Episode-03【大人達】


 プルルルル プルルルル プルルルル プルルルル プルルルル プルルルル


 “畜生め‥‥” 

 しつこく繰り返される真夜中のコールに心底腹をたてながら、俺は
 ベッドの脇の電話に手を伸ばした。例の事件前は、夜中にネルフ本部に
 呼び出されるのにも慣れていたが、もう平和ボケしたらしい。


 「もしもし。青葉ですが」
 『冬月だ。こんな夜分遅くにすまない』


 「‥‥いいえ、かまいません。ご用件は何でしょうか?」
 『やはり寝ていたようだな。』
 眠そうな声にならないように努力したつもりだったが、見抜かれたか。


 『明日、臨時の会議が入ってシンジ君の所に行けなくなったのでね。
  すまないが‥‥君に代わりをやって貰いたいんだが』

 「そういうことでしたら、お任せください。」
 『ありがたい。例の件も含めて、うまく説明しておいて欲しい。
  詳細は、既に君宛のメールで届けておいた。
  ああ、それとシンジ君の新規のIDと孤児カードの発行が完了した。
  すまないが、明朝に本部まで取りに来て貰いたいんだが…』

 「ええ、もちろんやっておきます。」
 『そうか、よろしく頼む。』

 「いいえ、では、失礼します」
 『うむ。』

 ピッ


 受話器をおいて、DVD端末の時計表示を見た。
 午前三時十四分。

 暇してるのは俺ぐらいとはいえ、冬月さんの呼び出しは遠慮が無いというか‥。


 「……何だったの?」
 ゴソゴソとシーツのすれる音に続いて、聞き慣れた声がした。

 「ん、冬月さんから電話。」

 電話の音に気付いて、隣で寝ていたマヤが目を醒ましたらしい。
 彼女の頭を軽くぽん、と叩いてから、俺は再びベッドに潜り込む。
 ふんわりとした彼女の髪の感触は、いつものように心地よい。


 「ねえ青葉君、何だったの?」

 「ああ、明日冬月さんがシンジ君の所に行く予定だったのが、
  臨時の会議が入ったらしくて、それでね」

 「代わりに行けって?」

 「そ。 だから、明日の午後に病院に行って来るつもりなんだけどさ」

 「私は?」

 目が慣れてきたのか、ぼんやりとだがマヤの顔が闇の中に浮かんできた。
 表情が暗い。またレイのことを思い出しているのか‥‥。
 マヤには、罪は無いっていうのに。


 「明日はいいよ。冬月さんの指名は俺一人だったし。
  マヤは、また今度でいいさ」

 暗い顔は、やっぱりマヤには似合わないな。
 だから、思いっきりマヤの腕を引っ張った。

 「キャッ!何するのよ?」

 「見ての通り。マヤをだっこするのさ。」
 「もう‥‥」

 ぷくーっ、とマヤが頬を膨らませている。
 先ほどの暗い表情が消え、甘えたような拗ねたようないつもの彼女に戻っている。

 これでいい。
 シンジ君の事で、マヤにはあまり悩んで欲しくない。


 「さてと、午後から出勤と決まっても、昼まであと9時間はあるな。だから‥‥」

 「何言ってるのよ!バカ!」

 俺は頭をコツリと叩かれた。
 ぷんぷんに怒ったマヤの顔が、とても可愛い。

 “何って、そりゃ、エロいことさ”とだけ言い、俺は恋人の唇をふさいだ‥‥。






 同時刻。 中近東ヨルダン川流域。

 「そこだ。対岸のA陣地を徹底的に砲撃しろ。イギリス空軍の支援爆撃は、
  2230より開始される。ロケット砲の準備は、まにあうな」
 「はい。」

 大きな野営テントの下で、軍人達のミーティングが続く。
 流暢な英語で指示を出しているのは、意外にも日本人であった。

 「君の部隊は砲撃終了と同時に、一気にA陣地を蹂躙する。最も重要な
 任務だが。」

 「判っております。日向司令。」

 日向司令‥‥多分に皮肉の成分が含まれていた。
 沢山の白い顔は、“ネルフの青二才の風下に立てるか”という心中を
 隠そうともしていない。どこからか、クククという笑い声も聞こえたような
 気がしたが、それらを日向は敢えて無視した。


 「架橋部隊は、第五空中機動師団が橋頭堡を確保し次第、動いてくれ。
  細かい指示は、追って出す。」


 「‥‥以上だ。何か質問は。
  ないな?
  よし。解散だ。諸君の健闘を祈る。」


 “奴等を、俺は決して許さない。地獄の果てまで追いつめる”

