最終話『戒〜imashime〜』

「……ごめんなさい……ごめんなさい……お姉ちゃん……」
 胸倉を掴まれた奉は、苦しげにうめきながら、掠れた声で言った。
 目の前には、一人の少女がいる。
 美しいその顔を怒りに歪め、薄衣に身を包まれた金の髪の少女。

 彼女の名は、『司=マーフェス』。

 世界を『虚無』へと導く力を持った特異生命体。
 人類を絶滅しかねないその『力』を恐れた国連により、建造された特異フィールド『星護座』に封印されていた。

 しかし、忌子『奉=カーディス』の出現から神子『司=マーフェス』の覚醒に至るそのすべては、世界を影で操るものたちの策謀によるものだったのだ。
 彼らは、発見した『奉=カーディス』を監視、利用することによって、強大な『力』の源である『神子』を覚醒させ、『忌子』の精神構造を基にして造られた特異フィールド『星護座』内に封じ、『神子』が発する強大な『力』を手に入れようとしたのだった。

 だが、『星護座』内に封印した『司=マーフェス』は、その中枢部である『星御座』に収納した瞬間、休眠状態に陥り、『星御座』は、その区画ごと建造物内を移動、その場所は、常に変動するため、『司=マーフェス』の所在は、掴めず、休眠状態であることだけが、エネルギー感知システムにより把握できるだけだった。

 『星護座』は、忌子である『奉=カーディス』の精神構造を基にして造られている。
 つまり、『星護座』とは『奉=カーディス』の心、そのもの。

 奉は、愛するものを護ったのだ。

「奉ぃ! あんたの……あんたのせいで!」
 金の髪を振り乱し、司=マーフェスは、胸倉を掴んだまま、片腕で少年の華奢な身体を持ち上げていた。
「……つ、司ちゃん……」
 持ち上げられたことにより、首を圧迫され、奉は、苦しげに息を詰まらせた。
「や、やめ、やめや! 『司=マーフェス』! その手を離しぃ!」
「来ちゃダメ!」
 奉の強い叱責が、武器である二本の鎖を手に身構えたポーの動きを止める。
「……来ちゃ……ダメだよ……人間じゃ耐えられない」
 怒りをみなぎらせた司=マーフェスの周囲には激しい感情に漏れ出した『力場』が発生しており、普通の人間では、どんな影響が出るか計り知れない。
「なんで? なんで、ここにいるのよ!
 あたしたちが、どんな気持ちで、あんたを……!」

 どぉんっ!

 責める司=マーフェスの声を遮るように、爆音とともに大きな衝撃が『星御座』を揺さぶった。
「な、なんやぁ!」
 慌てるポーとは対照的に、奉は、冷たい目で、この場に迫るものの気配を感じていた。
「……来る」
 奉が呟いた瞬間、『星御座』の壁という壁に亀裂が走り、その隙間から光が漏れたそのとき、

どぉぐぅん!

 先ほどのものとは比べ物にならないくらいの轟音が鳴り響き、光の洪水がすべての視界を奪った。
 咄嗟に床に身を伏せ、衝撃を耐え切ったポーがゆっくりと身を起こすと、そこには壁も天井もなく、骸のような建築物の残骸が立ち並ぶ、廃墟の群れが目に映った。
「……なんや……なにが、いったい……ま、奉ぃ!」
 あまりの光景に声を上げるポー。
 そこでは、螺旋状に渦巻く膨大な量の黒いオーラのような魔力流−『穢れ』に奉が半身を飲まれかけており、司=マーフェスは、無数の傷跡が刻まれた奉の細い腕を掴み、必死で引き戻そうとしていた。

 『星護座』の上部を破壊し、その中枢である『星御座』を露呈させたのは、行き場を失い、世界中を駆け巡っていた魔力流である『穢れ』。
 しかし、今、世界に存在するすべてのものが発する負の感情である『穢れ』を浄化する役割を担う『忌み子』が、その本来、在るべき座である『星護座』に到達し、なおかつ、対極である存在の『神子』の覚醒と解放されたことにより、『穢れ』は、『忌み子』奉=カーディスに向かったのだ。

「は、離して! ダメだ! 司ちゃん!」
「いやよ!……絶対……絶対、離す……もんかぁ!」
 必死で叫ぶ奉に、司=マーフェスは、歯を食いしばり、引き戻す腕に力を込める。
 それに抗うがのごとく『穢れ』は、螺旋状の動きを早めると、奉の身体が少しずつ飲み込まれていく。
「くぁ……」
 双方からのもの凄い力に奉が苦痛の声を漏らす。
「離すもんか……絶対、離すもんか……あんたは……あたしが……あたしが……絶対、守るんだぁ!」
 叫び、さらに力を込める司。
「……ま、守る? 『守る』て、なに? なんで、『神子』が『忌み子』を……?」
 思いもよらない言葉を耳にして、ポーは、驚愕に目を見開いた。

 この古代遺跡で知りえた『忌み子』に関するの知識では、『神子』と『忌み子』は、決して相容れることのない存在同士。
 しかも、奉の話によれば、『司=マーフェス』は、研究所の陰謀で、『忌み子』である奉を拾い育てた女性の娘であり、その女性は、奉の『忌み子』としての覚醒の際、贄のような形で殺害されたという。

 その『司=マーフェス』が、なぜ、『奉=カーディス』を守るというのか?

