Episode-30【目覚めよ、我が心】


 ヒカリと別れて病院を出てバスに乗り、ようやく自分の家の前に帰り
 着いたのは正午を回った頃だった。
 ワンルームマンションの白いドアを開けると、目の前に広がる私だけの世界。
 カーテンを閉ざされた7畳半の部屋は、昼間とはいえ、なお暗い。
 きちんと整頓されシンプルなインテリアの私の部屋も、今は、侘びしさが
 ばかりが強調されているように思えた。

 部屋の隅のフルートのケース、窓際の青い花瓶、ベッドの枕元の時計、
 机上の写真立て‥‥彼のうつった写真‥‥。

 思わず、それを手に取った。


 去年の8月、吹奏楽コンクールの帰りに写した写真ね。

 真ん中には、ふざけて腕を組む私とシンジが嬉しそうに微笑んで。
 その両側に、ナオミとヒカリ、フルートのかわいい後輩達が写っている。


 もう、二度と戻ってこない、楽しかった高校時代。

 そして、今の私達は‥‥。


 懐かしさより、痛みが先立つ。

 笑顔を浮かべた過去を直視できない自分に気づき、ひどく嫌な気分になった。

 だから、私は写真の面を後ろ向きにして、そっと花瓶の後ろに戻す。




 ベッドにうつ伏せになった。

 暗い部屋を、ゆっくりと時間が流れていく。


「‥‥学校には今日も行きたくない。」
 行って、くだらない授業受けて、適当な友達と無駄話するのもいいかもしれない。
 でも、とてもそんな気分じゃない。

「‥‥あの頃もこうだったわね。」
 こうやって、何にもしたくない、何もできない気分をもて余したまま、
 来る日も来る日も自分を責め続けてた。


    『あのバカシンジに負けるなんて‥悔しい‥‥‥』

 思い出すわ。
 枕を抱えて14歳の私は、自分を悔やんで、他人を恨んで‥‥
 ‥‥でも心の底で優しさを求めて‥‥‥一人、泣いていたのよね。
 素直になれて、それとヒカリとシンジが支えてくれるお陰で
 周りの人を憎まなくていいだけ‥‥今の私のほうがマシなのかもしれない。
 でも‥‥その代わり、私は二人の負担になってると‥思う。

 私みたいな女には、あの二人はもったいないくらいよ。

 私って、頼ってばっかりで、自分の気持ちには敏感でも
 他人の気持ちには鈍感で‥‥だから人を傷つけても平然としてるし、
 人に自分の思いばかり押しつけて‥‥。

 うん。
 やっぱり私は、人間のクズよ。




 そんな悲しいことを考えながら、‥‥もう一度、薄暗い部屋の中を見回した。

 ん?
 隅の方で、ピカピカと何かが赤く光っている。

 なんで今まで気づかなかったんだろう。留守電にメッセージが入ってるんだ。

“‥‥やだな。”

“私‥‥。”

 シンジと電話で喧嘩して以来、私はすっかり電話恐怖症になっていた。

 他人の声を聞くのが、何故恐いんだろう。
 優しいヒカリやシンジならいい。
 けど、今はそれ以外の誰とも話したくない。

 無意味かもしれない義務感に押される形で、点滅するスイッチに手を伸ばし、
 恐る恐るそれに触れた。


 ピーッ

 『日向です。君の新規の孤児カード、
  賠償金の関係で随分てこずったけど、なんとか更新できたよ。
  確か、今日で期限切れだから、俺の所に取りに来てくれないか。
  今日は俺、一日中職場にいるから。じゃ。』

 孤児カードか‥‥。

 セカンドインパクト以降、日本政府が孤児に対して発行しているカード。
 電車やバスのような公共機関は、たいていこれで控除が効く。

 でも、今日はいいや。
 元気が出てきたら、日向さんの所まで取りに行こう。

 今は、とてもそんな気分じゃないもん。



 グウウ‥‥

 あ、お腹が十二時を告げている。

 そっか、今日、お昼、まだだったっけ?


 “何か、食べ物なかったかな‥‥”

 お腹をすかせた私は、冷蔵庫の重くて冷たいドアを開けた。

 まず目についたのは、消費期限の過ぎた牛肉と、かなり前に作った
 シチューの残り。

 続いて野菜室を覗くと、もうしわしわになったニンジンと
 大分色の変わってしまっているレタスが入っていた。
 さらに、一番奥、ダメになったピーマンの入った緑の袋から、
 なんだか嫌な匂いが漂ってくる。


“あーあ、もう最低。”

 もったいないと思いつつ、それらの食べられなくなった食品たちを
 引っぱり出し、ダストシュートに放りこむ。
 で、仕方ないので私はフリーザーから冷凍ピザを取り出し、
 それをオーブントースターにかけた。

 焼きあがるのを待ってる間に、思うところがあってもう一度冷蔵庫を開く。

“あ、やっぱりあった‥‥”

 奥のほうに、ドイツ産の白ワインを見つけて、私はそれに手を伸ばした。
 戸棚からコルク抜きを取り出し、早速栓を開ける。

 シュポン

 “どうしようもないわね、私”

