(4)湖沼での有機物質生産

 湖沼学の名著に、田中阿歌麿著「日本北アルプス湖沼の研究」というのがあるそうだが、残念なことに、 まだ一度も拝見していない。有名な作詞家、西条八十氏のご子息である西条八束著「湖沼調査法」 (古今書院)は最近の名著であろうか。生物圏におけるエネルギーの源は太陽光であり、生産者が光合 成によって有機物質を生産している。生産される有機物質は、すべての生物によって、その活動のエネ ルギー源として利用されている。陸域に繁茂している草本や木本の植物ばかりではなく、海洋や湖沼・ 河川の植物プランクトンも生産者として重要である。地球規模では海洋植物プランクトンによる有機物 質の生産は生物圏全体の25%にも達し、陸域で最も光合成の活発な熱帯雨林よりやや多い。
 湖沼の沿岸部や浅い池では、光が底近くまでさし込むので水草などが繁茂しているが、地球全体での 生産量では植物プランクトンが水草よりはるかに多い。植物プランクトンによる光合成は、湖沼や池の 生態系への太陽エネルギーの導入および物質循環に果たす役割は大きい。
【テーマ】学校や自宅周辺の池の植物プランクトンは、光合成によってどのくらいの有機物質を生産しているのであろうか。池水の環境条件下で行われている植物プランクトンの光合成量を測定し、池全体の生産量を推定する。
●実施上のポイント●
T 池水の採取
<準備>
地形図、温度計、ものさし、透明度板、透明度計、水中照度計、ウインクラーびん、広口びん、検鏡用具、方眼スライドガラス(血球計算器)
[1]調査地点の選定
 学校や自宅周辺の水深1m前後の池において調査を行う。調査池の平面図を作成し、流入・流出する水の有無、深度、その他必要なことを調べておく。
[2]野外調査・採水
@調査池および採取した水について、水温、透明度、水中照度を測定する。水中照度は、水面における照度を1としたときの相対度に換算する。
A溶存酸素量はウインクラー法(後述)で測定する。溶存酸素量の固定までを現場で行い、これを室内に持ち帰って溶存酸素量を求める。
B室内実験用に、表層水を5〜10gほど採水し実験室に持ち帰る。
[3]採集された微生物
 採水した水中の植物プランクトンをスケッチする。また、方眼スライドガラス用いてプランクトン密度を求める。
U 光ー光合成曲線の作成
 溶存酸素量をウインクラー法で求める方法を利用して、光ー光合成曲線を作成する。
<準備>ウインクラーびん、池水、水槽、アルミホイル、黒ビニル、溶存酸滴定用器具と試薬
<操作の手順>
(1)池水に10分間通気して、この水をウインクラーびんに分注する。このうち2本は溶存酸素の固定を行い対象とする。
(2)恒温装置をつけた水槽を用意する。水槽の水温を調査した池の水温となるように調節する。
(3)水槽のなかで、ウインクラーびんを並べ、それぞれの照度で光合成を行わせる。2本はアルミホイルと黒ビニルで包んで完全に遮光し、恒温水槽に入れておく。
(4)1〜2時間経ったら、各ウインクラーびんの溶存酸素の固定を行い、溶存酸素量を求める。対照との溶存酸素量の差から、見かけの光合成量・呼吸量を計算する(mgO2/時間)。
V 有機物質生産量の推定
 池の水の単位体積あたりも1日の生産量を推定するための必要な仮説を立て、1日に生産される炭水化物量を推定する。
(1)時間ごとの水面照度より、各深度別・時間の区分別に水中照度を求める。
(2)光ー光合成曲線と各深度・時間区分ごとの水中照度から、調査池の植物プランクトンの単位面積・1日あたりの純生産量を酸素放出量として計算する。
(3)以上の結果をもとに、呼吸商・光合成商や同化産物を仮定し、光合成の反応式から1日に生産される炭水化物の量を推定する。
(4)深度によって純生産量はどのように変化するか。必要と思われるグラフを描き考察する。
(5)1日のなかで生産量はどのように変化するか。必要と思われるグラフを描き考察する。
(6)野外調査で測定した透明度や溶存酸素量と室内実験によって作成した光ー光合成曲線と比較する。
(7)池の平面図から池の面積を求め、計算されたm2あたり、1日あたりの生産量を調査池に拡張し、この調査池全体の有機物生産量を推定する。



