こんばんは匿名希望です。

 明るい「きぃいいいっ!」って感じのアスカをお望みの方、
 すいません。

 最近なんだかどん底ですね、シロクマアスカ。

 もうかわいそうすぎ。
 でも、そんなアスカでも‥‥。


 ‥‥なんだか心理描写というか、アスカの心の動きと、それに影響を
 与える周りの人達ばかり描いてます。

 つまんないかもしれませんが、俺的SSとしては決してはずせないパートなので、
 敢えて長々と行かせて戴きます。





             Episode-29【他人の香り】


(1)洞木 ヒカリ



 ピンポーン

 「はぁーい」

 ドアの向こうから、今の私には出せそうもないような元気な声が聞こえた。
 “羨ましい”と思いながら、そのドアが開くのを私は待った。


 「やっぱりアスカね。さあ、入って入って。」
 「うん。おじゃまします」

 ヒカリの明るい笑顔を見ながら靴を脱ぎ、静かにヒカリの家に入る。


 大学に移ってから初めて入るヒカリの部屋だけど、間取りは高校時代と
 殆ど同じだった。壁の色や窓の位置同じだからか、雰囲気は前と変わらない。
 些細なことだけど、疲れた今の私にとって、それは嬉しいことだったと思う。


 「ねえ?アスカ、学校、二日も休んでどうしたの?それと、碇君、大丈夫?」

 「‥‥‥」

 ヒカリに‥‥なんて言えばいいんだろう。


 「‥‥‥あ、あのね‥‥‥」


 「?」


 「‥‥私‥‥」


 「いいわよ、今は何も言わなくて。」

 ヒカリは優しくそう言うだけで、
 それ以上詮索のメスを入れようとはしなかった。
 ただ“お茶にしようよ”とだけ言い残し、
 彼女はキッチンの方に消えていった。



 「ごめんね、ヒカリ」

 いつもそう。
 ヒカリは私を困らせるようなことは決して聞かないし、
 いつも私の気持ちを壊さないように気をつけて、嫌なところには踏み込まない。

 ヒカリって‥‥どうしてこんなに優しいんだろう。

 それにひきかえ、私は‥‥。


 感謝と悲しみの入り混じった気持ちを抱えながら、
 ヒカリが台所から戻ってくるのを、私はじっと待っている。



  *         *         *



 その日、ヒカリの家のこぎれいなキッチンで、私達は二人並んで
 晩御飯の用意をした。

 お茶を飲んでから一時間そこそこしか経ってないんだけど、
 一日中なんにも食べてなかった私のお腹が‘ぐう’と鳴ったので、
 さっきから二人でせっせとお料理する。

 ヒカリは大きなハンバーグを二つ、じゅうじゅうと焼いている。
 フライ返しの使い方も手慣れたもので、危なげがない。


 私はというと‥肉じゃが担当。

 肉じゃが。
 簡単に作れて、でも、ちゃんとおいしい。
 二人なら、ちょうどいい量が作れるわね。


 “二人分、二人分‥か”

 グツグツ煮えるお鍋の中のジャガイモにタマネギ、バラ肉なんかを
 見ていて私は思い出してしまった。

 肉じゃがはずっと昔、御殿場で一緒に暮らしていた頃に
 シンジから教えて貰った料理だって事を。


 “もう考えるのはやめてよ、アスカ”


 「アスカ‥‥どうしたの?また暗い顔して」

 我に返ると、私の心の中を見透かしたかのような表情で、ヒカリが
 私を覗き込んでいた。

 「え、え?な、なんでもないわよ」と答えるも、
 上の空の私はコショウをお鍋にどっさり振りかけてしまう。

 「アスカ、なにやってんのよ!!」

 「ああ、ごめん!!ヒカリ!!」

 「‥‥ちょっと、部屋で休んでたほうがいいんじゃない?」

 「‥‥うん。」



  *         *         *




 “うーん‥‥このボス強いわね”
 “ボムを使うとバリアを張るってどういう事よ‥‥”


