3.
「おい、奉!
本体なんとかしなきゃキリねぇぞ!」
魂の言葉どおり、聖たちの攻撃で、飛び掛る小型怪異は、数を減らしつつあるが、本体である牛型の怪異は、未だ分裂を繰り返している。
「みんな、聞いて。
本体に怪異群を全部集中させて、一気に叩くよ。
聖ちゃんは、『光無し』の力で、小型怪異を本体まで退かせて」
「分かりました」
「巫ちゃんは、『陰月』で、ダウナーゾーンを形成。
怪異の活動を抑えて」
「任せて」
「魂ちゃんは、『六鍵守』で、炎門を開いて。
虚ちゃんは、『血縛り』で、火気を導いて、単体用最強火炎魔法で怪異を一気に焼き尽くす。
斎ちゃんは、『陽月』のアッパーフィールドで、魂ちゃんたちを援護」
「おっしゃぁ!」
「分かった」
「それはそうと、奉ちゃん、どうやって怪異を牛本体に集中させるの?」
斎の問いに、眉間にしわ寄せて、奉は、考え込む。
「そ、それは……えと……なにか囮を使うしか……」
「囮か? よし、分かった!」
そう言って、魂は、がしっと奉の後ろ襟を掴む。
「え?……まさか、魂ちゃん……」
「まぁ、発案者ですから。頑張ってくださいね。
神刀・光無し(しんとう・ひなし)! アマテラス!」
聖が叫んだ瞬間、手にした剣―神刀・光無しから太陽のような光が噴き出し、それが巨大な刀身となり、
「ぃやぁ!」
一振りで、いくつもの怪異を薙ぎ払い、その圧倒的な輝きに怪異たちは本体へと逃げ込もうとする。
「まぁた、墓穴掘っちゃったわねぇ、奉くん。
ま、怪我しても、死なない限り治療するから、しっかりね。
双天扇・陰月(そうてんせん・かげづき)! 滅天!」
メガネを外した巫が金の鉄扇―双天扇・陰月を投げ放ち、怪異の目の前の床に深々と突き刺さった瞬間、灰色の光が放たれると、それに包まれた牛型怪異の分裂が止まり、その巨体が急激に萎縮し始める。
「奉ちゃん! 早く囮になるなる!」
「このままだと怪異が店の外に出るよ」
「行っくぜ!」
「え? え? で、でも……ちょ、ちょっとぉ!」
斎たちに圧され、奉は、魂に片手で持ち上げられ、
「行くぜ! 奉! レッツ! サクリファイス!」
勢いよく牛型怪異に向かって投げ飛ばされた!
「いにゃぁぁぁぁぁ! 魂ちゃんの鬼ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
聖に追い込まれ、巫のダウナーゾーンで収縮を余儀なくされた怪異は、投げ込まれた奉に逃げ場を求め、その幼い身体を飲み込み始めた。
「う、うわぁ! な、生臭い! うやぁ!
や、やあ! ぬるにゅる、いやぁ!
う、うお! ヘンなトコ! ヘンなトコ! や! さわんないでぇぇぇぇ!」
その悲鳴に極力笑いをこらえ、斎が叫ぶ。
「い、行くわよ! アッパーフィールド!
双天扇・陽月(そうてんせん・あかりづき)! 創魔!」
大きく叫び、斎は、手にした鉄扇―双天扇・陽月を頭上にかざすと、放たれた金の光が魂と虚を包み込んだ。
「よぉっしゃぁ! 六霊の門の鍵よ!
示す守部たる証に門を解け!
霊甲・六鍵守(れいこう・むつのかぎもり)!
炎応我願!」
両手のグラブ―霊甲・六鍵守の精霊石が火を示す紅い光を放ち、魂の周囲に高密度の火気が溢れ出す。
虚は、小指の先に歯を立て、手にした黒燿石に血を垂らすと、瞬時にそれは、赤黒い杖となる。
「我が、魔杖・血縛り(まじょう・ちしばり)よ!
その身に火気を集わせよ!」
すると、見る間に、魔杖・血縛りの黒燿石に金の光をまとった炎が集い、虚は、高まる火気に合わせ、呪文を詠唱する。
そして!
「―炎王獄殺陣!―」
虚が魔法を発動させる鍵となる言葉―鍵呪を叫ぶと、杖に集中した炎が消え去り、次の瞬間、怪異を奉ごと、巨大な炎の柱が包み込む!
「ちょっと! 虚くん!」
「すごいわね!」
「うわ! やっべ!」
「ああ、火力が強過ぎですね」
「やり過ぎ……かな?」
炎の勢いは、止まることを知らず、激しく燃え上がり、ぐどぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅん!