「……くぅ」
 額にびっしりと汗を浮かべ、司=マーフェスは、奉の腕を引っ張り続ける。
 しかし、渦巻く『穢れ』は、エネルギー流から徐々に姿を変え、爬虫類を思わせるグロテスクな流動体になり、ずぶずぶと奉の身体を飲み込んでいく。
「……さ、させるかぁ!」
「は、はぁう! ぐぁ……」
 奉の上げる苦痛の声に顔をしかめながら、司=マーフェスは、腕を引っ張る力をさらに強くする。
 しかし、『穢れ』は、蛇の舌を思わせる触手を無数に伸ばし、奉の身体を覆うのと同時に、奉の腕と司=マーフェスの手の隙間に入り込み、無理矢理こじ開ける。
「……い、いやだ! まつ、奉ぃ! きゃあ!」
 触手により手をはがされ、力を入れていた反動で、司=マーフェスは、大きく後ろに倒れる。
 顔を残し、奉の幼い身体のほとんどを飲み込むと『穢れ』は、高音で唸るような声(?)を上げると、今度は、半壊した『星護座』全体にどろっとしたその身体を流し込むように垂らし、建物を飲み込もうと侵食していく。
「ダメ! 行かせない! 奉ぃ!」
 身を起こし、司=マーフェスは、無謀にもその中に飛び込もうとする。
「いけない! 司ちゃん!
 ポーさん! お願い! 止めて! 司ちゃんを止めてっ!」
「……っ! わ、分かった! 天輪の縛鎖! 地輪の戒鎖! ことごとく捕らえい! 『神代の神子』!
 ぃやあ!」
 叫ぶ奉の声に、我に返り、ポーは、手にした二本の鎖で、駆け出す司=マーフェスの身体を絡め取る。
「……こ、こんなも……くっ! これ、『節制』の……ま、魔導具!」
 特殊な力を持つポーの鎖は、司=マーフェスの発する『力』を完全に抑え込んだ。
「は、離せぇ! 奉が! 離せ! 奉! 行くな、奉!」
 錯乱したかのように、司=マーフェスは、身体を戒める鎖をガチャガチャと鳴らし、奉に呼びかける。
 そうしているうちに、ポーと司=マーフェスの足下にも『穢れ』の侵食が進んでいった。
「くぅ……このままやったら……飲まれてまう!」
 逃げ出すには、司=マーフェスを抱えて、『星護座』から飛び降りなくてはならない。しかし、ここから地上までは、あまりにも高く、いくらポーと言えども無事では済まない。

ぴぎぃっ!

 すると、ポーと司=マーフェスの中間くらいの空間に音を立てて、亀裂が走った。
「……く、空間干渉っ! まさか、異界の異形っ? こないなときに!」
 背筋に冷たいものを感じ、ポーが死を意識したそのとき、その大きな亀裂から若い男の声が聞こえた。
「空間座標軸固定! 早くしろ! あんまりもたねぇぞ!」
 そして、今度は、その亀裂から、妙齢の女性と小さな男の子が顔を姿を見せた。
「な、なんだよっ! これって……にーちゃん……にーちゃんはっ?」
「落ち着きなさい! その二人を、早く引き上げるんです!」
 女性の厳しい声に、戸惑いながらも男の子は、眉根を寄せて、ポーと司を凝視すると、不可視の力によって、二人の身体は、持ち上がり、空間の亀裂に引き寄せられる。
「こ、これ、PK(念動力)っ? まさか、奉が言っとった……う、うわ!」
 だが、ポーを逃がすまいと、足場よりグロテスクな触手が後を追って迫り来る。
「―烈光撃!―」

きゅどぅ! きゅどぅ!

 女性の凛とした声と同時に、まばゆい光が走り、触手を灼き貫いた。
 そして、難を逃れたポーと司=マーフェスが亀裂の中に入ると、女性は、変異を遂げ、今や『星護座』全体を飲み込む『穢れ』の慣れの果てである『怪異』に目を向け、顔だけ覗かせた奉の姿を見た。
 奉は、亀裂の方を見ており、女性に向けて、口を動かした。『怪異』に飲み込まれることにより弱りきっているのか、声は、聞こえなかったが、何を言ったのかは伝わった。

『ありがとう』

「……て……撤収します……空間を閉じて下さい!
 追跡を振り切るため、数度に渡る転移の後、例の場所に渡ります」
「いやぁ! 奉! 奉! 奉! 奉ぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」
 亀裂の向こうから、司=マーフェスの悲痛な声が響く。
 しかし、無情にも切り裂かれた空間は、その口を閉ざした。

 それを見届けて、奉は、安堵に微笑んだ。

 そして、『怪異』の中へ、そのすべてが『喰われた』。

 

 ドサッと重い音を立てて、短く髪を刈った精悍な容貌の青年―大神 虎一が畳敷きの座敷に腰を下ろすと、部屋の中央に据えられた黒檀の大きなテーブルに神妙な顔をした幼い男の子―八敷 柚葉が座り、金髪の長い髪を一本の三つ編みにした妙齢の女性―メイル=ティアレットは、襖から寝具を一組出して、敷き始めた。

 そこは、和風旅館を思わせる大きな部屋だった。

「……あ、あの……ここは?」
 追跡を避けるため、空間転移を繰り返し、様々な場所に連れ回され、やっとのことで辿り着いた場所がこのようなところで、ポーは、いささか面食らったようだった。
 その腕の中では、未だ鎖に絡み付かれたままの司=マーフェスが疲れ果てたのか、深い眠りについていた。
「私が利用している隠れ家の一つです。
 それよりも、ポー=アルティアフ。今は、早く『神子』をここに寝かせてください。鎖は、そのままで……命に関わりますから」
 真剣な声で言うメイルに、ポーは、自分が抱えている存在がいかに恐ろしいものかを改めて思い出し、緊張した面持ちで、ゆっくりとうなずいた。

