残った人間は暗闇と絶望の地獄の中で、確実に迫ってくる死の足音を聞く。
オゾン層は破壊され、強烈な紫外線や宇宙線が容赦なく地上に降り注ぐ。厚い煙の層は空を隠し、地上は零下40℃にもなる。人々は断末魔の一瞬、けいれんの硬直を残し、次々と死んでいく。生き残るのはゴキブリとかネズミなどの昆虫や怜悧な小動物だけ。そして、何百万年か後、彼等の子孫は進化してより高度な知性を持ち、かって存在して威張っていた、人間という愚かな動物を、哀れみの目で見つめるであろう。ちょうど我々が6500万年前に絶滅した恐竜を観るように・・・。
日本語の美しさ 昭和60年9月6日 琉球新報 声
言葉、文章にはその人の心、感情、そして人格の臭いがある。日本語の場合、特にそれが強いように思われる。その表現はたいへん細かく、デリケートで美しい。それは日本人の、繊細な感受性の強さから来るのかもしれない。
名作といわれる文学作品を読むと、そのことが一層強く感じられるのである。もちろん方丈記、枕草子、徒然草などのような古典文学と、現代の文学作品とは語句や様式の違いが見られるが、しかし、その底流で脈打ち続ける日本語の美しさ、素晴らしさに、変わりはないのである。
鴨長明の方丈記 「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、・・・」 そして、おもろそうし、「天にとよむ大ぬし、あけもどろのはなの、さいわたりあれよ・・・」。じつに素晴らしく心に伝わる陶酔の波動がある。
それに対して、目まぐるしく変化する流行語がある。それが良いか悪いか知らないが、それにしてもおもしろい。
「オカルトブスにかぎって北方領土よ、早くワープしないかしら」とか、「今、彼とキャンキャンなの、おしんしてニャンニャンになろうかな」、これは国語の先生でもきっと分からないと思う。
北方領土とは、カラオケマイクを握って離さない人、ワープは疲れて寝ること、キャンキャは喧嘩、ニャンニャンは仲良くなる、おしんは・・・、分かりません。誰か教えてください。
互いに助け合う世界を 昭和60人8月22日 琉球新報 論壇
人体は60兆個の細胞から出来ている。大きさは100分の1ミリから10分の1ミリで、顕微鏡でしか見えないとのことである。
人間がいかに万物の霊長として宇宙を征服したとしても、その無数の細胞の働きとそれぞれの機能のおかげであって、それ故の人間であり、行動の自由が可能となっている。
人体は見えざる世界で、細胞が何らかの仕組みで互いに助けあい、それによって正常に機能し、規則正しい生命のリズムを奏でている。思えば、細胞の一つ一つが神秘の光に輝いているのだ。
世界の人口は45億といわれている。60兆個という1人の人間の細胞からすれば、数的にははるかに少ない。
私はよく思うのであるが、この無数の細胞も、さかのぼっていけば、10分の2ミリという1個の受精卵にたどり着く、ということから、45億の人間もその祖先をさかのぼっていけば、一つになるのではないかと・・・。
したがって人間はすべて一つの根源から分かれた兄弟姉妹であり、国や人種に関係なく平等なのだ。細胞たちが互いに助け合うように、人類の発展と幸せのために人間もまた、互いに助け合わねばならない、と思うのである。
一つの細胞が病んだ時、その苦痛を他の全ての細胞がキャッチし、救助のために互いに協力し合い、それぞれの機能を発揮して動き出す。それがなければ肉体は病原菌の独壇場となり、あるいは病変は全身に広がり、一人の人間の、あの世への孤独の旅たちとなる。
互い助け合いは、全体が正常に生きていくために、絶対的に必要なことであり、人間社会にも立派に通用している自然の法則であると思う。
最近のニュースに接するたびに心が痛む。航空機事故やハイジャック、戦争、内乱、核実験、爆弾テロ、汚職、サギまがい商法、その他いろいろで、どれをとってみても大きな社会問題であり、ショッキングなことばかりである。