  その誓いは、苦痛に満ちた束縛と引き替えに、男に無類の強さを与えていた。







 翌日、第二新東京大学付属病院二〇六号室にて。


 「えっ?」

 「そんなの、嘘でしょう?」

 「冗談だって言って下さいよ!青葉さん!!」

 「綾波を?処刑?」

 「ひどいよ!そんなのないよ!」

 「ネルフの人達は、それを黙って見ていただけなんですか!」

 「防げなかったんですか!!」

 「どうして!!綾波も、これからはやっと普通の女の子に
  なれたかもしれないのに!!」

 「これからだったんですよ!!」

 「ひどい!ひどすぎるよ!」

  シンジの口から吐き出される言葉の数々を、青葉は黙って聞いていた。
 否、聞いている事しかできなかった。

  そして、少年の怒りが悲しみへと変化するのに、そう時間はかからなかった。

「綾波が、綾波がぁああ‥‥うっううっ」

  胸に手を当て、シンジはうつ伏せになって泣き始めた。
 躊躇いを押し殺して、青葉はなおもシンジに残酷な事実を伝え続けなければ
 ならなかった。
 レイの死に続き、シンジに突きつけられるたくさんの死と、辛い事実。
 サードインパクト未遂事件の死者達の中には、シンジにとって身近な
 人間があまりにも多すぎた。
 あふれでる涙と止まらない嗚咽、それらがシンジの精神世界で反響を
 繰り返し、慟哭の連鎖反応が始まっていた。

  ただし、レイがシンジに命を預けて死んだという事実だけは伏せられた。
 14歳の少年には重すぎる事実であり、機密保持の観点からも好ましくない
 という冬月の認識に、青葉も賛成であった。

“今の俺には、シンジ君に結局何もしてやれない。まして、本当のことは‥”

  泣き崩れるシンジを後目に『明日、またくるからな』とだけ言い残し、
 青葉は病室を出ていった。






 さらに一週間後‥‥。



 「アスカ?アスカが入院しているんですか?この病院に?」


 第二新東京大学付属病院、東病棟二〇六病室、朝9時。
 今日のシンジの見舞客は、青葉一人ではなく、マヤも一緒だった。

 シンジがベッドの上に横たわり、その横のパイプ椅子には、
 ショートカットのマヤの姿がある。
 青葉はというと、ドアにもたれて、話し合う二人の方を静かに見ていた。


 「‥そうなのよ。西病棟の九〇一病室に入院していてね。
  昨日も会って話をしたんだけど、もう歩けるくらいまで
  回復してるの。」

 「そうですか。」

 ぱっと明るくなるシンジの顔を見て、青葉は心から安堵した。
 一週間前、残酷な事実を突きつけて以来、彼はシンジの笑顔を
 久しく見ていなかった。


 「それで、今日の午後にでも彼女をここに連れてこようと思うんだけど。」

 「ええ、是非お願いします。会って、いろいろと話したいことがあるんです」

 「わかったわ、じゃあ、あとでアスカちゃん自身に聞いてみるから」

 「はい。」


 「なぁ‥‥シンジ君‥‥」

 二人の会話が一段落したのを見計らうように、今までずっと黙っていた
 青葉が突然口を開いた。

 「なんですか?」

 青葉は、自分の言葉に反応して振り向いたシンジの目を見た。
 彼がこれまで今まで見た中で、一番生き生きしたシンジの表情だった。
 瞳孔が大きい。
 これがいわゆる、“輝く瞳”というやつだろうか。

 「い、いや、何でもない。それじゃ時間だから、俺たち、いったん行くわ。」

 シンジの表情があまりにも眩しかったので、青葉は注意深く用意していた
 幾つかの言葉を、慌てて引っ込めた。

 「あ、はい。また来て下さいね。できればアスカも一緒に。」

 「おうよ。そんじゃ、またな。」

 バタン


 マヤと二人で病院の廊下を歩きながら、青葉は余計なことをシンジに
 言いそうになった自分を恥じ、その台詞を心の中で握りつぶした。

 “シンジ君も、少し変わったかな”

  アスカの入院する西病棟への渡り廊下を歩きながら、青葉は“事件後”の
 シンジの内面で起こっているらしい変化の兆しを、繰り返し反芻している。
 それは、決して心地悪いものではなかった。



            to be continued



 嗚呼、何だかまとまりのない話になってしまったな。
 キャラの心理描写も何だか甘いし‥特にマヤをもっと上手く書きたかった
 なぁ。

 次もあんましです。
 とにかく、一刻も早く二人を病院から出さないと。

 2004年注;うう‥‥めまいがする‥下手くそだ‥‥。泣きたいです。ええ、もう。
 ええ、改装しようとがんばってみましたよ、みましたとも。でも、構成までは
 変えられないし、主立った台詞を崩すと話が壊れることが判明。だめぽ。
 そして今更ながら、伊吹マヤを「伊吹」と表記するか一般的な「マヤ」に
 するか迷うところ。でも、原文ママでマヤでいくことにしました。だめぽです。





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