第四話『対、そして、終』
『ノォック・アウッ!』
スピーカーからの大きな声が、コロシアムに響き渡った。
スタンドいっぱいの観客からは、騒々しいまでの歓声が浴びせられる。対司=マーフェス選出者選定トーナメント。
その決勝戦は、今までの野試合ではなく、大々的に取り上げられた。
しかも、決勝に残ったのは、スーツ姿の美青年と、年端もいなかい少年。
勝者は、名実ともに世界の運命を背負う救世主となる。
人知を超えた戦闘が、全世界に放映され、大勢の観客も動員。
そして、勝ったのは……『ウォン・バイ 奉=カーディス!』
青々とした芝生に倒れ臥す青年の前に立ち、奉は、いぶかしげに眉をひそめる。
(来るかな? ま、もうすぐだしね)「それじゃ、メイルさん、柚葉くん、ここで、お別れだね」
スラムを抜けた平原の入口で、奉は、二人を振り返った。
「……ホントに行くのか? にーちゃん」
柚葉は、哀しそうな目で奉を見る。
メイルは、その横で沈痛な顔をうつむかせている。
「ずっと、決めてたことだから。
ここからは、ボク、独りで行くよ」
「でも、奉様……」
「分かってるでしょ。星護座には、独りしか入れない。
それに、これは、ボクの役目だから……」
言葉を遮られ、メイルは、哀しげに眉を寄せる。
「じゃ、ボク、行くよ」
「ご武運を。奉様」
「ありがと、メイルさん。
柚葉くんのこと、よろしくね」
「……にーちゃん」
奉の服の端を掴み、柚葉は、震えた声で、その名を呼ぶ。泣いてはいけない。
泣けば、奉を困らせることになる。
奉を引き止める、この手だって、離さなければいけない。「柚葉くん」
奉は、片手で、柚葉の頭をぽふぽふと撫で、優しく微笑んだ。
「大きくなったよね。研究所にいたときは、まだ、小さかったのに」
『研究所』と言われ、柚葉の身体が恐怖にすくむ。
「ゴメンね、思い出させて。
でもね、あそこにいたからって、自分をキライになっちゃダメだよ。
キミがキミを好きでなくっちゃ、キミは誰も好きになれない。
誰かがキミを好きって思っていても、それに気付けない。
だから、まず自分を好きになって。
そして、それと同じくらい、みんなを好きになって」
涙目で、何度もうなずく柚葉を、奉は、優しく抱き締めた。メイルと柚葉が去り、独りとなった奉は、ほっと一つ溜息をつく。
そして、どこか呆れたような、冷めたような表情で言った。
「出てきたら? 」どぅん!
いきなり、天から一条の光が、大きな音を立てて、文字通り地面に突き刺さった。
それは、人の形を成し、微妙な色彩を放つ鎧と鮮やかな紫色の軍衣をまとった美しい青年となる。
青年は、黄金色の長髪をかきあげると、射抜くような冷たい眼差しで、奉を見据えた。
「決勝戦の時とか、ずっと見てたでしょ?
最後の天使。天使長"火のミカエル"」
その視線に物怖じもせず、奉は、腕を組んで、呆れ顔を青年―ミカエルに向ける。天使長ミカエル―天界を代表する戦闘天使にして、現在、最高位の熾天使。地水火風の四元素のうち、火属性に位置し、その"神に似たるもの"という意味の名の通り、最も神に近しい存在である。
「キミのお仲間にも言ったことをキミにも言うよ。
『司=マーフェス』は、ボクがなんとかする。
だから、キミは、引っ込んでて」
「黙れ、忌み子。
『司=マーフェス』は、我らが神子は、私が守る。
今ここで、貴様のそっ首跳ねて、星護座から、神子を解き放つ!」
奉への嫌悪と怒りを込めた怒声とともに、ミカエルは、光を凝縮して剣を生み出し、その切っ先を奉に向ける。
「『司=マーフェス』は、キミたちの神子じゃない」
「いや、あの方こそ、我らが待ち続けた神子!
この腐りきった世界を浄化するために現れた神の子だ!」
ミカエルは、叫びながら、奉に向かって、鋭い突きを放つ。
「違うよ。『司=マーフェス』は、あのヒトは、そんなこと、望んでない」
首を微妙にずらし、奉は、剣をかわす。
「何を言う!
時空震による異世界の異形の召喚!
魔力流による人間どもの巣食う大都市の破壊!
それに伴う異常気象の数々!
