資料7:アイヌ文化振興法の問題点

 1997年「アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律」(通称「アイヌ新法」。ただし以下ではアイヌ文化振興法といいます)が施行されました。しかしこのアイヌ文化振興法にはおおきな問題があり、「イヌ新法」とよぶべきではないという考えがあります。そこで以下、すこし考えることにします。
 *筆者注:
アイヌ新法制定のいきさつは「「アイヌ新法」を目指して」(小笠原信之著:引用書3 p239-248)などをみてください。アイヌ新法のことばは、最初北海道ウタリ協会が取りまとめた「アイヌ民族に関する法律(案)」をいっていたのですが、上のイヌ新法」云々といっている「アイヌ新法」は「アイヌ文化振興法」にたいしてのものです。
 まずこの法律のもとになった次の三つと
イヌ文化振興法とのちがいをみるために、以下引用することにします。(詳しくは
アイヌ民族に関する法律制定についての陳述書ウタリ対策のあり方に関する有識者懇談会報告書アイヌ文化振興法をみてください。新たな法律の制定までのうごき引用書8 p22-3:)や新法制定に関する経過(「新たな法律の制定までのうごき」のページの後半部分:引用書9 p25)も。国会審議や萱野氏の国会発言はそれぞれ引用書12引用書11
 それらは次のとおりです。

1.陳述要旨(下記1
   *北海道ウタリ協会(アイヌが構成する最大の民族団体。成員は北海道在住者のみ)が1984年に取りまとめた
アイヌ民族に関する法律制定についての陳述書にかかれている陳述要旨
2.前文
下記2
   *
上のなかのアイヌ民族に関する法律(案)の前文
3.報告書
下記3
   *
その後のウタリ対策のあり方に関する有識者懇談会報告書のなかの
「(1)新しい施策の基本的考え方」
4.目的
下記4
   *
さらに陳述書の主旨から大きく変節した、陳述書とは似て非なるイヌ文化振興法の目的 

1.アイヌ民族に関する法律制定についての陳述書

「陳述の要旨

一、明治三十二年制定の北海道旧土人保護法は、アイヌ民族差別であり、廃止すること
ニ、北海道旧土人保護法による多年にわたった民族の損失を回復するために、別添「アイヌ民族に関する法律(案)」を制定すること
三、「アイヌ民族に関する法律(案)」の制定は、北海道旧土人保護法の廃止と同時とすること

理由

別記のとおりである」

2.アイヌ民族に関する法律(案)

「前文

この法律は、日本国に固有の文化を持ったアイヌ民族が存在することを認め、日本国憲法のもとに民族の誇りが尊重され、民族の権利が保障されることを目的とする。」

3.ウタリ対策のあり方に関する有識者懇談会報告書

4 新しい施策の展開
(1)新しい施策の基本的考え方

 アイヌの人々をめぐる歴史的経緯、特に明治期以降の近代化と「北海道開拓」の過程における歴史的経緯に照らし、先住していたアイヌの人々の固有の事情に立脚した新たな展開が可能となる施策とすべきである。
 ウタリ対策の新たな展開の基本理念は、今日存立の危機にあるアイヌ語やアイヌ伝統文化の保存振興及びアイヌの人々に対する理解の促進を通じ、アイヌの人々の民族的な誇りが尊重される社会の実現と国民文化の一層の発展に資することであり、この基本理念と関係施策の具体性との調和を図ることが必要である。なお、この基本理念に基づくウタリ対策の新たな展開は、過去の補償又は賠償という観点から行うのではなく、アイヌの人々の置かれている現状を踏まえ、これからの我が国のあり方を志向して、少数者の尊厳を尊重し差別のない多様で豊かな文化をもつ活力ある社会を目指すものとして考えるべきであろう」
 *上の有識者懇談会報告書がでたあと、アイヌの声はこちら(「
ウタリ対策のあり方に関する有識者懇談会」報告書に民族学者・人類学者としてどう応えるか?―現地の当事者の声を聞く―」)
 *上の有識者懇談会報告書を作成した委員のひとりで、アイヌ文化振興法によってできた現
(財)アイヌ文化振興・研究推進機構の理事長の
回顧談によると、懇談会でははじめの時点でアイヌの先住性などをさけて論議し、答申がだされたことがわかります。「なお足りない点があると思うが、なかなかよくできている」というお話しです。「この機会をのがせばいつアイヌのための新しい法律ができるかわからなかったでしょう」といわれれば、たしかにそうだったのかもしれません。そしてその言葉をみとめれば、アイヌ文化振興法という未熟児を国会で産むためには、上の有識者懇談会報告書にみられるような譲歩が必要だったのかもしれません。(アイヌ新法制定についての萱野茂参議院議員のコメントに法律制定のいきさつがあります)しかしそうであるなら、それほど深謀熟慮された佐々木氏回答(質問状と回答書はこちら)はどう考えればいいのでしょうか。その回答書には未熟児であるアイヌ文化振興法を手厚くみまもり、育てあげていこうとする気持ちがみられないと、感じるのは私ひとりでしょうか。