 「ねえアスカ、もう寝ようよ。明日、寝坊しちゃうわよ。」

 ヒカリにそう言われて、私はテレビの下のビデオデッキの時計を見た。
 時刻はもう11時20分、か。


 そうね、いつまでもゲームばっかりやってたら迷惑ね。


 プツン



 テレビとゲーム機の電源を切って、私はベッドに入った。

 広いセミダブル。

 私の隣には、心を許せる親友が横になっている。


 ヒカリがリモコンで天井の電気を消すと、たちまち真っ暗闇が私達を包み込んだ。
 今日は月が出ていないからだろう、カーテンの掛かった窓のほうを見ても、
 全然明かりは漏れてこない。


 「おやすみ、ヒカリ」
 「おやすみ、アスカ」

 目を閉じ、柔らかいシーツに体を横たえる私。
 『考える』という名の責め苦が、再び私に襲いかかってきた。



“‥結局私は、またヒカリの所に転がり込んだわけね。
 どうしてなんだろう。
 どうしてこんなに人に頼ってしまうんだろう、私って。

 エヴァから逃げ出したあの頃は‥‥‥
 『一人で生きる』『強く生きる』と言いながらも、私は強くなりきれなかった。

 そんな生き方を選んでいた私には、当然なんにもすがれるものがなかったから、
 一番安心できる友達――ヒカリ――の家に飛び込んだのよね。
 それはよくわかる。

 ネルフの職員に無理矢理本部に連れて行かれるまでの間、
 ヒカリの家から一歩も出なかった、出たくなかった、当時の私。
 あのとき、ヒカリの隣にいると、ほんの少しだけ心が楽になったことを
 よく覚えている。


 そして今は。

 もう、あの時とは私は違うと思っていたのに。
 でも、本当の私は‥‥自分しか見ていない、自分しか見えない私は‥‥
 一番大切な所ではあの時となんにも違わないのかもしれない。

 結局、私は‥‥‥‥本当は我侭で自分勝手な女で、
 泣きたいときには人にすがりたくなる、甘えたくなる女。
18にもなって、一人でいられない女、一人がたまらなく不安な女。

 だから、自分で自分の周りの幸せをぶち壊して‥‥。
 不幸になったって当たり前かもしれないわね。
 こんな私だもん。”



 「ねえヒカリ、もう寝た?」

 「ううん、まだ起きてる。」


 「あのね‥‥‥」

 「なに?アスカ」

 「私‥‥」

 「どうしたの?アスカ。私でいいなら、なんでも言って。」

 優しさで応じるヒカリに、私の中で何かが弾けた。


 その決意によって促された私の行動は、すごく自分本位な事だったかもしれない。

 でも、その時の私には、そこまで考えるゆとりも無かった。

 「私、ね‥‥」






[2nd part]


             :
             :
 「ひどいと思う。いくら知らなかったとはいえ、
  自分がシンジに絶対してほしくない事、しちゃったなんて。」

 「私が同じ事をシンジがしているって知ったら、きっと赦せないと思うもん。」



 真っ暗な部屋の中、私は心の中で渦巻く全てをヒカリに吐露していた。

 シンジのこと、自分のこと、ケンスケのこと、ナオミのこと。

 「‥だからね、みんな私がもっとちゃんとした女なら、
  きっとマシだったと思うの。」



 誰にも言うなって言われていたレイのことも喋ってしまった。

 もちろん、自分の今のやるせない思いもすべて。

 「‥‥ホント、私、自分に絶望しちゃった。」

 静かに頷くだけで何も言わないヒカリに、
 私は心の赴くまま、口を動かし続ける。


 「やっぱりあの時に、エヴァに襲われて死んでしまったほうがよかったのかもね。」

 「こんな女、最低だと思うもん。ヒカリも、そう思わない?」

 「‥‥‥」

 「ごめん‥‥」


 全てを話してしまうと、少し気が楽になった‥とは言えなかった。

 むしろ、ヒカリという親友にまたもすがった事に対する後ろめたさが、
 心の中に冷たく広がり始める。
 自分だけで解決しなきゃいけないような事で、友達――それも、
 一番大切な友達に負担をかけてしまうなんて。