 そう思いながらも、コップにそれを注ぎ、少し口をつける。

 “ふう”

 出てくる溜息が、お酒のせいなのか、それとも憂鬱のせいなのかは
 わかんない。

 とにかく、私のどうしようもない午後は、こうして約束された。






 「惣流君、遅いな」

 「えっ?」

 冬月司令にそう言われて、俺が卓上時計に目をやると、
 もう八時四十五分を指していた。

 確かに、少し遅すぎる時間だ。


 “もう今日は来ないんじゃないですか?”と答えて、俺は決済し終えた
  書類の隅をトントンと揃えた。


 こんな時間までデスクワークだけを続けるのは、本当に久しぶりのことだ。

 しかし、ネルフ副司令としての俺の初日の、その最初の仕事が
 『チルドレンの各種カード更新の手続き』だった事には驚いた。

 俺の“そんなの本人達に任せればいいじゃないんですか”という問いに、
 冬月さんはこう答えたんだよな。

『あの子達から沢山のものを奪ったのは誰だ』
『パイロットだけを幸せにしたところで、償いにならないのは判っている。
 だが、それでもせめてあの子達だけでも、私の手で面倒を見たいのだ』
『公私混同だと、批判してくれてもいい。それでも、本来親がしてやるような
 手続きくらいは、代行何してやりたいのだよ‥。』

 冬月司令の語調の強さに、俺は反論する言葉を持ち合わせていなかった。


 そして今日もまた、俺は書類の決済に殆どの時間を費やした。
 どれもE−計画関連、チルドレン関連のものばかりだ。

 あれから4年。
 これでも前よりかなり減ったと聞くが、それにしても相当な量だ。


 「冬月司令、そろそろお帰りになった方がいいんじゃないですか?」

 「無用な心配だ。新しい薬のお陰か、とても今日は調子がいいからな。
  やれるときにやっておかねば。」

 気を利かせたつもりだったが、逆効果か‥‥。


 司令の様子が気になったので、コーヒーを取りに行く際に、
 ちらりと視線を移してみる。

『休む』という事を頑として受け付けない冬月司令が、今日もまた
 仕事に打ち込んでいる。
 その姿に何とも言えない『すさまじさ』とでもいうべきモノを
 感じてしまうのは、果たして俺だけなのだろうか。

 毎日会っているが‥‥徐々に痩せ衰えているような気がする。
 最近、声にも張りがなくなってきた。

 俺がいない間は、一人で大変だったんだろうな、冬月さん。


 「司令、俺、明日の午後、休みを取って、ついでにアスカちゃんとこに
  カード届けに行ってくるつもりなんですけど、なにか伝言でもありますか?」

 「そうか、元気かどうか見てきてくれれば、それでいい。」


 答えるときの冬月さんの声がどこか嬉しそうだったことに、
 俺は安堵し―――すぐ後に強い衝撃をうけたような気がした。


“冬月さん‥‥‥今日初めてだな、こんなに弾んだ声は”

“やっぱり、そういう事なんだな‥‥おそらく。”


 俺と違って、ずっとネルフ本部に居残った冬月さんだが。

 復讐に駆られていた頃の俺と同じくらい、心の中では今も
 もがき続けているのではないか?
 訊いてみたい衝動を抑えるために、俺は新しい書類を手に取って
 無理矢理それに視線を落とした。





 [2nd part]



 胸、気持ち悪い。
 しんどい。
 辛い。
 吐きそうで吐けない。
 ホントに気分が悪い。
 頭が割れそう。

 どうしようもない状態が続いてる。

 お酒のせいもあると思うけど、
 とにかくひどく不快で落ち込んだ私の気分。




  ――シンジの所に行かないの?
                   ――ナオミの所に行かないの?
       “嫌!!”
                      “嫌!!嫌!嫌!!”


           ――どうしてよ?
              “恐い”

           ――何が恐いっていうのよ?
         “一緒にいてくれなくなるのが恐いから”


 心の中で繰り返される、不毛で陰気な問答が、
 アセトアルデヒドで弱り切った私を苛み続けていた。


 街路灯の明かりが、カーテンの隙間から漏れている。
 暗い部屋の中、数本の酒瓶が机の上で静かに光っていた。


 そう。
 また私、お酒を飲んだのよね、辛い現実から目を逸らしたくて。

 昔みたく、周りのモノや人にあたるよりは、
 迷惑かけない分、マシかもしれないけど‥‥
‥‥‥ううん、いわゆる、五十歩百歩って奴ね。
 結局は、私がダメな人間ってことには変わりないもん。

 もう嫌。
 なんにも考えたくない。



 枕元の時計に目を移せば、夜の12時を指している。

 早く寝たい。眠ってしまいたい。

 だから私は、ばさりと頭からシーツをかぶる。


        “ねえシンジ、キスしよう”

    “アスカって、意外とずるい女の子なんだね。”


        “私のこと、好き?”

     “自分のこと、嫌いなクセに!”


      “だから見て!!私を見て!!”

     “こんな私でも、見て貰いたいの?”