イヌ文化振興法

(目的)
第一条
この法律は、アイヌの人々の誇りの源泉であるアイヌの伝統及びアイヌ文化(以下「アイヌの伝統等」という)が置かれている状況にかんがみ、アイヌ文化の振興ならびに、アイヌの伝統等に関する国民に対する知識の普及および啓発(以下「アイヌ文化の振興等」という)を図るための施策を推進することにより、アイヌの人々の民族としての誇りが尊重される社会の実現を図り、あわせて我が国の多様な文化の発展に寄与することを目的とする。」
 *上の有識者懇談会報告書(「報告書」)と次のアイヌ文化振興法(「新法」)とのあいだにみられるちがいをのべたものは「「報告書」と「新法」の法的性格とその評価」(
吉川)にみられます。 

 上の陳述と前文、そして報告書と目的をくらべれば、すぐにだれもがそこにある大きなちがいに気づくでしょう。ひとことでいえばイヌ文化振興法は文化だけの振興法」であることです。この法律の最大の問題点はこのあとに述べることにして、とりあえず「文化だけ」と限定したうえでの問題点に触れておきます。多原さんのことばから引用します。(多原

「私たちは、この新しい法律はアイヌのための法律だと思っていました。法律ができるとアイヌにとって大変メリットがあると期待していました。教育や文化、それから差別の解消、雇用問題、自立化基金、いろいろなことを要求しました。しかしできた法律はアイヌ文化法といわれる法律です。この法律はアイヌだけが利用できる法律ではありません。むしろ、和人の方にメリットがあります。例えば、助成事業はアイヌの研究、文化活動をする団体や個人は誰でも申請できます。また、アイヌの文化の理解を深めるための展示会を開いたり、アイヌ語のラジオ放送を聞くこともできます。また助成事業を申請すれば無料で古式舞踏の鑑賞ができます。私たちアイヌは、見て理解していただくために一生懸命踊らなくてはなりません。」

 ところでアイヌ文化振興法においては「あわせて我が国の多様な文化の発展に寄与することを目的とする」という文言があります。つまり日本における多様な文化の発展のためにこそ「アイヌ文化」が必要とされているのであり、この法律の趣旨は和人のために「アイヌ文化」が必要ということです。つまり和人のために「アイヌ文化」が必要とされていれば、「むしろ、和人の方にメリットがあります」という結果は必然的ななりゆきでしょう。しかしアイヌ文化振興法にかかれた(前段の)目的は「アイヌの人々の民族としての誇りが尊重される社会の実現を図り」とあることから、和人の方にメリットがあるようなアイヌ文化振興法の運用は慎むべきでしょう。なぜなら大人と子供が同じスタートラインにたち、「用意、ドン!」ではその結果はみえているからです。助成事業の内容やその申請手続きといったことにも考える点は多くあるように思います。
 さてこのようなアイヌ文化振興法の運用方法といったことではなく、もっと本質的なことについて述べることにします。その問題点はア
イヌ文化振興法が文化だけの振興法」であり、北海道の先住民族であるアイヌの権利や過去の同化政策といったものにたいする被害救済(補償など)について目をとじていることです。つまりアイヌ文化振興法のおおきな問題の一つは、次の
参議院内閣委員会の附帯決議(最後部分:引用書7 p31にみられるようなアイヌによる北海道先住やそのさきにある先住民アイヌの権利についてなにもふれていないことです。 