 ポーの話の後、重い空気が部屋を埋め尽くした。

 事態は深刻だった。

 唯一の救いは、世界中を荒らし回っていた魔力流、すなわち『穢れ』が『怪異』へと姿を変え、『忌み子』をその内へ取り込んだことにより、『星護座』より動かなくなったということだけだった。

「国連は?」
 口を開いたのは、虎一だった。
「事態の終結を世界中に宣言しました。奉様のことを黙殺するつもりのようです」
「な、なんだよ、それ!」
 冷めた声でメイルが答えると、テーブルをバンッと叩き、柚葉が声を荒立てた。
「やめなさい。八敷 柚葉。お茶がこぼれます」
「そーゆーことを言っとる場合やないで、ねーさん!
 『奉を黙殺』て、どういうことや!」
「なるほどな。現在、『怪異』は、沈黙しているせいで、『魔力流』による被害は、収まっている。それに付随して起きていた自然災害、超自然災害も終息に向かっている。国連としちゃ、『怪異』に止めを刺してやりたいところだろうが、ヘタに手を出して、事態の悪化を招くわけにもいかねぇ。
 さらに、邪魔な黒幕どもが『星護座』で消されたおかげで、国連に怖いもんはねぇ。
 このまま、ほっといて、ないことにしたいってわけか」
「サイテーだ! 汚い! 散々、にーちゃん利用して、結果がこれ?
 大人って……人間って……こんなののために、にーちゃん、あんな目に……」
 怒りに顔を歪め、柚葉は、悔しさに拳を硬く握り締める。
「全世界、甚大な被害を受けています。復興に着手しなくては、さらに犠牲者を増やすだけです。『怪異』の存在や事の顛末を追い続けるには、人間は、あまりにも力不足なんでしょう」
「だからって、にーちゃんをこのままにしてなんておけないだろ!」
 動じもせずに淡々と言うメイルに柚葉がくってかかる。
「せや! 奉を助けるんや! あいつが苦しむことなんてない!
 うちらが奉を助けんでどないすんのや!」
「やめなさい! 八敷 柚葉! ポー=アルティアフ!」
 勇んで立ち上がる二人をメイルは、厳しい叱責で制した。
「なんでだよ! メイル! あんた、にーちゃんを助けるんじゃなかったのかよ!」
「これは、定められたこと。ポー=アルティアフ、あなたも知っているはずです」
 言われて、ポーの脳裏にあの遺跡群で見つけた碑文に残された記録が呼び覚まされる。
 その中には、今と変わらぬ、奉の姿と彼に助けられた最後の巫女の姿もあった。その巫女こそ、この『メイル=ティアレット』に他ならなかった。
「まさか……あんたが……あの巫女なん?」
「碑文のあった場所は、かつて私が長を務める巫女たちの託宣所でした。
 ポー=アルティアフ。私の残したメッセージを受けてくれたことには感謝します。遺跡を守護し、『忌み子』を導き、あなたは、よくやってくれました」
「違う! うちは、あんたのためにしたんやない!
 うちは、奉を助けたかったんや!
 遺跡が見せた最後のあいつは、笑っとった……最後まで、笑っとったんや!
 あんなに悲しい笑顔、見たことない。
 うちは、あいつがホントに笑えるようにしてやりたかったんや!」
「にーちゃんは、生きようとしてた。オレに生きてくことを教えてくれた。
 オレ、にーちゃんといっしょに生きたい!
 にーちゃんがこのまま、いなくなるなんて、絶対イヤだ!
 メイル、あんただって、ホントはそー思ってんだろ? にーちゃんが強くなるって言ったとき、いっしょに生きようって、思ったんだろ!」
「確かに……思いました……でも、結果は、これです!
 どうしようもならなかったじゃないですか!」
 激しい感情を抑えられず、メイルは、悲痛な思いを吐き出した。
「七千年前と何も変わらない……私だって、あの方のあんな笑顔、二度と見たくなかった……でも、奉様は、自分で選ばれたんです。
 贄となり、世の『穢れ』を清めることを。
 私たちは、繰り返す運命をただ見ていることしかできないんです」
「『忌み子』が『穢れ』を清め、『神子』が新時代を切り拓く……か。
 確かに俺の里の伝承にもそうあった」
 憮然とした顔で押し黙っていた虎一は、父親である里長から聞いたことを思い返す。
「これは、一族の長にのみ伝承される時空神からの神獣言語による口伝だ。
 そのまま言っても分からねぇだろうから略して言うぞ。