 「もう考えたくない‥‥」

 胸がむかむかする。
 シーツからちょっと顔を出し、再び時計に目をやる。

 時刻は午前1時。

 早く寝てしまいたい、はやく心も体も楽になりたい。

 寝付けずに、何度も寝返りをうった。
 シーツが妙に熱く感じられる。



 “なんでこんなに苦しいの?”
                 ――人を好きになったからよね

 “なんでこんなに辛いの?”
                 ――人の心を傷つけたからよね

 “楽になりたい。どうすればいいの?”
                 ――心、閉ざそうか。あの時みたいに。

 “一人になれって事?”
                 ――そしたら、誰も傷つけなくていいわよ。

 “本当に独りでいいの?”
                 ――一独りで生きるのが一番嫌なくせに。

 “いっそ、しんじゃおうか”
                 ――そうね、いきてく価値のない人間だもん。

 “でも、もし私が死んだら‥‥”
                 ――シンジは、誰がどうすんのよ。

 “そっか、シンジ、困るんだ”
                 ――シンジ、優しいから、泣いちゃうよ。

 “今、心を閉ざしたら‥‥”
                 ――ナオミだってずっと苦しむかもしれない‥。

 “そうね、身勝手な考え方だったかも‥”
                 ――ヒカリも、一生懸命な私が好きだもんね。


 あの時の私は‥‥駄目な自分が心を閉ざせば、
 それで誰も傷つけなくて済む‥‥そう思っていた。

 誰一人、私を見てくれない、愛してくれないって思ってたから、
 それが一番楽で、しかも一番迷惑じゃないと思ってた。

 独りだけど、誰も傷つけないで済むし、誰も私を傷つけない、そんな世界。

 そんな、割り切った事を思い描いていた。

 それで、静かに死ねると思っていた。


 でも、違う。
 今は違うのよね。

 私、大事なことを忘れてた。


 こんな私でも、好きって言ってくれる人、愛してくれる人がいるのよね。
 だから、だからどんなに辛くても、生きていた方がいい。

 ひょっとしたら、やっぱりいつかは裏切られるかもしれない。
 ひょっとしたら、上辺だけの関係かもしれない。

 でも、そんな事を理由に心を閉ざすのは、今の私じゃない。
 一緒にいるときの嬉しさと暖かさだけは、絶対に本物だもん。


 「そうよ!」


 私は酷い、醜い、勝手な人間。
 シンジを裏切り、ヒカリにすがってばかりの、どうしようもない人間。

 でも、今、私が死んだりイジけたりするのは、もっとダメよ。

 だって、そうしたら、ヒカリやナオミ、シンジにもっと悪いもん。
 きっとあの人達、みんないい人だから、もっと傷ついちゃうもん。
 たとえそれで自分が楽になったとしても、周りを傷つけちゃうもん。


 私はもう、一人じゃないもん。
 私が死んだら、心を閉ざしたら、泣いてくれる人がいるもん。


 私は、自分がどんなに醜くても、卑怯でも、弱虫でも‥‥
  ‥‥時には人を傷つけても、それでもみんなと生きるしかない。
  ‥‥ダメな自分に嫌気がさしても、みんなを傷つけないように、
    努力しながら生きるしかない。


