(1)生物学の学び方

 そもそも生物学Biologyとは何であろうか。古くは、博物記Natural Historyであって、世界の珍奇な動植物の見聞録を作ることであった。しかし、近代的な生物学は、 史的唯物論の台頭によって、生命に近代的な科学のメスを入れることであった。神秘的な生気論 Vitalismからの脱却が大きな課題であることは、今日の日本社会において見る限りでは、百年前 の昔と、さして変わりがないように思える。
 Oxford Dictionaryによると、Biologyは、Science of Physical life, dealing with the morphology, physiology, origin & distribution, of animals & plants.とある。そして、Scienceとは、(1)Knowledge, whence (2)Systematic formulated knowledge(moral, political, natural, etc.,science); pursuit of this or principles regulating such pursuit (3)(Also natural science) the physical or natural sciences collectively(science now shares the curriculum with literature, history, & mathematics). (4)branch of knowledge, organized body of the knowledge that has been accumulated on a subject,(the science of optics, ethics, philology;exact science,admitting of quantitative treatment; pure science,one depending on deductions from self-evident truths, as mathematics, logic; natural, physical, science one dealing with material phenomena & based mainly on observation, experiment, & induction, as chemistry, biology, whence exp.とある。
 生物学を学ぶ際に、何を真っ先に心掛けなければならないだろうか。それは、真理に対する謙虚な姿勢 である。それはまさに大自然に挑戦する冒険家の自然への畏怖と同様である。自惚れや傲慢さを捨てて、謙虚に真理に直面することであろう。間違った先入観や偏見を捨て、今、目の前にある「生命」に対して、自分自身をさらけ出すことである。そうすることによって、神秘的に見える生命現象もその真実の姿を少しずつ垣間見せてくれることであろう。人間自体が生命体であるという前提に立てば、ちっぽけなこの人間に生命の何たるかの全貌を知ることは不可能である。絶対真理に対する相対的真理のみしか我々科学者ですら享受出来ない、という宿命の下にあって、科学するとは一体何であるか?を常に振り返りつつ、日常の研究活動に、誠心誠意打ち込んで行くべきであろう。
 岩波生物学辞典によれば、生物学Biologyとは、「生物あるいは生命現象を研究する科学。古く動植物および鉱物の記載・研究は博物学として出発し、生命現象の科学研究の観念の確立にともない、しだいに生物学として分化し独立した。一般に、Aristotelesを生物学の祖とする。
生物学は、(1)対象とする生物の種類による分類、(2)扱う現象による分類に分かれる。また、人類学・医学・農学なども含んで生物科学Biological Sciencesの語も用いられる」とある。亡くなられた今堀宏三先生が、そのご著書でよく使われていた「生命科学 Life Science」という生物用語が、今日、あまり普及していないのは何と言っても不思議である。
 さて、最近は、技術 Technology の進歩により、ロボット工学や人工生命(疑似生命)の研究が盛んであるが、 『人間は生命の部分集合であり、全体集合である生命の全容の理解は不可能である。』と言う命題が成 り立つ以上、これらの技術開発はあまり妥当なものとは思えないのである。その理由は、未来のいつか、人と ロボットや人工生命(疑似生命)との境界が不明となって、人類の気付かぬまま、これらが人類を凌駕して、人 類が滅亡し、人類に取って代わるような時代がやってくる恐れが存在するからである。それゆえ、安易なロボ ットや人工生命(疑似生命)の技術開発は、極めて危険な要素を含んでいると考えられる。煎じ詰めれば、現在、 不明確になって来ている科学 Science と技術 Technology の相違について、改めて問い直す必要があると思 えるのである。

<練習問題>
 次の中で、生き物 Living things(生命体 Organisms)であるものには○を、そうで無いものには×を(  )内に書きなさい。
(1)ウイルス(  ) (2)グロブリン(  ) (3)クロロフィル(  ) (4)地球(  )
(5)食物(  ) (6)ナトリウム・ポンプ(  ) (7)赤血球(  )
(8)ミトコンドリア(  )(9)呼吸(  ) (10)死んだ生き物(  )
<解答>
(1)代謝機能はないが他に寄生することで自己増殖機能を持つ。○ (2)免疫の際に作られる抗体を構成する タンパク質。タンパク質は有機物質。× (3)葉に含まれる光合成に関係する色素。有機化合物。× (4)地球は生命を包含する存在体だが、太陽と同じ無機物の星であるから生命体とはしない。× (5)食物の中に含まれる栄養素が必要であるから、 生き物である必要は無い。× (6)生き物の機能であるから、× (7)生き物は細胞を基本単位としている。赤血球は 1個の細胞よりなるので、○ (8)細胞内構造であるが、自発的な運動をするし、独自の遺伝子を持つことから、○ (9)呼吸は生きている証拠の1つであるが 生命の働きに過ぎないから、× (10)生きている生き物は生き物だが、死んだ生き物は生き物とは言えないだろう。×

福岡伸一:生物と無生物のあいだ

【リンク】
生物哲学 Philosophy of Biology
生と死 Life and Death
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