 長い沈黙が続く。
 枕元の時計の音だけが聞こえてくる。
 また、胸が痛みだした。


 「本当にごめんね、ヒカリ。こんな私なんて‥‥」

 「!?」

 突然頭に伝わる感触に、ハッとした。

 あ、ヒカリが私の頭を撫でてるんだ‥‥。

 振り向くと。


 いつの間にだろう。
 ヒカリは私のすぐ側にいた。


 何も言わない私と、やっぱり何も言わずに、私の頭を撫で続けるヒカリ。


 「‥‥本当にごめんね。こんな私で。」

 「気にしないで、アスカ。そんなに自分を責めなくてもいいのよ。」


 「だって私‥‥私、私‥」

 「ねぇ‥‥それでも私は、あの頃のアスカも今のアスカも好きよ。
  だってアスカは、いつもがんばってると思うもん。
  一生懸命だと思うもん。」


 「‥‥‥‥ゴメン‥がまんできない‥わたし‥‥」

 「ないちゃっても、いい?」

 言葉とは裏腹に、もう声は潤んでいた。

 すぐに泣き出してしまう自分に、腹が立った。

 でも、ヒカリの優しさに、安らぎと救いを感じているのが、
 みっともない私の、その時の本当の気持ちだったと思う。


 ヒカリは、私を慰めるように優しく私の手を握ってくれている。

 「いいのよ、アスカ。ね」

 「わたし‥‥わたし‥‥わたし‥‥!」

 泣きながら、思わず抱きつく。
 ヒカリの胸の中で、震えた。



 ただ人の温もりが、嬉しかった。



 「嫌なの。」
 「こんな自分が嫌なの」

 「卑怯で弱虫で」
 「自分しか見ない自分が嫌なの」

 「シンジを裏切った私も、ナオミやケンスケの気持ちを踏みにじった私も、
  みんな、みんな、みんな嫌。こんな私なんて‥‥」

 「それで、困ったときだけヒカリの家に転がり込んで、
  こうやってすがろうとする、そんなずるい私なんて!」

 震える私の声に、ヒカリは優しく頭を撫でながら何度も“そんなことないから”
“そんなことないから”と耳元でささやいてくれる。


 「ヒカリ‥‥ごめんね、勢いでこんなに色々言っちゃって。」

 「だからアスカ、そんなことないって。ね。」

 「ううっ‥‥」


 子守歌のように繰り返されるヒカリの言葉が、
 少しづつ私の心を落ちつかせてくれる。


 「気にしないで、ね。私は、アスカがそうやっていっぱい話してくれるのも、
  嬉しいんだから。」

 「‥‥‥」

 「頼りにされてるって、私、嬉しいわよ。
  きっと‥‥碇君もそう思ってるよ。だから、いいのよ、アスカ。
  もしアスカが本当に弱かったとしても、いつも一生懸命だもん、
  私は、アスカを責めたり出来ないし、それでもアスカの力に
  なってあげたいって思えるもん。」


 「ぅう‥‥うっ‥‥‥うっ‥‥」

 ひっく、ひっくという子供のしゃっくりみたいなのが始まって、止まらない。
 お腹がなんだか変な感じがする。

 思えば、ママが首を吊って自殺する前は、よくこうやって泣いてたわね。
 私、どこまでも子供みたい‥‥みっともない‥‥。


 「やだ、アスカったら引きつけ起こしちゃって。
  ちょっと待ってて、今お茶入れるから」

 そう言ってヒカリは私を抱いていた手を離して、ベッドを降りた。


 真っ暗な中、ぱたぱたという足音が聞こえる。


 続いて“ガチャリ”という音。

 冷蔵庫の明かりだろう、台所の方からほのかな光が漏れて、また消えた。


 そして今度は、近づいてくる足音。


 「はい、アスカ、飲んで」


 “冷たいっ!!”

 私の頬に、突然ガラスのコップが押しつけられた。


 「ウーロン茶だけど、嫌いじゃないよね」

 「うん‥‥」


 真っ暗闇の中、ヒカリからコップを受け取り、両手で持って口をつける。
 ごくっごくっという音を立てて、私は冷たいお茶を飲み干した。

 「あ、ありがとう、ヒカリ。」

 「気にしないで。ああ、空のコップは‥‥いいや、枕元においといて。
  明日、洗うから。」

 「うん。ありがと、もう、寝るよね?」

 「そうねぇ‥‥ねえ、アスカ、ラベンダー焚こうか?」

 「ラベンダー?ヒカリ、持ってたの?」
 「うん。眠くなりたいときとか、すごくいいでしょ?」

 そう言うや、私の返答も待たずにヒカリは枕元のスタンドの電気をつけた。

 闇に目が慣れていたせいで、突然の明かりに目を瞑る。

 再び恐る恐る目を開いてみると、眩しい世界の中、
 私の隣でヒカリがインセンスに火をつけようとしているのが
 目に入った。

『しゅっ』という音をたててマッチをする。
 瞬間、マッチの炎の照り返しを受けて、闇の中にヒカリの顔が浮かび上がった。
 柔らかな彼女の表情は、私には天使のように思えた。