 うん‥‥‥私は、生きたい。
    ‥‥‥みんなと、ずっと一緒にいたい。


 私を大事にしてくれる人が、真剣に相手にしてくれる人が一人でもいる限り、
 私は心を閉ざさないし、心を閉ざせない。

 そんな人達を、こんな自分の事なんかで悲しませたくないし、
 迷惑もかけたくないし。

 みんなと一緒にいたい気持ち、シンジと一緒にいたい気持ちに嘘はないもん、
 ‥‥‥絶対に。


 それに‥‥こんな私でも、がんばれば誰かに何かができるかもしれないし。

 思えば、御殿場で苛められていた私を救ってくれたあのシンジだって、
 最初はすごく自分本位な奴だったんだから‥‥‥。



 「うわ、もう3時半‥‥‥」
 時計を見て、思わず独り言が出てきた。


 考え事のしすぎだろう、目がらんらんとしていて、とても眠れない。
 電気を消した部屋の中も、目が慣れたせいでやたらと明るく感じられた。

 はぁ、と溜息をついて、頭を抑えてみた。
 もう痛くない。

 うん、気分も悪くない。

 やれやれ、これだけ時間が経てば、酔いだって引いちゃうわよね。

 「しっかたないわね〜」


 恐る恐る電気をつけて、眩しさに暫し惑って。

 目が慣れたら、速攻で冷蔵庫のところへ行って、中を調べた。

 「まだ残ってるわね。」

 昼間向かいのコンビニで買った、1ダースのビール。
 その最後の一缶が、冷蔵庫の真ん中にちょこんと残っていた。

 さっそくプルトップを開けて、ごくごくと飲む。

 ビール一缶くらいでこのアスカ様が眠くなるとは思えないけど‥‥
 ま、おまじないくらいにはなるわよね。


 それにしても‥‥‥お酒って、一人で飲んでもおいしい事もあるんだね‥‥

 ハイネケンのあっさりとした味を楽しみながら、ふと机の上に目を落とす。


 「あ、倒したまま。」

 沢山の空の酒瓶やアルミ缶に追いやられて、隅の方に縮こまっている写真立て。

 このままじゃ可哀想よ。


 「うん、ちゃんと起こさなきゃ」

 私達の高校時代の記憶。
 大事な、楽しかった時の思い出。

 缶ビールを片手に、私はそれを手に持ってじっと見つめる。


 後輩達が笑っている。

 ウインクしているヒカリ。

 ナオミは‥‥シンジの脇腹にけりを入れるポーズで得意そうだ。

 そして、私とシンジは‥‥腕を組んで、幸せそうにしている。


 「ありがと‥‥みんな。私を助けてくれて。」


 ‥‥‥今は辛いけど‥
 ‥この頃の気持ち、大事にしなきゃいけないわよね‥‥





 「ああ!!早く寝なきゃ!!」

 とんでもない時間まで起きていることに気づき、
 私は大慌てで残りのビールを飲み干した。
 写真立てを酒瓶だらけの机の真ん中にとりあえず立てておいて、
 素早く電気を消す。

 ちらりと時計を見ると‥‥午前4時。

 肩までシーツをかけて、じっとする。

 『ふわぁあああああああ‥‥』

 ああ、やっとあくびが出てくれた。

 うん。
 早く寝なきゃね。

 明日があるんだから。




 [3rd part]


 何度インターホンを押しても反応がない。
 アスカ、留守なのかなぁ。


 そう思って、帰ろうと思って背を向けたちょうどその時、
 ドタンという勢いのある音が背中越しに響いた。

 続く、“いったい誰よ〜〜”という間の抜けた声。

 振り向くと、パジャマ姿のアスカがドアチェーンの向こうから
 ひょこっと顔を覗かせていた。

 アスカ‥‥ぼさぼさの髪で、目の下のくまができている。
 一体、昨日の夜に何やってたんだ?

 「ああ、アスカちゃん、今、何時だか知ってるのか?
  今日、土曜だから学校はないんだろうけど‥‥」

 「あ゛、日向さんじゃないですか!?
  そ、それで、いま何時?」


 俺に時刻を尋ねるアスカは‥おそらく今起きたばかりなんだろう。
 俺が来なかったら、一体何時まで寝てたんだろうか?


 「お昼の一時だよ、もう。」

 「あ〜あ、寝坊しちゃった‥‥」

 「ほら、これ、孤児カード。仕方ないから届けに来たんだよ。」

 「ありがとうございます、日向さん。」

 「『ございます』だなんて、堅苦しいのやめてくれよ。
  ところでさ、ちゃんと元気してるかい?
  みんなが心配してたぞ、君のこと。」

 「う〜ん‥‥‥やっと少し元気が出てきたわ、みんなのお陰で。
  シンジの心臓も、一応一段落したみたいだし。
  今日はね、気分変えに、新横須賀のほうまで行こうと思ってたんだけど‥
  この時間だとちょっと無理っぽいわね。」

 「そっか‥‥確かに、新横須賀までだと‥‥電車じゃちょっとかかるねぇ。」

 「折角カード届けてもらったのにね〜」



 「‥‥そ、そうだ。俺さ、これから実は旧第三新東京に用があるんだよ、
  片道だけでもいいなら、高速で新横須賀の街まで送るけど‥‥どうする?」

 その時、俺の頭の中に天啓とでも言うべき何かが閃いたから、
 アスカにそんな事を言ったんだと思う。

 まだ早いかもしれない。
 だが、遅いよりは早い方がいい。

 これを奇貨とするほうが、俺のためだと思う。

 俺の、俺自身のために。
 いつか、行かなければ、やらなければならない事だから‥。


 「ホント?なら、ち、ちょっと入って待ってて貰えませんか?」

 「あ、ああ、いいよ」

 アスカに案内されるまま、玄関で靴を脱ぎ、アスカの部屋に入る。

 年頃の女の子の部屋に入るなんて、何年ぶりだろうか。

 綺麗な部屋を予想していたが、アスカの部屋は‥‥
 酒瓶とアルミ缶ばかりが乱立する、ひどく散らかったものであった。

 「な、なんなんだよこれ、ひどく散らかってるね」


 「う、き、昨日ね、ナオミって娘が来てね、遅くまでシンジの話してて‥‥
  そのまま寝ちゃったのよ。」

 「そっか‥‥」

 余計な詮索はしないで、どっかと酒瓶テーブルの前に腰をおろす。
 アスカはそんな俺など気にもかけない仕草で、タンスから着替えを
 引っぱり出している。

 そして彼女は“シャワー浴びてくるから、待ってて下さいね”と言い残し、
 部屋を出ていった。



 「やれやれ‥‥」

 目の前に並ぶ酒瓶のラベルを見てみる。

 ‥‥ワインは殆どがドイツ産の白ワイン、それもいい値段のものが並んでいる。
 アルミ缶に目をやれば、ビールはハイネケンの緑ばかりだ。
 どちらも、昔アスカが電話で大好きだと言ってた銘柄だったが‥。
 酒瓶の山といい、さっきの寝ぼけた様子と言い。
 明るく振る舞っているけど‥‥アスカは‥‥。


