【精神病者の犯罪率概略】2004. 06/22

  スミダのお部屋さまで最近、精神障害者は健常人に比べて
 犯罪率が高いか否かという議論が起こっていた。この問題は、世間
 一般ではかなり先入観がまかり通っていて、実数について把握しないで
 ものを言っている人が多い。そこで今回、当ページでも実際の概要に
 ついて紹介してみることとした。ここで言う精神障害者とは、
 『精神病者/精神薄弱者/精神病質者及びその疑いがある者。
 性格異常者、覚醒剤/麻薬常習者、有機溶剤乱用者、アルコール
 中毒者』を指している。つまり、精神障害者とは言っても知的障害や
 統合失調症、内因性鬱病といった精神病だけではなく、ヤク中や
 神経症、人格障害といった法的な処罰の対象となりえる(或いは責任
 能力をほぼ必ず問われる)人達も入っているため、これらを差し引くと、
 内因性の精神病者が占める割合はさらに少ない点に注意して頂きたい。

  なお、このデータは『臨床精神医学講座7・人格障害』(中山書店,2000,
 福島章・牛島定信編)のものを参照させて頂いている。詳しくは、
 この成書のP405〜『犯罪・非行の治療と管理』をご参照ください。


  ・犯罪全体における精神障害者の割合

  交通関係業過を除く刑法犯検挙人員中の精神障害者の
 占める割合は、全体で0.1%とかなり低い。この数字は、事例発見の
 問題があり、実際より少な目であるとしても、犯罪・非行の主体は
 大部分が健常者(この場合、非精神障害該当者)であろうことは
 間違いなかろう。なお、この年の交通関係業過を除く刑法犯検挙人員
 総数は約308000人であり、このうち精神障害者の検挙人員は470人
 というのが内訳だ(精神障害疑いを含めると、0.6%程度となる)
 精神障害者が統合失調症罹患率だけでも全人口の1%を占める事を
 考えると、健常者に比較して明らかに割合が低いと言わざるを得ない。
 もし健常人と同程度の検挙率だとすれば、精神障害者による検挙
 人員数は統合失調症患者によるものだけでも1%程度はある筈だし、
 もっと人数の多い鬱病や、その他の様々な精神疾患を全部総まとめに
 した数はもっともっと多くなっていなければならないだろう。
「検挙」という表現からも分かる通り、これには措置入院分が含まれている。
 警察が関与し検挙した全事例に対応した数字なので、精神鑑定に回って
 措置入院した、非逮捕ケースも含まれている。


  ・精神障害者の犯罪、その内訳

  検挙人員の割合が0.1%と低いことは既に述べた通りだが、
 罪種別では成人の凶悪犯(10.4%)、とりわけ放火(25.4%)、
 殺人(14.6%)と高率にみられ、かつ精神障害者に有意に多い
 罪種も凶悪犯(13.7%)である。犯罪全体の検挙人員は少ない
 にも関わらず、精神障害者が凶悪犯罪を起こす確率自体は
 高いということには留意する必要があるだろう。


  ・これらの数字、臨床上の状況を踏まえて

  以上のような傾向を踏まえると、精神障害者の総検挙人員は
 少ないが、マスコミに触れるような大きな犯罪は多いという事が
 伺える。特に、一部の特異な人格障害や妄想絡みの殺人などが
 発生すると、その不可解さゆえにマスコミは大喜びでテレビで
 とりあげるものだから、尚更「精神障害者は危ない奴」と思われやすい。
 エビデンスは無くてもマスコミへの暴露量が増えれば、世間の人は
 反射的に『精神病者や人格異常は犯罪を犯しやすい』と思いこむ。
 しかしマスコミバイアスを無視して数をプロットすると、凶悪犯が多いと
 いう事実がある一方で、全体の検挙人員の割合が低いという事実に
 ぶちあたるわけで、『精神障害者が犯罪を犯す確率は低い。ただし、
 大きな事件の発生頻度は高い』と結論づけるのが最も妥当だろう。

  今回引用されたデータがH7年の犯罪白書と若干年次が古いものの、
 この数字が大きく変化したという兆候はみられない。H13年の犯罪
 白書を調べてみたが、比率はあまり変わっていなかった。
 ついでに先輩精神科医達に聴いてまわっても「いや、同じぐらい」と
 いう返事しか帰ってこない。