 ―世の均衡が崩れるとき、心の生み出した『穢れ』がうねり、世を乱す。
  『忌み子』現れ、『神子』の目覚めとともに世を正す……―

 このあとは、言いたくねぇ。忌み子が何をされるかが伝わってるだけだ。そして、最後は、こうだ。

 ―『神子』、ふさわしき座にて、新たなる世を拓く―

 いったい何回繰り返されてきたか分からねぇ。
 俺たち一族は、時の果てまでそれを見守り続けなきゃならねぇんだ」
 虎一の言葉に、糸口を塞がれ、柚葉とポーは、悔しげに顔をしかめた。
「だがな、俺は、そんなもんに従う気はねぇ」
 不適に笑い、虎一は、言った。
「奉を助ける。絶対にだ。
 こーゆー事態はよ、動かなきゃなんにもなんねぇんだぜ!
 ただ、見てるだけなんて、俺には我慢ならねぇしな」
「虎一さん!」
「ええことゆーやないか! にーさん!」
「何をふざけたことを! 大神 虎一!」
 激昂し、メイルは、大声で叫ぶ。
「『神子』と『忌み子』が織り成す運命の流転を断ち切る術はないんです!
 私がこの七千年もの間、何もせず、ただ生きてきたとでも思ってるんですか?
 探したんです! 奉様を救う方法を!
 けれど、消された文明の残滓をいくら拾い上げても、そこにはいつも『忌み子の死』しかなかったんです!」
 世界中に残る文明の痕跡を、メイルは、途方もない時間と労力で、調べ上げた。
 しかし、どの文明も行き着く先は一つ。
 溢れる『穢れ』を自ら制御できず、バランスを崩した末の破滅。
 それに呼応して、現れる『忌み子』を、時には『救い主』と崇め、時には『邪神』と罵り、『忌み子』は、すべてを癒して、消えていった。
「……もう終わったんです……奉様の心と身体の内に『穢れ』が入り込み、消滅とともにすべてが浄化される……私たちには、もうどうすることもできない……また同じように繰り返すんです……」
 メイルの目に涙が溢れる。
「いえ、違うわ。まだ、終わりじゃない」
 突然の少女の声に全員が振り返る。

 そこには、薄衣に身を包んだ金の髪の少女―『司=マーフェス』が鎮座していた。

「ちょ、な、なんで! 『司=マーフェス』が……!」
 悲鳴に近い声で、柚葉が叫んだ。
 人類を絶滅寸前に追い込んだ存在の目覚めに、身体中の血が凍るような恐怖が四人に駆け巡る。
「ど、どういうことだ、ポー! あの鎖で、『力』を封じれんじゃねぇのかっ?」
「うちかて知らんわ! なにがなんやら分からんわ!」
 焦る虎一に責められ、ポーは、半狂乱で喚いた。
 畳に引かれた布団の上には、ポー愛用の武器である鎖が無造作に転がっていた。
「その鎖―『天輪の縛鎖』と『地輪の戒鎖』は、あの遺跡で見つけたものでしょ?
 それには、奉が残した『節制』が込められてる。
 だから、『力』であるあたしを抑えることができる。
 でも、逆に、あたしが『力』の流出を抑えれば、それは、ただの鎖と同じよ。
 そうでしょ? 製作者さん?」
 からかうように言う司に、メイルは、額に汗をにじませて、身動きできずにいた。
 神に仕える巫女であるメイルは、目の前の少女の身の内から発する強大な神気に当てられて、視線をそらさずに見つめるだけで、精一杯だった。
「これ以上騒がないで。あんたたち、奉を助けたいんでしょ?
 だったら、あたしの話を聞いて」
 ぴしゃりと言い放ち、司は、緊張しながらも押し黙る四人を見据えた。
「OK。そのままね。
 さっきも言ったとおり、まだ終わりじゃない。
 もしかしたら、奉を助けることが出切るかもしれないの」
 金の髪を揺らし、司は、黒檀のテーブルについた。
「あの『負の感情』が実体化した『怪異』は、奉を飲み込んだ。
 でも、あたしが知ってる『文明の終焉』は、それこそ、いろんなパターンがあったけど、共通する点はただ一つ。
 『怪異』は、必ず忌み子の内に飲み込まれる。
 ねぇ、なぜ、『怪異』……つまり、『負の感情』は、『忌み子』を狙うと思う?」
「……え、それは……」
 突然の問いに、メイルは、言葉を詰まらせる。
「あんたたち、考えてみて。
 文明の極みとともに起こる『心の歪み』が収束したものが『魔力流』。
 それは、世界中を駆け巡っていくうちに、『心の歪み』を吸収していって、より強くなり、最後には『怪異』に転じて、すべてを飲み込もうとする……」
「……寂しいのかな?」
 不意の答えを発したのは、柚葉だった。
「なんだよ、それ? 『寂しい』って……『怪異』がか?
 でも、あれは、もとはと言えば、力の奔流じゃねぇか」
「いや、それを言うなら、もともとは、『負の感情』や。
 『寂しい』……か。せやね。その通りかも知れんわ」
「……『寂しい』から、『忌み子』を求める……確かに……それなら、説明がつきます……」
「だから、なんでだよ!
 てめぇら、ばっか納得してねぇで、ちったぁ教えろよ!」
 神妙な顔でうなずく、ポーとメイルに、困惑した虎一が苛立ちまぎれに言う。
「虎一……だったわね。神獣の末裔くんね。あたしが説明したげるわ。
 いい? 『怪異』が『負の感情』の塊なのは、分かるわよね」
「あ、ああ」
 少し怯えながら、虎一は、相槌を打つ。
「『負の感情』。それは、心で一番汚い部分よ。
 それは、誰にもあるものだけど、みんな、自分にそんなところがあるなんて、認めたくない。『負の感情』があるって認めてしまうと、いつか、それに染まってしまうもしれないから。
 だから、自分から、それを切り離そうと、誰もが生きていく……あんたたちも、もちろん、あたしも例外じゃないわ……悔しいけどね。
 ホントは、それがあるからこそ、『心』なの。自分の一番汚い部分を心に留めて、自分自身を戒める。でも、それを上手くコントロールできる人間は、ホントに極少数……あたしも、それができなかった……」
 悲しげに言い、司は、テーブルの上の手をきつく握り締める。
「そして、存在を否定されることによって『負の感情』は、行き場を失う。
 だって、自分を生み出した心自体が、その存在を拒絶しているんだから、還る場所がないのも同じこと。
 そして、その度合いは、文明の成長に比例していく形で、どんどん蓄積されて……」
「……『魔力流』に……なんのか?」
 言葉を繋げる虎一に、司は、コクンとうなずく。
「一方、『忌み子』は、『節制』そのもの。
 『力』により生み出された世界の発展を戒め、抑えるもの。
 だけど、『力』は、常に発展していくことを望み、『節制』を拒絶するのよ」
「ま、待てよ。もしかして、『忌み子』と『負の感情』は……同種ってことか?」
 行き着いた結論に、虎一は、かろうじて、掠れた声を搾り出す。
「そうよ。この二つは、ともに本来あるべき場所から、完全なまでの『拒絶』を受けた『節制』に他ならないの。
 そして、悪いことに『忌み子』は、求められることを望んでいる。
 『負の感情』は、行き場を求めて集い、『忌み子』の内に飲まれ、浄化される。
 そして、『節制』は、一つになり、すべての『歪み』を正す反作用が起こり、その文明のことごとくが崩壊するのよ。
 今回なら……そうね。科学文明のすべてが消え去ることになるわね」