【資料】ウインクラー法による水中溶存酸素量の測定
 川や池の水に含まれる酸素量は、水生植物の光合成や空気中からの溶け込みにより補充される。一方、水生生物の呼吸や細菌による有機物質の分解などで消費されている。水生生物の光合成量や呼吸量は、水中に溶けている酸素量(溶存酸素量)を測定することで知ることが
できる。溶存酸素量の測定にはウインクラー法を用いるのが一般的である。
 この方法は、まず、被試験水に塩化マンガン(MnCl2)と水酸化ナトリウム(NaOH)を加え、水中の酸素を水酸化マンガン(Mn(OH)2)として
固定する。これにヨウ化カリウム(KI)と塩酸(HCl)を加え、水酸化マンガン(Mn(OH)3)を全てヨウ素(I2)に置き換え、生じたヨウ素量をチオ硫酸ナトリウム(Na2S2O3)を用いて測定し、ヨウ存酸素量を決定するものである。
[1]器具の準備
 ウインクラーびん(酸素びん)、三角フラスコ(200ml)、ビュレット(25ml)、駒込ピペット(1ml)
[2]試薬の準備と調整法
塩酸(濃塩酸を2倍に希釈する)、チオ硫酸ナトリウム溶液(チオ硫酸ナトリウム結晶約13gを純水500mlに溶かして栓をし、2日間放置し、この上澄みを純水で5倍に希釈する)、塩化マンガン(塩化マンガン20gを50mlの蒸留水に溶かしてから濃塩酸0.2mlを加える)、ヨウ化カリウムー水酸化ナトリウム溶液(水酸化ナトリウム90gを蒸留水250mlに溶かしヨウ化カリウム25gを加える)、デンプン溶液(可溶性デンプン1gを少量の熱湯に溶かし、水を加えて1%溶液とする)
[3]方法
(1)ウインクラーびんの容量を記録する。
(2)ウインクラーびんに被試験水を静かに入れ、気泡を残さないように静かに栓をする。
(3)静かに栓をとり、気泡が入らないように注意しながらウインクラーびんの底に駒込ピペットで塩化マンガン溶液0.5mlを静かに入れる。さらにヨウ化カリウムー水酸化ナトリウム溶液0.5mlを静かに入れ、気泡が入らないように静かに栓をする。このとき1mlの被試験水があふれるが、計算のとき考慮する。
(4)ウインクラーびんをよく振り、静置すると沈殿が生じる。
(5)注意深く栓をとり、2mlの塩酸を駒込ピペットで加え栓をしてよく振り、沈殿を溶かしたのち、溶液を三角フラスコへ移す。
(6)三角フラスコ中の液にデンプン溶液を2〜3滴加える。このとき、青紫色に液の色が変わる。
(7)チオ硫酸ナトリウム溶液で滴定し、無色になるまでの滴下量を求める。
[4]ヨウ存酸素量(DO)の求め方
次の計算式で溶存酸素量を求める。
DO(mg/l)=8×N×n×1000/(V-1)
DO(cm3/l)=55.97×N×n×1000/(V-1)
N:0.02(チオ硫酸ナトリウムの正確な濃度を表すための補正値)
n:チオ硫酸ナトリウム溶液の滴下量(ml)
V:ウインクラーびんの容積(ml)
【注】微量溶存酸素計は精度が、0.1mgO2/l なので、上手に使えば、ウインクラー法の代用として使えるかもしれない。



以上、〔三省堂「詳説 生物U」から、著者了承で引用〕



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