第一話「忌子、独り」

 遠くに山をのぞむ広々とした草原。

 風に吹かれなびく草むらに対峙する人影が二つ。

 一人は、精悍な顔つきの青年。
 髪は短く、簡素なTシャツとジーンズに包まれた身体は無駄なく鍛え抜かれ、両の眼は意志の強さをうかがわせる。
 もう一人は、まだ幼さを残す少年。
 ボサボサの髪、古ぼけた本を小脇に抱え、服から覗く粗末な服の上からボロ布を纏い、袖口から伸びた四肢には無数の傷跡が刻まれていた。

「大神 虎一さん……だね。
 空式格闘術第百四十一代目継承者……」
「よく知ってるな。
 ま、ここまで来れるだけあって、ただ者じゃないってことか。
 なぁ、天才少年科学者、奉=カーディス?」
 奉=カーディスと呼ばれた少年の声変わり前の高めの声に青年―大神 虎一は、からかうように言った。
「手を、退いて。
 これは、キミたち時空神ゆかりの一族が関わる問題じゃない」
 淡々と話す奉に、突然、顔をしかめ虎一は、怒鳴る。
「……てめぇ……何を知ってる。
 俺たち一族の存在は、各国の政府高官か、裏の世界でもかなりの神秘に達した奴にしか知られてない。
 てめぇみたいなガキがそうだって言うのか?
 冗談にしては、笑えねぇな!」
 厳しい叱責にも奉は、動じず虎一から視線を外さない。
「言え! てめぇ、一体、何者だ!」
「分からないヒトは、分からなくてもいいから、分からない。
 だけど、キミは分かろうともしてない。
 その力にも、この世界にも、ボクのことにも」
「わけわかんねぇこと言ってんじゃねぇ!
 あの『司=マーフェス』の影響で、時空間のバランスは、ガタガタだ!
 見たくもねぇ異形が現れちゃ、人を襲ってんだぞ!
 その元凶が『司=マーフェス』だ!
 なのに、一族は、天命に任せるとか言いやがって、ヤツを叩きもしねぇ!
 俺たちには、何とかできる力があるんだ!
 何とかできるヤツが何とかするのが当たり前のはずだ!」
「だけど、その役割は、キミたちのじゃない。
 それに、もし、そうだとしても、キミじゃ無理だ」
「てめぇみたいなガキに何が分かる!
 なにもんなんだよ! てめぇは!」
「……………………」
 怒鳴る虎一に、目をそらし、奉は、押し黙った。
「ざけんな!
 言うつもりねぇんなら、吐かせるまでだ!
 手加減は、しねぇぞ!」
 気合と共に虎一が獣じみた咆哮を上げると、見る間にその身体が獣毛に覆われていく。
 獣毛に包まれた耳は尖り、鼻と口は大きく突き出す。
 その姿は、狼とも虎とも付かず、『獣』としか言いようが無かった。
「うおぉぉぉぉ!」
 雄叫びと共に伸びた鋭い爪を振るった。
 すると、距離は離れているのに奉の服の肩口が破れ、頬が浅く裂け、血が流れる。
「空間干渉……か。
 さすがだね。
 キミたちの始祖『初代・大神 虎一』の名を継ぐだけのことはある。
 その力も始祖に匹敵するほどだね。
 けど、その分、哀れにも思える」
 しかし、奉は、驚いた様子もなく手で頬を流れる赤い血を何気なく拭う。
「何だと!」
 くってかかる虎一だったが、突然、奉の気が膨れ上がり、その身体は気に圧され、ホバーしたように宙に浮く。
 そして、奉は、ひたっと虎一の目を見つめ、言った。
「教えてあげるよ。キミの愚かさを」

「はぁ!」
 獣と化した虎一が駆け出し、一気に奉との間合いを詰め寄る。
「裂空!」
 獣毛に覆われた鋭い手刀が文字通り空を切り裂き、裂かれた空間が奉に襲いかかる。
「ムダだよ」

びぎぃ!

