・そしてBさんのナンパ時代 - 下積み期 -

 同僚のデザイナー女性にクラブ通いを薦められた私は、彼女のアドバイスに従って、夜な夜なクラブへ通い、ナンパに精を出すようになった。

 オタク一筋だった私にとって、この作業は困難を極めた。こういった場所へ一緒に行きたがる友人を私は持っていなかったので、一人でクラブへ通った。クラブカルチャーも、よく理解できなかった。

 声をかけた女性を別の男に奪われ、目の前でキスやペッティングされたときなど、己の不甲斐なさが身に染みた。声をかけるたびことごとく無視され、箱の音楽も全く好みに合わずに途中退場。始発まで漫画喫茶で「花とみつばち」や「Bバージン」を読み、自虐に走ったこともあった。

 クラブで受けたストレスは、酒で発散した。スコアラー仲間や中学・専門時代の友人を呼び出しては酒を飲み、愚痴をこぼし、世間へ恨みの言葉を吐いた。路上で酔いつぶれたこともあった。最近、健康診断で軽度の肝機能障害を言い渡されたが、おそらくこの時の暴飲暴食が原因だと思う。

 スコアラー仲間は私の行動が理解できない様子だったが、私を無視するようなこともなく、ゲーセンへ行けば暖かく迎えてくれた。すでに社会人となり、多忙な中で私の愚痴につき合ってくれた彼等には、本当に感謝している。特に、スコアラー兼イケメンの某氏のアドバイスには、とても励まされた。もっとも、ゲームへの情熱が薄れた私は、この後徐々に彼等から離れていくことになるのだが……

 家に帰ると私は、クラブミュージックを聴き、恋愛論とナンパ技術の本を読んだ。特に心に響いたのは、「モテる技術」の一節だった。手元に原本がないのでうる覚えなのが申し訳ないが、こんな一節だ。

確かにあなたはこれまでの人生で、つらい思いばかりしてきたかもしれないし、
そのことで世の中を恨んでいるかもしれない。誰かが手を差し伸べるべきなの
かもしれない。しかし、そんなことはとりあえず忘れてしまいなさい。今あなたが
真っ先に取り組むべき問題は、目の前にある「モテない」という現実だ。







 ・ナンパ時代 - モテモテ期 -

 ゲーム会社が解散し、時間ができた私は、ますますクラブに通いつめるようになった。金は、初めはゲーム会社時代の貯金を切り崩していたものの、足りなくなると親にせびった。今でいう「ニート」だったのかもしれない。

 何度もトライ&エラーを繰り返すうちに、なんとなく「コツ」のようなものが掴めてきた。いくつかの会話パターンも体得した。私は、テクノ・ハードハウス系の音に惹かれたが、ナンパをするならハウス系の客層を狙ったほうがよいというようなノウハウもわかってきた

 服装と髪型を整えた脱オタ後の私は、意外とイケメンだったことも幸いした(自分でいうのもなんだが)。私がこの前までオタクだったなどとは、誰も気付かなかった。

 何人かの男女とクラブで知り合い、彼・彼女等の薦めるイベントへ遊びに行った。いろいろな人種がいた。人種の数だけ違う世界があった。音楽好きなDJ。男目当ての30代女性。クスリで飛んでる若者と、それを取り締まる私服警察官。AV女優をスカウトする10代女子。金持ちの愛人。映画関係者。ファッション関係者。モデル。ナンパ師。ゲイ。

 「一緒にナンパしよう!」と、とあるナンパ師に声をかけられたことがあった。やってみたが、彼は私から見てもナンパが下手だった。少し、自分に自信がついた。

 青山のクラブM(お気に入りの箱だった)で知り合ったゲイに好意をもたれ、電話番号を聞かれたときには苦笑した。「また、そのうちね」とか言って切り抜けた。嫌な男にナンパされたときの女性の気持ちがわかったような気がした。

 お金持ちの「ダーリン」(恋人ではないらしい)と同棲中だという彼女は、信じられないほどの美人だった。口にする言語も、我々一般人とは違った。「私、昔からなぜかお金持ちと縁が強いのよねー」「イームズの椅子なら、何個か持ってるよ」「ダーリンとパーティーに行ったんだけど、ファッション業界の人たちって服の話ばっかりで面白くない」セレブ界は、実在した。しかしその世界は、私達の世界とは別な場所にあることも知った。才能無き庶民は、その世界には入れない。金も美も、才能のひとつなのだ。

