島崎藤村

「若菜集」より


  
 高 楼


 
     わかれゆくひとををしむとこよひより
         とほきゆめちにわれやまとはん

 

 
   妹

 
とほきわかれに
 
    たへかねて
 
このたかどのに
 
    のぼるかな
 

 
かなしむなかれ
 
    わがあねよ
 
たびのころもを
 
    とゝのへよ
 

 
   姉

 
わかれといへば
 
    むかしより
 
このひとのよの
 
    つねなるを
 

 
ながるゝみづを
 
    ながむれば
 
ゆめはづかしき
 
    なみだかな
 

 
   妹

 
したへるひとの
 
    もとにゆく
 
きみのうへこそ
 
    たのしけれ
 

 
ふゆやまこえて
 
    きみゆかば
 
なにをひかりの
 
    わがみぞや
 

 
   姉

 
あゝはなとりの
 
    いろにつけ
 
ねにつけわれを
 
    おもへかし
 

 
けふわかれては
 
    いつかまた
 
あひみるまでの
 
    いのちかも
 

 
   妹

 
きみがさやけき
 
    めのいろも
 
きみくれなゐの
 
    くちびるも
 

 
きみがみどりの
 
    くろかみも
 
またいつかみん
 
    このわかれ
 

 
   姉

 
なれがやさしき
 
    なぐさめも
 
なれがたのしき
 
    うたごゑも
 

 
なれがこゝろの
 
    ことのねも
 
またいつきかん
 
    このわかれ
 

 
   妹

 
きみのゆくべき
 
    やまかはは
 
おつるなみだに
 
   みえわかず
 

 
そでのしぐれの
 
    ふゆのひに
 
きみにおくらん
 
    はなもがな
 

 
   姉

 
そでにおほへる
 
    うるはしき
 
ながかほばせを
 
    あげよかし
 

 
ながくれなゐの
 
   かほばせに
 
ながるゝなみだ
 
   われはぬぐはん



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