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連作8

 女の子の浮浪者なんて珍しいなと、思った。
 老婆なら見かけることもあるが、その娘は若すぎた。せいぜい二十歳そこそこ、若ければ高校生くらいかも知れない。
 そんな娘が、ろくに荷物も持たず、薄汚れたベージュのコートで身を包み、とぼらとぼらと歩いていた。長い黒髪を束ねもせず、少し猫背に、けれども顔だけは前を見て、歩いていた。
 よっぽど声をかけようとも思ったが、「おい、この資材、かたっぽ持ってくれや」と声をかけられ、その作業を一段落させた頃には、あの少女はもういなくなっていた。
 あるいはあの娘は浮浪者ではなかったのかも知れない。近くにきちんとした住所を持つ普通の少女だったのかも知れない。けれどもそうと確信するにはあまりに汚れすぎていた。

 だから二度目にその娘を見たとき、間違いなくあの時の娘だ、と、知孝にはすぐにわかった。
「ねえ、おいで」
 少女は道ばたの野良猫に向かってそっと手を伸ばした。でも野良猫は彼女と彼女の差し伸べた手をちらりと見て、すぐにいなくなった。彼女の手はしばらく所在なさげに宙を彷徨って、やがて引っ込めた。冬の冷たい風で冷えた手を、もう片方の手で包み、さらにコートの中にしまい込む。
 立ち上がって、足を踏み出そうとして、傾く。そして歩道の縁の植え込みに、頭から倒れ込んだ。
(参ったな……)
 それが気を失った少女を抱え上げたときの知孝の正直な感想だった。退屈なのは苦手だったが、さりとて波瀾万丈を望んでいるわけでもない。今でこそフリーターに身をやつしてはいるが、もう二つ三つ使えそうな資格を取り、堅い仕事にでも就いて、不景気とは無関係に生きていくはずなのだ。
 何より今は金がない。自分一人食いつなぐのがやっとなのに。……いや、食べなくても死にはしないのだ。だが二十年余の習慣は一度死んだくらいで途切れるものではなく、ふと気が付けば両手に食材を抱えているのは惰性なのか。
 ならばこれはいい機会なのかも知れない。この少女に施しでもして、その間に不要な出費を招く悪癖を断ち切ろうじゃないか。浮いた金で参考書代と受験費用を作るのだ。きっとこの少女も警察や保護施設よりは、何も訊かれないボロアパートの方を望むだろう。きっと自分たちの利害はそれなりの一致を見るはずだ。

 けれども翌朝、彼女に明け渡した布団は空っぽになっていて、和孝はやれやれとため息をついた。財布も通帳もなくなってはいなかったけれど、ほんの八時間前の状態に戻っただけなのに、不思議と何かが足りない気がした。
 彼女の傷だらけの手足を思い出す。前に見たのは、ここから数百キロは離れた場所だった。あそこからここまで歩いてきたのだろうか。無論他にも方法はあったかも知れない。
 ただ、彼女を布団に降ろした瞬間、おそらく寝言だろう、「助けてよ……」と呟いていた。歩いていたときの、はっきりと前を見て歩いていたあの表情とは随分と違って、壊れそうな、崩れそうな。
 それでも彼女は一人で歩いていった。歩いてどこかへ行ってしまった。行き先は決まっているのだろうか。無事に辿り着けるのだろうか。それを知る術は今のところ無いけれど、辿り着く場所が彼女の望む場所であればいいと、そう思った。


文責:並丼