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ただいま

「……ふぅ」
 紫色の小妖精は、出店の屋根の上に腰掛け、小さくため息をついた。しばらくうつむいたまま黙り込んで、それから大きく息を吸い込んで、よし、と言った。
「なるほど、ソルネアってとこに行く方法は、大体わかったわ」
 酒場などで集めた情報を一人整理し、最近発見されたという新天地への道筋を確認する。
「それにしても」と、小妖精──リトゥエは呟いた。「相変わらずここには、人が多いわね」
 ここは商都デュパンの市場。「始まりの地」としても知られるここは、常に冒険者でごった返している。従って、その冒険者たちを相手にする商店も多く、こうして大きな市場が形成されている。
『人が集まる場所には、おいしいものもたくさんあるのれす』
 ふとそんな言葉を思い出す。そんなことをよく言っていた少女を思い出す。確かに、何かというとここに来ていたような気がする。ここはきっと、彼女にとってもお気に入りの場所だったのだろう。
 ここ数日、リトゥエはずっとこのデュパンの市場にいた。人が集まる場所にはおいしいものと共に情報が集まる。リトゥエの姿は他の冒険者からは見えないから、直接会話することはできない。そのため、ひたすら立ち聞きして有益な情報を探すしかないのだ。
 しかし幸いなことに、ソルネアは今グローエスで最も注目されている。噂話に事欠くことはなかった。結果、すぐにやることはなくなってしまった。アウトプットもなしに、インプットばかりしても仕方がないのだ。
 だからリトゥエは、ここ数日で始めてまともに市場を眺めた。ここには沢山の人がいる。沢山の人が、それぞれの想いを抱え、それぞれの日々を過ごしている。ひたすら剣技を磨く人、多くの技を身につける人、商人となり巨万の富を稼ぐ人、闘技場に通い詰める人──空に浮かぶ大陸ソルネアに行った人。
 自分がグローエスに生まれてから、どれくらいの時間が経っただろう。リトゥエは思った。決して長くはないが、短くもない。その間にも、色々なことがあった。色々なことがあったけれど、自分はずっと同じことばかり考えていた気がする。つまり、パートナーである冒険者を、“監視者”として導くこと。刻印を得て、竜を退治し、そういう何やかや。
 自分はそれが正しいことだと信じてきたけれど、ふと他の冒険者たちを眺めていると、「他のリトゥエたち」は、自分よりずっと上手くやっているような気がした。
 けれどすぐにそれは意味のない比較であると判断した。自分はある冒険者のためのリトゥエであり、他のリトゥエは別の誰かのためのリトゥエなのだ。
「……なるほど、そーゆーコトね」
「独り言も、度を過ぎると電波気味だわ、ケララ」
 振り返ると、赤い小妖精──ピスケスがキャベツの芯を齧っていた。
「まだそのナントカってのを調べてンの? そんなの、もう何の役にも立たないのに」
「そうね」
 あっさりと同意され、ピスケスは拍子抜けした。得意の憎まれ口も上手く出てこない。
「色々と気がつくのが遅かったみたい。私もあの娘のこと、強くは言えないみたいだわ」
 リトゥエは視線をピスケスから人並みに戻し、脚をぶらぶらと揺らした。
「まあ、あーだこーだ悩んでられるのも、今日までだけどね」
「今日? あたしらが消えるまでには、あと十の昼と夜が残ってるはずだけど? そんな単純計算もできなくなったわけ? ケララ」
 齧りかけのキャベツの芯を投げ捨て──それは地上の冒険者にぶつかるわけだが──ピスケスは条件反射的に笑った。
「ちげーわよ。話はいつだって単純なの。忙しくなると、悩む暇もないってコトよ」
 言うなり、リトゥエは四枚の羽をはためかせ、飛び立った。
「ちょっ、わけわかんないっての!」
 ピスケスもブゥ、ンと昆虫のような羽音を響かせて後を追う。
 リトゥエが向かったのは、デュパンの町外れ。
 そこでは、一人の冒険者がラピッドラットと退治していた。
 はぐれネズミをわけなく叩きつぶした冒険者は、近付く小妖精にいち早く気付いた。
「お、リトゥエちん、久しぶりなのれす」
 そう言って、その少女はにへへ、と笑うのだ。
「ただいまれす」


文責:並丼