「(前略)
 一、アイヌの人々の人権の擁護と啓発に関しては、「人種差別撤廃条約」の批准、「人権教育のための国連10年」等の趣旨を尊重し、所要の施策を講ずるように努めること。
 一、アイヌの人々の「先住性」は、歴史的事実であり、この事実も含め、アイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発の推進に努めること。 (後略)」

 このような先住にかんする論議をさけていきたいという政府の考えは、27条関係の流れをまとめた次の文章であきらかでしょう。(引用書10 p29:Web版は「国際的なうごき」:なおアイヌ民族先住論議は「国連における先住民族問題」(引用書5:上村英明 p70-88)や「先住民族の権利と自決論争」(引用書6:手島武雅 p52-93)などをみてください。)

先住民族や少数民族の人権と文化を守る動きは世界のすう勢です

(前略)

国際人権規約とは

  A規約:経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約
  B規約:市民的、政治的権利に関する国際規約
  選択議定書:
B規約に関する選択議定書196612月の国連総会で採択した条約。
 その
B規約第27条では、少数民族が独自の宗教や言語を使用する権利の擁護が定められています。
 日本は
1979年にAB規約について批准しています。(選択議定書は未批准)
[
日本政府の報告,第27条関係]
・第1回報告の概要(198010)
 自己の文化を享有し、自己の宗教を実践し又は自己の言語を使用する何人の権利もわが国法で保証されているが、「この規約に規定する意昧での少数民族はわが国に存在しない」としています。
・第
2回報告の概要(198612)
 「(アイヌの人々の間題については、)これらの人々は、独自の宗教及び言語を保存し、独自の文化を保持していると認められる一方において、憲法の下で平等を保障された国民としてその権利の享有を否定されていない」としています。
・第
3回報告の概要(199112)
 「(アイヌの人々の間題については、)これらの人々は、独自の宗教及び言語を有し、文化の独自牲を保持していること等から本条にいう少数民族であるとして差し支えない。憲法の下で平等を保障された国民としてその権利の享有を否定されていない」としています。
・第
4回報告の概要(19976)
「ウタリ対策のあり方に関する有識者懇談会の報告書を尊重し、その内容の詳細を検討の上、適切に対処する」としています。」

 ただこのようなおよび腰の政府も上の報告の推移をみれば、いまや世界の趨勢となりつつある先住民族の権利をみとめていこうとする方向にあるとはいえるでしょう。
 ここでア
イヌ文化振興法にたいするまともな批判を紹介しておきます。(小笠原信之著:
引用書2 p217-8

「基本理念が「文化多様性」の問題に絞られ、法律の中身が「文化振興」に限定された結果、現実には次のような問題が起こるはずです。アイヌの人たちが、過去に被った迫害や差別に対する保障や賠償を求めたり、先住民ゆえの先住権を楯に新たな施策の実施を要求したり、現状のアイヌへの福祉対策が不十分なのでもっと充実するよう求めようとしても、この法律ではその根拠になりません。つまり、現実の最大の問題を解決したり克服したりするためには、何の役にも立たないのです。」

 このようにアイヌ文化振興法にはいろいろな問題はあるのですが、たとえば次のような条文もおかしいもののひとつでしょう。(「イヌ文化振興法」より)

「(指定等)
第七条
(前略)全国を通じて一に限り、同上に規定する業務を行う者として指定することができる。」
 *筆者注:これは指定法人が「全国でただひとつに限る」という条文です。

