【オンラインゲームに対する、或る医家の見当違いの言説について】
 2004. 02/23

  相互リンクさせて頂いている沈没ピアノさん(閉鎖か)ら、気になる記事が
 紹介されていたので、急遽これを取り扱うこととなった。

  私のサイトでも大いに気にしているオンラインゲームについて、教育
 研究所所長・牟田武生氏が私と同じくラグナロクオンラインに潜入して
 引きこもりなどの調査をしたという記事が毎日新聞サイバー編集部の
 ほうで紹介されていたのだ。これに対しての私の見解は、沈没ピアノ
 主催者・部外者さんのそれと殆ど一致する。

 一言で言って、「この人は何も見えていない」

  この臨床家(精神科医なのだろうか?)は、MMOをプレイしているとは
 いうものの、実の底の浅い議論を展開している。というのも、自らの
 先入観により、MMOの成長システムにアレルギー反応を起こしいるらしく、
 普通のRPGでもみられるモンスターを倒して経験値を得るというシステムを
 「悪魔の心理」「ストレス発散」と表現し、それをもってMMOの面白さでは
 ないかと考えている。かなり野蛮なものという印象が先だってしまっている
 ようだ。彼がアレルギーを示した基本的ゲームシステムの先に広がって
 いる、MMOのゲームシステムが媒介する様々なコミュニケーション上の
 利点や欠点について、当然ながら全く言及されていない

  ゲームシステムやゲーム内での人間同士の出来事に言及せずに、
 MMOについて精神科医という肩書きのもとに、(おそらくは知識人的な
 理論をスパイスにしながら)MMOを間違った調理法で論じる無様な姿が
 今後さらにさらけ出されるのだろう。彼は、自分がRPGの基本成長
 システムにアレルギーを持っていて、かつそれに着目するあまり、
 MMO特有の特徴には全く言及しないで完全に論点のずれた議論を
 展開しつつあるように見える。そんな所に、MMOのコミュニケーション
 スキル抑制効果の危険性が潜んでいるわけではないのに!!
 戦闘システムなどという、どうでも良いものの先に、MMOがコミュニ
 ケーションに与える大きな影響と、中毒性が潜んでいるというのに!
 プレイヤー間のやりとりや協力・対立・友好といったVR上のコミュニ
 ケーションや特有の社会性にこそ、MMOの中毒性の中核があると
 思われるのに!彼は(今のところ)これらに全く注目していない。
 いや、以前馬鹿にされていた『ゲーム脳の恐怖』も、なかなかトンでも本
 だったが、この牟田氏の毎日新聞寄稿文も、相当のものだ。これを、
 全く事情を知らない人々が本当のことであるかのように読むのだと
 思うと寒気がする。

  さらに彼は、ラグナロク上に引きこもりがたくさんいるという事実だけ
 をもって、引きこもりにオンラインゲームが流行していると即断している。
 これは非常に危険な即断だ

  確かにオタク、特にコミュニケーションスキルが一定水準以下のオタク
 の間では、ラグナロクなどのオンラインゲームは間違いなく流行している
 し、オタクでかつ引きこもりな人間も、多数ラグナロクなどをプレイしている
 のも事実だ。私もラグナロク上で、「あーあ、この子やばいよ」っていうのを
 それこそ山ほど見かけている。しかし、その事イコール引きこもりに
 オンラインゲームが流行していると必ずしも言えるだろうか?
 答えはNOだと思う。私の外来では、オンラインゲームにはまってコミュニ
 ケーションスキルが凋落していくオタクの相談は稀にこそあれ、いわゆる
 引きこもりの相談の過半数以上ではオンラインゲームへの耽溺は見られ
 ない。私はオタクなので、引きこもりとオタクの関係を調べたい以上、
 ヒッキー相談を外来で受けた場合は、その人がオタクか否かや、趣味に
 ついて徹底的に質問することを習慣にしているが、MMOはおろか、
 インターネットに耽溺していてしかも社会的引きこもりに該当する症例
 というのはむしろ少数派に属する。この所長さんの言っている事とは、
 全く正反対である。

  ただし、私も、だからといって引きこもりという現象にオンラインゲームが
 全く何も関係がないとは言うつもりは無いここでも危機感を表明して
 いる通り、コミュニケーションスキルが未発達のオタクから、コミュニ
 ケーションスキル向上の機会を根こそぎ奪ってしまう(特に、同好の士
 以外とのコミュニケーション能力を大幅に退化させてしまう)リスクは
 かなりあると推定しているし、今のところ、その事を否定する所見は
 ラグナロク上での付き合いの中からは見いだせない。MMOは莫大な
 時間を消費し、オタクなどにとっては非常に中毒性の高い遊びなので、
 そのこと自体が、現実社会で非オタクとのコミュニケーションの機会を
 奪いまくる。年少者の場合は特にそうだが、MMOの長時間暴露と昼夜
 逆転傾向は、コミュニケーションスキル発達の機会を奪い、結果として
 同世代のそうでない同性・異性との交際のチャンスを減じ、その結果
 として交際の成功率をも減じる→だんだん人付き合いが苦手な組に
 回っていく というリスクは間違いなくあると思われる。このリスクは、
 オタク趣味全般にも幾らか存在する事だが、MMOでは従来のゲームよりも
 中毒性が高く、昼夜逆転になりやすいという点で、よりリスクが高いと
 推定される(以上はあくまで私の推定だ)。そしてこの事は、かろうじて
 就労だけは出来ているような、引きこもり一歩手前ぐらいのオタクや、
 元々コミュニケーションスキルの発達が出遅れた思春期オタクを、新しい
 引きこもりとしていくリスクファクターとはなり得るのではないかと、私は
 推測している。このことは、私がオタクとして同世代オタク達を十数年に
 渡って観察してきた縦断的仮説「一つの趣味への長時間暴露と過度の
 傾倒は、コミュニケーションスキルの促進を阻害する傾向にある」にも
 合致する。合致するというよりも、今までのいかなるオタクホビーよりも
 オンラインゲームのコミュニケーションスキル成長阻害作用の強さは強いと
 ひしひしと感じている。私はオタクでMMOを一方で楽しんでいるきらいが
 あるため、フィールドワークをやっていてある種の恐さを感じることがある。
 自分自身も、ゲームの誘惑に負ければ、間違いなく仕事や現実の交際に
 支障を来すようなゲームジャンキーとなり、コミュニケーションスキルを
 おそらく衰退させ、付き合いが悪くなってしまうという危機感を感じる。