 その一言で、何かが軋むような音と共に空間の亀裂が奉の直前で止まる。
「『力』持つ者なら、いくら空間を切り裂いて攻撃しても、その『力』で防御くらいできる。
 ましてや、『司=マーフェス』は、その『力』で『虚無』を呼び込める。
 今のキミじゃ、かすり傷一つ、つけられない」
 冷めた口調で言い、奉は、傷跡だらけの人差し指で虎一を指す。
「『力』よ」
 その一言で、奉の周囲に数個のエネルギー球が生じ、虎一に向かって突き進む。
「くっ!」
 地面を蹴り、虎一は、放たれたエネルギー球をすり抜けた瞬間、突然、身を捻って横に動く。

ぎゅごん!

 さっきまで、虎一がいた場所をエネルギー球が炸裂する。
 あからさまに虎一に向かったエネルギー球は囮。
 あっさりとすり抜けられた瞬間、それらは、一つに収束し、軌道を変えて、虎一を直撃するはずだった。
「へぇ、未来視までできるんだ。
 ホントに珍しい逸材だね」
 初めて楽しそうに言う奉。

 虎一のもう一つの能力は、未来視。
 それゆえ、先ほどの攻撃も事前に察することができたのだ。

「けど、それも、どーせ数瞬が限界のはず」
 言いながら、奉は、低空を滑空し、瞬時に虎一に迫り、
「は!」
 迫った奉の『力』を込めた拳を放つ。
 虎一は、横薙ぎに腕を振るい、奉の拳を打ち払った。
 その瞬間、虎一の脳裏に頭上から降り注ぐエネルギー球が浮かび、すぐさま横手に飛び退く。

ぎゅごん!

 その未来視の通り、虎一のいた場所にエネルギー球が炸裂した。
 二度も攻撃を防がれても動じずに、奉は、パチンと指を鳴らす。
 すると虎一の足下の地面から十数個にもおよぶエネルギー球が沸き立つように飛び出した。

きゅごごごごごごごん!

 叫び声を爆音にかき消され、虎一が大きく吹っ飛ぶ。
「例えば、今みたいに未来視のさらに先まで計算されて、攻撃されたらひとたまりもないし、それに……」
 ふらつく足で立ち上がる虎一の表情が恐怖に強張り、その場に凍り付いたように固まる。
 次の瞬間、虎一の周囲を無数のエネルギー球が隙間なく取り囲んだ。
「うん。ナイスな判断だね。
 今、動いていたら、この気弾でキミを攻撃していた」
 奉が再び指を鳴らすと、エネルギー球―気弾が虚空にかき消える。
「未来視に頼ってると、無意識にいつも未来を気にして行動に制限がかかるようになる」
「……く、はあ、はあ……」
 脱力し、獣化が解け、虎一は、全身を冷や汗で濡らし、肩で息をつく。
「もう、止めよう。
 キミじゃ、ボクに勝てない。
 ボクに勝てないなら、『司=マーフェス』に……」
「黙れ! 最後だ、これで最後……なに! く、空間が!」

ぎぃん! ぎぎぎぎぎぎぎぎぎぃぃぃぃん!

 突然、何かが軋む音が響きわたる。
「……これは……ちっくしょう!」
「虎一さん、コレって……」
「そうだ……時空震だ……来るぞ、異界の異形が!」
 虚空の一点を見つめ、虎一は、苦々しく吐き捨てるように言った。

ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!