 そんな俺の考え事を止めさせるように、突然、
 ザァアアアアというシャワーの音が耳に。

 「やれやれ、女の子のシャワーか、時間かかりそう‥‥。」

 ただ待っていても仕方がないので、テレビのリモコンを探し、
 それを酒瓶の合間に見つけた俺は、スイッチをonにした。


    *         *         *



 「日向さん、とばしすぎじゃない?」

 「いや、これくらいでもいいさ。
 元々走ってる車なんていないし、警察にはネルフの車を止める権限は無い」
 「職権濫用もいいとこね」
 「ははっ‥冬月司令には内緒にしといてくれよ」

  第三新東京市が壊滅した今、車の姿も疎らな新中央自動車道を、
 日向とアスカを乗せた公用車はものすごいスピードで疾走していた。

 慣れない速さが気になって、スピードメーターを何度も覗き込むアスカ。
 190キロの辺りで、針がふらふらと揺れ続けているのをもういちど確認すると、
 彼女は視線をフロントガラスに戻した。


 「確かにドイツじゃもっと凄かったけど‥ここ、日本なのよ。」
 「ドイツ、か。何度か俺も出張で行ったことあるな‥そういや。」

 「それで思い出したけどさ、日向さん、第三新東京なんかに何の用があるの?
  あそこってもう、ネルフの施設とかって何にも残ってないでしょ?」

 「あ、ああ。昔、俺が住んでたマンションの大家さんトコで子供ができたって
  いうから、それでお祝いをしにね。」

 「日向さんって、マメね〜〜やっぱり。なんにもあの頃と変わってないっていうか」


“そうじゃないんだ”
 アスカへの振る舞いとは裏腹に、ハンドルを握る日向の心中は複雑だった。


 よもや忘れていたわけではない。
 自分が住んでいたマンションも、気のよかった大家の家族も、
 もうこの世から永久に失われてしまった事を。

 “この手でたくさん殺した。”

 “何より、荒んでいた。”

 “しかし‥‥”


 「いや〜、すごく世話になってたんだ、大家さんトコの家族には。
  だから、ね。」
 「日向さんらしいわね、そういうの。」

 日向はアスカの方を盗み見る。
 助手席に座るアスカの顔に、混じりけのなさを感じとった彼は、小さく安堵した。


 「お、もうインターみたいだ。そろそろ速度落とさなきゃ。」

 「もう着いちゃうのね、早い早い〜。」

 インターチェンジに入るために、車は少しづつ速度を落としていく。






 [4th part]


 “静かだな‥‥”


 たび重なる破壊によって大きく広がった、人工の湖・新芦ノ湖。

 その湖の畔は、戻ってきた緑と朽ち果てた街の遺物が混じりあい、
 さながら古代遺跡のような景観を呈している。
 水辺だというのにどこか寒々とした風景は、俺が予想していたよりも、
 遙かに陰鬱なものだった。

 水面に顔を出すビルの残骸も、放棄されたままの戦車も、あの時と変わらない。

 政府はここを二十年間放置すると言っていたが、まさかここまでとは。


 「人の手が入らないと、こんなものか」



 足下に目を落とす。
 湿った腐葉土の上に、何かを見つけた。

 ねじれた金属片だ。
 汚れた表面を擦り、よく見てみるとナンバーリングが読める。


 [0013-66-01482049]

 戦自の採用兵器の形式番号だ。
 番号と形状から、たぶん、十三式自走カノン砲の砲弾の
 破片だとオートマチックに判断してしまう俺がいる。

 もう、そんな自分は捨てたいのに。

 だから、湖に向かってその金属片を投げ込んだ。
 チャポン、という音に続いて、水面に輪が広がる。


 ただ、眺める。

 俺だけの、静かな時間が流れていく。




‥‥俺は、帰ってきた。

 もう、二度と来るまいと誓った、この地に。

 そう。

 二度と、二度と踏み込むまいと誓った、この呪われた土地に。

 あの人と過ごした、この街に‥‥。




“ん?”

 ふと、思いに耽る俺の目の前を、素早く何かが通り過ぎていった。

 なんだろう、と思い、目で追うと‥‥すぐ側の木の枝の上に、それはいた。


 “‥‥鳥だ”

 その白い鳥は、枝の上に止まって、きょろきょろとしていたかと思うと、
 たちまちどこかへ飛んでいってしまう。


 “行ってしまった‥‥”

 いつのまにか、どこかロマンチックな気分に浸っている自分に気づく。
 その事に驚き、同時に嬉しさを感じる。


 そうさ。
 俺は、もう、『俺』をやめるのさ。
 俺は、俺に戻るんだ。


 “もう、いいんだ”

 何度も繰り返したその言葉を、もう一度心の中で。

 今日こそ過去と訣別するために。



 決意した俺は、ズボンのポケットから財布を取り出し、
 中からぼろぼろの写真を取りだした。

 地面にしゃがみ、ライターでそれに火をつけるまでの間、殆ど躊躇いはなかった。


 写真が、端のほうから黒くなり―――奇妙にねじれながら小さくなっていく。

 やがて火は、微笑む上司の顔をも舐めていき―――
 僅かな灰ばかりを残し、消えていく。

 “ミサトさん‥‥”