 いくつかの素晴らしい音楽に出会うこともできた。アンダーワールドは神だった。フリッパーズギターは洒落ていた。bayakaは大人っぽかった。エンマもいいが、私の趣味とは少し違った。

 そうして紆余曲折を重ねるうち、私は何人かの女性と関係(あまりに生々しいので割愛する)を持った。そして最終的に、現在つき合っている女性と落ち着くことになる。本当に素晴らしい女性だ。彼女と出会えたことは、奇跡だと思う。

 初めてクラブに行ってから約半年。季節はいつのまにか冬から夏へと変化していた。私は24歳になっていた。



 ・Bさんによるこの時代の総括

 ナンパ時代。さんざん苦労しましたが、なんとかここまでたどり着きました。下積み時代にあれだけ苦労しながらも諦めなかったのは、オタク時代の成功体験があればこそです。「努力は必ず報われる」と信じてましたから。

 そして、この時代も周囲に迷惑かけまくってますね……。当時愚痴につき合ってくださった皆様、本当にありがとうございます。あなた方がいなかったら、私、途中でくじけていたことでしょう。おかげさまで、現在私は幸せです。

 ただ私、この時期に頑張ったおかげで女性には強くなったんですが、男性とのコミュニケーションは未だに苦手だったりするんですよ……これは、今後の課題となっています。

 このシリーズ、第1回を書き始めたときはとことん暗くスタートしてしまったんで、どうなることかと思いましたが、なんだ。終わってみれば、ハッピーエンドで良い話じゃないですか!

 一部、反社会的だったり人でなしな行動とってますけど(^-^;、終わりよければ全てよし!!めでたしめでたしということで、この話はこれでおしまいです。……あ、今ではもう、ナンパなんてしていないですよ。念のため。

 (Bさんの文章は、以上です)





 シロクマ注:

  葛藤しながらもBさんは所謂脱オタの方向に邁進し、苦渋をなめながらも次のステップに向けて泥を啜って生きています。必死ですが、いや必死だからこそ、次のステップに移行できたのだと評価できます。ゲームオタクの狭いコミュニティから出て、Bさんが見てきた多彩な世界。辛いこともあったでしょうけど、様々な出会いと別れや経験が、Bさんをオタク以外のコミュニティの人々との交際に溶け込ませていっています。Bさんのコメントを拝見する限り、Bさんは『脱オタ』によって自らが望んだ変化を手に入れることが出来たようです。要は、苦労が報われたわけです…がんばった甲斐があったというものです。

 ただ、ここでも改めて触れておきたいのは、この『脱オタ』は、代償を要求するものだったという点です。Bさんは、確かに自らが望むような変化を手に入れました。しかし、それはタダで手に入ったものではありません。不断の努力、屈辱、悲しみ、我慢、運が絡む人生上の幾つかの賭け…これらの投入はもちろん必要なものでしたが、この変化に加えて、彼はオタク趣味とオタク仲間を――長年心の支えとなり、自信の原動力にもなったものを――失っています。完全には失ってないかもしれませんが、相当な所まで失っています。もちろん思い出や感謝はBさんの心の中で永久に消えないでしょうけど、おそらくもう、Bさんは昔の自分に戻る事も昔のようにオタクコミュニティに戻る事も出来ない筈です。オタク趣味やコミュニティを維持しながら、オタク以外のコミュニティとの環を広げる事が出来ればベストなんでしょうけど、なかなか難しいことのようです。症例1のAさんの場合も、同様でしたし。

 ともかくも、Bさんは努力と犠牲のうえで『脱オタ』という自分自身が望んだ変化を達成しました。その事は、Bさん自身にとって掛け替えのない経験です。自分が望まない変化や、受け身のうえで生じた変化より、余程Bさんにとっての意味は大きいことでしょう。これからもBさんは様々に変化していくでしょうけれど、この『頑張った脱オタ』のプロセスと結果が今後の人生行路に好ましい影響を与えるものと、私は信じたいです。

 なお、Bさんはメールアドレスをブログにて公開しています。ご感想ほかの御手紙があるようでしたら、こちらまでどうぞとのことです。

 ※本報告は、Bさんのご厚意により、掲載させて頂きました。今後、Bさんの御意向によっては、予告なく変更・削除される場合があります。ご了承下さい。