 この条文により実施機関として、財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構が札幌に誕生したわけですが、当然のごとく設立当時の代表理事はアイヌ人ではなく著名な和人でした。(現在の役員はこちら)あきらかにこの「全国でただひとつに限る」という条文はアイヌ問題を北海道という地域に限定するためのものであり、またアイヌがトップに立つことをさけるためにつくられたものでしょう。(筆者注:理事・評議員の方々にもアイヌの人々がたくさんはいっておられますが、このような深読みをするのは小笠原氏たちやわたしだけなのでしょうか・・・。これらの問題については「「アイヌ文化振興法」施行後」(小笠原信之著:引用書4 p247)や「Q23 「「アイヌ文化振興法」の問題点は何ですか?」(小笠原信之著:引用書2 p221-3)などにふれられています。)
 さて、まわりくどい話はここまでにしてやはり私のことを書くべきでしょう。私は先日(財)アイヌ文化振興・研究推進機構から「アイヌ語地名ハンドブック」と「アイヌ語地名リスト」を送っていただきました。それでお礼の手紙の中で、財団の事業が過去にむかった博物館といったものや、町の看板のアイヌ語地名表記が神社の由来記のようなものにならないようにとの願いを書きました。なぜなら博物館や神社の由来記はしょせん過去の遺物だからです。(もちろんわれわれはそれらから学ぶべきことは多いし、おおいに学ぶべきです。そのためにこそ文化財保護や民博などの意義もあるのですから)そこで未来にむかった財団の事業として、一つ思いついた提案を手紙のなかで書きました。それは札幌のTV局(STV)で流されている「時計台の時報」をアイヌ語でやってみてはどうかという提案でした。ところでこのようなとっぴなアイディアを当財団に提案したのですが、さてアイヌ文化の振興をめざしている「ア
イヌ文化振興法」とその具現をめざす財団であるアイヌ文化振興・研究推進機構はこの私の提案をうけつける度量があるでしょうか。なぜなら文化だけに限定されたイヌ文化振興法が博物館といった過去にむかう事業ではなく、未来にむけたアイヌのための事業ができるのか疑問になるからです。
 そんな疑問がわくひとつの過去の特別展をみておきましょう。2000年
広島県立歴史民俗資料館と名古屋市博物館で「特別展:馬場・児玉コレクションに見る北の民アイヌの世界」というアイヌの特別展が催されました。重要有形民俗文化財である「馬場コレクション」と、国内最大規模のアイヌコレクションである児玉氏が私財をとうじて蒐集されたといわれ、しかしながら
墓の盗掘などの疑惑がもたれるいわゆる「児玉コレクション」が展示されました。このいわくつきの「児玉コレクション」の展示にたいして、一アイヌ(oripakEsamanさん)のよびかけで、その特別展を考える集いがひらかれ、アイヌ文化振興法によって設立された(財)アイヌ文化振興・研究推進機構にたいして次の質問状がだされました。そしてそれにたいする財団理事長佐々木高明氏の回答書がでました。しかしそれらのやりとりをみればそこにはアイヌの気持ちをくもうとしない、イヌ文化振興法の趣旨を理解しない佐々木氏の顔がみられるでしょう。
 そこでまずそれらの
質問状と回答書を紹介します。(詳しくはこちら:回答書のあとに質問状あり)

質問状(oripakEsamanさんの気持ち)

「(前略)
そこで一つ忘れてはならないことがあるのです。
今回の展覧会の中核になっている「児玉コレクション」の収集者である児玉作左衛門教授は、我々の先祖の墓を暴き、遺骸を持ち去った人物であります。(中略)
しかし、いかに貴重で偉大なコレクションとはいえ、彼の名前を堂々と冠し、何の批判も経緯の説明もなく、展覧会を開くのは、果たして良いことでしょうか?
あのコレクションの価値が高ければ高いほど、展示内容が素晴らしければ素晴らしいほどに、私はアイヌの一人として、恥ずかしく思います。
まして、何の経緯の説明も無く、ただ「素晴らしいコレクション」という側面だけ紹介されるのは、とても腹立たしい。
児玉教授は一体何をしたのか、「児玉コレクション」が成立した背景には何があったのか、そして、いまここにこうしてその収集物を公開するにあたり、何について考えねばならないのか?(以下省略)」

回答書財団としての考え方について)

「(前略)
今回の特別展『馬場・児玉コレクションにみる北の民アイヌの世界』展の開催については,当財団内に設置しているアイヌの関係者を含む事業運営委員会において検討の上,学術的に大変貴重な馬場・児玉コレクションによる展覧会を行なうこととし,さらにアイヌ関係者や有識者で構成する評議員会,理事会の承認を得て開催することとしたものであります.

(中略)
そのため,アイヌ文化全般を網羅する馬場コレクション及び児玉コレクションを出展資料として選定し,『馬場・児玉コレクションにみる北の民アイヌの世界』と題して開催したものであり,お便りにあります児玉教授と人骨問題の関連やコレクションの成立の背景などを説明するのが本展の目的ではないことを御理解願えれば幸いです.
今回の展覧会により多くの方々にアイヌ文化について理解を深めていただけるものと考えている次第です.

