第4章 タンクの涙とカチカチ山
5/4 昨夜、ひとまず走れそうになったX1/9を、無謀にもわれわれは、耐久テストランを行なうことにした。どうせなら、実用テストをおこなって、いざ何が起きても慌てない心がまえを身につける必要もあるだろう。
条件は、一般道で行ける、強烈な渋滞にハマらない、そこそこの距離がある、欲言えば山道がいい。こうなると行き先は一つ、私のお気に入りドライブコースである、道志街道山中湖ツアーである。余談だが、このコースは小学校時代からの悪友と、高校生のときにチャリンコ耐久ツーリングを敢行し、行き7時間(上り道)、帰り4時間半(下り道)という、輝かしく馬鹿らしい記録を持っている。このときの苦しさは、尻の痛みの記憶とともに私の脳裏に今でも染み付いている。
昼前に我が家を出発し、コンビニで買った弁当を道志街道に入ってすぐの休憩所で食べる。ぽかぽか陽気が気持いい。屋根もあけ、車の調子も良い。心配している、オーバーヒートも今のところ大丈夫だ。かくして順調に上り坂を上り、山伏峠を超え、山中湖にあと少し。しかし、山中湖周回道路が、GWなのですごく混んでいるようだ。仕方なく、山中湖にピンポンダッシュをして引き返す。
峠超えも難なくクリヤーし、帰りは下り坂。何ともいえず気分がいい。裏道を駆使したとはいえ、6時間ほどで山中湖まで往復した。X1/9はしれっとしていて、全く問題なく、燃費もいい。あー、せっかくの連休をコイツにかけた甲斐があったなー。
しかし、帰り道、同僚がガス臭くないですか?と言ったのを、私は前の車の排ガスのことと思って、この時ばかりは意に介さずに寝床についた。
5/5 さて翌朝。気分良く駐車場にX1/9を取りに行く。おや???ちょっと生ガス臭い。うーん、嫌な予感がしながら運転席に乗り、イグニッションオン。燃料計の針が動く。あれ?燃料が減っている!
おそるおそる、下回りをのぞくと、ガソリンタンクが濡れている。 がぁーん。まさか!と思いながらも、家の前に持っていき、リフトアップして調べると、やはり、その液体はガソリンだった。
この車は、ガソリンタンクをコクピットとリアのエンジンルームの間の狭い空間に、縦置きのタンクを無理やり押し込んでいるという、いまの安全基準では到底考えられない構造をしている。考えてもみるがいい。自分の背中に、鉄板一枚隔てた処にガソリンタンクがあるのだ。まあ、確かにガソリン自身は、液体であるうちはそうそう怖くない。なぜなら酸素と火気さえなければ、燃えることは無い。しかし、漏れが発生しているということは、気化ガスが発生しており、これは静電気の火花などでも引火する、危険なシロモノへと変身するのだ。大変である。このままじゃカチカチ山だ。で、このタンク。考えられるのはただ一つ、タンクに穴が明いたという事(笑)。この事実を認めたくない私は、エヘラエヘラしながら、しばし垂れるしずくを眺めているだけだった。
我に返り、さあどうするかと考える。タンクは、ボディの幅20cm程度の透き間にすっぽり収まっているため
底面の一部しか見えず、何処に穴があいているかは、全く分からない。あるいは、はり合わせの溶接面がはがれたか??同僚は昨日、この事を言っていたのだった。考えれば、その時点からさらに1時間は運転してたわけで、改めて燃えずに済んだ運の良さに感謝。だって走行状態でタンクからガソリン垂れたら、その後ろにあるエンジンに気化ガスが降りかかり、排気管の熱なんかでいつ引火しても不思議じゃないのだ。
さぁ困った。アメリカ通販のベイレスや、アメリカの解体通販ヤードのインターナショナルオートパーツのカタログを調べるが、ガソリンタンクの新品部品の設定は無いし、中古も問い合わせなきゃ分からない。タンクを溶接で直るかどうか、外してみなけりゃ分からないし、だいたい、気化ガスに引火しそうなそんな修理をしてくれるところは無いと思うし・・・。それにしても、タンクはずすのも意外と大変だ。なにせ、ポリタンクよろしく縦型のタンクだから、リフトアップ量をかなり稼がねばならない。又、タンク外してすぐ直せなければクルマも動かせられない。GWは今日で終わってしまうので、一週間も路上放置できない。
しかし意地でも何とかしなきゃ。しょうがないので現状を維持し、明日から、まずは雑誌で心当たりのある外車解体パーツを扱う
店を当たってみよう。気分は一転奈落の底だった。
5/6 ついに連休が終わり、会社が始まる。その間も、X1/9は駐車場で、ガソリンを垂らしているわけだ。漏れの量は幸い少ないが、気になってしょうがない。万一、燃えちゃったりして、さらに隣のクルマとかに
引火したらヤバイ。"会社員、クルマを使って爆弾テロ”なんちゅう見出して新聞沙汰になる。救いは、駐車場の地面が砂利だから、すぐ染み込んでくれることかな。駐車場を舗装することなど微塵も考えていない、管理人の強欲じいさんのケチが、ここで幸いした。
それにしてもタンクを捜さなきゃいけないし、入手出来たとしても、リフトアップ量がたりるかどうか・・・心配は尽きない。昨日、同僚がベイレスに中古タンクの在庫の有無を問いかけてくれてあったので、その回答が入る。ある!値段は$200。但し、送料が$130以上かかる・・・。うーん、これは最終手段だな。程度も見れないし・・・。よって私は、オートメカニック誌やオールドタイマー誌で調べた解体屋さんに電話をかける。一件に問い合わせて無い場合、他の心当たりを教えて頂く。これぞ”友達の輪”作戦。(古いか!!)