 司の言う『科学文明』に該当するものの範囲は、途方もなく広く、この世界中のほとんどがその恩恵にあるといっても過言ではない。
 『科学文明の崩壊』とは、まさしく『世界の崩壊』と同義だった。

「でも、今回は違う。奉は、『怪異』に飲み込まれただけで、吸収してない。
 つまり、『忌み子』が『負の感情』を拒絶しているのよ」
 司は、キッと四人を見回した。
「そ、それじゃ、おい、奉は、あの『怪異』の中で……」
「……にーちゃん……きっと戦ってるんだ!」
「まさか、奉様の言った強くなるというのは、このことを……
 し、しかし、それでは『忌み子』としての使命は……?」
「そないなこと関係ないわ! 奉が戦うこと望んどるんや!
 その結果、この世界が壊れたかて、誰にも文句は言えん。
 奉は、ずっと、こないなことを繰り返してきたんや。
 せやのに、この世界は、なんも変わらずに、『負の感情』っていうツケを奉、独りに背負わせようとしてる。
 奉にこそ、世界をどうこうする権利があるんと違うの?」
「誰かが奉のことをこう言っていたわ。
 『正統なる世界の、文明の破壊者』。
 あいつは、『節制』だから、その気になれば、世界を思いのままにできた。
 でも、それをせず、いつか、世界が『節制』に目覚めるのを苦しみながら待ってきた。
 でも、限界なのかもしれないわ。あいつは、もう心も身体もボロボロなのよ。
 そんな奉が『虚無』を望むなら、あたしは、しょうがないと思う」
「なあ、ねーちゃん」
 声に顔を向けると、柚葉が悲しそうな目で司を見つめていた。
「にーちゃん、世界を滅ぼすのか? 俺たちも消えちゃえって思ってるのか?」

 誰も何も言えなかった。
 『忌み子』には、その権利があり、奉が今、『怪異』を拒絶していることが何よりの証拠だった。

「なぁ〜に言ってるのよ!
 そんなことあるわけないじゃない! バカみたい」
 しかし、その問いを軽く跳ね除けたのは、他でもない司だった。
「な、なにいうとんのや! あんたがそういったと違うん?」
「言ったわ。あいつは、そう思ってる『かも』しれないって。
 ただの推測よ。確定じゃないわ。
 あいつは、絶対、そんなこと思ってない。だって……」
 司は、すくっと立ち上がり、パチンっと指を鳴らすと、その身を光が包み、白を基調とし、金と銀の糸で呪的紋様を書き記された装束を身にまとった。
「……だって、あいつは、とても優しい子だから」
 少し悲しげに微笑み、司は、言った。
「……あ、あなたは、本当に『司=マーフェス』なんですか?」
 半ば呆然とした声で、メイルは、目の前の少女に尋ねた。
「俺もそう思った。マジで『神子』なのか、ってな。
 伝承じゃ、『神子』と『忌み子』は、対極にあって、絶対、交わらねぇって話だ。
 それに、今のあんたは、危険な特異生命体じゃなくて、ただの女の子にしか見えねぇ」
 虎一の問いに、司は、少し困ったように顔を曇らせた。
「……あたしと奉は、姉弟として育ったわ。
 でも、それは、形だけのもの。全部、あの研究所の監視下にあったの。
 あいつらの命令は、奉をひたすら虐待すること。
 そうすることで、奉を追いつめていくのが目的だったらしいわ。
 でも、あいつは、それに耐えたの。どんなに酷い目にあっても、あたしたちを喜ばせようと、いつも頑張ってた」