神子は、その力を駆使し、穢れた世界を浄化に導いているではないか!」
「そんなの浄化でもなんでもないね。
だって、そこには、『司=マーフェス』の意志なんかないんだから。
あのヒトは、純粋な『力』そのもの。
この世界を発展へと導く『力』!
それが、この世界の蓄積された穢れの影響で暴走しているだけなんだ」
言葉と同時に繰り出されるミカエルの斬撃を、奉は、流れるような体裁きで、ことごとくかわしていく。
「大都市の破壊だって、人間の強い思念に『司=マーフェス』を中心にして起こっている魔力流が引き寄せられて暴れているに過ぎない」
「戯言を!」
ミカエルは、両手で柄を握りなおし、今までにない鋭い突きを奉の顔面めがけて放つ。
「く!」
奉が大きく後ろに飛びのいた瞬間、ミカエルの背中から、三対の真っ白な翼が現れ、鋭く羽ばたき、その身体を前へ加速させた。
「速い!」
驚きの声を上げ、奉は、地面に仰向けで倒れる形で、ミカエルの突きから逃れる。
しかし、突然、ミカエルは、地面を蹴って飛び上がり、剣先を下へ向けて、地面に倒れる奉めがけて、飛び降りた。
「消えろぉ!」
「くっ!」
剣先が胸を貫く寸前、奉は、両手でミカエルの剣を受け止める。
「なに!」
驚くミカエルをよそに、奉は、手から血が流れることすら、気にせず、説得ともとれる説明を続ける。
「今は、星護座によって、かろうじて封じ込められているけど、それもいつ破られるか分からないんだ。
だから、お願い! ボクの邪魔しないで」
「この大禍の真実がそうであったとしても、その原因は、この世界の穢れだ!
それを神子が浄化する! そして、より素晴らしいものへと世界を発展させる! これが天命でなくしてなんだというのだ!」
「バカバカしいね。
そんなの、都合よく棚から落ちてきたぼた餅に食いついてるだけじゃないか」
「黙れ!
貴様に何がわかる! この腐りきった世界ですら、居場所のない忌み子ごときに、何がわかるというのだ!」
憎々しげに叫ぶミカエルは、よりいっそう剣へ力を込める。
「そうだ! 貴様は、忌み子だ!
人間どもに嫌われ、弄ばれ、罪を押しつけられ、利用され、裏切られ、神子を封じる『星護座』を造った穢れた忌み子だ!
誰にも愛されない! 誰にも望まれない! 誰にも求められない!
そんな忌み子が、救い主たる我らが神子の何がわかるというのだ!」
「忌み子だからだよ」
奉の言葉に、ミカエルの背筋に得も言われぬ悪寒が駆け抜けた。
「神子は、世界を発展へと導く『力』。
すべてから愛される。すべてから望まれる。すべてから求められる。
ボクは……『忌み子』は、それと対を為すもの」
「……対?」
「『忌み子』は、『力』を制すもの。
『力』を抑え、『力』を流し、『力』を繰るもの。
こんな風に」
「うあ!」
奉を押さえつけていたミカエルの身体が、突然、横倒しになり、地面を滑る。奉の能力。
それは、『力』のコントロール。
世界に満ちたすべての『力』を制御する。
それには、呪文も道具もいらない。
ただ思うだけ。
その意志の下、すべての『力』は、奉に従う。「『力』たる『神子』に対抗できるのは、『忌み子』だけ。
『力』を制御し、世界の発展を抑えるのが、『忌み子』。
キミの言葉を借りるなら、それが『忌み子』の天命」
剣を支えに立ち上がるミカエルに、奉は、淡々と語る。
「な、なぜだ……なぜ、貴様ごときにそんなことが……忌み子の分際で、そんなことが……『力』の制御?
何を言っているのか分かっているのか?
それは、世界の支配と同義だ!
この世界は、貴様の思うままだというのか!」
身を起こし、奉は、言った。
「望めば、そうなるね。
だけど、『忌み子』は、けしてそれを望まない。
無理矢理ねじ伏せても、意味がないから。
自分から気付かなければ、いけないんだ。
自分たちの源である『力の神子』と相反する『節制の忌み子』が必要だってことに」
「……な、何を言っているんだ?」
「何の制限もない『力』の行使は、ただの暴走。
そして、待っているのは、『破滅』
だから、制するものが必要」
「……そ、それが『節制』?」
「それは、誰かから教えてもらうものじゃない。
自分で悟るものなんだ。
だから、『節制』は、世界に現れない。
自分を制することができるものは、めったに現れないからね。
だけど、ボクは信じてる。
いつか、この世界が『節制』を、『忌み子』を受け入れてくれるって。
その日まで傷を、みんなの罪を受け入れ続ける」
「し、しかし、なぜ、それが『忌み子』―『忌み嫌われた子ども』なのだ!」
「発展に向かう『力』の邪魔をして、制するんだよ。嫌われて当然でしょ?