 上のやりとりでEsamanさんが何を問題としているか、またそれにたいして財団は何をさけているのかはあまりにも明らかですが、よくわかるようにこの集いと協力・支援者のメッセージのいくつかを紹介しておきます。

長谷川修氏(「本集会に寄せられたアイヌからのメッセージ」のなかから)

「今回の特別展で『素晴らしさ』だけを伝えるのでなく,コレクションの背景を明らかにしつつ展示をしていくことは最低限の主催者側の良心であると考えます.そのことがアイヌ民族の誇りが尊重される社会の実現につながることではないだろうか.」

釧路市A.T.

「児玉コレクションは,その収集者,故児玉作左衛門がアイヌの墓を無断で掘って,1000体を越えるアイヌの遺骨を北海道大学医学部研究室に持ち去り,研究のためとして,これを長い期間にわたり研究室の棚などに放置していました.それらの研究報告にもあるように副葬品として人骨と共にアイヌ玉とかエムシ(刀),または民族衣装などを大量に収集したものです.

これらの行為は言語道断.間違いなく「盗掘」です.

収集品を引き継いだ児玉マリさんは悪い方ではありませんが,やはり父と娘との関係を越えて再考する必要はあると思います.また,児玉コレクションを展示している白老町のアイヌ民族博物館も展示解説に正しい表示をするべきであり,ましてや,アイヌ文化振興財団は,アイヌ文化振興法の「アイヌ民族の誇りが尊重される社会の実現を」という精神とテーマに反しない展示事業を行なうべきであり,実に問題が多いと思います.」

名古屋市O.E.

「例えば,私やあなたの曽祖父が,墓を掘り起こされて,額に番号振られて,動物実験室の棚に放置されていたら,あなたはどう思いますか?

気持ち悪いだろう,哀しいだろう,そう思うのが普通だ.
その気持ちはとても大切です.

そして,あれらのホネは未だに実験資料になっているのですよ.
これはいいことか?」

田村ゆかりさん(「協力団体・支援者よりのメッセージ」のなかから)

「財団の理事長、佐々木高明氏の返信にある『児玉教授と人骨問題の関連やコレクションの成立の背景などを説明するのが本展の目的ではない』というくだりは、何やらこの展示会というよりは財団の姿勢、ひいてはあの法律の目的を暗示しているようです。問題は本展の目的が何か、ではなく、アイヌ民族の権利回復のためにどのような企画がより求められているか、のはずです。財団のおこなっていることは『いかに和人の過去の行為を批判せずにアイヌ文化を享受するか』に心を砕いているように映ります。」

 上のEsamanさんたちがいうように、いかに児玉コレクションのすばらしさを認めるとしても、自分の先祖(それも遠い過去の祖先でなく、身近の父母や祖父母など)の頭骨が研究室の棚におかれてあれば、誰でも悲しくなり、とても腹立たしくなるのが人の気持ちでしょう。しかし回答書をみればわかるように、財団は児玉コレクションができあがったいきさつを隠し、そのコレクションの素晴らしさだけを伝えようとしています。たしかに児玉教授によって墓の盗掘がじっさいになされたことを認めるかどうかは人によって考えが違うかもしれません。なにごとも憶測でものをいってはならないのは肝に命じるべきです。しかし以下のような報告があるのもまた事実です。(衝撃の映像これが児玉作左衛門教授だ!!」より。また新聞・雑誌記事にも。英国人による盗掘はこちら

「児玉教授(彼は実際は文化人類学者ではなく解剖学者だった)の研究室は組織的に、
各地のアイヌの集団墓地を盗掘して回った。

当然、先祖の墓を荒らされてなんとも思わないほど、アイヌはアホでも寛大でもない。
盗掘を聞きつけた若い者達が抵抗した話しや、老婆が墓標にすがって掘り返すのを
思いとどまるように懇願した話しなどが、現在まで伝わっている。
多くはタブーとなっていて、聞き出す事は容易ではないが。」

 またたとえば萱野氏の回顧談のなかにも、次のような話があります。(萱野 p9-10)

「 また、一九八三(昭和五八)年五月に自宅横に建てた小さな図書館でアイヌ語教室を開いたのも私が最初であった。
  祖母て
が一九四五(昭和二十)年一月に亡くなった後、七年の間はアイヌから逃避していた。
 その理由
わけの一つにアイヌ研究のために村にやって来る学者のおおかたが、白昼堂々とアイヌの墓を暴き、副葬品を見ては男だ、女だといって頭蓋骨を持っていく。かと思うと、採血したあげくに毛深い様子を見るために子女にも腕をまくらせ、襟足から背中をのぞくなどアイヌを人間扱いしてなかった。(以下省略)」