一体何が狂っているのか、人間社会を動かしているメカの主軸に、重大なひずみが出来たのであろうか。互い助け合うことに盲目となり、他人と自分はなんの係わり合いもございません、とする人間の冷たい、残忍な姿、そこにあるのは絶望のみである。
現実を正しく美しく生きていくことは難しい。それぞれ自分の身を守ることに精いっぱいなのである。しかし、そこで他が病んでいることに無関心で、何らかの救いの手も差し向けなかったとき、その病変は運命の波をめぐりめぐって己の身に降りかかってくるのである。
そして、人間はただ、黒い不吉な影に怯え、その吸引力に逆らえず、巨大な汚濁と混乱の渦に巻き込まれていくだけである。
互い助け合いとは、必ずしも金や物を与えるだけではない。励ましの言葉と思いやり、そして、助けを必要としている人のために、何らかの働きをすることだと思う。金や物に依存する心に真の幸福は訪れない、ことを知らしめるのも大きな救いとなる。
それぞれが互いに浄化しあい、明るくて楽しい人間関係を築きあげていくことこそ、全人類の頭上に黒く渦巻く不吉な影を払いのける切り札だと思う。
しかし、世界情勢と人間の心の姿を全体的に見つめたとき、その進んでいる方向は絶望と恐怖のように思えてならない。それを希望と喜びの世界に向けるには、それぞれの国をリードする権力者や指導者、政治家の舵取りにかかるところが大である。
私は、60兆個の中の一つの細胞として叫びたい。世界は一列兄弟姉妹、互い助けあい、争うことなかれ!
All of you throughout the world are brothers and sisters. There should be no one called an outsider.
3女との会話 昭和60年7月11日 琉球新報 声
梅雨が明けると沖縄は真夏、ガジュマルやアコ―、琉球松などの亜熱帯植物のうっそうとした森や林からは、蝉の大合唱が聞こえてくる。沖縄の夏は騒々しくてにぎやかである。その蝉の鳴き声を聞きながら小学5年生の3女が尋ねた。
「どうして、セミと言うの?」
単純で子供らしい質問に私は苦笑、「さあて・・・」と首をかしげた。3女はニコニコして言った。
「それはね、いつも幹や枝葉に止まって背中を見せているから、せ、み・・・」
なるほど、立派に筋の通る理屈である。以前に 「法隆寺を立てたのは誰?」 と訊かれて、「聖徳太子だ」と答えて笑われたことがある。
「法隆寺を立てたのは大工さんたちや、お父さんと同じ労務者たちでーす」
と一本取られたことがある。そこで今度は逆襲することにした。
「蝉を捕ると死刑になるよ」
3女は目を大きくしてびっくり、「ほんと? どうして?」と尋ねた。
「蝉のことを英語で、シケイダーと言う。だから、蝉を捕ると死刑だー」
3女は大声で笑った。それを今度は兄や姉に言ってまわり喜ぶ。ピアノを習い始めて2年目になる3女、私に一番なついてくれる子供である。 "乙女の祈り" が弾けるようになったとき、それを聴きながら泡盛を一杯やれる日が楽しみだ。
理に対する宗教と科学 昭和60年6月14日 琉球新報 論壇
小学5年生の男の子は自転車で交差点を通行中、大型ダンプカーの右後輪に轢かれた。右大腿部と左ヒザ骨折、そして、動脈、静脈は切れ筋肉はばらばらの重体となった。病院側は急いで輸血、手術の準備をした。男の子の血液はすでに半分が出血し、一刻を争う事態だったのである。だが、輸血は親の同意がなければ出来ないことになっている。
医師はさっそく両親にその同意を求めた。親であれば誰でも同意するはず。ところが意外にも両親は拒絶したのである。理由は? それは両親の信仰にあった。