 枯れていた気持ちが、思い出が、涙が、蘇る。


     『まったく、ずぼらな人だなー、ミサトさんも。
      自分の洗濯くらい自分ですればいいのに。』

     『悪いわね〜、泥棒みたいなことさせちゃって。』

         『いいですよ、あなたと一緒なら』
            『ありがとう。』


 加持さんと一緒に歩く彼女を見たときの気持ち。
 笑顔で話す彼女を見たときの想い。
 明るさを失った彼女と過ごした時間。
 ズタズタになった亡骸にしがみついた時の記憶。


 不器用だった。

 冴えない男をやめる事は出来なかった。

 最後まで、何もできない日向マコトだった。


 それでも、あの時の気持ちは、どれも本物だった。

 偽りなく、俺の一番大事な女性だった。

 好きだった。



        「ありがとう、葛城 ミサト さん」

     「あなたの事は忘れないけど、もう、さよならです」


 目の前の僅かな灰に向かって、心を込めて手を合わせた。

 そして、車の止めてある道路に向かって歩き出す。

 もう、湖のほうは一度も振り返らなかった。


 かわりに、空を見上げる。

 いい天気だ。

 蒼穹に浮かぶ小さな太陽。
 黄色く輝くそれは、とても眩しかった。






 [5th part]


 懐かしい空気ね。

 時々すれ違う高校生達は、みんな私の年下。

 ダサいと巷で評判だった制服も、今は不思議と綺麗に見える。
 着たいと思っても、もう二度と着ることがないからかな?



 来賓用のスリッパを履いて、私は音楽室を目指して廊下をぱたぱたと歩いた。

 土曜日の午後の学校は、校舎の中にもあまり人気がない。

 グラウンドのほうから聞こえてくる野球部の声が、少し前までの高校時代を
 思い出させてくれた。
 どこからか、練習を続ける金管楽器の音も混じって聞こえてくる。

 この場所が、何にも変わっていない事に心が安堵する。
 そんな自分に、ちょっと恥ずかしくなるけどね。


‥そうよね。
 でも、この気持ちが欲しくなったから、戻ってきたんだもんね。


 “あ、これも‥‥相変わらず‥‥”

 廊下の曲がり角の壁、楷書で書かれた立派な文句が掲げられているのを見つけ、
 私は思わず立ち止まった。

[幸せも、不幸せも、常にあなたの心の中にある。それを覚えておきなさい]

[愛されたいならまず愛しなさい。信頼されたいならまず信頼しなさい。]


 アマチュア書道家趣味の、うちの教頭先生の標語なのよね。

 学校に通ってた頃は、いっつもバカみたいな事書いてあるって
 思ってたけど‥‥久しぶりに来て見ると、懐かしさがそれに勝った。

 ああ、ほんとに何もかも、昔のまんま‥‥。



 「あっ!アスカ先輩!!」

 「えっ?」

 突然の高い声に振り向く。と、懐かしい顔が微笑んでいた。

 ああ、私の大事な後輩!!
 こっちに歩いて来る!!

 「あ、アヤコじゃない〜!!ひっさしぶり〜!元気してた??」

 「もちろんです。そうそう、今年、ウチのパート、一年生が4人も入ったんです!
  これからパート練習に行くんで、先輩も一緒に行きません?」

 「うん!!」

 フルートパートが練習をしているという、3階の二年C組を目指して私達は
 歩き始めた。

 階段を登る間、廊下を歩く間じゅう、話題は尽きない。
 私は懐かしい後輩との会話に夢中になっていた。

 「‥‥じゃあ、ヒカリ先輩って、まだ続いてるって事ですよね。」

 「うん。不器用そうに見えて、あれがまた上手くいってるのよ〜〜。
  それより、そっちはどう?」

 「あはは‥‥」

 「もしかして‥‥」

 「いえ、ちゃんと続いてますよ。でも、あいつとは昨日、喧嘩しちゃって。」

 「そっか‥お互い、がんばろ〜ね。」


 「あの、アスカ先輩でも、碇さんと喧嘩することって、あるんですか?」


 無邪気に尋ねるアヤコ。

 その問いに、私はしばらく時間を置いた後、
“喧嘩しない方が不自然じゃないかな”と答えていた。

「あんなに仲良さそうなのに?」

「違うのよ、きっとお互い、ほっとけないくらい気になるからよ。
 よく考えたらさ、どうでもいい相手とは私、喧嘩なんてしないもん。
 疲れるだけよ、そんなの。」

 自分で言っている事に、自分で驚く。

 私、何言ってるんだろう?