 このような証言と当時までの人類学者の研究態度(たとえば英国人による盗掘事件)、また当時の調査の中心的人物が児玉教授あること(新聞・雑誌記事」の北海道新聞1983.12.19の項、その事実を確認した佐々木氏の回答書を総合すれば、「児玉コレクション」は大いに疑わしいと考えざるをえないでしょう。そしてこのような疑わしい「児玉コレクション」であれば、「ただ「素晴らしいコレクション」という側面だけ紹介されるのは、とても腹立たしい」というのはアイヌにとってしぜんな気持ちでしょう。和人である私たちの父母や祖父母などの頭骨がどこかの研究室の棚にたなざらしになっていれば、oripakEsamanさんと同じ気持ちになるでしょう。しかし財団はこのようなあたりまえのアイヌの気持ちをくまず、「アイヌの人々の民族としての誇りが尊重される社会の実現を図」るというアイヌ文化振興法の目的をわすれ、アイヌ特別展のすばらしさのみを伝えようとしました。たしかにアイヌ特別展をみた和人は「アイヌもすごい!」と思ったかもしれません。(たぶんそう思ったでしょう。それこそアイヌ特別展をやる理由なのですから)しかしそのとき和人はアイヌのすばらしさではなく(もし言葉がいいすぎであるなら、アイヌのすばらしさだけではなく、といいかえましょう)「児玉コレクション」のすばらしさを思ったことでしょう。私のことをいうのがいいでしょう。私も民博にいくとその展示品のすばらしさに心うたれます。そしてそこで学ぶものが多いのも事実です。しかし正直にいいいますが、民博の展示品をみるとその展示品の内容のすばらしさよりは、「よお集めたなあ!」と民博の収集力に心うたれるのです。そしてもしそこに「・・・コレクション」と名があれば、それらを集めた「・・・」さんがうらやましくなります。もちろんこの感想は私が本の収集を趣味にしているせいかもしれません。でもこの文章を読んでくださっているかたなら、この私の感想に思い当たるふしがあるでしょう。このように「・・・コレクション」が蒐集されたいきさつなど、背景の説明がなければそのコレクションを集めた「・・・」さんに賞賛があつまるのはしぜんな反応です。つまり財団がアイヌのすばらしさを訴えようとしたその展示が、「児玉コレクション」をつうじて児玉教授を賞賛することにすりかわるのです。つまり財団のアイヌのすばらしさを伝えたいという意図とは関係なく、「児玉コレクション」をつうじて児玉教授を賞賛することになるのです。(もし財団としてはそんなことは考えたことがないというのなら、このからくりに気づくべきです。そしてまたこのからくりを知らないことの責任をとるべきでしょう。)
 このように考えてくればアイヌ特別展で「児玉コレクション」のすばらしさのみを訴えることは、田村さんがいっておられるように財団が「『いかに和人の過去の行為を批判せずにアイヌ文化を享受するか』に心を砕いている」といわれてもしかたがないでしょう。これが財団による「国民に対する知識の普及および啓発を図るための施策」といえるのでしょうか。
おおいに疑問になるところです

生きているアイヌをたいせつにしよう

 上のアイヌや支援者などのメッセージをまとめてみれば、次のようになるのではないかと思います。

 アイヌ民族の誇りが尊重される社会の実現を図」るというアイヌ文化振興法の精神に反しない展示事業、つまりコレクションの背景を明らかにしつつ展示をする(墓の盗掘の問題にふれるなど)のが、財団の良心であるといえるでしょう。もし財団にこのような良心がなければ、『馬場・児玉コレクションにみる北の民アイヌの世界』展のようなアイヌ展はアイヌ文化振興法の精神をないがしろにするだけで、再びアイヌ民族抑圧の恥ずべき歴史の美化を再生産するものとなるでしょう。そんなことがないように財団はアイヌ文化振興法の精神にのっとり、より以上にアイヌ民族の権利回復のための企画を考える必要があると思います。