 やがて、コーン状のインセンスの先端から煙があがり、
 落ち着いた匂いが辺りに漂い始めた。


 「電気、消すね」


 カチッ



 また真っ暗闇。

 眠りを誘うラベンダーの芳香が、私達を包んでいる。


 「おやすみ、アスカ」

 「おやすみ、ヒカリ。あと‥‥ありがと。」

 「うん。」


 今度は落ちついた心を抱えて、私は目を閉じていく。





 [3rd part]


(2)碇 シンジ


 次の日の朝10時。

 再び私はシンジの病室のドアの前に立っていた。
 今日は、ヒカリも一緒に来ている。


 正直、シンジに会うのが恐いっていう所もある。

 でも、朝からヒカリに「大丈夫よ」とか
「会わないと、もっと辛くなるかもしれないわよ」とかって励まされて、
 なんとかここまでやって来た。


 コンコンと手の甲でドアを叩いてノブを回し、
 私は病室の中に勇気を出して踏み込んだ。

 「‥‥そうですか、では、予定通りに明日の朝10時から始めますので」
 「はい、お願いします」


 「あ、こんにちは、先生」
 「ああ、惣流さん」

 部屋の中には、ちょうど回診中の河田先生がいた。
 軽く私とヒカリに会釈だけを返すと、重そうなカルテを抱えた先生は
 病室を出ていった。


 「先生と、何の話してたの」

 シンジに問いかける。
 今日のシンジは体調が良いのだろうか、酸素マスクはつけていなかった。


 「手術の話。明日、一つやるんだって」

 「って碇君、どう言う事?」

 「久しぶりだね、洞木さん。来てくれてありがとう」

 「ねえ、どういう事なの?」

 「僕は‥やっぱり、危ないらしいんだ。一応心臓移植を待っているけど、
  いつ不整脈が襲ってきて死んでしまうかわからないって。
  強い薬で止めてるらしいけど‥‥充分じゃないみたいだし。」
 「それでね、明日、ちょっとした手術をやるって。なんでも、
  もう少しだけ粘れるようにする為の応急処置らしいんだけど。」

 「それで‥‥その手術で治るの?」

 「一応、不整脈が起こる確率は減るらしいよ。
  でも、先生は言ってたよ、“これは、君が突然死する確率を幾らか下げて、
  少しだけ体を動かしやすくする為のものなんだ。根治療法じゃないよ”って。
  これで、自力でトイレに行けるようになるのは助かるけどね。」

 そう言うとシンジは私達から少し顔を逸らし、寂しく笑った。
 どこか表情にも疲れが見える。

 けっきょく私は、自分からは彼に何も言えなかった。
 ただ、そんなシンジの手を掴んで、力を入れて握りしめるだけだった。

 「そうなんだ‥‥ねえ碇君、鈴原がね、近いうちにお見舞いに来るって。」

 「そっか‥‥洞木さん、ありがとう。友達って、本当に嬉しいね、
  こんな僕に。」

 「碇君たら、何いってんのよ、そんなの、当たり前じゃない。」

 「今朝早くにさ、ケンスケ達も来てくれたんだよ、また流城と一緒に。」


 「流城?ナ、ナオミが?」
 「うん。」

 私の声が少し裏返っていたのに、シンジは気づいていなかったみたい。
 そのことにホッとした‥‥けど‥‥

 「なんだか流城、元気なかったけどね。
  アスカの為にもはやく元気になってあげてねって言ってた。」

 「‥‥‥!」

 続く言葉に、詰まった。

 そんな私にとうとう気づいたのだろう、シンジが私の目をじっと見つめている。


 「アスカ、どうしたの?」

 「え?」

 「アスカ‥‥‥」

 ヒカリもこっち見てる。

 シンジとヒカリ、二人の目を交互に覗き込む。


 “これじゃいけないわ”