結局、10件前後電話したところ、行き着くところは墨田区の立川(たてかわ)になった。
ここは戦後、アメリカ軍の払い下げ車を扱ってた関係で、古い車のパーツも結構ストックしているらしい。何軒かあたった後、八島商店という外車パーツも扱う店に行き当たった。
”・・X1/9の燃料タンクを捜しているんです。” ”あぁ、X1/9ネェ。最近みませんねー。1300?1500?キャブ?インジェクション?” なんだか、いきなり詳しい質問が帰ってくる。電話の応対からも、すごく親切そうだ。これはなかなか期待がもてそうではないか。但し、ストック部品は、別な場所に保管してるらしく、なにぶん最近回転の悪い部品を処分しちゃったとのことで、在庫の有無を調べて折り返し連絡待ちということになった。
もしあれば、値段は¥25,000とのこと。値段で見れば、アメリカの中古品とほぼ同額である。確かに日本車の部品よりは、中古としてみて高いが、モノがあるだけでもありがたい。なんとか在庫が出てくることを祈りつつ、家路に就く。果たしてこの頃、会社で仕事をちゃんとやっていたかどうか、記憶が無い。
5/7 あくる日、午後になって八島商店から連絡が来た。”1300用のタンクならありますが、1500に合うかどうか分かりません。一度購入して、合わない場合は返品可で良いですが、どうします?”
これは心強い。良いお店はこういう対応をしてくれる事が多いのだ。早速、合いそうかどうか、検討しよう。車体の変遷から類推する。
・初期型から最終型までボディパネルはほぼ不変。
・タンク容量は最終型まで46リッター
・ベイレスのカタログで見たら、タンク内のセンサーは、キャブと インジェクションでは異なるが、1300と1500キャブは同じ物を使う。設計の手間を考えても、燃料タンクなんかそうそう変更する事は無い。同僚と相談し、とにかく購入して合わなかったら返品しましょう、 という事にした。夕方、八島商店に、明日引き取りに行く旨を伝える。
5/8 翌朝、風が強い。メイ・ストームという奴だ。会社を午前サボりにし、久々に、都営新宿線に乗る。森下駅から適当に歩くとそこが立川である。解体パーツとはいえ、立川のそれは倉庫保管している店が多いので、いわゆるジャンク・ヤードはまず見当たらない。しかし、店先に見えるブツは、マニア心をくすぐるのに充分な旧車のパーツと思しきモノも散見される。
ほどなく、八島商店に着いた。担当の渡辺さんが、ご丁寧にタンクを出しておいてくれた。なんと2個ある。”どちらでもいいよ”、と言われたが、話によれば外観表面の汚い方が、程度が良いという。なるほど、言われて中を覗くと、確かに錆が少ない。パイピング関係は、今うちのX1/9の奴と同じように見える。よし、買っちゃえ。
朝っぱらから取りに来たという事で、消費税をサービスして頂いた。しかも梱包までしてくれた。(フツー、電車で持ち帰る奴も珍しいからか?) 何から何まで、嬉しい対応であった。八島商店様、感謝感激です。
強風に、タンクを煽られながらも会社にたどり着く。作業場にタンクを隠すが、目ざとい後輩が見つけ、”これなんですか?”と聞いてくる。”タンクだよ。文句ある?”
こんな問答が何度か続き、通勤ラッシュを避けて帰宅する。電車の中でもこんなもの抱えている奴は目立つらしい。
さすがに今日は、駅からバスで帰った。こんなもの抱えて20分も歩きたくない。さあ、おタンクさまを買ってしまった。翌日(5/9)、会社に居ても、どうやってX1/9をリフトアップしようか、そればかり考えるのであった。(おいおい、仕事しなさいよ。)