 この項をおえるにあたって、気づいた点と提案をすこし書くことにします。
 まず「児玉コレクション」の件。児玉教授の名誉を守るためにも「疑わしくは罰せず」、これは大事なことです。しかし墓の盗掘の疑惑が、それもかなり信憑性のある疑惑がでているのも事実です。「科学は疑うこと」からはじまると、学校で教えています。だから児玉教授の名誉をかけて(結果的には汚名がきせられるかもしれませんが)この疑惑は追求すべきでしょう。アイヌ
文化振興法の精神から考えても、この墓盗掘疑惑などはとりあげる最大の課題のひとつにまちがいありません。そしてアイヌ文化振興法の実施機関である財団はもちろん早急に(つまり生き証人がなくなられないうちに)この調査を全力をあげて取りくむべきでしょう。各地でこれからも「アイヌ特別展」をひらき、和人のアイヌ知識の普及および啓発を図ることはいうまでもないことですが、墓盗掘疑惑の調査をすることは、それ以上に和人に知識の普及および啓発を図ることになるはずです。ぜひすぐに財団による調査をして、事件の全容を明らかにした報告書をだしていただきたいと思います。(過去の
墓盗掘事件はこちら)
 もう一つは上のような批判があったにもかかわらず、またア
イヌ文化振興法の精神をふみにじる財団の回答があった件です。問題というのは
回答書によれば、上の特別展は財団内のアイヌの関係者を含む事業運営委員会において検討がおこなわれ、評議員会・理事会の承認を得て開催されたものであるからです。(現在の役員の名簿はこちら)もし上の回答書がただしいとすれば、アイヌ評議員・理事自身が上の特別展を計画し、その後承認しておこなわれたと考えざるをえないでしょう。しかし和人である私でさえこのような「児玉コレクション」を賛美するだけの展示には反対したいとおもうのですが、財団におられた理事や評議員はこのときどのような態度をとられたのでしょうか。たぶん評議員会・理事会のなかでもアイヌの評議員・理事からおおきな反対がおこり、承認をめぐって紛糾したのではないかと思います。これらのやりとり、またなぜ最終的にはこの「アイヌ特別展」がこのような形で実施されたのか、そのへんの事情をしりたいものです。無知は偏見をうみます。だからこそ知ることはだいじです。そのためにも財団はこのいきさつを情報公開するべきです。(私は当時のいきさつを知らないため、ただ事情をしりたいという私の願いからこれを書いています。もしいままでにこれについて財団から情報公開されているなら、すぐにこの項を削除します)
 それと関係することですが、やはり
上の回答書を書いた元理事長佐々木氏の責任は重いでしょう。もし上に書いてきた私のような考えを財団の現理事や評議員の方々がもっておられるのであれば、遅すぎるとはいえ、そのかたがたから
即時佐々木理事長の退陣を要求すべきでしょう。(過去の退陣要求は引用書4 p247)ここにも指定法人が「全国でただひとつに限る」という条文がもたらす弊害をみてとることができます。なぜなら全国でただひとつの法人のトップにアイヌがたつことは、現在のアイヌをとりまく状況を考えれば考えられないからです。まず財団の襟をただすためにも、佐々木理事長は退陣し、アイヌ理事がトップに立つべきでしょう。なぜなら上の回答書がしめしているように、アイヌ文化振興法がめざす「アイヌの人々の民族としての誇りが尊重される社会の実現を図」るための施策がいまの和人にできないことはあきらかだからです。アイヌ理事がトップに立ち、アイヌ民族の権利回復のための企画(「アイヌ特別展」など)を計画し、各地でおこなうべきでしょう。そしてもしアイヌにその実力がないのであれば、また和人がトップにたてばいいでしょう。なにごともやってみなけばわからないものです。(追記:佐々木理事長は退任されたようです。2003年5月現在の役員の名簿はこちら
 ここまで北海道ウタリ協会の作成した「アイヌ民族に関する法律(案)」と現実の「イヌ文化振興法」とのおおきな落差をみてきたみなさんは、この財団の力量をどのように考えられるでしょうか。文化に限定されたイヌ文化振興法」ではなく、イヌのための「イヌ民族法」を、さらにはアイヌ(自身)の「イヌ法」が制定されることをねがいつつ。

