BLESS & CURSE

1.

「みんなぁ、ギルドで仕事もらってきたよ」
 シターンと勢いよくふすまを開け放ち、12、3歳くらいの少年が言った。
 ボサボサの黒髪で、給仕さんの服にエプロンをつけ、服から覗く手足や顔にはいくつもの古傷が刻まれていた。

 ここは、ワス・ウォーディナ帝国の皇都『アネス・ゴルド』。
 旅館『宴夜・本舗』の一室。

 少年が開けたふすまの奥の部屋には17、8歳くらいの五人の少女がいた。
「仕事? 珍しいな、俺らに廻ってくるなんて」
 両手首に銀の腕をつけ、男のようにしゃべる小柄な少女は、短い銀髪に空手着を着込んだ少年のような風貌。
「よっぽど、ギルドに人がいないのね」
 ビン底メガネをかけ、白衣を着た金髪の少女がそう言って読んでいた本を閉じた。
「それか、僕たち用の大きなヤマかも」
 黒で統一した服の長い黒髪の少女は、宝石の付いたアクセサリーを磨きながら静かに言った。
「けど、ご指名って久々よね」
 金髪の少女は、髪をかきあげ、陽気に笑いながら、舞踏のための衣装を脱いでいた。
「…………え? なんですか?」
 白い髪を高々と結った少女が、眠りから覚め、キョトキョトとあたりを見回した。
「仕事だよ。聖ちゃん」
「……仕事? ああ、仕事ですか。
 じゃあ、奉。しばらく『宴夜』での生活費稼ぎのバイトは中止ですね」
 聖と呼ばれた白い髪の少女は、少年―奉の言葉にようやく覚醒する。
「で? どんな仕事なんだ? 奉」
「んっとね、はい! これが資料だよ、魂ちゃん」
 銀髪の少女―魂に言われ、奉は、手に持っていた数枚の紙を手渡した。
「なになに? どこに行くの、あたしたち」
「ん〜、えっとだな、大陸の端みたいだぜ、斎」
「大陸の端? けっこー遠いわね。
 ね、巫、どんくらいかかりそう?」
 斎と呼ばれた金髪の少女に、いきなり話を振られ、白衣を着た同じく金髪の少女―巫のメガネがずり落ちる。
「え? そ、そーね。皇都からだと、徒歩で二週間くらいじゃない?」
 その顔は、斎と瓜二つのそっくりだった。
「……短いような長いような距離だね」
「なんだよ、虚?」
「なんでも。ただ、姉様たちと僕らが二週間でってのが不安なだけ」
 表情を変えず言う黒髪の少女―虚に魂の頬がヒキッと引きつる。
「ど、どーゆー意味だよ。虚」
「徒歩で、二週間でしょ? 巫姉様」
「ええ。そうだけど? それがどしたの? 虚くん」
「二週間……当然、途中で野宿が数回あるでしょ?」
「そりゃ、町や村まで行けなかったらあるかも……あ!」
 末妹−虚に言われ、巫は、あることに思いつく。
「ま、まあ、たしかに長く感じられることもないこともないような……」
 歯切れ悪く言葉を濁す巫に代わって、双子の片割れ−斎がポンッと手を叩き、言った。
「ああ! なるほど!
 酒が飲めなかったって、魂ちゃんが暴れて、
 食料採るのに、虚ちゃんが猟で森を喰い尽して、
 よく眠れないって、聖ちゃんがポン刀振り回すのね!」
「ご名答。
 目的地まで、どんだけの被害が出るんだろね」
「斎ぃ! 虚ぉ! てめえら、俺のことバカにしてんのか!」
「予想されること言っただけだよ」
「そーそー、現に同じようなこと前にも四、五回あったじゃない。
 今回も、二週間なら絶対起きるって自信あるわ、あたし」
「虚くん、魂くんを怒らせないの。
 斎も変な自信持たない」
「でも、野宿はイヤですから、ホントに起きるかもしれませんね」
「きょ、極力、宿のあるコース選ぶから!
 お願い。トラブル起こすの前提で行動しないで!」
 のほほんと怖いこと言う聖に、巫は、慌てて釘を刺す。
「そんなことよりさぁ、いっぱい持ってけばいいんだよ。ご飯とかお酒とか」
 なにやら不穏な雰囲気を察してか、どうかは分からないが、奉が単純な解決法を提案する。
「けど、奉ちゃん。聖ちゃんのは、どうするの?」
「ん〜、聖ちゃんのお布団持ってくとかは?」
「それ採用です。私も馴染んだ布団の方がよく眠れますし」
 奉の提案に、聖が乗ってくる。
「うし! それで決まりだな!」
 酒をたくさん持っていけるというので、魂は、それだけで上機嫌になっていた。
「そーとなれば、買い物ね!
 あ! あたし、欲しい服があるんだぁ!」
 斎は、どこからか取り出した宴夜に来た新聞の広告を手にはしゃいでいる。
「食料品のセールは、五時からだから、今行って、他の旅用品見て廻れば、ちょうどいい時間だね」
 壁にかかった時計を横目に、虚は、買い物の準備に取り掛かる。
「わたしは、特に買うものないですから、お昼寝してます。気をつけて行ってくださいね」
 聖は、そう言いながら、そそくさと押入れからお昼寝セットを用意する。
「あたしは、ルートの確認と、持ってく薬の準備しなくちゃらならないから、奉くん、このメモのヤツ買ってきてくれる?」
「はぁ〜い!」
 良い子のお返事をする奉は、巫から渡されたメモを大事に懐に仕舞い込んだ。
「よっし! じゃ、行ってくるな!」
「おみやげ、買ってくるわね」
「ついでに、今夜のおかずも」
「んじゃ、行ってきま……って、巫ちゃん?」
 と、部屋を出て行く魂、斎、虚のあとをついていこうとした奉の袖を巫が引っ張って呼び止める。
「でも、奉くん、いいの? さっきの案で」
「え? 何が?」
「だって、買い込んだ大量の荷物と聖くんの布団、運ぶのは……」
「……とーぜん! ボク……あ」
 巫の言わんとしていることに気付き、奉の顔が一瞬固まる。
「……ね?」
「……ど、どーしよ……?」
「奉! 遅ぇぞ! お前が荷物持つんだろ!」
「は、は〜い! と、とにかく行ってくるね。巫ちゃん」
 ちょっと、顔青くしながら、奉は、部屋から出て行った。
「墓穴とはいえ、大変よね。奉くん。
 ねぇ。聖く……」
 振り向くと、すでに聖は、得物の日本刀握り締めて、眠りの人だった。
「……起こしたら、手加減無しで斬るつもりね……胃薬の材料も頼めば良かった」
 疲れた顔で、巫は、奥の部屋に消えていった。