 「‥‥ううん、何でもないわよ」

 「そっか‥‥ならいいんだけどね。ケンスケも流城も、アスカの事、なんだか
  すごく心配してたからね。」

 「‥‥‥‥うん」

 作りものの笑顔でごまかした。

 シンジの安堵する様子を確認した後、
 思う所があって、今度はちらりとヒカリの方を見てみる。

 やっぱり。
 ヒカリが、予想通りの表情でこっちを見ていた。


“そんな顔しなくてもいいじゃない、シンジに気づかれちゃうよ”

 親友に、目でそう合図した。


あ、ニコッって返してくれた。
ヒカリ、わかってくれたみたいね。

 「ねえシンジ、それでも移植さえできれば、助かるんでしょ?
  だったら諦めないで。まだ、諦めちゃダメよ。」

 「うん‥‥わかってる、僕は、もっとみんなと一緒にいたいから。
  まだ死にたくない。」

 「そうよ、碇君、諦めちゃダメよ。碇君なしじゃ、アスカ、泣いちゃうもん」

 「‥‥ずけずけと言うわね、ヒカリ。」

 「ねえ、洞木さん‥‥ちょっと‥‥部屋の外に‥‥いい?」


 シンジの言葉に、ヒカリは、“ハイハイ、わかったわよ。
 じゃ、アスカ、私、部屋の外で待ってるからね”と言い残して、
 部屋を出ていく。




 ‥‥‥白い病室に、シンジと私の二人きりになった。


 ベッドサイドの椅子に腰掛けて、シンジの瞳を見つめる。

 “相変わらず綺麗ね”

 病人独特の弱い光を放つ、二重瞼の綺麗な目。
 私を疑うことを知らない、美しい茶色の瞳。
 声変わりしても身長は私を追い抜いても、この瞳だけはあの頃と変わらない。

 何年経っても‥‥ずっとこの瞳のままでいて欲しい‥‥。

 でも、ファーストのお陰で今もこうして生きてるのよね、シンジって。

 そして、その命も、今は危ない‥‥。



 「アスカ‥‥」

 「死なないで、お願いだから死なないで!」

 ベッドに横になるシンジ、その首根っこにしがみつく。


 病人のシンジに私がすがりつくって、ダメすぎかもしれない。
 シンジを裏切った私に、そんな資格なんてないのかもしれない。

 でも、そんな理性の声も、あの激情の前にはいつも無力。

 「一人はイヤ!」

 「私を置いていかないで!」


 「アスカ、く、苦しいよ、アスカ!」

 私の腕の中でもがくシンジの声に、やっとバカな私も我に返ることができた。

 どうして私って、こんなに理性がないんだろう‥‥。


 「ごめんなさい。」

 「死ぬかと思ったよ。うん、僕も、アスカとずっと一緒にいたい。」

 「シンジ‥‥」

 「僕は、アスカがいないとダメなんだ、辛いと感じるんだ。」

 “私とおんなじ‥‥おんなじなんだね”


 「もちろん、ケンスケとかトウジとか流城とかも好きだよ。
  でも、そんなのとはちょっと違うんだ。」

 「本当に僕を必要としてくれるから、アスカは‥」

 「この前の電話の時に、思い知ったよ。
  アスカは、僕を本当に必要としてくれてるって。
  怒ってこっちから切ったこと、後で悔やんだよ。」

 「ホントはアスカを信じたかったけど、信じるのが恐くて、
  僕はいつもごまかしてたんだと思う、自分の気持ちと、アスカの事を。
  僕は‥‥好きな人に裏切られるのだけは、絶対に嫌だったから。
  それだけは、絶対嫌だから。」

 「もう、僕はいつ死ぬかわからないから、こんな事言えるのかもしれないな、
  ずっとアスカを信じてるって。死ねば、アスカが変わってしまっても、
  それを知らないで済むからね。」