イヌ文化振興法ができても、なおつづく現代のアイヌ差別

 以下のホームページをみれば、イヌ文化振興法がいかに無力なのかがよくわかります。
 1.
アイヌ ネノ アン チャランケ/書評・まよなかしんや
  *アイヌ民族差別に貫かれた『アイヌ史資料集・医療衛生編』の著者河野本道の人類学批判とアイヌ民族の怒り、裁判記録等。(『
アイヌ ネノ アン チャランケ』より)
 2.放送大学に対する抗議と申し入れの呼びかけ
  *河野本道氏による民族差別、人権蹂躙の授業(「世界の民族」第三講)中止を要求する(ピリカ全国実行委員会「関東グループ」による)
 3.「アイヌ民族差別図書の回収と謝罪を求める裁判」
判決報告集会を開催
   *〜人類学者・河野本道氏の責任を問う関東/関西集会〜
 4.
北大構内に放置されていたウィルタ頭骨

引用書

 1.『アイヌ、いま』(西浦宏己著 新泉社 1984 \2200)
 
2.「Q23 「アイヌ文化振興法」の問題点は何ですか?」『アイヌ差別問題読本(小笠原信之著 緑風出版 1997 ¥1900) 
 
3.「「アイヌ新法」を目指して」『アイヌ近現代史読本(小笠原信之著 緑風出版 2001 ¥2300)
 
4.アイヌ文化振興法」施行後」(小笠原信之著:同上本)
 
5.「国連における先住民族問題」『平成10年度 普及啓発セミナー報告書』(財団法人アイヌ文化振興・研究推進機構 1999)
 
6.『日本の先住民族(アイヌ)』(人権ハンドブックレット42)(部落解放研究所編 1993 (株)部落解放研究所 1993)
 
7.『アイヌ民族を理解するために(北海道環境生活部総務課アイヌ施策推進室(発行) 37頁 平成13(改訂))
 
8.「新たな法律の制定までのうごき」(同上本)
 
9.「新法制定に関する経過」(同上本)
 
10.「先住民族や少数民族の人権と文化を守る動きは世界のすう勢です」(同上本)
 
11.『アイヌ語が国会に響く 萱野茂アイヌ文化講座』(萱野茂ほか 草風館 1997 302頁 ¥2500
   
イ.「アイヌの国会議員として」(萱野茂談:同上本 p36-46)ア
 
12.『アイヌ文化を伝承する 萱野茂アイヌ文化講座U』(秋野茂樹ほか 草風館 1998 281頁 ¥2500)
     *(衆議院・参議院)内閣委員会会議録など資料豊富(未読)
   イ.「アイヌ語教室とアイヌ語の未来」(中川裕談:同上本 p36-46)
   
ロ.「首都圏のアイヌ運動と実践」(知里むつみ談:同上本 p77-90)の中の質疑応答における秋辺さんの回答(秋辺得平談:同上本 p89)
   
ハ.「ウタリ対策のあり方に関する有識者懇談会」(ウタリ懇)がめざしたものーその報告の性格と特徴ー」(佐々木高明談:同上本 p143-8)
  
 ニ.「「報告書」と「新法」の法的性格とその評価」(吉川和宏談:同上本 p149-156)
   
ホ.「現場から見たアイヌ新法の問題点」(多原良子談:同上本 p162-6)
   
ヘ.「アイヌ新法制定についての萱野茂参議院議員のコメント」(萱野茂談:同上本 p167-9)

参考書

 14.『アイヌ ネノ アン チャランケ』(「飛礫(つぶて)」編集委員会編 つぶて書房 292頁 ¥2500)(未読)
 
16.『
アイヌ墳墓盗掘事件』(小井田武著 みやま書房 1987 309頁 ¥1800
     *慶応2年(1866年)英国人がアイヌの人骨を盗掘した事件の顛末記

Website

1.二風谷地区ほか
 
萱野茂アイヌ記念館萱野茂 ニ風谷アイヌ資料館
 
二風谷アイヌ文化博物館
 
平取町・二風谷便利帳
 
ナショナルトラスト運動 チコロナイ
 
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2.法律関係
 
アイヌ文化振興法
 
アイヌ民族に関する法律(案)(北海道ウタリ協会 1984年)
 
北海道旧土人保護法
 
旭川市旧土人保護地処分法
 
第27条アイヌの人々に関する施策(第4回政府報告書(1997)ー市民的及び政治的権利に関する国際規約第40条1(b)に基づく第4回報告 (仮訳))
 
アイヌ民族資料室手塚利彰さん:法律関連の資料)

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