  また、精神障害者の場合、殺人事件や婦女暴行、放火といった事件は
 再犯率が二極化しており、一度やって二度とやらない群と、退院しては
 事件を起こしてを何度となく繰り返す群が存在している(この証拠も
 どこかにあるんですが、医局本棚のどこかに埋没している。現在捜索中)
 しかも、一度やって二度とやらない群の多くは親族に対する殺人の割合が
 高く、放火についても同様の傾向がみられる。つまり、部外者に対する凶悪
 事件件数のかなりの割合は、一部繰り返し患者群によって占められている
 のだ。この事実からも、ごくごく一部の何人もの部外者を殺してしまう精神
 障害者による延べ人数を一人とカウントするならば、凶悪事件検挙人員の
 数はさらに少なくなる。精神科措置入院では死刑や無期懲役に相当する
 処置が存在しないため(これは司法精神医学上の、大きな穴だ)、いくら
 危険な繰り返し殺人者や放火者でも、遅かれ早かれ社会に戻ってしまう
 ケースが後を絶たない。このため、そのような危険なケースは繰り返し検挙
 されるため、一人で何件もの検挙数を稼いでしまっていることが多く、その
 ような事例を一人としてカウントすると検挙人員数はさらに減少する
 私の知る限り、8回人を殺して今も入院中の措置入院患者が実際に存在
 する。いずれまた野に放たれるのだろう。

  さらに、この統計では精神障害者の定義がかなり広くとられている
 点にも留意する必要がある。対象を『精神病者』だけに絞った場合、
 犯罪高リスク群である麻薬常習者・アルコール依存・薬物依存による
 検挙率を除外しなければならない(まあ彼らの中にもやりすぎて精神病
 に名称変更される群は存在するが)ので、一層少ない割合になることが
 想定される。このことを踏まえると、統合失調症・(エセじゃない)鬱病・
 知的障害・躁鬱病・その他の特殊な器質疾患といった、精神科医が
 内因性の精神病と呼びえる一群が犯罪を犯す確率は相当低い
 言わざるをえない。もちろん、ごく一部の凶悪な患者や際だって
 マスコミ映えする患者の存在は大きな問題だが、精神障害者、
 とりわけ精神病者の犯罪率は低いことは記憶したほうがいいだろう。
 大半の患者さんは、社会に犯罪をもたらすものではないのだ。

  その奇異さや理解しがたさ、マスコミにのぼった時の話題性などから、
 世間の人達は精神病者に対して「犯罪しそう」というバイアスを持ちがちだ。
 しかし、それが先入観であることを是非理解して欲しいと思う。確かに
 ごく一部、私達精神科医や警察でも手に負えないような極めて困った
 ケースが存在するのも事実だが、そういう事例は全体からみれば極々
 少数(だけど目立つ)であり、殆どの患者さんは「凶悪でもなければ
 血や火に飢えているわけでもない」。この事を勘違いして、ごく一部の
 マスコミに映ってしまったケースだけに目を向けると実態を離れた
 偏見を持ってしまう可能性が高い。この文章を読んでくださった方は、
 どうかそのような偏見を持たずにいて頂けたらと思う。
 そして、不必要な差別をしないで頂けたらと思う。

  最後に、マスコミに某人格障害者による某大事件が報じられた時、
 ある患者さんが言っていた言葉を紹介して結びとしよう。
 「ああいう事件があると、僕達全体に対する偏見が強くなるんですよね。
  本当に迷惑です。世間の人達は、あんな滅茶苦茶な奴と僕らを
  一緒くたにして考えるから困ります。先生、何とかならないんですかね?」

  彼に限らず、多くの患者さんが大事件のたびにこのことを憂いている。
 これはとても不幸なバイアスによる結果で、いかに世間の人達が
 「精神障害者というレッテル貼られた人間は一緒くた」にしているかを
 示しているような気がする。ごく少数の検挙者は目立つけれども、
 ほとんどの患者さん達は犯罪に関わらない事は忘れないで欲しい。





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