 「僕の方が先に死ぬから、恐れなくていいからこんな事を
  言えるのかもしれないね。」

 「バカ!!なにいってんのよ!!」

 「もう、電話の時とは違う。5年経っても、10年経っても。
  死んでもきっと同じだと思う。
  ううん、実際はともかく、僕はずっとアスカが好きでいられると思う
  ことにしたんだ。
  きっとさ、疑ってちゃダメなんだよ、まず、自分の今を信じなきゃ。
  だから、僕は自分の気持ちを信じることにするよ。」

 「・・・ッ」

 「これまでは自信がなかったんだ、アスカが本当に好きなのか。
  優しいから好きなだけじゃないのかとか、かわいい顔だから好きなんじゃ
  ないかとか、色々考えてたんだ。でも、そんなの、考えるの、バカみたいだって
  思ったんだ。アスカが僕を必要としている、僕がアスカと一緒にいると
  幸せな気分でいられる、それだけで充分だって。」

 「それって、とても幸せなことなんじゃないかって。
  ああやって、僕に『捨てないで』って言ってくれるって、感謝しないと
  いけないって。」

 「・・・・・・」


 「僕はやっぱり、アスカが本当に好きだと思う。
  だから、アスカがこうやって来てくれるなら、絶対に死にたくない。」

 「・・・そんなにやさしいこと、いわないでよぉ!!バカァ!!!!」


 「昔からそうだね。笑顔もいいけど、アスカの泣き顔って。
  いつも、綺麗だよ。一生懸命だから。」

 「なきむしになっちゃったわたし、きらい?」


 弱々しい手で、シンジが私の頬を伝う涙を拭ってくれた。

 その手を両手で掴み、私はシンジのベッドのシーツに顔を埋める。

 その直後、『ちゃんと好きだから』という言葉が私の耳元を襲う。


 「・・ほんとうに、こんなわたしでも・・・・!!」

 「アスカ‥‥いいんだよ、そんなの‥」

 止まらない感情の爆発。

 うれしさ、哀しさ、歓び、怒り。
 色々な向きの想いがぐちゃぐちゃに混じったまま、私を苦しめた。

 「僕は、必ず生きてこの病院を出るから。」

 「・・やくそく・・・よ」

 なんとかそう答えて、シンジの手を握る両手にさらに力を入れる。
 力いっぱいその手を握ることしか、私にはできない。



 ガチャ・・

 「‥‥‥‥」
 その時、誰かが私のほうを見ていた。
 寄り添う私もシンジも、その事に気づかない。





 [4th part]


 「いなくなったら・・ぜっっったい・いや・よ」
 「大丈夫、きっと、先生がなんとかしてくれるから」

 「・・・ううっ・・」

 「・・・ごめんね・・なきむしで」

 「だからさ、泣き虫でも何でも、アスカはアスカなんだから、気にしないで。」


 「しんじ・・なにか、わたしにできることない?」


 「‥‥一緒にいて欲しい、これからも。
  いつもとは言わない、でも、アスカに側にいて欲しいんだ。
  アスカは学校とかあるからさ、無理はしなくていいけど。
  でも、時々でいいからさ、来て欲しいんだ」

 「・・・・・」

 「正直、僕も病気が恐いよ。先生も、何か隠しているみたいだし。
  アスカの顔見れるなら、少しは恐がらなくていいように思えるから。
  ただ、時々こうやって来て、一緒にいてくれるだけでもいいから、
  きっと、それだけでも、随分違うと思うから。」

 「うん」


 「じゃ、洞木さんが外で待ってるだろうから、もう、行って、アスカ」


 シンジに言われて、私は顔を起こした。

 彼の目は、今日もとても澄んでいた。


       ――シンジもそういう気持ちなんだ――


 誤解かもしれない。
 勘違いかもしれない。

 言葉は言葉。
 表情だって、全部本当かわからない。

 でも、でも今は瞳の光を信じよう。
 そして、私も、私の気持ちを信じよう。





 「‥‥‥」

 「長かったのは、当分、またできないかもしれないからよ。
  でもね、いっとくけどね、これが最後のキスとかにしたら、
  絶対殺すわよ!!!
  間違っても、私にお線香あげてもらおうとか思わないでよね!」