この世は罪悪として否定、ただ聖なる神とその救いの奇蹟にすがろうとしたのである。医師の4時間近くの説得にもかかわらず、ついに同意は得られず、幼い尊い命はその炎を消されたのである。親の崇高であるはずの信仰は皮肉にも、子供の生きるチャンスを断ち切ってしまったのだ。
この世は罪悪だけの絶望の世界ではない。打てば響く自然の理法が支配する場であって、心一つ、行い一つによって地獄ともなり、極楽ともなる世界であるはずだ。日は東から昇り西に沈む。水を熱すれば蒸気となって空に上がり、雲となり雨となる。
そういう狂いなき理法の効力を地獄に向けるか、あるいはユートピアに向けるかは、判断一つ、考え方一つにかかっており、理法を歪め、否定しての奇跡というのは絶対にありえない。つまり、理そのものが奇蹟であり、神と言えよう。
昔、ガリレオが地動説を支持し、強大な権力を持つ教会と対立、そのため自宅に軟禁されて一生を終わったのであるが、今日では、どちらが正しかったかは常識として明白である。そこに、理法をまげて、誤ったことを真理としてしまう信仰の傲慢さを思い知らされるのである。
逆にガリレオのような科学者が別の見方をすれば、宗教以上に正確、かつ鋭く神を見つめており、忠実な理法、つまり、神のしもべとも言えるのである。私は神とは理法である、と思っている。それはいろいろな次元において、狂いなき効力を発揮するものであり、全宇宙を構成、維持しているからだ。
物質を作っている基本粒子は30兆分の1センチというクオークである。その極小の世界から、想像の領域をはるかに超越する広大無辺の宇宙の果てまで、厳然と光り輝いているものは何か、それこそが森羅万象を操っている理法であり、強烈無限のエネルギーではないのか?
各宗教の創始者、教祖はその理法に基づいて教えを説いたのであり、宇宙全体の調和と秩序を厳正な目で見つめ、それを制御する理法の絶対性を肌に感じたはずである。それぞれの属する信仰は信者たちに取っては光であり、命でもある。
しかし、それが理を曲げて、互いに争い、悲惨な戦争を起してしまっては何にもならないと思う。盲目的で弾力性に欠け、岩石のように固まった信仰ではなく、自然のふところの中で、生命の炎を燃やす人間が何を見つめ、何を守っていくか、高度に発達した頭脳にふさわしく、正解を出しても良い時代ではなかろうか。
危険な戦略防衛構想 昭和60年5月16日 琉球新報 論壇
西暦二千??年、米国防総省は全軍に対しデフコン1(国防緊急体制1)を発令した。皮肉にもそれはSDI、すなわちスターウォーズ計画が実戦配備を完了した日であった。S国のICBMとIRBM多数の噴炎を早期警戒衛星が、いち早くキャッチしたのである。「なぜ、こんな事になったのだ〜〜〜!」
と大統領が国防長官に怒鳴った。
「これは筆者の自由発想ですからどうでもいいことです。そんなことより、早くGOサインを出してください〜〜〜!」
国防長官は蒼ざめて言った。
「一つ残らずたたき落とせ〜。迎撃システムコンピュータの全回路を開け〜、GO〜!」
大統領は全軍に命令を出した。地球周回軌道上にある数百の軍事衛星がコンピュータの指揮下に入った。原子力発電機を搭載したX線レーザービーム衛星、反射ミラー衛星などが噴炎加速中の核ミサイル軍に照準を合わせ、一斉に攻撃を開始した。
反射ミラー衛星は直径数メートルの反射盤を開き、地上から25キロメガワットで送られてくるレーザーをキャッチして直接反射したり、あるいはリレー方式によってそれを反射、敵ミサイルを次々と撃墜していった。この間、わずか3分前後である。それによって敵ミサイルの99%が破壊された。
しかし、生き残りの核ミサイルはブースターを切り離し、マッハ28という超高速で迫ってきた。それを赤外線探査衛星がキャッチ、その飛行方向を測定し、地上レーダー施設に伝えた。地上基地からは間髪をいれず、複数の迎撃ミサイルが発射された。それらは途中で無数の子衛星に分かれ、敵ミサイルに吸引されるように衝突し、爆破したのである。