 司の記憶の中の奉は、いつも生傷が絶えなかった。

「あたしは、耐えられなかった。あいつを守ってやりたいって思ったの。
 でも、母さんは、奉がこのまま、生きていくのが可哀想だって、あいつの首を締めたの」
 はっと息を呑む四人。
「正直、あたしもそう思ったことがあったわ。
 このまま死んだ方が奉にとって幸せなんじゃないかって。
 でも、結果は、あんたたちが知ってる通りよ。
 母さんは、奉の背負った『穢れ』に殺され、それを目の当たりにしたあたしは、奉を憎むことで、感情を爆発させ、『司=マーフェス』になったの」
「……『司=マーフェスになった』って……どういうことですか?
 あなたは、奉様と同じように研究所が探し当てた『神子』ではないんですか?」
 思いもしない言葉を聞き、驚くメイルに、司は、首を横に振った。
「元々、あたしも母さんも研究所に捕獲された『能力者』なだけよ。あるのは、微弱な精神感応能力だけのね。
 ホントの名前は、知らない。研究所じゃ、ナンバーで呼ばれてたし。
 奉を預けられた日に、『司=マーフェス』って名前を付けたれたのよ」
「……ねーちゃん、俺と同じなんだ」
 見上げる柚葉の幼い瞳に、司は、優しく微笑んだ。
「『司=マーフェス』っていうのは、『力の神子』の俗称。
 そして、『神子』っていうのは、『力』そのものこと。
 それがいくつにも分かれて、この世界を創った。
 だから、この世界には『力』が満ちていて、『節制の忌み子』がそのバランスを保つのがきっと本来あるべき姿なんだと思うの」
「じゃ、あんたは、いったい、どういう存在になるん?
 極端に言うたら、『世界』=『神子』やのに、一個の人間て『神子・司=マーフェス』て存在してるんはおかしいんと違う?」
「『忌み子』は、『神子』と対になる存在。
 つまり、この『世界』と対になっているの。
 個を持って存在を成した『忌み子』は、対となる存在を求め、『忌み子』に最も愛されたものは、その内に強大な『力』が生じ、『神子』となるの。
 だから、あたしが特別ってわけじゃない。
 世界に存在するすべてのものは、『司=マーフェス』になる可能性があるの。
 奉を助けたいっていうあたしのこの気持ちが、あたし自身のものか、あたしの心に芽生えた『神子』のものか分からないし、いまさら、そんなのどうでもいいことだわ。
 ただ、あたしは、奉を助けたい。
 あいつが苦しむ道理なんてないんだから。
 それがこの世界に定められた摂理であっても、あいつ自身が望んだことであっても、そんなの完無視よ!
 あたしは、奉を助けるの!
 あんたたちもそうでしょ?
 奉を助けたい。望みは、それだけのはずよ」
 断言する司に、四人は、力強く頷いた。
「さあ、行くわよ!
 奉、待ってなさい!
 首根っこ掴んででも、あそこから引きずり出してやるんだから!」

 

「でいゃあ!」
 半獣と化した虎一の手刀が空間を裂き、『怪異』が生み出した異形を屠る。
「しぇい! ぃりゃあ!」
 ポーの放つ二本の鎖に込められた『節制』が異形の身体を貫き、消滅させる。
「浄炎の翼よ!」
 柚葉の声に応え、その小さな背中に埋め込まれた虹色の羽が輝き、炎の翼が羽ばたき、迫り来る異形を焼き払い、
「―烈光波!―」
 メイルの両手からほとばしる純白の光の波が並みいる『怪異』たちを蹴散らす。

 『星護座』内部。
 司たちは、虎一の空間干渉能力によって、直接『星御座』への侵入を試みた。
 しかし、『負の感情』が満ちた不安定な空間の座標を固定することはできず、結果、『星護座』に出ることになった司たちだったが、それにあわせるかのように、壁や床、天井から異形たちが現れ、襲い掛かってきたのだ。

「しっかし、変やね?
 外壁は、『怪異』に飲み込まれとるのに内部は、前のまんまや」
 突然襲ってきた異形たちを蹴散らした後、ポーは、ペタペタと壁を触りながら、不思議そうに言った。
「奉様が『怪異』を拒絶しているんです。それに同調して、『星護座』も『怪異』を拒絶しているんでしょうね」
「でも、今、『怪異』が現れたのは、どうしてなんだ?」
「これは、人が造った『奉』のレプリカだからだろ?
 本物との誤差の隙を突いて侵入してんじゃねぇか?」
「その通りね。でも、多分、さっきの異形は、厳密には『怪異』じゃないわ。ここのスタッフとか兵士たちが飲み込まれたなれの果てね」
 言いながら、司は、奥にある分厚い金属製の扉を触った。
「ポー。これね」
 潜入を繰り返し、入念に『星護座』を調べ上げたポーは、今も内部構造を完全に把握していた。
「せや。この外が『星御座』のはずや。
 虎一にーさんの能力のおかげやね」

ぅおぉぉぉぉぉぉぉ!