 「うん、父さん達の墓参りに行くのはいいけど、自分の墓参りしてもらうのは
  まだ嫌だな、僕」


 「じゃ、近いうちに、必ずここに来るから。何時ごろがいい?」
 「何時でもいいよ。面会時間の間なら。」

 「そっか、じゃ、ね。また。」

 シンジの頭をくしゃくしゃと撫でてから、私は部屋を出た。


  *       *       *


 部屋の外。
 ヒカリが待っててくれている。

 ん?他にも誰かいる。



 「アスカ‥‥」

 聞き覚えのある声。

 今は見たくない、会いたくない人のもの。

 「昨日、‥‥ごめん。
  ほんとにごめんなさい。」

 私に平手を打った人。

 私を責めた人。


 そうやって‥‥私に、私の弱さを思い出させた人。


 「赦してくれなくてもいいなんて言ったけど、
  やっぱり赦して、お願い。
  私、すごく反省してるから。」



           “ナオミが目の前にいる‥‥‥”




 『クズは私ね』
                『あんた‥‥‥あんた‥あんたあんた‥‥』

 『体が欲しいんでしょ?私の』
                  『知らない男と寝てたのよ、あんたは!』

 『私、みんなに好かれるいい娘になります。』
                       『いつも自分のことばっかり!』


 『赦してもらえないのは、私の方ね』
                    『赦せなかった‥‥』



       『私の欲しかったもの、みんな持ってるのに!』

       『私だって、シンジと腕組んで歩きたかったのに!』




 「‥‥‥気にしないで、ナオミ。私がダメなだけだから。」

 「アスカ!?」

 「悔しいけど、ナオミの言うとおりだもん。」

 「そんな風に‥‥」
 「こんな私で、ゴメンね、ナオミ。」

 「‥アスカ!」


 本当は、赦してもらって嬉しいはずなのに。
 私は、冷たい事しかナオミに対して言うことができない。

 理性の制止を振り切って勝手に歩き出す二本の足が、私を友人達から遠ざけた。

 エレベーターに向かって、まっすぐ歩いていく。


 「アスカ、ダメよ」

 ヒカリの声に、苦労して後ろを振り向いた。

 心配そうな表情のヒカリが目に入った。
 その隣で‥‥ナオミが目を手でこすって、べそをかいていた。

 「‥‥‥」

 「アスカ‥‥」


 「ごめん、ヒカリ。」

 口の中でそう呟いて、私は再び歩き始める。


 背後から、つぶれた嗚咽が聞こえてきた。


 それでも――或いはそれ故に――私は立ち止まることが出来ない。

 目の前のエレベーターのドアが開いているのを幸いに、
 私は素早くそれに乗り込んだ。

 すぐに【閉】のボタンを押し、その後に1階のボタンを押す。
 ややあって、エレベーターは動き始めた。




 “シンジの前でしか、ヒカリの前でしか素直になれない女、アスカ。”

 “やっぱり、私は、自分の為にしか人に優しくできない、ずるい人間なんだ”

 “ケンスケやヒカリなんかとえらい違いね。
  まして、シンジのために死んでいったファーストなんかと比べたら‥‥”

 “ナオミが悪いんじゃない。悪いのは、今日もみんな私”


 “そういえば、ナオミ、泣いてたわよね”

 “そっか‥‥私があんな風にしなかったら、優しい言葉かけてあげれば、
  あの娘、泣かなくて済んだのよね”

 そこまで考えて、自分がナオミにしたことが、
 とても酷いことだったという事にようやく私は気づいた。


 もし自分がナオミの立場だったら‥‥

 そう思ってみると、胸が痛む。


   “‥‥また、自分のことで人、傷つけちゃった‥‥‥”



 チーン


 エレベーターが一階に着き、ドアが開いた。


 “今更‥‥”

 私は―――少し迷ったけど―――病院の正面玄関を目指してとぼとぼと歩き始めた。


                   to be continued



 自分は、少なくとも自分は、アスカが好きです。
 そして、自分は、少なくとも自分は、もうアスカ以外のアニメキャラで萌える
 可能性はほぼないと思います。
 彼女を通じて、“一つの時代”に決着をつけるつもり。

 このSSのアスカは、そんな、彼女の、
 私なりの捉え方を全面に押し出したものです。

 かなり変かもしれませんが、これが、私の心の中に住んでいる、
 アスカの姿です。





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