 でも、その言葉に間違いがないと、心の中から声がする。

 悩んで悩んで、もしかして少しだけ大人になれたのかな? 私も。
 そんな、偉そうな事まで思ってしまう。


 「やっぱり年上なんですね、アスカ先輩って。私も見習わなきゃ」

 「違うわよ、私なんてヒカリとかシンジに比べたら、まだまだお子様よ。
  ‥‥あ、着いたわね」


 2年C組のドアをガラガラと開ける私。


 こちらを振り向く、顔、顔、顔‥‥


 「ああ、みんな!!!」

 最初の言葉、それしか出ない。
 嬉しさに、声が詰まる。


 「先輩〜〜!!」
 「アスカ先輩、久しぶり〜!」

 「アスカ先輩!お久しぶりですぅ!」


 みんな、何にも変わっていない。
 忘れられない声、忘れられない顔、忘れられない雰囲気‥‥。

 「みんな、楽しくやってた?うわ‥久しぶりね‥‥」

 「もちろんです。」
 「アスカさんこそ、大学、楽しいですか?」

 「まあまあ、って感じかな?ところで、一年生の子って?」

 「ええ、ここの四人です」

 「へぇ〜、はじめまして、私、OBの惣流っていいます。
  みんな、アスカって呼ぶけどね。覚えといてね!!」

 “よろしくお願いします”と答える一年生の声に、微かな緊張感が感じられた。

 私が入ったばっかりの頃は、もっとひどかったような気がする。
 だからだろう、その表情が、私にはかわいらしくてしかたがない。


 「ほぉら、そう堅くならずにさ〜〜。」

 「は、はい」

 「やっぱ、かわいいわね〜、一年生は。
  ねえみんな、お菓子持ってきたからさ、食べようよ!」

 そう言って、持っていた紙袋からクッキーを取り出すと、
 後輩が私のほうに集まってくる。

 “飲み物買ってきますね。先輩は、いつも通り午後ティーでいいですか?”
 と、三年生のサキちゃんが聞いてくる。

 “勿論よ”と元気よく答えて、私はクッキーの缶を開けた。

 「うっわ〜、太りそう‥‥」
 「でも、甘いものは別腹、よね〜‥‥」

 私を含めて女の子ばかり10人の、小さなパーティーが始まろうとしていた。



  *           *           *



 お茶を終えて、歯磨きをした後。

 久しぶりに私は自分の楽器を手にした。

 純銀製の私のフルート。
 賠償金は絶対無駄遣いしない事にしてるけど、私はちょっと値の張る
 この買い物には、躊躇も妥協もしなかった。


 久々に音を出してみる。

「先輩、久しぶりとか言って、音が全然汚れてないですね」
 と、アヤコ。

「そうかな〜、なんか下手になった感じがするな〜」
 昔よりちょっと潰れた音色のような気がする。
 ひょっとしたら肺活量も落ちてるかもしれない。

 音階練習やロングトーンを軽くやった後、お気に入りの
 フォーレ“シシリアーノ”を吹いてみた。

 ‥‥‥‥‥‥‥‥

 うん。まあ、それでも悪くないかな。
 そこそこ吹けるじゃん。



 「アスカ先輩、前のコンテストのメンバーでアンサンブルやりません?
  音楽室のピアノも使って。」

 「うん!!やるやる!!」

 ピアノも弾けるサキちゃんの言葉に、大喜びしてしまった。
 一年生と二年生にバイバイを言って、私は三人の3年生と音楽室に向かった。



    *        *        *


 「まずはさ、去年のアンサンブルコンテストの時の曲、やりましょうよ。」
 「そうね。そうしよっ。」

 「先輩、楽譜持ってきてますか?」
 「勿論よ。ちょっと待って‥‥私の、出すから。」
 バッグを開き、譜面入れとなっているクリアケースを取りだした。


 フルート四重奏用、パッヘルベルのカノン。

 去年の1月、私とアヤコ、それにサキちゃんとリョウコの四人でやった、
 思い出の曲。

 「じゃあ、やるわよ。」
 「うん」

 四人で並んで、楽器を構えて。

 まず、4thパートのサキちゃんが吹き初めて、それから1stのアヤコ、
 2ndの私、3rdのリョウコと、順番に音楽の世界に飛び込んでいく。


 優しい音色を意識しつつも、音を失速させないように意識する。
 管楽器の中でも、抜群に豊かな音色を持つフルートの能力を引き出すために、
“心を込めて歌う”私達。

 高度な対位法に則って絡み合うハーモニーが、私達四人を包み込む。
 その、ひとつの世界を共有するという至福の時が、さらに私達を
 アンサンブルの世界に没頭させ、次第次第に高みへと誘った。

 やがて訪れる、終曲。

 でも、それは始まりに過ぎない。


 リョウコがつかさず“やっぱ、いいですよね〜。
 先輩、もっとやりましょうよ!!!”と提案。

 私もみんなも、うんうんと大賛成。

 一気にテンションのあがった私達を、止めるものはない。

 アンサンブル用の曲も、そうでないの曲も。
 手当たり次第に、私達四人は次々と演奏を楽しんだ。

 ドビュッシーの『亜麻色の髪の乙女』をみんなで“歌う”。
 続いて、バッハの管弦楽曲・第二番・ロ短調より、『ポロネーズ』。

 卒業演奏会でやった、コダーイの『飛べよ孔雀』のソロ演奏も。

 自分を、思いっきり表現できる瞬間。
 仲間と、極限まで時間を共有できる瞬間。


 時が過ぎるのも知らずに、私達はメロディを奏で続けた。




  [6th part]