しかし、悪運の強いものはどこにでも存在するもので、2,3個の敵ミサイルは、その防衛網をかいくぐり大気圏内に突入してきたのだ。
コンピュータは最終段階としての迎撃を指令した。超重量級の地上設置ビーム砲、そして、最後の迎撃ミサイルが狂ったように発射された。数10キロ上空で敵ミサイルは完全に撃墜されたのである。
これが良いか悪いかの議論で世界中が注目しているSDI、すなわちスターウォーズ計画による、敵核ミサイル撃滅の段階的手段である。しかし、私には、これだけで敵の核ミサイル攻撃を、完全に封じ込めるとは思えないのである。ICBMは30分で目標地点に到達するが、IRBMの場合はたったの7分である。
しかも、それが複数の地点から同時多発的に発射された場合、SDIがいかにテクノロジー最先端の産物、とは言え完全防衛は不可能である。さらに洋上からの巡航核ミサイル、そしてレーダー波を完全に吸収し反射しない特殊塗料(磁性酸化物)を塗ったミサイルや爆撃機をどう迎撃するか、不安材料があまりにも多い構想ではなかろうか。
SDI機構の局長ジェームズ・アムラハムソン氏は 「これが新しい抑止力となり、世界平和が維持できる」 と言う。もちろん科学技術が向上し、不況にあえぐ世界経済が、その一兆ドルの予算で息を吹き返すかもしれない。軍需産業やエレクトロニクス産業は活気に満ち溢れ、日本経済をも潤すはずである。
しかし、それ以上に不吉な影が、その背後にまつわりついていることを見逃してはならないと思う。ソ連も黙ってはいないはずで、先制攻撃を目的としたスターウォーズ計画が行われるかも知れないのである。
中曽根首相がなぜ、レーガン大統領にぺたぺたくっつき、何でもOKとするのか納得できない。人類の未来を見つめ、恒久平和の確実性がどこにあるのか、それをしっかり見据える必要があると思う。
優秀な頭脳だけではだめ 昭和60年5月15日 琉球新報 声
米司法省の公表によると、米国人が犯罪により全生涯を通じて殺される確立は、133人に1人、黒人の男性だけなら21人に1人になるという。背筋が冷たくなり、クーラーの要らない夏となりそうである。
すべてにおいてアメリカ化していく日本が、人間の心の問題に警笛を鳴らさねばならない事態だと思う。日本の殺人事件も年々増加しており、その手段も、残虐性を帯びてきているように思える。
今の若者たちを見つめたとき、その黒い汚濁に染まりつつあるような気配が感じられ、日本、特に沖縄の未来に不安を抱くものである。
一体、何が狂っているのか、どのような手段で人間の心を浄化すべきか、それらを解明し、人間の徳性の向上に力を注がぬ限り、日本の未来は真っ暗である。
県教育長は那覇H高の設立に力を注いでいるところであるが、優秀な若者たちの頭脳をさらに研ぎ澄まし、沖縄の発展をその頭脳に委ねる構想は素晴らしいと思う。
しかし、いかにそういう立派な頭脳が数多く現れたとしても、現在の米国のように、殺人が平気で行われる島になったら意味がない。今の流れを見るとその可能性は大きい。頭脳と人間の徳性、その両輪の動きが沖縄の未来を素晴らしいものにする。
父親の面目にかかわる 昭和60年4月5日 琉球新報 声
どういうわけか、私の6名の子供たちは皆、音痴である。歌わすと一直線のリズムでお経のようになってしまう。リズム感に欠陥があるのだ。
「きっとお父さんに似たのだ、責任を取れ」
と子供たちは私に八つ当たりする。ところが私は音楽好きで、学生の頃、ピアニストになることを夢見た事もある。子供たちは私を、労務しか出来ない色黒い父親で、上品な音楽とは程遠いとみなしていたのである。
このままでは、スーパーマン的存在、でなければならない父親歳の面目にかかわる。そこで泡盛を一杯やり、何でも屋から、3女の懇願で買ってきた古いオルガンを弾いて見せることにした。