「おっ買い物ぉー! お買ぁ〜いものもの! お買い物ぉー!」
 自作の『お買い物の歌』を元気に歌いながら、奉は、恥ずかしげもなく周囲の大注目を浴びて大通りを歩いていく。
「えーと、本日、旅用品が安いのは……」
 広告を片手に、斎は、ぶつぶつ言いながら、最良の店を検索する。
「斎ぃ〜、どこでもいいから、さっさと入っちまおうぜ!」
「ダメよ、魂ちゃん。こーゆー積み重ねが、倹約の第一歩なの!
 あ! ここよ! ここに入りましょ!」
 斎が指し示したのは、一般的な旅用品店だった。
 先客が、二、三人おり、棚には、ロープやカンテラ、固形燃料が並び、マネキンに最新の旅装束が着せられ、その横では、簡易テントがディスプレイされていた。
「見て見て! これよぉ〜! うわぁ〜、いいデザインよねぇ!
 へぇ〜、ここで通気性を調整かぁ……」
 店に入るなり、斎は、マネキンに飛びつくように鑑賞を始めた。
「おいおい、斎。お前、この前、服買ったばっかじゃなかったか?」
「いいじゃない! 見るだけよ!
 けど、いいなぁ〜! 欲しいなぁ〜!」
「って言って、前もそのまま買っちゃたんだよね。斎姉様」
「斎ちゃん、今日は買わないよ。
 とゆーより、買えないね。たくさん、買うものあるし。
 あ! すみませぇ〜ん! えと、コレとコレと、あとソレを……」
 奉が店員と話している間、魂は、展示してあった釣竿を手に取り、ぶら下がってる説明書の札に目を落とした。
「え〜と、『ヒットした瞬間、電流が走って獲物は気絶!
 あとは魔道リールで楽々ゲット』だってよ。へぇ〜便利だな」
「あ、それって、釣糸が足に絡まると一緒に電撃喰らうから、発売中止になるらしいよ」
「ふ〜ん。じゃ、今買っとけば、レア物になんな」
「マニアしか買わないようなものは、たいした値段つかないと思うよ」
「ま、そんなもんか」
「はぁ〜い! お待たせぇ!」
 両手に大きな紙袋を抱えた奉が声をかけた。
「じゃ、次行くか!
 お〜い! 斎! 行くぞ!」
「え〜! う〜……やっぱ欲しい!
 ねぇねぇ、奉ちゃん! いいでしょ? ね? ねぇ〜?」
「だ、ダメだよ! 斎ちゃん! うわ! ひ、引っ張っちゃ、荷物……!」
 斎に腕を掴まれて、奉は、手にした荷物を落としそうになる。
「しょーがねーな! 奉! 虚に荷物渡せ!」
「う、うん! はい! 虚ちゃん!」
 と、奉が荷物を投げ渡した瞬間、魂は、手にした釣竿をヒュッと振るって、糸の先の針を奉の服に引っ掛ける。
 すると、瞬時に電流が走り、

しゅば!

「ぎゃう!」
 奉が、短い悲鳴を上げて地面に倒れ臥す。
「あ、あっぶない! もぉ! 魂ちゃん!」
 間一髪で、手を放した斎の足下で、奉は、電流でしびれたままリールに引っ張られていった。

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