 突然、部屋のいたるところから、不気味な泣き声が響いた。
「またきたね」
 柚葉の声は、緊張に震えていた。
「全部、相手にしてたらきりがないわ。さっさと行くわよ!」
 そう言い放ち、司は、扉を強引にこじ開け、中に入り、虎一たちもそれに続いた。

 異様な光景だった。
 蒼天にさらされた最上部の中央には『怪異』が巨大な柱状にそびえ立ち、床全面を『怪異』が覆い尽くし、ビクッビクッと脈動を繰り返している。
 しかし、それよりも目を引いたのは、床から生えた何十体にもおよぶ人型の異形の姿であった。

「こ、これも……ここのスタッフなのかな?」
 震える声で、柚葉が誰にでもなく尋ねた。
「違う。多分、国連軍ね。見て。手に銃器類を持ってる」
 それは、『怪異』に覆われていたが、大型の銃器の形をしていた。
「一応、殲滅に派遣していたみたいですね」
「でも、敵わなかったから、『黙殺』ってわけね。ご立派すぎて涙が出てくるわ」
 司は、吐き捨てるように言い、どかっとその場に腰を下ろした。
「なにするんだ? ねーちゃん」
「奉に呼びかけて、目を醒まさせる。
 それまで、あんたたちは、あたしを守って」
「呼びかけるって、どーやってだよ!」
「言ったはずよ。あたしには精神感応能力があるって」
 そう虎一に答えると、司は、眉間に右の人差し指を当てて、中央の巨大な柱を凝視する。
「でも、『守れ』いうても、いったい、何から……」
「そりゃ、あれだろ? お約束ってヤツじゃねぇか?」
 不安げに辺りを見回すポーに虎一が言った途端、異形と化した国連軍の兵士たちがゆっくりと動き出した。
「動きは、緩慢です。しかし、力は、異様に強くなっているはずです。
 しかも、接触は、『怪異』の侵食を受けます。みなさん、注意して下さい!」
 メイルは、そう言うと、司を守るように彼女の前に立ち、両の手で複雑な印を結び、口の中で呪文を唱え始めた。
「ちぃっ! しょうがねぇな!
 これが最後だ! てめぇら! 派手に行くぜ!」
「おうっ!」
「はいなっ!」
 虎一、柚葉、ポーの三人は、扇状に展開し、それぞれに構えを取った。
「―光皇輝鳳閃!―」
 メイルの鍵呪に応え、彼女らを中心に白い光の波が刃のように放たれ、異形たちをなぎ倒す。
 それを合図に三人が動いた。

「魔海より来い! 暗黒の濁流!」
 左腕を碧く輝く鱗に覆われた異形と化し、柚葉は、変異した手のひらから、暗碧の水塊を打ち出した。
 それは、直撃すると、異形の身体を削り取った。
 柚葉は、左手に意識を集中させ、水塊にさらなる力を送り込む。
「あるべき姿に帰れ! その業を果たせ!」

ぎょおぉぉぉぉぉんっ!

 そして、その声に応え、水塊は、一際、膨れ上がると、そこから竜をかたどった七本の水流が飛び出し、新たな獲物を求め、異形に襲い掛かった。

「裂空っ!」

ざむっ!

 獣と化した手刀を繰り出し、虎一は、空間を裂いて、迫り来る異形を切り裂いた。
 その瞬間、弾丸の強襲が脳裏に現れる。

ガガガガガガガガガガガガッ!

 それに従い、虎一が身を反らすと、銃声とともに今いた場所を弾丸が駆け抜けた。
「裂波っ!」

ぞんっ!

 そして、振り向きざまに手刀を繰り出し、銃口から煙を出した銃を構えた異形を切り捨てた。
「ちぃ! この銃、まだ使えんのかよ!」
 苛立ちげに吐き捨て、虎一は、尻尾を逆立てて、次なる標的に向かう。


ジャギィッ!

 金属音を立てて、ポーの放った二本の鎖が異形の身体を貫く。
「ぃせえぃ!」

だむっ!

 ポーは、力を込めて、鎖ごと異形を振り回し、手近にいた異形も巻き込んで、地に叩き伏せる。
 しかし、鎖を引き戻した隙を突いて、異形が襲いかかる。
「くっ!」
 ポーは、鎖を巻きつけた左腕で、異形の顔を打ち払うと、右手で懐から手のひらに収まるくらいの小さな小瓶を取り出した。
「封滅!」

ぎゅむんっ! 

 そして、瓶の口を再び向かってきた異形に向けて、短く叫んだ瞬間、異形は、瞬く間にその中へ吸い込まれていった。
 だが、その背後を別の異形が襲う。
「甘い!」

ジャグィンッ!

 言い放ち、右腕を軽く動かすと、足元に引き戻したままの鎖が生き物のように動いて、その胸を貫き、四散させた。

(奉! 起きて! 迎えにきたわ!)
 額に汗をにじませて、司は、『怪異』に向けて、思念を飛ばす。
 しかし、『怪異』の持つ膨大な『負の感情』が強く、奉の思念への干渉を邪魔されてしまう。
 苛立ち、司は、まず、『怪異』たちの思念を払うことを考えた。
 しかし、それでは、逆に『怪異』たちに自分の心への通路を開いてしまうことになり、最悪、飲まれてしまう場合もある。
 そうなれば、今、奉を救うために自分を守って戦っている四人にとって、最凶最悪の敵を創り出してしまうことになる。
 それだけは、なんとしてもしてはならない。
 司は、奉を呼ぶことだけに全神経を集中させる。
(奉! 奉! 起きて!
 あんた、生きてんでしょ? 抵抗してんでしょ?
 あたしの声が分からないの! 起きて!
 起きなさい! 奉!)