だけど、『節制』は、ホントは必要なんだ。
この世界にあるもので、いらないものなんてない。
光と闇。対になるものがあってこそ、世界は、成り立っていくんだから。
だから、"火のミカエル"、キミに『司=マーフェス』を倒すことはできない」
奉は、ミカエルをきつく睨みつける。
「ボクの身体に刻まれた傷が、キミたちの罪を教えてくれるよ。
キミたちは、闇から目をそむけ、光のみで世界を照らしてきた。
対たるものもなく、陰陽の循環もなく、世界を動かしてきたそのツケが『司=マーフェス』を暴走させた穢れ」
一言も言い返せず、ミカエルは、悔しげに歯を食いしばった。この世界に穢れが満ちたのは、たしかに光のみによる支配の結果だった。
光は、世界を、文字通り、照らし、導いてきた。
しかし、光の持つ『力』だけでは、補いきれない部分も多々あり、『相反するもの』という逃げ道を自ら断ってしまった彼らは、それらを光によって、無理矢理塗りつぶすしかなかったのだ。
そして、一人の天使が奉を模倣して『罪の肩代わり』を行い、消滅した時から、それまで、かろうじて保ってきたパワーバランスを崩し、その積もりに積もった歪みが穢れとなって、世界に満ちたのである。「キミたちは、いつもそうだね。一つのことに目を奪われると、それしか、見えなくなる。正反対のものがあると、ロクに理解もせずに潰しにかかる。ホントは、その正反対のものの中にこそ、キミたちが求めるものがあるのにね。
そういえば、独りだけいたね。キミたちの中で『闇』に染まったものが」
懐かしむような奉の言葉に、ミカエルの肩がビクッと震える。
「十二枚の翼を持つ至上の熾天使にして、元天使長」
「……やめろ、忌み子……」
怯えたようなミカエルの声に、奉は耳を貸さず続ける。
「かつて、神に最も愛されたと言われていて、そして、ミカエル、キミに良く似た、そう、名前は……」
「やめろ! その名を言うなぁぁぁぁぁぁ!」
背中の翼が大きくはためき、ミカエルの身体から真紅の炎が噴き出した。
「……『ルシフェル』 その名が意味するのは"光もたらすもの"」闇が生まれた。
奉とミカエルとの間にすべてを飲み込むような深い闇が生まれた。
そして、生まれ出でた闇から白い閃光がほとばしり、美しい女性が現れた。
黄金色の長髪で、その身を黒で統一された豪奢なドレスで包み、ミカエルと瓜二つの冷たい美貌。そして、背中には、六対の純白の翼が広げられていた。ルシフェル―かつて、天界にあり、天使としての最高位にまで上り詰めるも、神の座を欲し、天から地の底へ投げ落とされたと言われる堕天使。絶対悪に位置する深淵なる闇の王である。
「うあぁぁぁぁぁぁ!」
叫び、ミカエルは、炎をまとわせた剣をルシフェルに向かって振り下ろす。
しかし、ルシフェルが長いドレスの裾を翻して剣を払うと、それだけで、炎は掻き消え、その流れで繰り出した射抜くような鋭い蹴りがミカエルの腹に決まり、その身体を大きく吹き飛ばす。
「ぅぐぉ!」
ルシフェルは、奉をかばうように立ちはだかり、腹を抑え、うずくまりながらも剣を向けるミカエルと対峙した。
「無駄ね。たしかに、あなたの力は、あたし以上。
だけど、心が乱れたままの、今のあなたでは、あたしには勝てない」
「…………姉上」
絞り出すような声で、ミカエルは、双子の姉『ルシフェル』をそう呼んだ。
「もう分かったはずよ。あたしたちの解釈は、誤っていた。
光だけでは、ダメなの。世界には、闇も必要なのよ」
「し、しかし! 闇が世に満ちたら世界は、きっと悪意に満ちたおぞましいものになってしまう!」
「そしたら、光でそれを補い、光でできない部分は闇で補う。
そうやって、共に生きていくことが大切なのよ。
天から堕ちて、あたしも闇だけに頼ろうとしていたわ。
だけど、分かったの。闇だけでも、また不完全なのだと」
「しかし……しかし、私は……私は、この世界を導いて……」
「まだ、そんなことを言ってるの!
そんなに世界を支配したいの?