爆炎とともに店を吹っ飛ばした。
『ぎょぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!』
それと同時に、不気味な悲鳴が、その場にいたすべてのものの鼓膜の奥に突き刺さった。
そして、爆炎が収まると、完全に炭化した怪異と骨と化した大小二つの牛の頭部を抱えた、無傷の奉が立っていた。
「奉……それが、核か?」
半ば放心したような奉に、魂が気まずそうに声をかける。
「……うん。この子たち、母牛とその仔牛だったみたい」
そう言って、奉は、その骨をキュッと抱き締めた。
「目の前で、仔牛がさばかれたんだよ、きっと。
それで、お母さん牛……外じゃ、自分たちを貪ろうとしてる人間たちがいっぱいで……それで……」
「怪異になった」
抑揚のない虚の言葉に、奉は、「うん」とうなずいた。
「ゴメンね。
ボクもお肉を食べるから、謝る資格なんてないんだけど、ホント、ゴメンね」
奉は、そう言うと、骨の頭を目の前に並べ、懐から一冊のボロい本を取り出した。
「ゴメンね。イヤだったよね。悲しかったよね」
奉の声に応えるかのように、母牛の骨がカタカタと動いた。ざしゅっ!
その瞬間、突然、鼻骨が伸び、鋭く尖った先端が奉の腹に突き刺さった。
「奉くん!」
「……ぐ、だ、大丈夫……」
声を上げる巫に、奉は、痛みに小さくうめきながら、心配ないと微笑み、ゆっくりと、腹に刺さった鼻骨を外した。しゅお!
すると、血を流す奉の腹から、短く煙があがり、瞬く間に傷が治り、流血が止まる。
煙が上がった瞬間、刺された時よりも激しい痛みが走り、奉は、額にイヤな汗を浮かべて、必死に耐える。
「……けど、死んでからも苦しまないで。
されたことを忘れろなんて、言わないよ」
奉は、手にした本を開くと、ページに向かって、ふーっと息を吹きかける。
すると、本から、柔らかい光が溢れ、骨の頭を包み込んだ。
「苦しいのは、悲しいのは、痛いのは、全部、ボクが憶えておくから……だから、お願い、安らいで……"神代の忌子"より、キミたちに祝福を……」
奉の優しい言葉、その一言で、光の中の牛の母子の骨は、溶けるように崩れ去った。「き、貴様ら……い、いったい?」
怯えた声の男に、奉を見守っていた聖たちが振り向く。
「なんですか? コレは」
「帝国の剣士隊『シャイン スター シーカー』よ、聖ちゃん」
「傷は、もういいようね。けど、あんまり、無茶しない方がいいわよ」
「手に負えなかったら、素直に助けを求めるのも大事」
「それと、見た目で、過小評価すんのも命取りだぜ!」
口々に言う五人に、剣士隊の隊長は、突然、あることに気付く。多くの異能力者を有する冒険者ギルド『レジン・バニス』において、秘蔵っ子とまで言われるほどの能力を秘めたチームが存在することに。
「古代神の力を宿した剣―『神刀・光無し』を持つ魔剣士。
聖=スーニャ。精霊界の門を開く一対のグラブ―『霊甲・六鍵守』を持つ呪法闘士。
魂=スーニャ。オリハルコン製の鉄扇―双天扇・陽月で舞い踊る舞闘士。
斎=スーニャ。双天扇・陰月を繰る霊薬、魔法薬のエキスパート、霊薬師。
巫=スーニャ。魔杖・血縛りを手に、あらゆる魔術を使いこなす魔導師。
虚=スーニャ。そして……」
息を飲み、騎士たちは、天に向かい、静かに祈る奉を見た。
「チームリーダー。荷物持ちのおさんどん少年。みんなのおもちゃ。
奉=カーディス!」
「こ、こいつらが、あの冒険者チーム『BLESS&CURSE』……」その力は、あまりに強大で、そして、その心は、あまりにも異質だった。
翌朝。
旅館『宴夜・本舗』の前。
「う〜! 晴れたなぁ!」
見事な快晴の空の下、魂は、酒瓶片手に大きく伸びをした。
「ホント、いい天気! 幸先いいわね」
陽月を広げて、日差しを避け、斎は、明るく笑った。
「二週間の長旅です!
サクサク進んで、宿に泊まれるようにしましょうね!」
白い髪を結い直し、聖は、朝日にキリッとした顔を向けた。
「朝だと、テンション高いわよね、聖くん。
ま、ルートは、確認したから、心配ないと思うわよ」
そう言う巫の片手には、ガイドマップがあった。
「んじゃ、みんな、行っくよぉ!」
背中に大荷物を背負った奉は、一歩踏み出すごとに地面に足をめり込ませながら、元気良く言った。
「目標! 祭壇都市『スティン・ペリー』!」明るい声が蒼天に響き渡った。
最強無敵破天荒な冒険者チーム『BLESS&CURSE』。
彼、彼女らに敵はいない。
―了―