えらーい人達
五人目       オットー・クレンペラー ( KLEMPERER, Otto )
                     (1885〜1973 ドイツ)
ベルリンで音楽を学んだ後、1905年、マーラーの第2交響曲のバンダ指揮者を務めていた際に、この公演に立ち会っていたマーラーに認められ、彼の推薦でプラハのドイツ歌劇場の指揮者として本格的に指揮活動をスタート。これ以後、マーラーとの親交が続くことになる。その後、現代作品の上演を主な目的とするクロール劇場の音楽監督として名声を博している。第2次大戦でアメリカに逃れるが舞台での転落事故が原因で仕事が激減、戦後あっさりヨーロッパに戻り見事カムバック。以降どうもこの手の事故が多く、飛行機のタラップを踏み外しての転落、寝煙草が原因での大火傷、等々の度に復活するイメージがどうも強くなってしまった。
晩年はイギリスのフィルハーモニア管弦楽団と主に活動し、数多くの録音を残した後、1971年に引退。スイス・チューリッヒで余生を過ごし、1973年88才で没。

この人はどういうわけか早い頃から聴いていた。フルトヴェングラーのようなハイテンション演奏ではないし、カラヤンのような見た目にも格好いいわけでは決してない。若い聴き手ながらも惚れ込んでしまったのは、その演奏から感じさせられる安定感と威厳のようなものだったと思う。とにかく演奏の大きさが半端ではないのがクレンペラーの最大の特徴と思った。まさに「動かざる事山のごとし、熱きこと火山のごとし」である。

しかし、この人の演奏は響きそのものは決して重たくはないし、厚ぼったくもない。むしろ透明感さえある。要するにクレンペラーがつくる響きはむしろ現代的な感覚の明瞭な響きがその特色のように思う。
この要因は聴けばすぐ解る。他の大指揮者に比べこの人はやたらと木管セクションを響かせる。絶対に埋もれないようにしているようだ。従って、弦の厚さのみの響きだけにならず、明瞭かつ典雅な響きが得られているのだろう。こんなサウンドが聴けるのはクレンペラーならではだと思う。
ベートーヴェン&ブラームスの交響曲(EMI盤)
これらは全集がある。どれも言わずもがなの名盤である。ベートーヴェンでは弟3「英雄」、第5、第7、第9がとりわけ素晴らしい。ブラームスはどれも秀逸だけど、特に第4は初めて聴いたときからのお気に入り。(有名な第1楽章の出だしは、彼ほどロマンティックかつ滑り出すように出来ている人は珍しい!)


マーラーの交響曲
自分を直接認めてくれたマーラー作品の演奏は当然ながらクレンペラーの十八番である。しかし、恐ろしくエゴな彼らしく気に入らないものは残しておらず、第1、3,5,8は聴くことは叶わない。しかし残されている録音はどれも貴重な名演揃いだ。とりわけ第9交響曲「大地の歌」は今だに越えるもの無しの超名演。
特に「大地の歌」のヴンダーリッヒ、ルートヴィヒの両独唱者は好演この上なしの絶唱だと思う。
第4番は通常メルヘンちっくな演奏が良いと思うのだが、クレンペラーにそんな要素は期待するだけ愚かというもの。ここでも彼は無骨そのもの。しかし、この演奏から”癒し”の感を受けるのはなぜだろう?不思議になってしまうこの演奏が私はとても気に入っている。第2番はどうしてもバーンスタインの晩年の大変エキサイティングかつ感動的なニューヨーク・フィルとのライヴ録音が印象が強いのだけれど、しかしながらクレンペラーの指揮による堂々たるスケール感の演奏からも熱いものが感じられてしまう。
(ここで触れているのはいずれもEMIから出ている、フィルハーモニア管弦楽団とのものです)

オペラ
大物レコーディング・プロデューサーだったウォルター・レッグがお膳立てをしていただけに、オペラ録音では超一流の理想的歌手がいずれに於いてもキャスティングされいるのでその点だけでも聴きものだと思うが、だからといってスター歌手に音楽の主導権を譲るようなクランペラーではない。手綱はガッチリ握っている。
彼の大きなスケール感が最も活きるのはやはりワーグナーの楽劇ではなかろうか?誠に残念ながらワーグナーの楽劇録音は少ないだけに「さまよえるオランダ人」「ヴァルキューレ・弟1幕&弟3幕大詰め」の2品は貴重だ。モーツァルトは主要なもの(ドン・ジョヴァンニ、フィガロ、魔笛、コジ、等)が聴ける。少々遅めのテンポながらドラマティックな演奏が楽しめる。古楽器主流の昨今ながらこういう演奏も貴重だと思う。
その他(主にライヴもの)
ライヴものには名演が多く聴けることが多い。しかもスタジオ録音では希薄だった、エキサイティングな要素が強く加わって入ることが多い。ブラームス:第4とバッハのG線アリアでバイエルン放送交響楽団、ベートーヴェンの”エロイカ”と「コリオラン」でウイーン交響楽団を振ったORFEO盤の2枚のライヴCDではドッシリした安定感と精神的な高揚感が素晴らしい名演。又、1968年のウイーン芸術週間でウイーン・フィルと共演のシューベルト:未完成とベートーヴェン:第5が聴けるGRAMMOPHON盤では、「未完成」の最後でクレンペラー自身が「SHOEN(ありがとう)」と言ってしまった声が聞かれるほどのこれまた名演。深遠なロマンティックなシューベルト、強固な構成感が説得力満点のベートーヴェン。是非聴いてみてほしいCDである。
映像で観る
クレンペラーの指揮姿が唯一LDで観ることが出来ます。フィルハーモニア管弦楽団とのベートーヴェン:第9交響曲がそうです。興味がある方は是非・・・(他にもどうもあるらしいので早く出してほしいもんだ)

虚飾、派手さ、感傷性といったものとは全く無縁のとこにあるのがクレンペラーの音楽と思う。「総譜は聖書」と言った彼だけに、演奏を作っていく上での感心は総譜にしかなかったのだろう、そう思って聴くとたしかに余計な思い入れが全くないのがよくわかる。だからこそ曲の本来の持ち味のみが聞こえてくる気がする。ある意味ではそんなとこがとても誠実な(かなり頑固な誠実さと思うけど)クレンペラーの演奏が私は今でも変わらず好きである。恐らくこれからも・・・・・
*今回紹介の所蔵ディスクはどれも少々以前に入手した物ばかりなので、CD番号等変わっている可能性が大きいのであえて番号は入れませんでした。ご購入の際は記載したレーヴェル名等ご参考にお店で問い合わせてみて下さい。
  

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