しかし、10年余りも鍵盤に触れたことのない指は、労務仕事で硬くなっていて、自由に動かないのだ。焦れば焦るほど間違いだらけとなり、子供たちは大笑い。
私は惨めな思いで、その場を退散した。それから仕事の合間に、子供たちがいない時を見計らい、懸命に練習を続けたのである。
そして、ある土曜日の夜、私は子供たちを集めて、「早春賦」と「冬景色」を弾いた。子供たちは、流れるような鍵盤上の私の両手を見つめ、驚きの目で静まり返ったのである。
翌日、仕事から帰って来ると私の机の上に、一輪ざしのバラの花と高級泡盛が置かれてあった。子供たちのお詫びと、私への賞賛のしるしだったのであろうか。
生かされる喜び 昭和60年3月3日 琉球新報 論壇
ある小雨の日、ナメクジの親子が庭をはっていた。私は毒年のままにその周囲に塩をまいた。親ナメクジは懸命に出口を探し回っていたが、それが絶望的であることを確認すると、驚いたことに塩の中に入り込み、子ナメクジをその体の上から通したのである。
私は無残にも溶けていく親ナメクジの姿を見たとき、頭の中で何かが大爆発したような気がした。単純で、卑小な下等動物であるはずのナメクジ、それにも劣る己の醜い心の姿をその時、鋭く、痛く思い知らされたのである。
それまで私は、人間をやめたいと自暴自棄的に思ったことが何回もあった。人間は何のために生きているのか、百年前後の短い人生をただ生活のためにだけに働き、生きるということに、いったい何の価値があるのか。
しかも、いろいろな人からの裏切りや毒気、生活苦、働く苦しみ、病苦、あるいは世界情勢から核戦争の恐怖と絶望、それらを思うと右を向いても左を向いても嫌なことばかりである。
人間はただ本能の衝動に支配され、その表し方を、より上品な、そして高度な体裁と虚飾の光に輝かしながら、空しい自己主張を続けているだけではないのか。人間の一生というのは、夜空を高速で飛んで消える流星の、ほんの一瞬のきらめきのようなものだ、と思うと、人間などやめてしまえ、というやけっぱちな気になったりした。
しかし、親ナメクジの高次元の反応を目の当たりにした時、そういう考え方は、己の卑賤な徳性からの黒い投影であった、ということに気づいたのである
人間は、本性や感情のそれぞれの度合い、あるいはいろいろな次元で人生を見つめ、対象なるものを判断、区別する。怒りは怒りの波紋を広げ、不平不満の感情は、全てを欠点だらけの世界に変えていく。つまり、人間は己の本性の色のままにしか、人生を見つめることが出来ないのである。
そこでは己の知識、経験、特技、あるいは力なるもの全てが、その支配下に置かれる。人生を暗く、低く、見つめるか、あるいは光明の素晴らしい世界として見つめるかは、人間の徳性の各次元と、本性の色彩によって決まると言える。
人間は生きているのではなくて、生かされているのだ。人がそれぞれの知恵と力を活用でき、あるいは働けるのは、この世があるからであり、この天地、宇宙という壮大なステージが、人間のドラマのために存在するからである。
親が自らを犠牲にして子を守るという親心が、いろいろな形で、すべての生命体の本能の中に根強く宿っているという事実は、根源の親心、不滅の愛が全宇宙の隅々にまで充満し、光り輝いているからだと思う。そう悟った時、私の人生観は根底から、一瞬にして変わったのである。
他人から毒気をかけられようが、病苦、生活苦、あるいは愛する人が浮気しようが何しようが、減るものではないし、すべて己の徳性の価であり、その刺激は、己の本性を改造せよ、との天の声ではなかろうか。
生かされる人間として大切なことは、己に厳しく、他人に寛大となることだ。そこから喜びがわき上がり、すべてが感謝の光の中で輝く。喜びは喜びを誘導し、毒念は毒年を誘導する。それが人生だと思う。
男は愛きょう 昭和60年2月13日 琉球新報 声
一つの公共工事が終了すると必ず発注元である国や県、市町村、あるいは水道局などの検査を受ける。中小企業の場合、そこに会社の命運がかかる。
