第4話:少女の葛藤
【6/20】
今日も私は狭いコンクリートの部屋に閉じ込められたまま。
もう2日になると思う‥。
外部との連絡は、冬月副司令が一日に一度かけてくる電話だけで、
それ以外は面会も何も許されない。
とはいっても、身よりのない私に、どのみち面会する人なんて
あるはずがないんだけど‥‥。
私には、家族も友達もいない。
私がこんな所にいても、心配してくれる人なんて、いないだろう。
碇君なら‥‥いえ、碇君は今‥‥。
昨日、電話で副司令から碇君の状態を聞いた。
‥彼はもう、死にかけている。
心臓と腎臓は、もうほとんど機能していないと聞いた。
私は何度も“涙”を流した。
なかなか、止めることは出来なかった。
それが自分の“感情”を表すサインだということは、私にもなんとなく理解できた。
だけど、今更それが解ったってどうなるというの?
まだ未来のある彼が今、死のうとしている、
もう未来のない私がこうして生きている。
神様は‥‥神様がもしいるとしたら‥‥どうしてこうも残酷なの?
【6/21】
今日、施設の人から、私の最後の日が言い渡された。
私の命がなくなるのは、十日後らしい。
冬月さんからの電話で、私は無理をお願いしていた。
「碇君に会いたい」という私のたった一つの願いに、冬月司令は「最大限、
努力させて貰うよ」と答えてくれた。
短い私の経験から想像すると、冬月さんの声は、まるで私が殺されることが
とても辛いことだと思っているみたいだった。
三人目の私が生まれてから、冬月さんと話をするのはここに来てからが
初めてだったけど、とても私の事を気にかけてくれている。
ありがとう、冬月さん。
でも、願いが叶って碇君に会って、私はどうするの?
どうせ瀕死の彼とは何も話せないのに!
どうせ何もしてあげられないのに!
お互い、死ぬしかないのに!!
【6/22】
冬月さんからの電話によると、碇君の容態が、また悪化したらしい。
心臓や腎臓の機能がぎりぎりで、このままではいつ脳死や植物人間に
なってもおかしくないと、震える声で彼は教えてくれた。
私に、何か出来ることがあればいいのに。
出来ることなら、私の命を、私の体を碇君にそっくりあげたい。
そして、碇君には幸せになって欲しい。
私の体‥‥
そう!
そうよ!
どうせ私の命はあと僅か。
冬月さん、私の我が侭を叶えて下さい。
二人で一緒に死んでしまうよりは、せめて、碇君だけでも生きてくれたら‥‥。
【6/23】
私は、電話で冬月さんにはっきりと自分の意志を伝えた。
冬月さんは、とても驚き、そして最初はいくらか反対したけど、
最後には私の意志を受け入れてくれた。
最善を尽くすから吉報を待っていてくれという言葉を残して、
今日の電話は切れた。
『これで本当によかったの?
そんな声が胸の中に残っている。
『もしかしたら、突然自由になれるかもしれないのよ。
そんな声が胸の中に残っている。
『あなたは、自分の命を捨てることに、同意したのよ。
そう。私は死に同意したの。
ひょっとしたらあるかもしれない僅かな希望も、全て絶ったの。
そのかわり、その代償として、私の好きな人が必ず、必ず助かる。
きっと誰の心の中にも残らない私だけど、最後に好きな人を一人だけ
助けて死ねるなら、私は後悔なんてしない。
そのためなら、見せかけだけの希望なんて、いつだって捨てられる!
【6/24】
嫌!
やっぱり死にたくない!
私も生きたい!
ずっと生き続けたい!
死ぬのはいや、みんなから消えてしまうのはいや!
碇君と一緒にいたい!
碇君と話がしたい!
碇君と‥‥‥ひとつになりたい!
私が死んだら、碇君が生きていても、もうそんなことはできない!
そんなの嫌!
嫌!
碇君‥碇君!!
【6/25】
今日、冬月さんからまた電話があった。
私の願いは叶えられることが決まったらしい。
明日、迎えが来て、私を碇君の病院に連れていってくれる。
冬月さんは、私に感謝の言葉を何度も繰り返していた。
だけど、感謝しなければならないのは、私の方。
やっと気持ちに整理がついたと思う。
私は死にます。
もう、後悔はしません。
碇君のために、この体を捧げます。
何もない私だけど、最後にひとつ、いいことができて本当によかった。
碇君‥‥私の分まで幸せになってね。