 一際、大きい音が響き、天が裂け、そこからこの世界のどの生物にも似つかない得体の知れない巨大な物体が這い出した。

 それは、虎一たち時空神ゆかりの一族が倒すべき相手。
 不意に生まれる時空の歪みにより異界から現れる異形。
 異形を元の世界に押し戻すのが虎一たち一族の使命。

「どうしたの、虎一さん」
 異形を睨んだまま、動かない虎一に奉は、声をかける。
「どうしろってんだよ……こんなでかいヤツ……」
 搾り出すような声で、虎一は、顔を蒼ざめさせ、見ると、その足は細かく震えていた。
 そんなようすに、奉は、呆れたように溜息をついた。
「情けない。それでも、天狼と地虎に加護を受けた一族の次期当主なの?」
「な、なんだと! てめ……」
「キミは、その力を理解しようとしてない。
 ただ、力任せに振るっているだけ」
 虎一の声を遮り、奉は、言葉を続ける。
「聞こえない? 裂かれるときの空間の悲鳴が。
 分からない? 覗き見られる時間の悲しみが。
 それでもキミを愛し、護り続けるこの子たちの想いをキミは感じないの?」
「お前……一体?……空間と時間の………あ」
 その瞬間、虎一の耳、いや、心に暖かい『何か』が流れ込んできた。
「それがキミを護ってきた子たち。
 そして、キミが護るべきもの」
 奉は、優しく微笑み、虎一の両肩に無数の傷が刻まれた小さな手をかけた。
「ボクが『力』を導く。
 キミは、心のままにあの……異形を元の世界に帰してあげて」
「奉?………………分かった、行くぜぇ!
 うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 気合いと共に虎一の身体を獣毛が覆い、虎一は、再び獣と化す。
「天! 波! 空! 地!
 我らが始祖たる獣神!
 空を仕切る天狼! 時を刻む地虎!
 律せ、空よ! 廻れ、時よ!
 異界から這い出した異形!
 てめぇのいる場所はここじゃない!
 あるべき場所に疾く帰れ!」
 切り裂かれた空の裂け目が輝き、半分、身をさらした異形を引き戻し始めた。

きょぉぉぉぉぉぉぉぉ!

 耳を突くような甲高い声(?)をあげ、異形がそれに抗う。
「大丈夫だよ。キミのいた場所には、キミの居場所がちゃんとある」
 奉が微笑む。
 虎一に向けたのと変わらない優しい顔で。
「キミは、独りじゃない。
 だから、逃げないで。
 自分の世界から……なにより、自分から」
 むき出しになった奉の四肢に刻まれたいくつもの傷が脈動するかのように赤く明滅する。

きゅぅぅぅぅぅぅぅん!

 甘えるような切ない声(?)と共に、異形は、空の裂け目に消えていった。

「……奉?」
 虎一は、自分の肩に手を置いたまま、動かない奉に声をかけた。
「……ゴメン……虎一さん……ちょっと……泣かせて……」
 肩に置かれた手は、細かく震えていた。

 虎一は、思い出した。

 一族に伝わる伝承。

 神に望まれた『力』を司る神子によって、創られたこの世界で、唯一、神から拒まれた存在。
 自分を拒んだ『神』に、『世界』に愛されるために永遠の孤独を望んだ呪われた存在を。

「奉……お前……まさか?……」
 振り向く虎一に、奉は、赤い目で先ほどの優しい笑顔を向けた。
「そ。ボクは、忌み子。
 たった独りの存在だよ」

 

イメージソング
Tightrope

Song by.CHARCOAL FILTER

そう磨き続けた ナイフのようさ
顔が写ってる この窓の向こうで
僕を狙ってる 隙を見せたら
今にも跳ねそうな

そんな張り詰めたプレッシャー 隣り合わせで
誰より大胆不敵に笑う
きっと誰にとっても 同じことだろ
I must fight against myself.

そう人が良さそうな 顔でやってくる
突然の悲劇も 疑うことはなく
嘆くことせず 黙ったままで
上を見上げるんだ

どんなありふれたシーンも 演じ続けろ
夢とか希望とか言う前にさ
きっと誰にとっても 同じことだろ
You must fight against yourself.

The sun sets and a new day comes.
Repeating is one change.
Don't avert eyes from differences.
Your never and soul to the limit.
Go forward now.

張り詰めたプレッシャー 隣り合わせで
誰よりも大胆不敵に笑う
きっと誰にとっても 同じことだろ
I must fight against myself.

きっと誰にとっても 同じことだろ
You must fight against yourself.

 

予告
目覚めたのは、いつだったんだろう?
覚えていない
生まれたときからだった気もする
あの時だった気もする
ボクは覚えていない
だから、尋ねよう あの時、一緒にいたキミに
ボクたちと一緒にいたキミに
『BLESS&CURSE外伝〜戒〜』
 第二話「祝福と呪い」
この傷がみんなとボクをつなぐ

 

第二話「祝福と呪い」

『戒〜imashime〜』
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