 ‥‥‥やがて、音楽室にも赤い夕日が差し込んできていることに私は気づく。

“もういかなきゃ”の一言で魔法が解けてしまいそうで、暫くは黙っていた。

 けど‥ぐずぐずしてると第二新東京行きのリニアに間に合わなくなるわよね。



 私が年長なんだし‥‥仕方ないわね‥‥。

 「みんな、楽しかったわ。でも、もう時間だから。」

 「そうですね‥‥」
 「また、遊びに来て下さいね、コンクールの時とかも。」
 「おみやげ持ってきてくれると、嬉しいです」

 「うん。また来る。
  じゃ、最後に、一人で吹いていい?」

 「もしかして、あれ、ですか?」

 「そう。
  じゃ、悪いけど、サキちゃん、いつもみたいに伴奏、お願いできる?」

 「あ、はーい」

 サキちゃんにピアノ用の楽譜を渡し、銀のフルートを再び手に取る。

 朱色に染まった音楽室の中、高校時代、必ず一日に一回は吹いていた、
 一番の馴染みの曲を吹き始めた。

 バッハの、『主よ、人の望みの喜びよ』。


 自分を前に出して。

 あのメロディラインに乗って、
 嬉しさを、優しさを、時に悲しさを。

 何より、心を開いて。

 吹くというよりも、むしろ歌うこと。
 演奏技術も大切だけど、それ以上に、心を込めること。
 上手じゃなくてもいい、まわりを気にするよりも、
 私とサキだけの音楽を創ること、楽しむこと。

 ‥‥そうよ、それで、それだけで充分なのよ。
 あとは、この曲の、優しいコラールのテーマが
 私達をどこかに連れてってくれるんだから。

 そんな、いつも通りの事を思いながら、切々と奏でる。


 やがて、安らぎに満ちた旋律が、力強くなる。

 感じる。
 過去の声。

 それは、“目覚めて、私の心”という暖かなメッセージ。


“‥‥音楽やってて、私、本当に良かった‥‥。”




 そして‥‥‥最後の終曲の時が訪れた。

 この曲の終わりは、本当の終わり。

 うん。
 また、お別れよね。



 「みんな、ありがとう。今日は、楽しかった。」

 「こっちこそ、ありがとうございます、また来て下さいね、アスカ先輩。」

 「こんどは、ヒカリさんとか碇さんも連れてきて下さいよぉ!」

 リョウコの言葉に、私は一瞬楽器を片付ける手を止めた。
 またシンジとここに来れる保証なんてどこにもない、その事を思い出して。

 それでも私はみんなに答えた。

 「必ず連れてくるからね!」
 と。

 また来よう、次の卒業演奏会の時にでも。
 今度は、シンジもヒカリも一緒に。
 そうだ、ナオミとも必ず仲直りして、他のパートの後輩達とも騒ごう。

 そうできたら、きっと楽しいと思う。

 「さって。帰る準備も出来たし、私、行くね。」

 「そうですね‥‥もう、時間ですね‥」
 「気をつけて帰って下さいね!」
 「碇先輩にもよろしくぅ!」

 後輩達が、玄関まで見送ってくれた。

 今も変わらずに自分の事を慕ってくれる彼女達に感謝しながら、
 私は駅を目指して夕暮れの新横須賀の街を歩き始めた。



    *           *          *



 あ〜あ、帰ってきちゃった。


 酒瓶ばかりの寂しい自分の部屋に帰ってきたのは、もう夜の十時を
 回った頃だった。
 まずは部屋をかたずけて、それが一段落したら服を脱ぐ。
 ゆっくりとシャワーを浴びながら、あれこれと思い返す私。


“ああ、楽しい一日が終わり、また明日から、ダメな私の日常が始まるのよね‥。”

 先の判らないシンジ。
 傷つけあってしまったナオミ。

 ファーストのことも、思い出すと胸が痛む。


 いっぱい悪いこともした、いっぱい傷つけた。

 ‥‥でも、みんなは、そんな私と一緒にいてくれるのよね、
 一緒にいたいって言ってくれるのよね。

 あのナオミだって、謝ってたじゃない。
 あんな気の強い娘が泣いちゃってたんだから‥‥きっと、信じていいわよ。


 うん。
 明日からは、ちゃんと学校にも行こう。

 それで、終わったらシンジの所に。

 さあ、がんばらなきゃ。


to be continued


 あ゛〜〜〜!!長い!!長いと言ったら、長い!!

 ここまで読んで下さった本当に我慢強い方、どうもありがとうございました。

 充分な表現能力&構成能力を持たぬ身故、どの程度余所の方に
 それが伝わっているのか、ひじょーに心配です。

 これからますます突っ走ります。
 或いは「何よぉ!これぇええええ!!」ってなる方も多いと思います。

 とりあえず、私的には、この30話がここまでの中で、一番好きです。

 ‥その分、一番長くなっちゃいましたが。


 2004年注:今までで一番長くて冗長なパートですが、これなくしては他が壊れるので
 仕方なく書き換えしてました。大事なパートとは解っていても、アレンジするのが苦痛!





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