あなたは、そんなに強い権力が欲しいの?」
「違うよね、ミカエル」
「奉?」
ルシフェルに優しく微笑みかけて、奉は、うずくまったままのミカエルに歩み寄ると、その金髪の頭を胸に抱き抱えた。
「キミのホントの望みは、それじゃないんでしょ?」
奉の全身に刻まれた傷跡が赤く明滅する。
それにあわせるかのように、どくんどくんと鼓動にも似た響きが、ミカエルに伝わった。
自然と、涙と言葉が溢れてくる。
「……わ、私は、償いたかった……ただ独りの巫女を残し前の文明を滅ぼし、血刀を持って切り開いたこの世界が歪み、穢れに満ちてしまい、救い主である神子は現れず、仲間の天使は、一人また一人と穢れの重圧に耐え切れずに消滅し、私は……私は、この手で、幾人もの人間を断罪の名のもとに葬ってきた。
だが、私にそんな資格があるのか? 世界を導くこともかなわなかった私に……だから……『司=マーフェス』が導く『虚無』で世界を滅ぼして、一から作り直そうと……」
涙に濡れたミカエルの顔を奉は、覗き込むようにしてうなずいた。
「……私には、何もできなかった。
追放した姉上に頼るわけにもいかず、独りになって、私は、自分の無力さを恥じた。
だって、私は……私は、本当は……」
「……『本当は、人間だから』? ミカエル……"神に似たるもの"」
言葉をつなげる奉に、ミカエルは、身体をすくませた。
「キミの『ミカエル』って名前の意味は、"神に似たるもの"。
そして、"神に似たるもの"は、土塊から神に似せて創られた"人間"。
ミカエル、キミは人間だ。炎の『力』を手にした最初の人間『アダム』」
奉の宣言のようなその言葉に応じるように、ミカエル―アダムの額に子どもの握りこぶしくらいの大きさの真紅の紅玉石がせり出すように現れた。
「五皇神の神殿で、キミたちが見つけた光闇幽地水火風器を示す八つの宝石。
その中の一つがこの『炎の精霊石』。
これを手にした瞬間から、キミたちは、人間であることを忘れた。
過ぎた『力』に溺れて、世界に穢れという歪みを満たした」
奉が紅玉石に手をかざすと、柔らかな紅い光が灯った。
「あ、姉上……姉上、申し訳ありません。
あの時、私たちは姉上を追放しました……怖かったのです。姉上の手にした『闇の精霊石』は、主である神子の手にした『光の精霊石』と同等……同等の『力』を持つ相反する存在に私たちは、戸惑いました……そして、私たちは、『闇』となったあなたを悪と……」
苦しげに独白する弟に、ルシフェルは、ゆっくりと首を横に振った。
「あたしも、あなたたちを恨んだわ。いつの日か、この世界をあたしのものにって、そして、『闇』に溺れていったのよ」ルシフェルが『闇の精霊石』を手にしたのは、おそらくそれに見合うだけの力量があったからであろう。
だが、仲間から追放された事実が、『光』と対となるはずのルシフェルを『闇』を誤った方向へ進ませてしまったのだ。「あたしたちがしたことは、許されることじゃないわ。
だけど、すべてを壊して、そこから、もう一度なんてしてはいけないのよ。
勝手なわがままで、世界を自由にしようなんて許されない。
みんなで、積み上げていくものなのよ。一つ一つ、積み上げていくの、この世界を」
「……姉上」
「アダム、今は眠りなさい。起きたときに、また、話をしましょう」
微笑むルシフェルの言葉に、ミカエルは、安心したように微笑むと静かに目を閉じた。
すると、その身体が額の宝石と同じ、柔らかな紅い光に包まれ、宝石に吸い込まれるように消え去った。
火の精霊石が奉の手の中に落ちる。
「……アダム……」
ルシフェルは、崩れるように地面に膝をつき、消え去った弟の名を呼んだ。
紅い宝珠に涙が落ちる。
「あの子は、精霊石に喰われた。たぶん、もう二度と逢えないよ」
「……分かってるわ、奉。
弟だけじゃない。
あの時、精霊石を手に入れ、天使になった他の子も同じ運命だったんでしょ?」
奉は、うなずくと懐から、六つの宝珠を取り出した。それは、光幽地水風器を示す六つの精霊石。
それぞれの力を凝縮した宝珠は、手にしたものに絶大な『力』を与える。
しかし、それと引き換えに精霊石にその身を喰われ、消滅する。
そして、その度に精霊石は、輝きを増すのだった。ルシフェルは、奉の手から金剛石の宝珠を受け取った。