まず、眼鏡をかけた偉い検査官が舗装したばかりの歩道を歩く。その後から施工した会社の責任者たちが、顔面蒼白となってついて歩くのである。検査官が立ち止まると後ろの連中も一斉にぴたりと止まる。
「きみ、ここの舗装面、荒いと思わんかね。困るね、こんなでたらめは」
検査官の冷たい言葉に背広姿の責任者たちは青くなったり、赤くなったり・・・、まるで信号灯である。
「実はここは交通量が激しく、その上、雨が続きまして難工事でした。さっそく手直しいたします」
しかし、厳しい検査官の場合は絶対に許さない。
「手直し? きみ、きず者を嫁にもらえると思うのか。ここは全面やり直したまえ」
検査官の一声に責任者たちはぎこちない笑顔を作る。
「そこを何とか、今夜あたりどこかで話し合いませんか」
しかし、検査官はどこまでも頑固一徹、とうとう会社は全面やり直しの大赤字となり倒産、我々労務者に賃金を払わぬまま夜逃げしてしまったのである。
それが、検査官の感情一つにかかる場合もあり、完璧であるはずの工事が何回もやり直しを食らうこともある。
これからは女以上に男も、検査官の前では、愛きょうをふりまくべきであると思う。
映画グレムリンを観て 昭和60年1月16日 琉球新報 声
雨の日、映画グレムリンをご観覧なされるという6人の子供たちのお伴をする。6600円が涙のお別れ、再開の絶望とともにむなしく消えた。子供たちは、家の厳しい経済引き締め策の苦労も知らずに、好奇の目を輝かせてスクリーンに食い入る。
そのうち、単純馬鹿な私もいつの間にかスクリーンの虜となってしまった。だが、終わってみると、なんとなく後味が悪い。
イエローモンキーのようなこのグレムリンは、憎悪と警戒心が作り上げた醜い小悪魔、日本人に外ならないのである。外国の経済不況の中へたくみに根強く、しかも確実に浸透し広がっていくメイド・イン・ジャパン、それによる外国企業の苦慮、倒産、失業者の群れ、それは性質の悪い防衛不可能なグレムリンの冷暗からの侵略なのだ。
追い詰められた先進国は、中東やその他の戦争国への兵器輸出によって、かろうじて経済不況を乗り切る。日本の繁栄は外国への毒液であり、予想もしなかった経済侵略による世界征服の可能性を持つものである。
グレムリンの大群がシンデレラ館を占領、そこで展開される狂乱の酒宴、まさに日本人への強烈な皮肉であり、その魔性を暗示している。
日本の爆発的な繁栄は水、すなわち石油であろう。それはシンデレラの魔法がとける時、外国側が貧しくなった時、食を得てさらに繁栄する。助かる道はただ一つ、それは光、つまり核爆弾である。
そこまでこの映画は日本を警戒しているのだ。エコノミックアニマルから、平和の使者としての日本になってほしい、と願う者である。
花の青春 昭和60年1月31日 琉球新報 声
昔は人生40年、今は80年となり、40年も人生の長さは大幅アップされている。44歳となった小生が花の青春のまま、土方一筋で汗の人生を歩めるわけがここにある。
儒教の創始者・孔子は2500年前に言われた。「われ十有五にして学を志す、30にして立つ、40にして迷わず、50にして天命を知る・・・」と。しかし、科学文明が発達し、平均寿命が過剰に伸びた今日、少し訂正する必要があると思う。
つまり、それに40年をプラスして 「われ70にして立つ、80にして迷わず、100にして天命を知る・・・」となっても立派に通用する時代であると思う。
心身ともに健康で、絶えず活動しておれば、人間の脳は80代でも知的に発達し、その機能は退化することなく、500年の可能性を持つ、とアメリカの老年医学会では主張している。
人生の荒波の中で、その厳しさをまともに受けて老化し老け込むか、あるいはそこに花の青春のエネルギーを燃やし、爆発させて立ち向かい若々しく生き抜くか、気の問題であり、心ひとつだと思う。