「な、なんだ! おい!」
「ねーちゃんのだ!」
 戦闘中の虎一たちも身をすくませるほどの強い思念が放たれ、『怪異』の柱がビグンっと大きく蠢いた。
 すると、突然、異形たちが硬直し、その胸部が大きく口のように開いた瞬間、虎一たち四人の心に重苦しい怨嗟の声がのしかかってきた。
(つらい)
(苦しい)
(捨てられた)
(嫌われた)
(独り)
(寂しい)
(助けて)
(人間め)
(悪いのは人間だ)
(人間め……人間めぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!)
「な、なんだよ! これ、なにこの声! き、気持ち悪い……!」
「これが『負の感情』です! 私たちが捨て去った心の声です!」
 柚葉は、耐え切れず、頭を抱えてうずくまり、メイルは、霊皇の『力』を喚起しようとするが、激しい怨嗟に思うようにいかない。
「だ、黙れ! 黙りやがれ!」
 苦し紛れに虎一は、手刀で、異形たちを切り裂くが、切り裂いた分だけ、怨嗟を発する『口』が増え、さらに重くのしかかる。
「こんのぉ! 消えんかぁ!」

ぎゅむんっ!

 叫び声とともに、ポーは、異形に手に小瓶の口を向け、異形を吸い込ませる。
 しかし、異形の怨嗟は、どんどん高まり、一体ずつ消していっても、先に潰されるのは、明白だった。
「あかん! このままいったら、じり貧や! なんとかせな!」
 焦りながらも、ポーは、小瓶を手に手近な異形に駆け寄る。

(…………つ………つか……さ………司…………ちゃん?)
 司の心に弱々しい声が響いた。
(そうよ! あたしよ!
 忘れたなんて言わせない! 司よ!
 奉! 起きなさい! あんたを迎えに来たの!)
 微弱な思念をたぐり寄せるように司は、呼びかけた。
(ダメだよ……ボク、やっぱりダメだった……この子たちを見捨てることなんて出来ない。
 だって、ボクと同じだから……可哀想だよ。
 だから、せめて、ボクだけでも……)
(甘えたこと言ってんじゃないわよ!
 確かに、あんたも『怪異』同じよ!
 いつまでも、いじいじして、グズグズ言って!
 居場所がないぐらい、何よ! そのくらい自分で作んなさいよ!
 誰の許しなんていらない!
 あんた、生きていきたいんでしょ!)
(でも、ボクたちは、拒絶を……)
(生きていれば、なんにだってツライことがついて回るもんなの!
 あんたたちのは、他のと比べたら、重くて、苦しいものかもしれないけど、でも、不幸を比べて、なんになるのよ!
 生きることから逃げてんじゃない!
 前向いて、ちゃんと歩くのよ!)
 強引な思念で、司は、畳み掛けるように奉の思念を圧倒していく。
(……ボクは、『忌み子』だよ……誰もボクを必要としな……)
 しかし、なおも奉は、弱々しく思いを沈ませる。
 司は、かっと目を開き、大きな声で叫んだ。
「うるさい! 黙れ!
 お姉ちゃんの言うことを聞きなさい!
 あんた、あたしの弟なんでしょ!」

びじゅんっ!

 その瞬間、巨大な『怪異』が内部から、弾け飛んだ。

「う、うおぉ!」
「……消えた。変な声が消えたよ!」
「やったんか? 司が奉を呼び起こしたんかっ?」
「……見て下さい……あれを!」
 鈍痛の響く頭を抑え、メイルが指差した方をみると、そこには文字の書き記された無数の紙とともに宙に浮かぶ、『奉=カーディス』の姿があった。
 怪異内部で衣服を剥ぎ取られたのか、一糸纏わぬ全裸の姿であったが、以前は、無数にあった傷跡は跡形もなく消えていた。
「……奉様……良かった……奉様ぁ!」
「にーちゃんだ! にーちゃんが戻ってきた!」
「ああ、そうだ! 奉だ……俺たちの奉だ!」
「せや! 待っとったで! 奉ぃ!」
 喜び合う虎一たちを見つめ、奉は、嬉しそうに微笑むと、舞い飛ぶ紙を引き連れて、ゆっくりと下がっていく。すると、押し退けられるように床を覆っていた『怪異』が退き、奉は、ふわりと床に降り立った。
 両手で持った表紙と裏表紙だけの本を開くと、そこに宙を飛び交う紙が次々と収められていき、元通りの一冊の本となる。
 そして、虎一、柚葉、メイル、ポー、そして、司と視線を交わし、振り返ると、星護座中を覆っていたものが一つに集まり、巨大な蛇を思わせる姿になった『怪異』と向き合った。
「みんな! 行くよ!」
『おう!』
 そして、仲間の声を背に受け、奉は、駆け出した。

 

イメージソング
鋼の救世主

Song by.JAM Project

Love you Love you 世界は
 ただ君だけ 待ちつづけてるのさ…
The end of days!!

星さえ見えないほど 深い 絶望の果てに
人は嘆き 苦しみ 遠い 神話の世界に
伝えられた 奇蹟を 求めて

煌く雄姿は
大いなる力と 優しさに光るエンブレム

今こそ世界は ただ君だけ 待ちつづけて
辛苦の時代を 君が描く 愛に満ちた日々へ…
Stop the WAR!!

 

胸の鼓動は なぜ? 熱い 期待に震える
涙でかすむ空に 今 舞い降りた
光輝く姿 鋼の救世主(メシア)

溢れるパワーは
愛と勇気のもと 何もかも砕くサンダー

眩い未来を 今 その手で きつく 抱いて
炎の時代に 君が望む 終わらない平和を…
永遠に

 

今こそ世界は ただ君だけ 待ちつづけて
辛苦の時代を 君が描く 愛に満ちた日々へ…
Stop the WAR!!

眩い未来を 今 その手で きつく 抱いて
炎の時代に 君が望む 終わらない平和を…
永遠に

 

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『戒〜imashime〜』
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