それは、『光の精霊石』、そして、ミカエルが神子と呼んだ、ルシフェルたちの主が手にした宝珠。「その子は、自分たちの世界に対する解釈が間違っていたって気付いて、自分で精霊石をえぐりとったんだ」
ルシフェルは、『光の精霊石』に軽く口付けると、両手を組んで奉に向かってひざまずいた。
「いいの?」
「あたしも償いたいの。
それに、主の選択がそうならば、その対であるあたしもそれに順ずるわ」
すると、ルシフェルの額から子どもの握りこぶしくらいの大きさの漆黒の黒燿石がせり出すように現れた。それは、『闇の精霊石』。
ミカエルの時と同じように、奉が黒の宝珠に手をかざすと、それは、柔らかな黒い光が放たれた。
「奉。ただ独りの正統な文明の、世界の破壊者。
あたしたちの創った世界は、罪に穢れ、終焉を迎える。
あなたにあたしたちの原罪のすべてを負ってもらい、あなたを受け入れられるような世界を創ろうとしたのに、あたしたちは『力』に溺れ、結果、滅びます」
「"光もたらすもの"。あなたたちの罪を受け入れるよ」
目を閉じて、奉が両手を広げるとその服から血が滲み出した。
奉は、眉を寄せ、苦しげに顔を歪め、呻き声を必死で押し殺している。現文明の犯してきた罪が、傷となって奉に刻み込まれているのだ。
「ねぇ、奉。
あなたは、本当に信じてるの?
相反するもの同士が、対になって共に生きていけるって。
『忌み子』であるあなたが、『神子』の創ったこの世界に受け入れてもらえるって、本当に信じてるの?」
「分からないよ、そんなこと。
どうなるか、すごく不安だけど、やらなくちゃ、なんにも始まらないよ」
「強いわね、奉。
あなたは、この『世界』と対になる存在だものね。
あたしたちも、なりふりかまわず動けばよかった。
そうすれば、独りで堕ちた寂しさを紛らわすのに、みんなを憎んだりしなかった。
アダムとも、そして、あの方とも、闘わずにすんだのに。
独りは、寂しいわ。あたしもみんなと共に生きたかった……」
黒燿石の輝くが増し、ルシフェルの身体が少しずつ砂のように崩れていく。
「……リリス」
「古い名前ね……堕ちたあの日に捨てた名前よ。
だけど、その響き……心地良いわ」
目を閉じ、ルシフェル―リリスは、儚げに笑った。
「……奉……あたなが、共に生きられることを……願う……」
その言葉を最後に、闇の王の身体は、その精霊石に喰われ、カキンッと硬く乾いた音を立てて、地面に落ちた。「……強くなんかないよ。
ボクも、寂しいだけだよ」
八つの宝珠を胸に抱き、奉は、震える声で言った。
そして、立ち上がり、皮肉なまでに青い空を仰いだ。
「文明は、終わった。
変革が始まる。
急がなくちゃ、『星護座』に」
イメージソング
光と影を抱きしめたまま
Song by Naomi Tamura
胸の奥で震えてる 光と影を抱きしめたまま
捨てきれない夢を追いかけて 誇り高く愛はよみがえる
夕焼けの色が 切なく 綺麗で
閉ざしていた心の海に こぼれた涙
輝きは2度と戻らない 明日吹く風のような自由がほしい
胸の奥で震えてる 光と影を抱きしめたまま
捨てきれない夢を追いかけて いつか見つけたい
果てしなく 広がる未来を
戦う毎日 すれ違うHello,Good-by
傷つけないように 歩いてゆけたらいいのに
空に放り投げた希望が 雨上がり 七色の虹を描いて
胸の奥で振るえてる 愛が壊れそうになる時も
祈る気持ちを忘れないで いつも届けたい
信じてる 見えない未来を
君が教えてくれた その儚さも その強さも
胸の奥で震えてる 哀しみを越えてしまいたい
弱い心に負けないように 愛を守りたい
胸の奥で震えてる 光と影を抱きしめたまま
捨てきれない夢を追いかけて 誇り高く愛はよみがえる
輝く未来に
予告
逆らいたかった すべてのものから
逃れたかった すべてのものから
癒されたかった すべてのものから
だけど 運命がそれを許してくれなかった
いつも ボクは 傷つき 嘆き
壊れた心のまま 独りで彷徨っていた
それでも ボクは 立ち向かっていく
そうすることですら 運命のうちだとしても
誰もが 運命に立ち向かっていく
『BLESS&CURSE外伝〜戒〜』
第五話「抗い、そして、もがくもの」
この傷がみんなとボクをつなぐ