  正直、やっていて恐い。私はオタクだから、MMOの魅力がとても恐い
 あまりにも面白くて中でのプレイヤー間のおつきあいが楽しく、しかも
 こちらが事前に予想した通り、現実社会でのコミュニケーションよりも
 遙かに簡単かつ快適にゲーム内でのコミュニケーションが得られるため、
 呑まれてしまうんじゃないかとびくびくしている。もちろん、オタク調査・
 引きこもり調査ということで割り切ろうとしていることが、私のストッパーに
 なっているからいいものを、もし私が精神科医とならず、コミュニケーション
 スキルが拙劣なオタクのままだったとしたら、おそらく、MMOに耽溺した
 まま、コミュニケーションスキルの成長をストップさせ、現実世界での
 付き合いが一層疎かになっていたことは間違いない。

  これらの事から、私は牟田武生氏の見解のかなりの部分に、異議を
 呈示した。一方で、やはりMMOが潜在的に持っているオタクに対する
 副作用「コミュニケーションスキルの発達を遅延させる・現実社会での
 付き合いを疎かにする」という効果に注目したい。今後、さらに私は
 ラグナロクオンライン上でギルドメンバーの協力や指導を仰ぎながら、
 さらに追跡調査とゲーム上のコミュニケーションを行っていく予定だ。

  最後に、敢えて挑戦的かもしれない文章を付け加えよう。
 斉藤環氏も含めて、精神科医や心理士で高名な人が、オタクカルチャー
 やオンラインゲームについてぶつぶつ発言しているが、彼らの発言は
 「彼らの照らす視点の内部においては非常に理に適っている」一方、
 照らす範囲を越えた事態や構造を説明するには問題が発生する欠点を
 包含している※1。彼ら、特に斉藤氏は臨床家としても研究家としても
 (おそらく としても)第一級の人物であり、彼が照らし出した範囲の
 オタクに関する見解は非常に鋭いものだが、彼の視野は横断的な視点が
 中心で縦断的視点に乏しく、そして「目立つオタクカルチャー」には
 照明が届いているものの、目立たない、そして大多数を占める水面下の
 オタク達の単調な生活にはあまり目が行き届いていない。

  いわんや、この牟田氏に至っては、照らし出した範囲についてもかなり
 わけのわからない事を平気で毎日新聞サイバー編集部に寄稿してしまって
 いる。そして、精神科医や臨床心理士の中でも特に発言力のある人々の
 殆ど全部は、オタクではない(斉藤氏も、少なくともオタクではない)。
 そして、そのような人達によって、オタクカルチャーやオンラインゲームが
 非常に狭い視野或いは横断的だけな視点から論じられている。
 もちろん縦断的な視点は存在せず、(斉藤氏のように優れた例外はあるに
 せよ)多くの論者の視点の切り口はザラついていて、お世辞にもその切れ
 味が鋭いとは言い難い。このことは、精神科医や臨床心理士、教育者
 といった専門家集団に対して、誤ったバイアスを提供する可能性が高く、
 言うまでもなくそれはある種のリスクを孕んでいると私は考える。
 もっと懐の深い、そして縦断的視点も含めたオンラインゲーム/オタク
 カルチャーに関する言説が出現する事を、切に希望する。

  そして出来うることならば、私もそういった研究に加わっていきたい。
 だが、まだ勉強不足のうえ、オタクカルチャーやオンラインゲームへの
 研究も足りない。オタクではあるが、近頃オタク趣味もめっきり少なく
 なってしまっている。牟田氏の言及を批判しているだけでは駄目だ
 私も、注意深くオンラインゲームについて研究し、そして考えを
 何らかの形でまとめていきたいものだ。

 ★このテキストについても、皆様のご意見ご見解をお待ちしております★


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 【※1包含している。】
  これは同様に、私の視点にも言えることである。私は私の視点の照らす
 範囲の出来事に対して物事を解釈したり理屈を構築したりする事は
 出来ても、知らないことや視野の届かない所まで含めた出来事に
 ついては捉えることが出来ない。このような、私の視点の届かない場所の
 出来事については、他の人の意見や批評を参考にしていかなければ
 ならない。視点の届かない部分に関した「議論の不行き届き」「解釈や
 理論の間違い」のリスクは、議論を行うあらゆる論者に常に存在する。
 その事を忘れたとき、私の議論も見当違いに向かっていく危険が非常に
 高くなることだろう